兄弟
ツェルは四つ離れた兄である。
ラズは母似で黒髪だが、ツェルは父似のブロンドだった。
そして、國では珍しく、生まれつき錬金術が使えない。
ラズが三歳で錬金術を使ったのを見て、七歳のツェルは武術に打ち込んだ。
特に、父と同じ槍を使った。
ツェルを見て武術をやりたがったラズは、ようやく五歳で剣を握らせてもらった。
それはそれは筋がよく、八歳になる頃には大人を簡単に負かせるようになった。
ツェルにとって甘え上手なラズは可愛い弟だったが同時に常に劣等感を抱く対象だったのかもしれない。
ラズは小さい頃、よくツェルの後を追いかけて回りなにかと真似をしたがったが、だんだんと、ツェルに勝ると雰囲気が悪くなることに気がついて同じことをするのを避けるようになった。
ツェルが釣りをしたら、ラズは山で動物を追いかけた。
ツェルが國の警護のリーダーになったら、ラズは年下の子供に錬金術を教え始めた。
國長の二人息子は仲のいい兄弟だと周りからは評判だったが、ラズは大好きな兄が、自分のことを好きなのか不安になることが時々あった。
ラズはツェルとの勝負で錬金術を使ったことは、実はない。錬金術なしの真剣勝負なら、軍配はだいたいツェルに上がる。
そういう機会がなかったからというのもあるが、錬金術を使って武術でツェルに勝ることがあれば、ツェルに嫌われるような気がして怖くてできなかった。
──兄が自分を倒れるまでずっと負ぶって走ってくれたこと、何も言わずどこかへ行ってしまったこと。
探しに行ったら駄目な気がして、ラズはツェルの行方をリンドウに訊かなかった。
しかし、危険な目にあったかもしれないなら、早く側に行かなければと思った。
──兄の安否を確かめなければ。
兄には助けてくれたお礼を言ってないし、置いていかれた文句も言っていない。
†
ラズたちが街の北門近くに辿り着いたとき、そこには数人の兵士がいた。
門は乱雑に壊されている。
血の跡もまばらにあったが、倒れたままの人はいない。
駆け寄る最中、兵士たちの会話が耳に入ってきた。
「……あの、光。閃光弾……だったよな」
「そんな作戦があるとは聞いてなかったが……でも、あれが無かったら、南門のやつらも駄目だったろうな」
「! おい、待て……、誰か来る」
兵士たちがこちらに気がついた。
そして、青い顔をして肩で荒い息をしているリンドウとラズ、レノ……は大して息が上がっていないが……を見て驚いた顔をした。
「リンドウさん! レノさん! なんでこんな時間に!」
リンドウは顔見知りらしいその兵士に必死の様相で問いかける。
「門番さん! ツェル……甥を見ませんでしたか?!」
「こないだ兵士になったって言ってた? 東門の部隊に参加しているはずですが……。……あ、待ちなさい!」
東側は未だに煙が上がっている。
ラズがぱっと走りだしたのを門番が制止したが、そのまま駆けて行くので、リンドウとレノも追いかけた。
「ありがとうございます! 気をつけますので!」
門番の「やめておけ!」と叫ぶ声が背中ごしに聞こえた。
街といっても小さいので、走れば数分で北門から東門に着く。
東門付近の居住区は少し火が収まりつつあったがほとんど焼けていた。
門の扉は破壊され、地面や壁におびただしい量の血がついているのが火に照らされて見えた。
……そしてそこに、たくさんの人が死んでいた。
その光景を見て、ついてきたリンドウは今度こそへたり込んでしまった。レノは顔をしかめている。
ラズは一瞬躊躇したが、地獄のようなその場所に足を踏み入れた。
否応なく、あの日の光景が思い出され、頭がガンガンし始めていた。心臓の音もうるさい。
「──はぁっ、……はぁっ……ツェル兄、どこ……?」
兵士の屍に、知古の物言わぬ虚な表情が重なる。お前のせいだ、と言われているような錯覚を覚えた。
(そうだ、僕のせいだ)
──この咎を負う自分は、彼ら巨人と、戦うべきなのだろうか。
──剣をとり、巨人を殺せば、故人の無念は晴れるのか。
(できない……。そんなことをしても、憎しみが増えるだけじゃないか)
──だけど二度と、こんなこと起きて欲しくない。だったらラズはどうしたらいいのか。その答えはどこにあるんだろう。
息を乱しながら、ラズは赤い死の世界を必死に見渡す。
ツェルは──兄は、どこに。まさか──。
「……ラズ! ラズ! しっかりしろ!」
突然はっきりした声が聞こえて、ラズは弾かれるようにその声の主の顔を見た。
「ツェル兄っ! ッ、ツェル兄ぃー……」
すぐ側で、背中に手を回してくれていたツェルに、ラズは縋り付いた。
「ありがとう」
「……うん」
「無事でよかった……」
「そっちこそ」
「いきなり消えないでよ」
「……悪かった」
「何もできなくて、ごめんなさい……」
「……お前が言うことじゃねぇよ……」
すぅ、と息を吸って、浅く吐く。
まだ少し頭痛がするが、ラズはツェルから離れた。
「……なんで、兵士になったの?」
訊くと、ツェルは目を伏せた。垣間見えたその目の昏さに、ラズはびくっとした。
「許せないからだ……巨人が」
「────」
──……ああそうだ。國を襲った巨人たちもこんな顔をしていた。
「……はは、なんだよその顔。……怖いのか? ならなんで来たんだ」
暗い笑み。
(だめだよ、ツェル兄──)
巨人を殺す兄なんて見たくない。
止めたいのに、なんて言ったらいいのか分からない。
そもそも全部、ラズのせいなのに。
仇討ちなど無益だなどと、言えるはずが。
「ツェル兄、あの……」
「──いい。お前はリン姉連れて、街から避難してくれ」
「はあ?! なにそれ!」
「邪魔なんだよ」
はっきりした拒絶に、ラズはもう何も言えなかった。
……さっきだって、レノに助けてもらえなかったら、死んでいた。輝石をなくしたラズには、何もできない。
兵士たちが彼の名前を呼んでいる。数十人の兵士が、遺体を別のところに運んでいるらしかった。
「──レノさん、すみませんが、頼みます」
「あ──っ」
ツェルはそれだけ言い残し、踵を返す。
その大きな背中に、ラズは手を伸ばしたが、震えた指先はどこにも届きそうになかった。
ラズはとぼとぼと、少し後ろにいたリンドウのもとに戻る。
「リン姉。……ツェル兄、大丈夫だったよ」
「……え、え!? よかった……」
「とりあえず、私の宿に来ますか?」
レノは静かにラズの肩に手を置いた。
レノの行きつけの宿は北区にあって、無事だった。
店主は地下に避難していたらしい。
食事などサービスはできない条件で泊めてくれ、三人はそこで、残り短い夜を明かした。




