竜人の長(1)
ラズは丸一週間眠っていたらしい。
騒がしく駆けつけた竜人の友シャルグリートは、さっさと旅立ったレノのことを薄情だとぼやいていた。彼は呪い云々の話を竜人たちには伝えなかったようだ。いかにもレノらしい。
兄のように何も言わず去られるのと、起きてすぐに別れを告げられるのと、辛いのはどちらも大して変わらないなとラズは思った。
また会える、大丈夫だと彼は言ったが、本当に? 漠然とした不安を胸の奥に押し込んで、怪我の治療と竜人たちの復興に気を割く日々が続いた。
牙の郷は、結局マガツの依代から解放された、ディグルエスト……シャルグリートの兄を中心に復旧に向かっているそうだ。
序列四位の竜人はコロシアムで兄弟を手にかけさせられて心を病んでしまったし、マガツに随伴して仲間を牙の竜の毒から辛くも救った五位は怪我を理由に族長の座を固辞した。
そうなると、とんで九位のシャルグリートが族長役の候補に挙がるのだが、そのシャルグリートが復旧が終わるまでは兄に仕切らせるべきだと頑として譲らなかったそうだ。
もともと彼の兄は郷の政治ごとをほとんどやっていたらしい。その采配は見事なもので、ラズの目が覚める頃には治安は回復し、竜人たちは統率を取り戻しつつあった。
一方シャルグリートは連日他郷を周り、竜の大群に壊滅した郷の復旧の支援を依頼して回っている。
小人と竜人の外交関連の話は、ラズが寝ている間に女司祭ウィリが伝えたそうだが、状況が状況だけに、返事はあと数日待って欲しい、とのことだった。
「心配かけてごめん!」
夢を通じてファナ=ノアに会うなり、ラズは両手を合わせて謝った。
ファナ=ノアはただ笑ってラズの額を軽く手刀で小突く。その腕には包帯が巻かれていた。
ファナ=ノアは遠征からノアの郷に戻ったらしく、前回の軍服風の装いと違ってゆったりした僧服を着ている。
その表情からは相当心配していたのが窺えた。
「……ん?」
ファナ=ノアが手を返してラズの背の高さを確かめるように掲げ、瞬きする。
もともと少しラズの方が高かったが、今や小指一本分くらいの差に広がっていた。
ファナ=ノアには人間の血も混じっているはずだが、身長は伸び止まりらしい。
興味深そうな表情で、ファナ=ノアは笑った。
それから、ラズの後ろに黒猫を見つけて手招きする。
「……竜人との話し合いはこれからだよ。ここまで、長かったなあ……」
黒猫がファナ=ノアの腕の中にすっぽりとおさまるのを横目に見ながら、何もない場所にカレンダーを作り出し、簡単に丸や矢印を書き込んで状況を伝えていると、思わず深いため息が出た。
当初想定していた、竜人たちがこちらの武力を試す、云々の気難しい流れになることは考えにくいことがせめてもの救いだ。
当然だが、委細は伝わらない。
帰ったら、話したいことがたくさんある。
ラズが動けるようになったのは目が覚めてから三日後、外交の話はさらに三日後にすることになったため、それまでラズは郷の復旧の手伝いを申し出た。
『みんな錬金術、すごいね』
住宅の復旧、暖をとるなど、それぞれに出来ることや程度が違うが全員が錬金術を使えるというのはすごい。
ラズはレノの言った通り、竜人の言葉を理解し話すことができるようになっていた。今まではなぜか雰囲気が分かる、という程度だったが、自覚すると習得に時間はかからなかった。
配給を手伝っていたとき、聞き覚えのある少年の声がした。
『あーー! お前!』
『ローウインくん』
竜の大群に襲われたときに、大きな滝のある郷で会った同年代の少年だ。
滝見の郷の方は復旧はもうほとんど終わっているので、手伝いにきたとかだろうか。
ローウイン少年はこちらをピシッと指さした姿勢のまま、首を傾げた。
『……誰だっけ』
そういえば名乗らなかった気がする。
『ラズだよ』
軽い調子で答えると、彼はたったっと近寄ってきて、ラズと視線を合わせた。
『なあなあ、お前ってさ、小人の使者に混じってきたんだよな。なんで?』
『竜人が実力主義だっていうから、対等に話をするには僕が適任だろうって』
『それって、小人には俺たちと対等に話せるような奴がいないってことか?』
『いるけど、病み上がりで長旅できなかったんだ』
『ふーん』
ローウインはもともと興味半分だったのか、適当に相槌を打った。じろじろとラズを観察してから、
『なあ、ちょっと来いよ!』
『──え、ちょっと』
遠慮なくガシッと腕を掴んで走り出した。
『どこ行くのさ!』
害意はなさそうなので腕を引かれるままついていく。
そこは広場で、同年代の少年たちが、ボールを投げて遊んでいた。
『ロー、誰だよそいつ』
『ラズだってよ』
『……人間だろおー? 父さんが話してた。ローも嫌がってたじゃんか』
『いーから、混ぜてやろーぜ!』
気安そうなやりとりをしてから、彼は満面の笑みでラズを振り返った。
『やるだろ!』
ラズは困惑していたが、声をかけられはっとして瞬きする。
(遊ぶ……って)
故郷から荒野までの旅で、町の子供たちが遊んでるのを見かけても、そこに混じる心の余裕などなかった。
荒野では、同年代の小人たちはみんな落ち着いていてそれぞれ仕事をしていたので、そんな雰囲気にはならなかった。
そわそわ、と心が騒ぐ。
『────やる! ルール、教えてくれる?』
『ボール取り合って、向こう側のゴールにたくさん入れた方が勝ち! ボール持って走るのは三歩まで、ドリブルはあり』
『オッケー!』
ラズが入ってちょうど五対五だ。長方形のコートの中を走り回るうちに、いつのまにかどんどん時間が経っていく。
『ぷぷ、ラズ、下手だなあ』
『くっそー、コツ教えてよ』
『ケッケッケッ! きぎょーヒミツだ!』
『ええっ! ロー、味方チームだろー!?』
『お前、うまくなんの早すぎんの。つまんねーから苦労しろ』
『ひっど! てかさっきと言ってること違う!』
広場に笑い声が響く。
勝敗もそこそこにひとしきり遊んで、少年たちは雪で作ったかまくらの周りで休憩した。
『ロー、ラズ入れたら東の奴らに勝てんじゃね!? あいつら最近荒れてんだよ』
ラズは首を傾げる。
『それ、ゲームでなんとかなる話かなあ?』
『なんの! スポーツは男の戦いの縮図なんだぜ』
ここでも竜人の実力主義が生きるらしい。しかし血みどろの戦いではなくスポーツでもいいなら幾分か平和だ。
『ラズっていつまでここにいるんだ?』
『明日辺り外交の話がつくだろうから、あと数日ってところかな』
『うわ、なんかカッケー!』
『明後日! 明後日付き合えよ!』
『いや、付き合うのはいいけどさ、よそ者がしゃしゃっても、僕が居なくなったら元どおりじゃん。だからさ……』
少年たちは急に声を潜めたラズを興味津々に取り囲む。
しばらく話し込んでいると、不意に、背後から低い声がかかった。
『何やってんだ、お前ら』
『あ、シャル、お帰り』
『ああ、やぁーっと、終わった』
シャルグリートは肩を鳴らして息を吐いた。
彼はここ一週間、十ある各郷を回って、意見が食い違えば戦って上下を確認し、そのあとは牙の郷への物資支援を依頼する交渉ごとをしていたそうだ。
同じ竜人である翼の民、牙の民にも状況を伝える使節を送ったそうだが、特に助け合うということにはならないらしい。
少年たちは慣れた様子でシャルグリートにボールをパスした。
『シャルの兄ィ! ゲームしようぜー!』
『んー? ああ、いいぜ』
シャルグリートは投げ渡されたボールを指先で受け止めてそのままバランスを取る。
彼は故郷でも子供に人気者らしい。
『おおー、すごーい。そうだ。さっきの、シャル相手にやってみようよ』
『え、無理だろ、お前、兄ィの強さを知らねーから……』
ぎくっとする少年たちにラズは笑いかける。
『手加減してくれるって。シャルはヒーローだから』
『お前さては、あの時の話も分かってたな……』
『ははっ、何のこと?』
『てめー、馬鹿にしてんな、コラ』
ニヤニヤ笑うと軽く拳が降ってくる。それをさっと避けてもう片方の腕の指先に乗っていたボールを風で浮かし、シャルグリートが掴み直す前に後ろに回って蹴り上げる。
『おまっ! 急に本気出すなよ、つかまだ病み上がりだろ』
『油断してたシャルが甘いね。ほら、プレイボール!』
広場の少年たちの笑い声は、傷ついた牙の郷を陽が落ちるまで彩っていた。
† † †
──平原の国、西方自治区、リーサス領。
ディーズリー家の屋敷の一室に、ピアニーとその父であり、警務卿──領内の治安維持の最高責任者、ブレイズの姿があった。
「……お父様、今回の財務卿に対する襲撃事件について、鋼務卿の暗躍はどう片付くの」
「珍しいな、お前がそんなことを訊くなんて」
父は時間を確認するように時計を一瞥する。まだ当直まで時間があるはずだ。
「……西の組織と名乗った二人は、毒を含んで死んだからな」
それはピアニーも知っている。父の把握していないところで、憲兵隊内に情報提供してくれる人が何人かいるからだ。
「また尻尾を切られた形で、ガサ入れもできない……と。大量に押収した銃器は?」
「出どころ不明……鋼務卿は認めないからな」
「……お父様。最近街で、当家が野盗に武器を流した、という噂が立っているのをご存知?」
「……そんな、馬鹿な」
口を半開きにした父に、ピアニーは浅くため息をついた。
「憲兵隊はイメージの改善活動をするしかないでしょうけれど」
鋼務卿家が民意の扇動をしてくるなら、民の側に寄り添い守ってきたディーズリーの方が有利だ。
それくらいなら、父にお願いすれは大丈夫だろう。
(でも、それだけでは)
望むのは、意に沿わぬ、鋼務卿次男との縁談……目下、その阻止。そしてあわよくば、汚い手で領をほしいままにしようとしている鋼務卿家の失脚。
ピアニーは意を決して父の顔を見上げた。その瞳が揺れる。
「……お父様、鋼務卿を止める気が本気でおありなの? ……私を、助けて下さらないの」
「…………あのな」
父は躊躇いがちに向き直った。
その反応に、ピアニーは心の中でガラスがカシャンと壊れたような哀しさを覚えた。
「──もう……いいです」
ほかになんと言えば良いか分からず、ふるふると首を振る。
──自分のことだ。自分でやるしかない。今自分が裏でしていることを父に言ったら、危険だとやめさせられるに決まっている。
父の答えを待たず、ピアニーは頭を下げて背を向けた。
歩き出した背中に、父の声が追いかけてくる。その声色は、どこか弱々しい。
「すまない……頼りない親で」
「いいえ……お父様。私の方が、きっと、親不孝な娘なんです」
部屋を出ると、外にいた従者が父に困ったように礼をして、静かに戸を閉めた。
廊下を歩きながら、ピアニーは背中越しに初老の従者に話しかけた。
「ごめんなさいね、ルータス。気を遣わせてしまって」
「いいえ。ご当主夫妻には内密に動かれるお気持ちも、私は理解しております」
彼はディーズリーの分家出身で、八年前憲兵隊を定年引退して以来、ずっとピアニーの従者をしてくれている。
父の信頼も厚く、それを裏切る真似をさせているのは申し訳ないとも思ってもいる。
「アイビスから連絡はあった?」
「ええ。順調に立場を上げられたから、来週あたり幹部と話ができそうだ、と」
「……そう」
ピアニーは物憂げに返事をした。
(婚儀まで、あと半年足らず……。時間がないわ──……)
急いてはいけないと彼には伝えているが、ピアニーの焦りを理解してか、ますます危険な状況に身を投じようとしている。
信じるしかないのがもどかしい。ピアニーは苦い表情で、西の空を見つめた。
シャルの笑顔
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