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竜の旅人(19)……旅の行く末

 柔らかい光が差し込むのを感じて、ラズは薄目を開けた。

 白いレンガ造りのドーム状の天井。それが窓にはまった木の隙間から差し込む光を反射して部屋全体が明るく感じる。

 暖炉の炭は燻っていて、わずかに寒い。


(ここは……竜人の、家……? 助けられた……ってことか)


 軽く息を吐いて、上体を起こす。

 あの時、急所をぎりぎりで避け、身体を貫いた金剛石の支配を奪って分解し、傷の修復をすることに全力を注いだ。

 それでもすぐに意識が途切れ処置しきれなかったので、かなり危険な状態ではあったはずだ。


 寝台の足側でウィリが突っ伏して寝ているのが目に入って、かけられていた毛布を引っ張って肩にかけた。

 次に壁際の椅子で足を組んで腕を組み、うつらうつらしている癖っ毛の男性に気がつく。


「レノ?」

「……ん」


 呼びかけると彼は顔をしかめて頭を振った。

 それから、プラチナの瞳を細めて少し微笑む。

 眠そうだが、とても安堵した表情だった。


「君のお陰で、なんとか終わりましたよ。……覚えていますか?」


 ラズは頷く。


「他のみんなは」

「シャルならピンピンしてます。シャルの兄(ディグルエスト)と牙の竜も」

「そっか……。レノは? どこか悪いの?」

「私は……そうですね、とても、眠いです」


 ラズは瞬きする。


「ちょっと厄介な呪いをもらってしまったので、解呪の為に休養が必要そうで」


 言って彼は欠伸を噛み殺す。


「せめて目を醒ますまでは待つつもりだったんですが、もうかなり限界で……」

「呪いって……」


 彼は手の平をひらひらさせながら苦笑した。不思議な文字のような紋様がある。──『呪い』とは一体、何なのだろうか。眠りについたら最期、そのまま目が醒めない……ということはないのだろうか。不安な気持ちが膨らんでいく。

 ラズの心を知ってか知らずか、彼は軽い調子で続けた。


「……実は、マガツには逃げられてしまったんです」


 申し訳ない、と彼は目を伏せて付け加えた。


「あんな残りカスのような状態でできることはたかが知れているので、数年は大丈夫でしょうけど」

「また、現れるって……ことか」

「より強くなることはあり得ないですが、謀略に注意してください」

「レノ……」

「なんですか?」


 彼はゆったりと立ち上がって寝台に近づいた。

 最近見た、レノの夢の記憶が脳裏を()ぎる。──確か、『疲れて十年眠っていた』というやりとりをしていなかったか。


「眠るって……何年くらい?」

「さあ……三年か、五年か……寝坊しないようにしないとな」


 なんでもないような口調が、却ってラズの心を揺さぶった。


(三年か、五年……!?)


 いずれ別れることは、最初から分かっていたはずだ。──だけど、こんな形を望んでいた訳ではない。

 彼は山地への旅が終わったら、この世界を自由に旅するはずだった。その間に、ラズは森の国に戻って故郷の皆を弔って、次に会うときには胸を張って会うのだと思っていた。彼が自分の大切な人に会うための……前に進むための別れならば、笑顔で見送れると思っていたのに。

 ──行かないでほしい、まだ。心の準備も何も、あったものでないのに。


「……そんな顔をしなくても、また会えますよ」


 ──本当に?

 くしゃくしゃと頭を撫でる大きな手に、不安と安堵、そして寂しさがない混ぜになって、目頭が熱くなるのを止められない。


「……猫又に次に会ったら、私の代わりに耳の後ろを撫でてあげて下さい」


 ラズは黙って頷いた。


「それから申し訳ないんですが、私に()いてきてくれていたあの怪馬……群れに返してあげてくれませんか?」

「……うん」

「あと……ファナ=ノアに、嘘をついてすみませんと」

「……?」

「初対面だと嘘をついたし、小人の言葉も分からないふりをしていました」

「…………へ」


 我ながら間抜けな声が出た。

 レノはわざと悪戯っぽく笑う。


「君が言葉をすぐ使えるようになったのはそのせいですよ。……本当は、竜人の言葉ももう分かっているんでしょう?」

「……えーと」

「マガツの世界を壊すのに私の力を使ったようですが、一部の記憶はそのまま残るでしょう。使いたければ使ってください」


 彼はラズの頭に置いた手を離す。


「次に会う頃にはほとんど大人になっていて、こんなことをしたら怒るんでしょうね」

「……どうかな」


 ──これはきっと、別れの挨拶だ。

 湿っぽくならないように微笑むレノに、ラズもぎこちなく笑い返した。

 彼は瞬きして、めまいが感じたかようにわずかによろめく。ラズは思わずベッドから身を乗り出してその腕に触れた。力強い腕の感触は以前のままなのに、どこか希薄な気配。 


「……ゆっくりできなくてすみません。ここで眠る訳にはいかないので、もう、行きます」


 彼は緩慢な動作で頭を振る。

 ぱち、と目が合った。彼の目はどこまでも穏やかで、ただ再会を期待する、そんな温かさが宿っていた。

 ──こんな目をされたら、もうだだを捏ねられないではないか。


「……ううん、待ってくれて、ありがとうっ……」


 声が上ずったのには聞こえないふりをして、彼は背を向ける。


「またね──レノ」


 扉を潜るときに横顔で少しだけ笑みを送り、パタン、と戸が閉まった。

 足音が、遠ざかっていく。

 遠くで話し声──挨拶の声。やがて、その気配が分からなくなる。


「くっ……うっ、ひっく」


 堪えきれない、嗚咽が漏れる。首から下げた二つの輝石を握りしめ、声を殺して泣いた。

 この半年、彼にはたくさんのことを教えてもらった。錬金術について、武術について、魂について、生き方について。この先は、見守ってくれる人がいなくとも、自分の道を切り拓いていかないといけない。


(──かっこわる……こんな泣くとか)


 活気に満ちた慌ただしい足音がこちらに近づいてくるのが聞こえて、ラズは慌てて涙を拭いた。




 その晩、また夢を見た。


 黄昏時の夕闇に、金の目が怪しく光っている。

 その黒猫は二本の尾をくゆらせて、少年の膝に前脚を乗せた。

 黒猫と初めて会った夢にいた、『伶乃(レノ)』と呼ばれていた少年だ。


 黒猫は少年に語りかけた。


「まだ、思い出せんせんか」


 少年は緑がかった黒の瞳を、苦しそうに細める。


「……引っかかりはする」

「ぬしは、わちきの恩人であり主君……。<歪み>から奥方様と世界を助ける為に、一人でそれに巻き込まれ、記憶を失い……人の子として生まれ変わり成長しんした」


 猫はりん、と鈴を鳴らし、灯火を生み出す。

 薄闇の中、ゆらゆらと灯火が怪しく踊る。


「わちきは……未来の主殿より、ぬしを呼び起こすように頼まれて来んしたんでありんす」

「……は」


 少年は頭に手を当ててゆっくり振った。


「ぬしは、主殿……白銀の竜──ラズレイド・レノでありんす」


 少年が目を見開く。

 膝をついたまま、何度か瞬きをした。


「それにしても、わちきが知る主殿は常に丁寧な言葉を使うお方でありんしたが」

「……はあ」

「そうそう、奥方様のお名前は……」

「──いや、いい。後は自分で探す」


 少年の表情が変化していた。もともと少し斜に構えた鋭い目だったのが、大人びて穏やかに緩む。


「それは良うごさりんす──では、わちきは、奥方様を探すお手伝いをいたしんす」




 その情景を後ろで見ていたラズは、去ろうとする猫の後ろ姿に慌てて声をかけた。


「ちょ、ちょっと待って! 猫さん!」

「なんでありんす?」

「わっ」


 その返事が急に耳元で聞こえてラズはびっくりした。

 肩の上に乗った猫は涼しい顔で尾をくゆらせている。


「猫さん……まだ僕の中にいたんだね」


 どこか安堵を覚えながら、ラズは猫の頭を撫でてみた。


「中からでしか、力を使えんせんからね」

「僕の中の世界ってなくなったんじゃなかったの?」

「だいぶと小さくなりんした」


 心地良さそうにラズの手を受け入れる猫の耳の付け根に指を伸ばすと、ふにゃー、と肩にしなだれてしまった。


「そうしてると本当に猫だね」


 マガツの中でラズを助けるために一時、人型をとったのを思い出す。


「猫で間違いありんせんよ」

「いつまでここにいるの?」

「ぬしの世界の代替わりが起きる時まで」


 それはいつなのだろうか。<虚の王>が死ぬのとは関係ないとレノは言っていたが。


「そっか……そしたら、しばらくは今まで通りなのかな」

「まだ少うしばかり、お世話になりんす」


 猫はごろごろと喉を鳴らした。


「さっきの記憶……レノは、何か……事故があって、記憶を無くして、人間に()()()?」

「ああ……そのこと。間違っておりんせん」

「だから、レノって名前を持つことになったんだね」


 人間として生まれたなら当然親がいて、名前をつけられ、成長した記憶があるはずだ。ラズと同じように。


「それにしても、思い出しただけで、人間が竜になれるものなの?」

「姿形は自己の認識次第。何千年と己と認識していたあり様が、たかが十数年の人間の記憶で変わることはありんせん」

「……そっか」


 しかし、彼の人間らしい部分は、きっと人間であった時の経験から培われたんだろう。

 たった十数年の呼び名であったのにも関わらず、『ラズレイド・レノ』と元の名の後ろに並べて名乗るくらいだ。


「主殿の記憶は……ぬしの世界の記憶を除いて、もうほとんど、いただきんした。色濃いところはあのように消しきれんせんのでありんすが。わちきの思いんすに、あれでお終いでありんしょう」

「僕の、世界」

「ラズ殿は、己の住む世界をまだよく理解していんせん。己の役割も。言っておきんすが、<後継>の候補は、他にもいるでありんしょう」


 猫は面白そうに目を細める。


「ただ待っていてもその時は来んせん。ぬし自身が動き、それに意味があればこそ」

「……うん。……ところで、猫さんはまだ名前を教えてくれないの?」

「それはラズ殿が、もっと魅力ある殿方になれたなら教えて差し上げんしょう」


 髭を揺らしながら、からかうように言って、猫は再び撫でてくれと言うようにラズの手に擦り寄った。


「存外、期待しておりんす」


挿し絵落書き(別れ)https://twitter.com/azure_kitten/status/1276704443342262272?s=20


挿し絵落書き(猫)

https://twitter.com/azure_kitten/status/1276801330045022213?s=20



どう見てもネタでしかないレノさんの過去話を、なろうっぽいタイトルのスピンオフで投稿しております(7話完結)

よろしければどうぞ…

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