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竜の旅人(16)……魂を喰らう者

 そこは一面、紫と黒の絵具が混じり合ったような気味の悪い空間だった。


「──何だ……ここ」

「禍ツ神の内部世界に取り込まれたのでありんしょう」


 肩に乗った猫がいつものように二本の尾をくゆらせる。


「……あいつの、胃袋の中ってことかな」

「意外に的を射てありんすかもしれんせんね。魂の内側に構築される、記憶と想像の世界でありんす」


 猫の声色はどこか緊張している。


「しかし、心を壊さないまんま取り込んだといわすということは……禍ツ神にはそれだけ余裕がないということ」

「それは……」

「本当の戦いはここから、でありんす」

「まだ、負けてない……?」


 ラズは自分自身の身体を確かめた。

 服装はさっきマガツと相見える直前と同じ、皮のコートを羽織っている。

 しかし手に持った剣は折れたままだ。

 腰の短剣にはお守りの紐が付いている。

 首に下げた紐には、リンドウとレノのニつの輝石が通してある。


 意識が混濁する直前に、猫が『己の在り方を思い出せ』と言ったのを思い出す。


(……つまり、これが、自己認識?)


 すっと息を吸って吐く。

 当たり前と思っていることが、実現するというなら。


 ラズの手の中に、小さな鳥を模した銀細工が現れた。

 目の部分には何十面にも複雑にカットされた小さな円形のダイヤがはまっていて、紫の暗い光を受けながら澄んだ輝きを見せる。

 物心ついてから半年前までずっと身につけていたものだ。細部まで何もかも覚えている。


「魂が宿っていんすね。ぬしによく似ている」

「そっか……うん」


 魂が宿っているのだとしたら、それはかつてファナ=ノアだった魂だ。帰ると交わした約束を守らなければいけない、ラズは改めてそう思った。

 銀細工を紐に通して首にかけ、判然としない足場を一歩踏み出す。硬いような柔らかいような。波紋がぐにゃぐにゃと足元から広がっていく。


「ここから出る方法は知ってる?」

「この空間の均衡を崩さなければいけんせん」

「どうやって」

「持ち主の自我を逆に揺るがせるんでありんす。あとは、無理やりこじ開ける手もありんすが……」


 要は、この世界でマガツを倒せばいいということか。


「僕が負けたら、猫さんもマガツに喰われちゃったり……する?」

「そうなるでありんしょうね。わちきは今ぬしの外にいるように見えるだけで、魂はぬしの中に残しておりんすから」


 猫はぱたんと耳を倒した。りーん、と耳元の鈴が鳴る。


「いいでありんすか? 禍ツ神から言葉をかけられても、決して答えてはいけんせん。名前を知られるなどもってのほかです」

「……話しかけるのはいいの?」

「それは問題ありんせん」


 変なルールだ。理由がよく分からないが、ここは猫の言う通りにしよう。

 マガツにはまだ、名前を知られてはいないはずだ。名乗らなかったのは、白銀の竜と名前が同じ……彼にとってそれほどの存在だと思われるのは、弱味を握られるのと同じでよくない気がしたからだ。


「……ところで、マガツが体を乗っ取ってる人もここにいるのかな」

「そうでありんすね。無事である可能性は限りなく低いでありんすが」

「向こうが仕掛けてくるまで時間があるなら、探したいな。友達のお兄さんなんだ」

「……まあ、いいでありんしょう」


 猫は灯をぽっぽっと生み出していく。

 それらが頭上をくるくると周りながら、明滅する。


「何これ?」

「占いでありんす。求めるものの方角を指し示す」


 灯火がひとつ、ラズたちの目の前に降りてきた。

 ついて来い、とでもいうように揺らめいて、浮遊したまま動き出した。

 猫を肩に乗せたまま、その後を追う。


「もうかなり時間が経っていると思うんだけど、外はどうなっているのかな……」

「こういう空間は概ね時間の流れが遅いのでありんすえ」


 外ではほとんど時間が経っていない、ということか。ということは逆に、シャルグリートの兄はここに囚われて既に相当の時間が経っていることになる。不安が(よぎ)った。

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