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竜の旅人(15)……魂を喰らう者

 嵐の前のように、暗雲が立ち込める空の下。

 まばらに生えた低木の黒い幹が、雪の間から突き出ている、なだらかな斜面。


 シャルグリートは、ラズを抱えるウィリを守るように立ちながら、いつになく硬い雰囲気のレノの後ろ姿と、その向こうの『敵』を交互に見つめる。


 そこには、二人の竜人がいた。マガツと、その後ろには罪人の刺青を入れた中年の竜人。彼は父の義兄にあたり、投獄されて長い。しかし、うっすらとだが、幼少時には構ってもらった記憶がある。


 牙の竜は少し離れた場所で雪に半身を埋めて動かない。意識が朦朧としているらしく、苦しげな表情でシャルグリートの兄の姿そのままのマガツを睨んでいる。

 そいつは中腹の谷で見たのと同じように、口の端をにいと吊り上げて笑った。兄の姿で見ると余計に(かん)に触る。


「直接会うのは初めてだな、ラズレイド・レノ」

「身を削る小細工に勤しんだようで。よほど怖がっていると見える」


 レノは淡々と言葉を返す。──プラチナの瞳はあんなに色がなかっただろうか。


「慎重を期すからこそここまで生き延びて来たのだよ」


 マガツは柳眉を吊り上げて笑った。

 その瞳の奥に見るものを戦慄させ絶望させるような、底知れない気配を感じて、ぞっとする。


「お前の旅はここで終わりだ……ラズレイド・レノ」


 レノは振り向かないまま、後ろでウィリを庇っているシャルグリートに低い声を投げる。


『……シャル』

『なんだよ』

『彼は後ろの二人を人質にしようとするでしょうから、敵の数が減るまでは、どちらかが守りに専念したほうがいい』 


 彼は『二人』、と言った。倒れたラズは一瞬見ただけでも顔色は死んでいるかのように蒼白だったが、助かる見込みがあるのか──ならば、治癒の力を持つ小人の女司祭ウィリを何としても守らなければならない。とはいえ。


『なら、そこどけよ。後衛はお前だろ』

『……まあ、仕方ありませんね』


 自分が守りに専念するイメージが湧かず反射的にそう返すと、彼はなぜか少し不服そうに呟いてから、後ろ──シャルグリートの横にすっと跳躍した。


 シャルグリートはごくり、と唾を呑み、マガツを睨む。


『今度こそ、本物の兄貴……みたいだな』

『……ふう、今はお前に興味がないんだがな』


 マガツは片手でちょい、と何かの合図をした。

 途端、罪人の男が襲いかかってきた。その手には、巨大な鎖鎌。

 一方マガツ自身は、レノに向けて拳大の金剛石の球をいくつも打ち飛ばす。


『……くそ、汚ねえ!』


 罪人の攻撃をいなしながら、水晶でマガツの術に対抗を試みるが、集中力の足らない水晶の刃は、金剛石の動きをまったく止められない。

 二対一でシャルグリートを狙ってくるならまだしも、これではレノのフォローもできそうになかった。


 結局この構図になるなら、守る者がいて動きづらいレノの役回りは損だ。──だからさっき嫌な顔をしたのか。


(早くこっちを片付けてあいつが戦いやすくしてやるべきか──!)


 攻撃の隙を狙って横から罪人の鉄の鎌が迫ってくるのを姿勢を低くして躱す。


『そんな強かったか、シャルグリートォ!』


 刃を引き戻しながら、そいつは狂気めいた叫び声を浴びせてきた。マガツに従っている部下の中でまともに口をきいた奴は初めてだ。


『てめーは……正気なのか!』

『ハハハッ、さあなぁ!!』


 男は凶悪に笑った。

 そもそも闇に乗じて族長である父を襲い、覇権をとろうとした男だ。マガツに従い、皆が苦しむのを意趣返しとでも言うように悦ぶ顔が目に浮かぶ。


『このッ──クソヤロー!!』


 投擲された鎌を避け懐に入る──はずだった。


『口の利き方を謹め、ガキが!』


 見かけによらず素早く飛び退(すさ)った罪人の鎌の軌道はシャルグリートの胴を捉える。

 左腕に水晶を纏わせて刃を弾き、そのまま鎖を捕まえた。──飛び道具を封じてしまえばこんな奴、恐るるに足らない。

 しかし、罪人はなお深く、笑った。


『エーゼル()()……だろぉ、昔みたいに呼べよ、シャルグリート!』


 鎖が突然弾けて棘となり、シャルグリートの手のひらを貫いた。


『ぐっ……!』


 残りの棘は水晶での礫で相殺したものの、身体のあちこちに傷を負う。

 雪に飛び散った血が舞い上がった。血液中の鉄分を操っているのだろう。ますます禍々しい形状となった鎖鎌を構え直して、罪人の男はにたっと笑う。


『お前、知ってるか? もうすぐ世界は終わるんだぜ?』

『知ってるっつーの。小人の間では常識だぜ』


 ──といっても、小人たちの言葉は分からないので、郷にいた人間に聞いた程度だが。


『だったら、むかつくものは全部自分の手で壊しておきたいと思わねーか?』

『……本当に終わるってんなら今のうちに好き放題したいって気持ちも分からなくねーけど』


 話しながら、呼吸を整えて、自分自身の身体に集中していく。<水晶繊維の操り人形(ファーデンクォーツ)>……そう呼ぶことにしたこの術は、運動神経ではなく、思考だけで身体を動かし、反応速度を倍化する。


『お前ならそう言うかと思ってたぜ、シャルグリート! お前も、イライラしてたろ、周りに! だから出て行った!』


 罪人の投げた鎖鎌が、捕らえようとするかのように大きくとぐろを巻く。


『ちっげーよ!』


 叫びながら、足元の雪を力いっぱい殴った。どおっと勢いよく舞い上がる雪と共に、無数の水晶の剣が八方に撃ち出され、鎖を断ち切る。キィィン、と小気味良い響きと共に、シャルグリートは叫ぶ。


『イライラは……してたが……! 俺がイラついてたのは、自分に対してだ!!』

『────!!』


 ──それに、小人の終末伝承には救いがある。

 巻き上がった雪の下に現れた岩肌を蹴る。

 巨大な鎌の先が浮き上がり、背後から追いかけてくるが、このスピードに追いつけるはずがない。


『汚ねえことでしか自己顕示できねーてめーと、一緒にすんなッ!!』


 罪人の刺青の入った頬に、水晶をまとった拳がのめり込むまで、一瞬。


 どごぉッ!!


 激しい衝突。衝撃が、周りの空気をびりびりと震わせる。

 そして、一瞬の沈黙。

 とさっ……と罪人は白目を剥いて雪に沈み込んだ。


『<虚の王>との取引の条件は──守ること……<後継>を。お前らに、世界は壊させねー。……だから世界は終わらない』




 † † †

 † † †




 空が、歪んで見える。

 世界の意思が怒り狂い、上空の空気がうねっているのか。

 この世界の余命があとどれほどかは分からないが、確実に寿命を短くすることだろう。それに、既存の生命に何か影響があるかもしれない。

 その怒りの対象であり、<後継>ラズの魂をその内に取り込んだ外敵──マガツは、大量の金剛石の球体を浮かべ、涼しい笑みを浮かべた。

 相対するレノの背後には、抜け殻のようにぐったりとしたラズと、その傷を癒すウィリがいる。──あの金剛石を避ければ、二人に当たる。肉体が完全に死んだら、ラズを助ける手立てはますますなくなってしまう。


「お前の師には会いたくないが、お前には会ってみたいと思っていた」


 ──師。白銀の竜に魂の力の使い方を教えた人物。愉悦で<喰らう者(イーター)>を狩る<狩人(ハンター)>でもある。性格は最悪で、なるべく会いたくない相手だ。

 固定の姿を持たない師であったが、銀髪碧眼の少年の姿をとることが多かった。面影はちょうど、目の前の青年によく似ている。その容姿に腹立たしさを覚えるのは、そのためだろう。──最初から、こちらを屈服させるために師と近い容姿を持つ者を依代としたのか。


 飛来する金剛石を睨み、レノは足元に手を着いた。前方の雪の下から分厚い岩の板が迫り上がり、巨石を阻む。戦いになりそうな平地にはあらかじめこういったものを仕込んである──ラズの発案だ。一回防いだだけでぼろぼろになって、もう使い物になりそうにないが。

 岩盤ごしに、マガツを見据える。


「──だから、猫又をわざと逃した?」

「そう──お前のことは猫又(そいつ)が洗いざらい吐いてくれた」

「……気分の悪い言い方が癖らしいですね」


 ──ただ力と記憶を奪うだけでなく、相当苦しめたに違いない。

 しかし、腹の底で煮えたぎるような怒りを抑え込み、あくまで冷ややかに返答する。──怒りなど負の感情を表出すれば敵の思う壺。何をしようと無駄だと、負けを認めさせなければいけない。これは、そういう戦いなのだ。


 マガツの金剛石を使った二度目の打撃攻撃を、ウィリたちを伴って避けた。

 刃に振動を纏わせれば切れなくもないが、出力を上げるのはあまり得意ではない。さりとて、重さがあって弾くのも難しい。


「猫又が見つからないと思ったら、あの少年の中にいたとはな……。まとめて喰えたからちょうど良かった」

「喰った? 招いたの間違いでしょう。私を相手にしないといけないから、急いで自分の内部世界に取り込まざるを得なかった。おかげであなたは中と外の両方から崩されることになる」


 マガツは常に身体の周囲に金剛石の槍を浮かせている。さっきからワイヤーを繰ってその間をすり抜けようと試みているが、あまりうまくいっていない。


「たかが<後継>を、買い被りすぎだろう。あんなにも甘く、脆い心で……腕が立つのには驚いたが、そんなものは関係ない──そしてお前も」


 マガツは足を引きずっており、ほとんど片足で立っている。

 そしてその場から動かず、術による猛攻を続ける。


「私を殺せる気でいるのが驚きです。たとえ誰を殺しても、私の心の深淵は壊せませんよ」

「執心の女が殺されても、同じことが言えるのか?」


 マガツはワイヤーを切りながら、三度目の金剛石の球を作り出した。炭素は至る所にある元素だが、あれほどの大きさの金剛石にするには少し時間がかかるらしい。


「……振り出しに戻るだけなんですよ。その程度が弱味になるなら、とうに生きるのをやめている」


 言ってレノは少し笑った。

 ──それは嘘だ。()()がもういないのならば、この生にしがみつく理由は何もない。途方もない年月を旅に費やし、たくさんのものと出会って、たくさんのものを感じた。満足している──ただ、一つの約束を守れていないことを除いて。


 三度、金剛石の硬球に包囲される。


(背後は崖──)


 飛びくる金剛石を、今度は白銀の布を作り出して袋状に絡め取る。それを遠方の岩に固定したワイヤーと繋げて勢いを削いだ。

 目前の雪に、金剛石の球が深々と沈み込む。ただし硬球の一つを止め切れない。爪で弾いて腕が痺れた。


「──っ」


 痛みを表情に出さず、マガツを見据える。

 火傷と、偽者のマガツを倒したときの振動の術の副作用で、腕のダメージが蓄積している。


「あなたは私に会いたかったと言いましたが、何のために?」

「──伝説と謳われる白銀の竜が実は情に脆く、旅の理由は恋人探し。恰好の獲物と思うだろう」

「なるほど。ではその期待は大外れですね」

「どうかな? 弱味を見せまいと虚勢を張っているだけかもしれない」


 続く硬球は硬球同士で繋げ合わせ反動を利用して打ち返す。流石にマガツの間合いに入ればまたその支配下に戻るのでカウンターには程遠いが、これで同じ手は通用しないことは理解しただろう。


「あなたは、弑し(むさぼ)って、何かしたいことでもあるんですか?」

「ただの──戯れさ」

「……」

「お前の師は、全ての物語を集めることが目的だというじゃないか。私はその逆がしたいのさ」

 

 マガツは楽しそうに顔を歪めた。


「私は禍ツ神──主にそう望まれて生みだされ、その世界を喰いつくして出てきた」

「…………成程」


 通りでこいつのことを知らないはずだ。<虚の王>が作った世界とは、まったく別のところから来たということ。……ラズの予想は当たっている。

 世界の主神が、守るはずの世界を憎み、歪んだ心で<後継>を生み出せば。その<後継>は世界を主神ごと滅ぼし、そしてその牙を外に向けることになるのだろう。


「迷惑な話ですね。そして、気の毒だ。他者と害意を向け合うだけの生とは」

「同情してもらわなくて一向に構わないさ──私にとっては害意は快い感情だ」

「全く、理解ができません」


 レノはため息をついた。

 その時、マガツの部下を倒したシャルグリートの声がした。


(わり)ぃ、レノ、待たせた! ──代わる』

「……シャル」


 自分に任せろ、とは言わないらしい。


「な──!!」


 マガツは驚いて背後を横目で確認する。


『……エーゼルを……お前ごときが倒しただと』

「計算が、崩れてきたようですね」


 レノは先ほどと違う笑みを浮かべた。


牙の竜(アングレイス)、正気に戻っていますか?』


 呼びかけると、牙の竜ははっとしたように瞬きして苦しそうに首を振った。


『……どうなっている』

『あなたのおかげで、もう残すは本懐のみですよ。ただ、巻き添えを食いたくなければ離れていてください』


 赤竜は鼻を鳴らして翼を打った。


 このまま牙の竜が大人しくしているならわざわざ手を出すことはないだろうが、意識が戻ってきたなら目障りに思うだろう。もし赤竜に手を出されてまた状況が悪化するよりは下がっていてもらうほうがましだ。


 レノが半歩踏み出すと、マガツはじり、と退がった。


「──私を殺せば、お前のお気に入りも死ぬぞ」

「怯えているんですか?」


 目を細め、碧い双眸を覗き込む。


「力の総量はあなたの方が多かった……しかしそれを雑兵に与え、さらに二つに分けてしまった。その半分を、今は中と外の両方に使わないといけない」


 力を与えたり、奪ったりするには、動きを止める必要がある。


「一番強い竜人の肉体を得ても、竜の私には敵いません……どれだけ強化しようとも」


 マガツの膝には、ラズが付けた傷痕がある。つまり奴自身の戦う力はその程度だということだ。


「終わりにしましょう──そろそろ」


 冷たい声で、ラズレイド・レノは言い放った。

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