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竜の旅人(12)……狩

 そこは、比較的人里に近い低地の谷だった。雪にごっそり削られてできたなだらかで広い場所だ。

 大山脈にはよく見られる地形だが、この山地においては翼の民が住む山の近くに小さなものがあるくらいらしい。

 斜面からの不意の攻撃については、レノが常に気を張ってくれているので、坂の下だけ気にすればいいのはありがたい。

 

 牙の竜は雪を溶かしてさらに水を蒸発させた後、その背にウィリを乗せたまますぐに高く飛翔した。マガツの術の間合いがどの程度かはまだ不明だが、出来るだけ近づきたくないのだろう。一度敗北していて、その傷はまだ癒えていない。


 その翼の音が遠くなる前に、谷底で人影が動いた。同時に何かが、チカチカと煌めく。

 霧で視界がぼやけて見辛いが、あれは。


「──危な──」

『『分かっている!』』


 思わず叫んだら、牙の竜の低い声が耳元で轟いた。

 透明な槍がびゅおっと霧を切り裂き、牙の竜のいた場所を通り過ぎる。赤い竜は空中で旋回しさらに高く飛び上がった。


 誰も声を発さず、坂の下を見据える。

 凍るような冷たい風が、霧を押し流していく。

 馴馬の蹄の音が遠く谷に響いてくる。

 やがて二十騎ほどの姿がはっきりと──見えた!


 間髪入れず、レノが指揮をするように腕を素早くしならせた。その指にはワイヤーを操るリングがはまっている。

 坂の下には予めワイヤーが張り巡らされているから、あとは仕掛けるだけのはず──


 バチバチバチ、と遠くで電気の炸裂音が響く。しかしレノは小さく舌打ちした。


「ほとんど切って逃れましたね──!」


 馴馬と数人は谷の入り口で膝をついたが、彼の言う通り十数名はそれぞれ金属様の武器を構え、こちらを目指して走り出している。


「嘘だろ……!? あれ初見で太刀打ちできるものじゃないよ?!」

「もともと分かっていた……と考えるべきですね」


 そう、予測していたかのような動きだった。最前列の竜人たちは、瞬時に大きな石柱を出して迫りくるワイヤーを(はば)み、引っかかったそれらを次々と切り落としたのだ。それでもワイヤーを()り、何人かを絡めとったレノもすごい。


「……レノの特技って、あとなんだっけ!」

「あとは竜人と似たり寄ったりです」


 武器を構え直して敵を見据える。

 後方で悠然と立つ銀髪の男が薄ら笑いを浮かべた。


「三人……いや四人か。案外少ないな」

「あの人が……お兄さん?」


 シャルグリートをちらりと見ると彼は眉根を寄せて首を捻った。


「──……ナンカ変だが」


 無秩序に駆けていた竜人たちの陣形が変わった。

 役割が予め決まっているのか、五人ほどの竜人が前に出ている。

 銀髪の男の、よく通る声が谷間に反響した。


「ワイヤーから、電気……ふむ。お前は躊躇なく切り刻むものだと思っていたが」

「今のところ善良な一市民を演じているのでね」


 対するレノはラズより一歩前に出る。彼の力の波動がビリビリと肌に感じられた。マガツの支配の術を寄せ付けないためだろう。


「随分と仲良くやっているのだな?」

「同じように生きる対等な生命です。あなたのようなモノはそれを認めないのでしょうが」

「くく……檻の中の見せ物に、気を()くお前たちの方が愚かしい。だがそんな議論は飽いた」

「……でしょうね」


「時間稼ぎの長話に付き合う気はないよ」


 細身の剣を抜き払って、ラズは会話を遮った。その男──マガツは目を細めて視線をこちらに向ける。


「少年……名はなんという?」

「……教えて──やんないね!」


 本気で地を蹴り最前列の竜人の肩に突きを放つ。避けようとしたその二の腕を切先が深くえぐった。──伝わる感触、宙に舞う赤。歯を食いしばって振り切り、反撃を受け流す。

 次の動作に移った時、耳障りな声がまた飛んできた。


「怖いのか? 私に名前を呼ばれるのが」

「別に! 為すべきことが明確なら恐怖なんて踏み越えるだけだ」


 叫び返す。──これ以上会話して気を取られたくない。

 ラズが踏み込むと同時に、シャルグリートとレノも攻めに転じている。彼らの方が断然速いので、実際の交戦はラズの方が数瞬遅い。

 レノの動きにラズはついていけないので、ラズを置いてレノは前に出られない。だから、レノが攻められる状況を作るにはラズが前に出るしかないのだ。

 どうやら、竜人たちの強さは単純な接近戦で以前のシャルグリートと同じくらい……催眠できるのは中位までだという話だから、その後なんらかの力で実力を底上げしたのだろうか。


(一人一人ならなんとかなるけど──数が多い……それにしてもなんでマガツは動かないんだ!?)


 ラズは最初の特攻以来術の使用をセーブしているが、敵に遅れは取っていない。そのことが少し心に余裕をもたらしていた。──混戦状態だが、味方の位置関係は常に頭に入れておかなければ。


「レノ! 尾根の方は!?」


 彼はラズをフォローしつつ、隙を見てワイヤーと電撃で確実に敵を無力化してくれている。


「雪崩の鎮静を待って、ソリで斜面を下る気のようです。できるだけ長引かせますが……」

「間に罠もいくつかあるだろ、無理しなくていい! 北東から来るだろうから、牙の竜は西側へってそれだけ伝えて!」


 通信に索敵、雪崩の操作までしながら接近戦で竜人たちを圧倒する姿は驚愕ものだが、負担をかけすぎる訳にはいかない。


「犠牲を出さず勝ちを求めるなど、長くは続かん。だからお前は負けるのだ」

「仲間は使い捨ての駒じゃない!」


 マガツはただ笑う。レノは何も言わない。

 少しの息苦しさを感じたのを、ラズは慌てて振り払った。


「コレで殺し合ったらバカだろーが!!」


 シャルグリートが同年代の竜人を殴り倒しながら叫んだ。

 かつてよく戦った相手だというのもあるのだろう。囲まれても手傷を負うことなく攻撃を受け流している。


「シャルグリート……? <虚の王>に力を与えられたのか」

『は? 舌舐めずりしてんじゃねえ、気持ち(わり)ぃ!』


 シャルグリートが作り出した黒い水晶がラズの目の前を通り過ぎて、その向こうで何か術を使おうとしていた竜人の腕に刺さった。

 怯んだ瞬間レノの電撃がその自由を奪う。──心配していた連携もできている。戦況は上々に思えた。


「おっと」


 戦場を常に舞うレノのワイヤーがマガツの頬を掠めた。小さな切り傷から赤い血が一筋落ちる。

 足元で無色の刃が閃き、白銀のワイヤーが地面に散らばった。


「……惜しかったな」


 言いながら軽い動作で、背後からのワイヤーを避けて前のめりになる。


「ナイス、レノ!」

「!」


 マガツ自身が生み出した刃に紛れる低い位置。レノが作ってくれた隙間を見逃さず、左手に持った剣で斜め下から腹を狙って振り上げた。


 キン──!


 硬い刃が再び構成され、ラズの剣を弾く。

 マガツはラズに構わず後ろを振り向いていて、レノの挟撃をギリギリで止めた。


 ガキン、と鈍い音がする。


 止められた白銀の刃は透明な盾を伝って檻のようにマガツを囲い込む。──今だ!


『でいやああ!!』


 上からシャルグリートが黒い水晶の槍を落とした。


「くっ……!」


 初めてマガツが表情を歪めた。

 途端、銀の粉のようなものがマガツの周囲にパッと舞う。


(なんだ──!?)


「退がれ!!」


 レノの声が耳もとで響いた。

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