竜の旅人(8)……虚の夢
『いったんここでは、彼のことを、マガツ、と呼ぶことにします』
牙の竜に気を遣ってか、レノは竜人の言葉で切り出した。それから、彼はラズに向かって人間の言葉で同じことを言う。
『ここ数日視ていて分かったことを言うと、……マガツは周囲の竜人に、精神支配のようなことをしているようです』
シャルグリートが唖然とする。
『精神シハイ? なんだそれ……』
『怪馬達が思念を直接人の心に伝えるのと似た仕組みで、マガツは強力な暗示をかけることができるらしい。上位の竜人には効きにくいらしく、中位の竜人を対象としているようですが』
『上位のヤツらはどうしてるんだ?』
『上位にしてもマガツに強い恐怖心を植え付けられて、従うしかない、という雰囲気ですね。後は、犯罪者を恩赦で解放し、取り巻きにしているようです』
ラズは顔を曇らせた。
本人の意思と関係なく戦いを強制されている人に刃を向けるのは心苦しい。一方で、犯罪者──自ら他者を傷つけるような人が徒党を組んでいるとなると、郷の人々はどれほど恐怖を強いられているのだろうか。
「──何人くらい?」
「少なくとも、二十……もっとかもしれません」
レノは腕を組みながら、考えるそぶりをした。
その様子に、不安を煽られる。
マガツは別格だとしても、その他の竜人たちは話によると強くてもシャルグリートとそんなに変わらないはず。こちらには赤竜もいるのだし、作戦次第でなんとかなるのではないのか。
難しい顔をしたまま、レノが口を開く。
『特に警戒すべきは三点……一つはマガツが仲間に力を与えているかもしれないこと。二つ目はマガツ自身が、未知の力を使ってくるかもしれないこと』
『力を与えるだと? 狂わされた存在にそんなことが出来るものか』
赤竜が一蹴したが、レノは顔色を変えずに返答する。
『今回の相手はイレギュラー過ぎるんです。それくらいあり得る』
レノが人間の言葉に言い直したのを聞いて、ラズは顔をしかめた。
「それって、どれくらい? 黒竜みたいなのがわんさか出てきたりしないよね?」
シャルグリートは術の力が増しただけのようだが、小鬼は変形して身体能力も上がっていたのを思い出す。
「人は自己認識がはっきりしているから、身体に大きな変化はないでしょうけど、どの程度かは予想がつきません」
ぞっとしない響きだ。
牙の竜が続きを促した。
『……三つ目は』
『三つ目は、こちらの手の内が既に知られているかもしれないこと。……特に私の力について、知識があるかもしれない』
彼が言わんとすることを図りかねて、ラズは首を傾げた。──たしかに彼は秘密主義で、索敵の術もラズの前でしか披露したことはない。ただ、それが既に知られているとしてそこまで心配することだろうか。
「……弱点を知られているかもしれないってこと?」
「ええ」
レノが頷く。さっき、打撃は効く、と言っていたのに関係するということか。
「そこまで不利な状況を想定するなら……牙の郷に乗り込むのは怖いなぁ」
「そうですね……ただ、このままここにいても不利になります。時間を稼いでも、これ以上こちらの戦力の強化も見込めませんが、逆は大いにあり得る」
「コロシアムで一族全員に対して単独で喧嘩売るような奴に対抗できるような、味方のあてなんてないだろうしね……」
「その通り。翼の竜は静観を決め込んでいますし、爪の竜は国境の監視で忙しいようで」
山地の東にいるという、別の竜人の民を守護する二頭の通称を挙げ、彼は肩を竦めた。
黙って聞いていたシャルグリートが痺れを切らしたように口を挟む。
「で、どうするんダ?」
「ここから出れば、マガツは僕の場所が分かるようになるから、向こうから狩りにくるんだよね」
「逃げる素振りを見せればそうせざるを得ないでしょうね」
「ならその途中に罠を仕掛けて、こちらに十分有利な場所に誘い込む、とか」
「ワナぁ?」
嫌そうな顔をするシャルグリートに苦笑いして、ラズは続ける。
「殺さずに勝ちたいなら、できることは全部やったほうがいいってこと」
「例えば?」
「うーん……」
具体的な案があった訳ではなく、ラズも考え込む。──ここは課題を明確にしていくべきか。
「まず一番不安なのは、人数的不利だけど」
「待ち伏せできるなら、ワイヤーで一網打尽にできますが」
「……それ、具体的にどうするの?」
「捕縛して電気で失神させます」
「あ、そっか」
旅立つ前に見せてくれた岩をも切り裂くワイヤー捌きを連想していたラズは、その言葉にほっとした。
考えを読んだようにレノが苦笑する。
「まあ確かに、いちいち捕まえないで手足でも切り刻む方が楽ですけど。血はまだ駄目なんでしょう?」
「……もう体調のコントロールくらいできると思うから、余裕がなければ気にしないでいい」
レノは竜人たちを殺める気はないらしい。──レノの性格なら『必要な犠牲だから目を瞑れ』と言うような気がしていたのだが。しかし理由を問いただして話がそちらに行ってしまうのも躊躇われる。
「ところで、電気を使うならワイヤー伝いじゃなくてもできるんじゃ?」
「数歩の距離なら可能ですが、離れた場所は媒介がないと」
「それがワイヤーってことか。白銀から作ったものは全部そう?」
「ええ。──実力のない者はそれで済みますが、問題はそこからですね」
レノは一度言葉を切った。
「……もし私が敵の立場なら、なんとしても先にラズを殺します。私の心を折るなら、それが一番効果がある。だから、なんらかの手を使って分断しようとするはずなんです」
「──それ、僕が屈しなければいいんだよね? 逆手に取れないかな?」
「それは却下です。もし敵の策に嵌ったときには君を信じますが、あえてその状況を作りたくはありません」
「……分かった。レノが戦い易い方がいい」
彼が『信じる』と言ってくれたことは、ラズは素直に嬉しかった。
「乱戦になったら、チームワークに自信ないね?」
「どっかの誰かさんが丸くなったから、なんとかなるんじゃないですか?」
「喧嘩売ってんのカ? お前ら……」
揶揄されたシャルグリートが半眼で睨むと、レノはくっくっと笑った。
相変わらず、シャルグリートをからかうのが楽しいらしい。
『牙の竜は怪我もありますし、ウィリ……こちらの小人と、マガツの射程外からフォローをしてもらえるとありがたいですが』
『貴様、配慮のつもりか? まあ、貴様らがチョロチョロする中に我が割って入るには無理があるが』
今度はこの話をウィリに通訳しないといけない。そう思って振り向くと、目が合った。
──というか、レノはウィリも来る前提で話しているが、本人はどう思っているのだろうか。
『……だって、ウィリはどうする?』
『手伝うわよ。あんたを守るのだって、私の役目なんだから。ちなみに、牙の竜は、他にどんな術を使うのかしら』
ウィリの問いかけを訳すと、シャルグリートの義姉がこれに答えた。
「牙の竜が操るのは、燐よ。生命を育み、温かさを与えることもできるし、それらを蝕む毒にもなれば、燃やし尽くすこともできるの」
「毒……か」
燐系統の毒は、致死性のものばかりと聞くので、あまり使って欲しくはない。一方で火炎とウィリの風の相性は良いように思う。
「あとは、谷の國みたいな地形があると理想的だね」
弓などの狙撃を心配しなくていいくらい高くて険しい崖に挟まれた斜面で、入り口が狭くなっていれば先手を打ちやすい。
「山地なので、似たような地形ならおそらく」
だんだん考え込むラズを面白そうに見ながら、レノが答えた。
「じゃあ、あとはどうやってそこに誘い出すかと、戦いになった時にいくつか有利な型を考えて準備をしておきたいね──」
「私は基本的に一人で戦って来た方なので、そういうのは君の方が得意だと思います。丸投げはしませんが、頼りにしていますよ」
「もしかしてその為にシャルと戦って見せてくれたの?」
「──さてね」
レノはふっと笑って肩を竦めた。




