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竜の旅人(7)……虚の夢

 翌日の午後──。


 赤竜の洞窟の前で、シャルグリートとレノが、静かに対峙していた。


 女司祭ウィリの献身でほとんど腫れが引いたシャルグリートは、危なげなく身体を動かせるようになっていた。

 牙の竜は彼の義姉に引っ張られて出てきたが、つまらなそうに頭と前脚を地面につけ、片目を開けていた。

 その巨大な尾にもたれて、ラズとウィリも観戦を決め込んでいる。ちなみにラズは傷そのものはほぼ完治したが術の使い過ぎで疲れが溜まっている為、あとは一日休みたいという容態だ。


『──ウィリ、牙の竜の目って治らないのかな』

『リンドウなら治せるんじゃないの? あの人、義眼とか作れそう』

『たしかに……』


 リンドウはラズが旅に出る前、神経がどうとか、ファナ=ノアの足が治せると言っていた。神経そのものは自分の身体にもあるので言われれば分かるが、他人のそれを作るというのはラズの理解の範疇を超えている。


『にしてもあんた、能天気ねえ……。シャルグリートがあんなに眉間に皺を寄せてるのに』

『シャルって意外にプレッシャーに弱いよね』


 さっきからずっと、シャルグリートは微動だにせず、右の拳を引いて体勢を低くしたままレノを睨みつけていた。

 対するレノは自然体で立っているだけだが、隙がない。


「っ!」


 意を決したシャルグリートがだっと前に出た。一気に距離を詰める。


(スピードが前より上がってる……!)


 昨日の訓練の要領で、術を身体能力の強化にも使うことにしたらしい。病み上がりで無茶をするものだ。

 シャルグリートはいきなり突っ込む事はせず、直前でステップを踏んで斜め後ろに回り込む。その拳には例の黒い水晶のナックルがはまっている。レノの白銀ではおそらく防げないだろう。


 レノは振り返ることなく、背中に目があるかのように的確に身体を反らせてシャルグリートの攻撃を避けた。

 そのまま角度を変えて打ち込まれる拳を、彼は表情を変えず避け、たまに受け流す。


「やっぱりすごいな……!」


 あれがラズなら、もしシャルグリートに連続突きをされると防戦一方ですぐに防ぎ切れなくなる。だからいつも彼と戦う時は、間合いの外から戦略を駆使してそのスピードを削ぐことから始めることになる。

 今はそれよりさらに速いのに、レノは平然と対応していて、逆にシャルグリートの方が息が上がりつつある。


『フラフラしやがって……!』


 不意に、レノが左手を掲げた。その手にいつの間にか──白銀の布が握られている。


「──目眩し?」

「……そう。ブービーですが」


 ラズの呟きに少し笑って答え、彼は布を勢いよく広げた。


『チッ、なんだよこれ!』


 拳にまとわりつく薄布を避けようとしてシャルグリートが退がろうとする。


「シャル! 退がったら思う壺だ!」


 思わず送った声援に、レノが苦笑した。

 シャルグリートの後方には、チリチリと発光するワイヤーが舞っている。触れれば感電して動けなくなるだろう。

 シャルグリートははっとして体勢を低くして布の下を潜り抜ける。


『でやぁ!!』


 気合いとともに、黒い剣山がレノの足元から突き上がった。

 しかしレノは一瞬早く風を纏って宙に回避している。


『まだだ!』


 剣山が四方八方に散って空中のレノを囲い込む。


「……」


 白銀の瞳が細められた。

 ラズは固唾を飲んでその光景を見つめる。


(切り落としたりは難しいから、さらに上に回避するしかない……よな?)


 ラズの予想と裏腹に、レノはその手の甲に、爪状の刃を作り出した。


(迎え撃つ気なのか!? あの数を!?)


 黒水晶の剣が空中を音もなく滑りだす。



 キィン! キンキンキン────!



 甲高い金属音が鳴り響く。


 ──スタ!


 軽い着地音と共に、レノが地上に降り立った。


 両手の十本の刃で黒水晶を弾ききったのだ。空中で演舞をしているかのように素早く鮮やかな動きだった。

 脚を曲げた低い体勢から、地を蹴り、交差させた両腕を開きながら間合いを詰める。


「──っ!」


 シャルグリートは少し焦った表情で、その頭上に空中の黒水晶を落とそうとするが、全く間に合わない。彼は苦し紛れに両腕に水晶を纏って盾を作り出した。


 ガキン!


 鈍い音が響く。黒水晶はびくともしていない。

 しかし、あの勢いの十本の刃が防がれたにしては軽い音──衝突の瞬間、鎖に形状が変わり、放射線状に伸びている!


「──うわ! クソ!!」


 防御の姿勢をとっていたシャルグリートは対処が遅れたのかあっさりと捕縛された。


「ここで私が電撃を使えば勝負あり、ですが」


 片手でシャルグリートを抑え、もう片方の手で遅れて頭上から落ちてくる黒水晶を弾きながらレノが口を開く。


『勝ち誇るには早えよ!』


 叫びながら、シャルグリートが強い術の<波動>を放った。離れていてもびりびりと肌に感じるほどで、赤竜がピクリと瞼を動かした。

 おそらく、これは昨日の相手の身体を支配下に置く術──至近距離を活かして、レノの動きを止めるつもりか。

 シャルグリートの口元に浮かんだ笑みは、しかし、次の瞬間驚愕に変わった。


「──!」


 細められたプラチナの瞳が涼やかに光る。


「……その程度の支配力では私の自由は奪えませんよ」


 そうか──彼の本来得意とするところは──<擬態>。


(身体の構成要素を操るのが得意だから、他人が制御を奪える訳がないってことか──)


 ここまでシャルグリートの攻撃は一つも届いていない。


 彼はギリ、と奥歯を鳴らし、吠えた。


『くっそ……! ──()けねー! ぜってー、諦めね──!!!』


 シャルグリートは水晶のナイフで白銀の鎖を力任せに断ち切る。

 そのまま身体を捻りながら前に出て、体重を乗せた右の拳を打ち出した。


 対するレノはその場から動かない。

 持ち上がった黒水晶の刃が浮かび上がって四方から狙いを定めていたからだ。


「ご丁寧に、上からも……」


 退路はない。

 レノは眉間に皺を寄せた。迫る拳を左手で受け流す。


 ドス、ドス──


 その身体を、黒水晶の刃が鈍い音を立てて串刺しにした。

 片手剣の長さほどある一本一本が、手足、胴を深々と──貫通する。

 ラズは思わず叫んだ。


「レノ!!」


 まさかこうなると思っていなかったのか、シャルグリートもショックを受けたように目を見開いた。


「……ッ」


 膝をついたレノをシャルグリートが慌てて支える。


『なんでッ……! なんとかできるんじゃねーのかよッ!!』

『おや? ……今まで、相手を……殺してもなんとも思わなかった癖に、心配してくれるんですか?』


 小さな、掠れた声でレノが囁く。


『……っ!』


 シャルグリートは顔を歪めた。


『手加減も含めて……君を甘く見ていた私の失態ですから──気にしなくていい』


 黒いシャツに黒い水晶の刃が何本も突き立っている。彼の血も黒いはずなので、どれほど血が流れているかは判然としない。


『──すみません。君が強くなったことも理解した上で……、もう一度だけ……頼みます。マガツ……あの男は私に任せてください』

『……なんで。負けた癖に、そこまで』

『君と同じ……、どうしても自分がやらなければならない、……と思うからです。あれは……<虚の王>の作った摂理すら超えうる存在ですから』

『だったらなんだよ! 俺だって戦えるだろ!!』


 レノは浅くため息をついた。

 シャルグリートは険しい表情をしたまま、低い声でゆっくり口を開いた。


『……昔、竜のお前に──『何のために強くなるのか』って訊かれた』

『……そういえば、そんなこともありましたね』

『あの時お前に世界を見ろと言われなかったら……多分全然違う生き方をしていたんだ、俺は』

『おや……。小さい郷で……ヒーロー気取りをしていたので何となく……言っただけだったんですが』

『チッ、分かってんよ。──でも、あの時言ったことが……今の答えだ』

『守るため……か。そのために勝たないといけない──君のその覚悟は充分伝わりました』


 彼はプラチナの瞳を少し虚しげに伏せる。


『なら、約束しましょう──、一人の友人として。それぞれの大事なもののために、共通の敵を、協力して倒す。……それで構いませんか』


 レノの静かな目を、シャルグリートは複雑な表情をして受け止める。


『約束……する。お前が、自分でなんとかしたいって気持ちも汲んでやるよ、仕方ねえから』


 レノはもう一度浅く息を吐き、少し表情を緩めた。


『その傷……治るまでどれくらいかかるんだ?』


 罪悪感からか顔を曇らせてシャルグリートが尋ねると、レノは少し考えてから、口を開いた。


『ああ……、別に、傷、というほどではありません』

『──は?』

『抜いてもらえますか?』

『いや……血が一気に出るだろ』

『大丈夫……ですから』


 躊躇いながらもシャルグリートは黒水晶の刃を操ってレノの身体から取り除いた。

 ガチン、と重い音を立てて黒い刃が足元の岩を叩く。

 シャルグリートは唖然として声をあげた。


『──はああ?』

「……斬撃は効かないんですよ、基本的に」


 傷口が瞬時に塞がるのを見て間抜けな顔をしているシャルグリートから目を逸らし、レノは伸びをする。


『おまっ! じゃあさっきの弱々しい感じは何だったんだ!』

「肺に穴が空いたままだとさすがに喋りにくいし、骨や筋肉に隙間が出来たら普通に立ってられません」


 しれっと言ってラズをちらりと見る。

 ラズは駆けつけようかと逡巡していたが、レノの顔色が普段通りなのと、いつになく真剣そうだったのではらはらしつつも黙って様子を見ていたのだった。


「……打撃なら効くの?」


 ラズは控えめに訊いてみた。

 動けなくなるのに、あえて刃を受けてまで、シャルグリートの拳を防いだのには、なにか理由があるのだろうか。


「体組織が破壊されるので、そこそこ。シャルに頭を殴られたら、ただじゃ済まない」

「そう……なんだ」


 赤竜が鼻を鳴らした。


牙の竜(アングレイス)、ご感想は?』

『闘争心の無さに呆れた』

『……左様で』

『しかし、刺されても平気だなどと、化け物じみているな』

『……まあ、自覚があるからあまり見せたくないんですよ。今のうちに白状すると、バラバラのまま動かしたりもできます』


 レノは肩を竦めて笑った。


『ラズの怪我もそろそろ治ってきたようだし、これからどうするか、このまま少し、話をしましょうか』


技名覚書。

叫んでくれないし、ラズ視点だと挟めないので……



★シャルグリート

・水晶のナックル

→『ハリケーンクォーツ』


・水晶の盾

→『スケルタス』


・水晶の操り人形

→『ファーデン』


・水晶の刃

→『シンギングクリスタル』



ブクマ、★評価、何卒宜しくお願いいたします!

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cont_access.php?citi_cont_id=442401462&s
― 新着の感想 ―
[良い点] フラフラしやがっての後の地の文の書き方がとてもいいように思いましたw [気になる点] 技名…w 声に出さなくても<<>>とかでしれっと書いてあっても気にならないような気がしました…w ただ…
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