竜の旅人(5)……虚の夢
その日の午後、洞窟を出たところで、ラズはシャルグリートを待っていた。
午前中は、ウィリに怒られて結局治療の続きをしてもらっていたシャルグリートの側で、ラズも自分の傷を治すのに集中した。
日常の動きで痛みを感じないところまで治せたので、そろそろ食事も普通に摂れるだろう。
ちなみにこの三日間食事に関する内臓の役割を術で代替していた。案外なんとかなるものだ。と言ったらまたウィリに引かれたが。
(消化とか吸収とか、奥が深いな。分子レベルのコントロールのいい練習になる)
そういえばノアの郷で石油から木材を作れないか考えていたが、今ならとっつきやすいかもしれない。
滑って転ぶことがないよう、岩の表面を埋める苔をむしっていると、シャルグリートとウィリが出てきた。
本当は苔むしりなどせず術でさくっと分解してしまいたいが、ただでさえ輝石の都合で燃費が悪いのに、ずっと治療やらなんやらで術を使いっぱなしなので、節約しないといけない。
ラズを見つけたウィリが、口を尖らせて叫んだ。
『ラズ! こいつに、じっとしてるように言ってよ!』
『いや……それは』
それを言うならラズも絶対安静だろう。
『とりあえず、ウィリも術の使いすぎで暫く休まないといけないでしょ。その間にリハビリしてもいいと思うよ。心配なら、悪化しないように見てれば』
『……あんたは何やってんのよ。もしかして、一緒に訓練でもするつもり?』
ウィリは不機嫌そうな顔でため息をついた。
『まあ、そんなところ』
シャルグリートは、腫れた脹脛に体重を乗せないように洞窟の石壁に片手を突いている。
「結局、訓練どころじゃないんじゃないの?」
むしった苔から木剣を生み出しながら、ラズは訊ねた。
「……いや、チョット試す」
シャルグリートは水晶を取り出した。それを握り込んで散らすと、腫れた箇所に溶けるように消えていく。
見た目は変わらないが、彼はゆっくり壁から手を離した。
(身体に散らした水晶を操って、肉体の動きをサポートしようってとこかな)
そうやって操り人形のように身体を動かすと、加減を誤れば肉体を壊し兼ねないのでラズは試したことがない。
ゆっくりした動きをする際、怪我の患部周りに負担をかけない為に使うならちょうどいいかもしれない。
「そんなことできたんだ、すごいな」
「……俺ハ、ここでは天才の部類なんダ」
「あはは……、自分で言うことじゃないだろ」
苦笑しつつ、ラズはシャルグリートの前に進み出た。
「いくよ」
ゆっくりと踏み込みながら木剣を下から斜めに切り上げる。
「ナンダこれ止めればいいのカ?」
「止めるなら切れ味あげて斬り払うから、押し合う気がないなら避ければ?」
シャルグリートが波動でこちらの術を打ち消そうとしたことはない。鍔迫り合いでラズが<是空>を使えば、シャルグリートの負けだろう。──が。
「舐められたら受ケルしかナイ!」
木剣に拳を合わせて、シャルグリートは水晶に気を通わせる。
「あれ、それ──シリコンカーバイド……出来ないんじゃなかったのか」
手の甲のナックルが黒く変化したのを見て、ラズは驚いた。
かつて苦戦した黒竜の鱗と似通った物質──その硬さは水晶をはるかに超え、金剛石に次ぐ。
「……さてナ」
これを自在に操り気を通わせられるとなれば簡単には切れない。
ラズはあっさり剣を引いて一歩下がる。
──術のレベルが、明らかに跳ね上がっている。
「……それができるなら、実は他人の体のケイ素も操れるようになってる、とか?」
「試していいのカ?」
ラズは瞬きして、ニヤッと笑った。
「いーよ。ディグルエストさん──マガツも使うんだろ、その技。抵抗できるか知りたい」
「強気ダナ」
シャルグリートは脂汗を額に浮かべながらも、いつもの凶悪な笑みを見せた。
ざわ……!
ゆっくりとした拳を避けようとするラズの足が、反対側から引っ張られているかのようにどっと重くなる。
「……なーるほど」
──厄介だが、これくらいなら。
足に気を一気に通わせ、跳ね除ける──
ダンッ!!
踏みしめた足が岩を強く叩いた。
「あ゛っ」
簡単に抵抗されて、シャルグリートが悔しそうな顔をした。
振り抜こうとしていた彼の拳をそのまま避けて、腕に手を添えて外側にいなす。
──自分にも同じようなことができるだろうか。
「こうかな?」
体勢を崩したシャルグリートの全身に波動を当てて、全てを支配下に置くことを試みる。
「ふん、へでもねぇナ」
シャルグリートは笑いながら、何事もないかのように体勢を整える。
「影響届きにくいなぁ」
猛獣の身体を分解したりして直接ダメージを与えるのと同じことは、当然人相手にもできる。
しかし、術師相手だと常に身体を気が守っているので生半可なことではないのだ。──試したことはないが。
『もういっちょ!』
ぎし、とシャルグリートの術が、またラズの身体の動きを鈍くする。竜人が使うからだろう、抵抗が難しい。身体の中に裏切り者がいるかのようだ。
「……ギブ。これは抵抗できない」
術の掛け合いにギブアップを宣言すると、シャルグリートは少し嬉しそうに術を解いた。
「本調子ならいけんのカ?」
「さあ。自信はあるけど」
シャルグリートとこんな風に試し合いをするのは初めてだ。
あくまで技の確認で、こちらを屈服させる気がないのが伝わってくる。
「なんで急に、今まで使えなかった術が使えるようになってるのさ?」
その原因は薄々予想が付くが、ラズは質問してみた。
その問いに、シャルグリートは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「──借りた、条件付きデ」
「条件?」
誰から、とは訊かなかった。シャルグリートも今朝ラズが心配していた件でそれ以上の説明は不要だと思っているようだった。
「教えナイ」
ラズの剣を弾きながら、シャルグリートは苦笑いした。
そもそも剣対素手はハンデがあるが、身長差が頭二つ分くらいあるので、剣がないと間合いが違いすぎて戦い辛い。
「……悪いものじゃないだろうね? 命を差し出すとか」
手首へ落とされる手刀を左手で止めて捻りあげる。関節を極めるのに体格差はあまり関係ない。
「げっ、ナンダそれ?!」
「こうなるように誘い込んだんだけど。気付かなかった?」
「待テ待テ、いつからだ」
「六合くらい前」
シャルグリートの手を離して少し笑う。策が上手くいくと楽しい。
「シャルは二手先くらいまでしか組み立ててないよな」
若干情けない表情で、シャルグリートはぼやく。
「あ、あんま先を考えるシテモ相手は思い通り動かナイダロ……」
「で、条件って?」
「まだ気にしてたノカ? ……悪い事じゃナイ」
彼はまた苦笑した。答えるつもりはないらしい。
「……なら良いけど……」
岩に腰を下ろして見守っていたウィリがつまらなそうに欠伸した。
『変わったわね、シャルグリート』
『うん、絶対優位に立つって雰囲気が減ったね』
以前と違い、相対するときの緊張を強いられなくなったように思う。
どころか、とウィリは続けた。
『あんたの怪我が悪化しないように気を遣ってるのよ。びっくりだわ。今までは、大怪我させようと気にも留めない危なっかしい雰囲気だったのに、今日は安心して見てられる』
『──確かに』
気を遣っているどころか、ラズが体勢を崩したらさりげなくフォローさえしてくれる。
続けてウィリは、ラズを見つめた。
『あんたも、ちょっと変わった』
『そう?』
『声が掠れて少し低くなってるからかもしれないけど……戦っているとき、語気が荒く感じる』
『あー、うん。そうかも』
なんとなく斜に構えている自覚はある。
普段も、掠れ気味の声で子どもっぽい喋り方をすると気持ち悪いな、と感じていて、少し乱暴に喋るくらいの方がむしろ普通かもとすら思ったりもする。
ウィリと話している間も訓練は続けていて、苔を取り除いていないところに誘導されたシャルグリートが足を滑らせて尻もちをついた。
「くっそー、分かってたのに、逃げ場がなんでナイ! ──で、お前ら何話してんダ?」
「シャルは横から攻められると退がる癖があるんだよ。──ウィリとは、シャルが変わったって話してた」
そう言うと、彼は戸惑った顔で視線を落とした。
「──弱くなった……カ?」
「いいや、……頼りになる、かな」
「──そうカ」
シャルグリートは少し驚いた顔をしてから、肩を竦めた。
『……一つ、目標達成だな』




