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竜の旅人(2)……虚の夢

「何か、ご用ですか?」


 今し方洞窟の入り口に姿を現した、シャルグリートの義姉──ルクエは注目されたことに戸惑いながら口を開いた。


「白銀の竜──様?」

「レノ、と呼んでください。普段人に混ざって漫遊しているだけなので、そのように扱っていただけると助かります」

「はい、あの、ええと……レノ()


 ──『()』って!

 ぶっとラズが吹き出した。レノも苦笑する。


「敬称を付けるならせめて『さん』にしてください」

「じゃあ、レノさん……、あの!」


 彼女は必死の様相で上目遣いにレノをまっすぐと見つめた。


「……お願いします、(ディック)を……殺さないでください」

「……そういう話は不毛です。私は別に殺すとも殺さないとも言っていない。殺気立っている牙の竜に言う方が先では?」


 そのそっけない横顔を見上げて、ラズは問いかけた。


「レノは……どうする気なの?」

「戦いになるなら、原因となるモノは()()()()つもりでいます。その後の生死は本人次第ですね」


 彼は普段の表情のまま、似つかわしくない残酷なことを言ってのける。


「そうしたら──元に……戻るんですか?」

「──さあ。経験がないので」

「……」


 彼女は唇をひき結んだ。ラズも下手なことは言えず、はらはらしながら二人のやりとりを見守るしかない。


「何はともあれ、彼らの怪我が治るまでの数日、動きませんので」

「──そういや、なんで待ってくれてるの?」

「怪我のまま連れて行っても足手まといですし、怪我のまま別行動したら、裏をかかれるかもしれない。君たち、ここでじっとしててはくれないでしょう?」

「あー、そっか」


 妙に納得して頭を掻くと、シャルグリートの義姉はぎこちなく笑った。


「仲がいいんですね。……まるで、お義父様と牙の竜みたい」

「あくまで私を竜の枠にはめる気ですね……まあどうでもいいですけど」


 レノは目を細めてため息をついた。


「僕はレノがここまでがドッキリで実は竜人でした、って言っても納得するけどなぁ」

「ほう……その台詞は、君の父親(リク)を思い出しますね」

「父様が、なんて?」

「リクは……竜の姿で会ったのが最初だったんですが」

「へえ……! まあ、父様は、物怖じしないもんなぁ」

「そう。乗せてくれ、って言われた時は笑っちゃいました」


 思い出したように彼の顔が緩む。


「なんて返したの?」

「人の姿になってみせて、この男の背に跨りたいですか?ってからかったら、とても狼狽えて……平謝りされたので、ああ、純粋な人なんだなあと」

「父様らしいや」


 ラズも笑った。よく、母の機嫌を損ねた際に、子どもたちの前とか関係なく謝っていた姿を思い出す。


「……で、最後に実は竜人なのか、と訊かれて。初対面が竜なのに、どちらかというと人に見えると言われるのは初めてだったので新鮮でした」


 レノはくっくっと思い出し笑いをする。


「……どうして、人の姿になろうと?」


 シャルグリートの義姉は首を傾げた。彼女はレノの話に少し緊張が解れたようだった。


「──育ての親が人間だったから、です」


 ラズは数ヶ月前に彼から聞いた話を思い出していた。

 確か、敵対する者たちに捕らえられて育った、と言っていた。つまり、竜の子どもだった彼を人間が捕らえて育てた、ということだったのか。


「──だから、人間のような心を持っていて、竜としては『異端』?」

「かもしれませんね」


 ラズの言葉に、彼はまた曖昧に笑った。──また、これ以上話す気のないやつだ。

 追求をやめて、話を変える。


「そういや、レノって荒野あたりから谷の國まで飛んだりできるの? どれくらい時間がかかる?」


 シャルグリートの義姉は急に知らない地名が出てきてきょとんとした。


「谷の國?」

「僕の故郷。大山脈の中腹にあるんだけど」

「……はあ。だいたい、十二時間くらいですかね。なぜ急にそれを?」

「十二時間!? ──いや、気になってたんだ。初夏にブレイズさんと会ってて、どうやって数ヶ月も経たないうちに谷の國に来れたのかなって」


 徒歩の旅ならば一年以上かかる道のりだと言ったのはレノ自身だ。馬と怪馬を乗り継いで四ヶ月かかったのだから、もっと早い移動手段がないとおかしい。

 竜の飛ぶ速さは怪馬の倍と言っていたし、竜についてシャルグリートよりも詳しいしで、もしかすると何か竜を手懐ける特技でも持っているのかもとも考えたりもした。


「あと……ないとは思ったんだけど、巨人のことも妙に詳しいし、助けてくれたタイミングが絶妙に事件の後だったから、裏で何か糸を引いてたりして?とか」

「……そこまで考えながら今まで普通に接していたんですか? 恐れ入るな……」

「なんであの日國に来てたの?って訊いても今まで『偶然』で通してたよねぇ」

「まあ怪しいですよね……。さっき話したことは、こういうことが起きない限り私から教える気はなかったから」


 レノは苦笑いして続けた。


「襲撃があった夕方はこの近くの(リーサス)領にいました。君の()()が急に弱くなったから、駆けつけたんですよ、あれでも。これで納得してくれますか?」

「だから、思っただけで疑ってないって。あのさ、だったら、朝……國がどうなっていたか……見た?」

「ええ。巨人たちは遺体を燃やしていたので、君の父親(リク)は見つかりませんでしたが」

「──仇討ちとか考えなかったの?」

「……私がそういうことを考えるタイプに見えますか?」

「でも、大事な人を殺されて、怒らない人には見えない」

「……」


 レノは少しだけ瞑目した。

 重くなった空気を感じ、シャルグリートの義姉が気まずそうな顔をする。


「……いいえ、その瞬間を見ずに済んだので。私が感じたのは虚しさだけです。それは山ほど経験してきたから……割り切るのは慣れています」

「虚しさを──山ほど……」


 レノはラズの目を見て、淡く笑った。


「私の辛さまで共感してくれなくていい。それに今は、結構充実しているから」


 その言葉には嘘がないように感じられた。


「だけど、多分僕も……レノより先に死んじゃうよ」

「自分のことを気にしては? 小人は人間より短命です」


 多分、レノはファナ=ノアのことを言っているんだろう。幼馴染で、無二の親友……ラズの心の大きな支えになっているのはファナ=ノアの存在だから。


「──でも、全ては君たち次第」

「え?」


 レノの最後の言葉は小さくてよく聞き取れなかった。

 彼は言い直す気は無いように笑って首を振った。

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