33_居眠り
評価してくださった方がちらほらいて、モチベ上がって水曜に出しちゃいましたが(しかも木曜と間違えた件……)、いつも通り今日から再開します!評価いただき感謝of感謝です……!
食事後も心桜がこちらに滞在するようになって、数日が経った。
共同で勉強をする所から始まり、今では夜遅くまで、当たり前のように心桜がいる。
お風呂と就寝、朝の準備以外は翼の家にいるため、心桜がこの家にいるのもすっかり見慣れてきた。
この日の夜もいつものように翼がトレーニングを終え、マットを後にしてダイニングテーブルで勉強しているであろう心桜に声をかけようとするが――
「……心桜さん?」
テーブルに座っている心桜は、ノートに顔をぺたりと伏せ、ゆっくりとした寝息を立てている。
その無防備な姿に翼の思考が一瞬止まる。
こちらで長居するようになったということは、翼に生活リズムを合わせているようなものだ。
さらに心桜は学校に通いながら料理もこなし、そのうえ何時間も勉強も重ねている。
慣れない急激な変化に疲れないはずがなかった。
「……頑張ってるもんな」
静かに呟いた声には、労いと、どこかくすぐったい感情が混じっていた。
頑張り屋さんで人に尽くす彼女を起こすのも憚られる。
心桜の家は隣なので帰宅に関して心配する事もなく、このまま少し休んでいてもいいだろうと思った。
クローゼットからブランケットを取り出し、ふわりと彼女の肩にかける。
柔らかな髪が揺れて、顔の輪郭が少しだけ見えた。
寝顔は穏やかで、少しだけしか見ていないにも関わらず、こちらまで胸が温かくなる。
「……お疲れ様。いつも、ありがとう」
そう声をかけたあと、翼は彼女から目を離して、しばらくそっとしておくことに決めた。
静かな寝息を背に感じつつ、お風呂の準備に向かう。
「ど、どうしよう……」
しかし、30分が経過しても彼女は一向に起きなかった。
困惑と焦りを混ぜた呟きが翼の口から漏れる。
そんな彼を知らずか、心桜はブランケットに包まったまま、小さく身を丸め心地よさそうに夢の中にいる。
寝づらい体勢なので自然に起きるかと思ったが、なんなら先ほどよりも眠りが深くなっているような気がする。
これはもう自力で起きることはないだろうと判断し、仕方がないので彼女に近寄って大声を出す。
「心桜さん! 心桜さん!」
「ん……」
かなりの声量で呼んだとしても、かすかに顔が動いたと思ったら、再びすぅ……と静かな寝息が返ってきた。
そんなことを繰り返すこと幾たび、ただひたすらに時間はすぎていく。
「ま、まさかここまでとは……」
肩を上下させ、ぜーぜーと息を乱す翼に対して、心桜は穏やかに寝息を立てたまま。
もはや声掛けでは無理だと諦めるしかないほどの彼女の寝姿に、翼は思わずぽつりと呟いた。
「……意外と寝るのは好きなのか?」
そういえばこの前の朝は寝坊をしていたと思い出す。
さらに今、頑なに起きようとしないその姿を見て、心桜が寝坊助さんという普段の姿からは想像もできない推測が立てられる。
あまりにも意外すぎる彼女の一面を目にして、翼は驚きを隠せない。
もしかしたら深い信頼を得たからこそ、今こうやって油断した姿を見せてくれているのかもしれない。
ただ、あまりにも無警戒過ぎて、絶対に男として見られていないと翼は拗ねたくもなる。
信頼の証拠に無警戒にと、思うところはたくさんあるが、そんなことより彼女を制服のまま寝させるのも良くないし、何より気まずい。
どうにかして起きてもらうしかないが、彼女に触れるのは躊躇われるので、翼はスマホを取り出した。
「居眠り、起こす、方法……と」
そうやって調べれば、出てくるのは“肩を揺する”“耳元で囁く”など、どれもこれもセクハラまがいなものばかり。
やるにしてもそういうのは最終手段にしたいので、ぶんぶんと頭を振りながら、必死にスマホをスクロールする。
「……冷たいものを当てる……これならっ」
スマホを片手に急いでキッチンへ向かい、コップに氷を入れて水をくむ。
コップがひんやりしてきたのを感じながら、恐る恐るといった足取りで心桜の横に立つ。
そして意を決したように、冷えてきたコップを、心桜の手の甲にそっとあてた。
「ひゃっ」
心桜の肩がびくんと跳ね、彼女の口から声が漏れる。
そんな彼女の声音と反応を受け、翼は固まって頭が真っ白になる。
「なにぃ」
寝起きの心桜は、何をされたかよくわかってないのか、ちょっと怒ったような、それでいて甘えるような声を出した。
「……つばさ、くん?」
こてん、と首をかしげながら、ぼんやりした目で見上げてくる彼女。
その瞳はとろんとしていて、表情はとても緩んでいた。
(や、やばい……!!)
ふにゃふにゃの甘くとろけきった声を聴いた翼は、当然ながら何もできなかった。
聞いてはいけないもの、見てはいけないものを目の当たりにしている気分になり、罪悪感すらつのる。
そんな翼などお構いなしなのか、心桜は少しばかりぼーっとしたのちに、「……んぅ」といいながらまた机に顔をうずめた。
「ちょ、ちょっと心桜さん起きてえぇ!!」
名前を呼んだので、彼女は間違いなく、傍にいる人を翼と認識したはずだ。
その上で寝るのを続行したため、完全になんとも思われていないと、男のプライドがズタズタになって泣きたくなる翼であった。
そんな気持ちでやけくそ気味に、心桜へ再び大声をあげるが、彼女は全く頭をあげようとしない。
ここまでくると筋金入りの寝坊助さんとしか言いようがない。
もう手段を選んでいられる場合じゃないとは思うが、またあんなとろけた声を聴くなんてのは絶対に無理だと翼は思考を振り払う。
起こす方法は他にないかとネットで調べても、触る行為ばかりが目につき、もう仕方がないかと諦めて、彼女の肩を片手で揺らす。
「お願いだから起きて……ほんとに頼む……」
「……むぅ」
さすがに揺らされると無視できなかったのか、心桜は顔をゆっくり上げたと思ったら、半目でじとっと睨まれた。
完全に寝ぼけたままな顔を前にして、翼はここが踏ん張り時だと全力で起こしにかかる。
「心桜さん!! 寝るにしても!! ベッドで!! 寝ようよ!!」
「……声おっきい」
「ご、ごめん」
必死さを滲ませた翼の声を受けて、尤もすぎる感想を口にした心桜は、それでようやく体をおこした。
しかしそれでもまだ意識が覚醒していないのか、ぼーっと視線が定まっておらず、ふわふわとしたゆるい雰囲気のままだ。
そのあまりに可愛いらしい姿を目にした翼は、思わず息を呑む。
自分を信頼してくれているのは嬉しいが、だとしても限度がある。
寝ている間どころか寝起きすらも完全に無防備で、そんな姿を見せられ続けて心臓が跳ね上がって痛い。
おそらく彼女はどこでもいくらでも寝れるはずだろうなんて、そんなことを確信できるほどに手は尽くした。
なのであとは心桜に任せて途方に暮れていると、彼女はふいにぽつりと呟いた。
「べっど……」
先ほど翼が口にしたベッドに反応したのか、心桜はそう言いながらフラフラと立った。
ようやく自宅に帰ってくれるのかと思い、ほっとした翼は一息つく。
「こっち」
「ちょっとおぉぉぉ!?」
安心したのもつかの間、心桜は真っ直ぐ翼の寝室の前まで移動して、迷いなく扉を開けた。
心桜と翼の家は間取りが同じなため、寝ぼけても寝室の方向はわかっているらしく最短距離を辿っており、翼が油断したすきに寝室へと入る。
「あれ……あった」
心桜は寝室に入ったと思ったら、少しだけきょろきょろと周りを見渡す。
さすがにベッドの位置は同じではなかったらしい。
しかし翼が止める間もなくすぐにベッドを見つけたかと思えば、ベッドに頭からダイブする。
そしてそのまま、くぅくぅと寝息を立て始めた。
「は、はやすぎる……」
翼が彼女に声をかけたり止めに入る間もなく、帰巣本能でベッドへ辿り着き秒で寝始める心桜。
間違いなく眠りのプロで何も抵抗できなかったが、果たして見てよかったのかと翼は気まずくなる。
しかし今更、心桜の可愛らしい寝顔を前に起こす気にもなれず、また全力で寝に入った彼女が起きるとは到底思えないので、そのまま肩を落とすしかなかった。
「寝れなかった……」
翼はマットの上で、ただ天井を見つめたままそう呟く。
心桜が寝た後、冬用の寝具を引っ張りだしてリビングにて寝る状態を整え、6月なのでクーラーをかければ寝れるだろうと思っていた。
しかし自分のベッドで心桜が寝ているという事実に、気が動転しっぱなしで入眠など到底不可能だった。
カーテンの隙間から漏れる朝日を見て、寝る事を諦めて立ち上がる。
いろいろと現実逃避して動かなかったが、さすがにそろそろ起きないとまずい時間ではある。
寝室から一向に反応がなく、もはや迷っている場合ではないと現実が突き付けられる。
後で精一杯謝ろうと覚悟を決めて、翼は寝室のドアをノックした。
「お邪魔しまーす……」
自宅の寝室なのにそんなことを言いながら、静かなままの寝室に入る。
ベッドの近くまで寄れば、相も変わらず穏やかな寝息を立てている心桜がいた。
「本当にどうしようこれ……」
布団に包まれたまま、心桜はまるで自宅にいるかのようにすやすやと眠っている。
昨日の感じから、ちょっとやそっとじゃ起きない事は分かっているが、翼は再び大声を上げて起こそうとする。
「心桜さん! 起きて!!」
「んう……」
しかし翼の努力もむなしく、心桜は掛け布団より深く被って徹底ガードの姿勢を見せた。
「もうだめだ……起こせる気がしない……」
そうやって翼が打ちひしがれたように頭を抱えたその時。
――ピーピー! ピーピー! ピーピーーー! ピーピー! ピーピーピー! ピーピー! ピーピーピーピー! !
「うるさぁっ!?」
この世の終わりのような爆音が寝室に響き渡り、堪らず自分の耳を塞ぐ。
すると心桜がようやくもぞもぞと布団の中で動き始めた。
「あれ……ない」
そうやって枕元を手探りで探し、何かを探し続ける心桜。
探し物がないと理解したのか、続いて掛け布団を半分だけめくり、ポケットから音の発生源であるスマホを取り出し、鳴っていたアラームをとめた。
そうして満足そうな顔を浮かべた彼女に、ようやく起きてくれると翼もほっと一息をつく。
続いて心桜は、迷いなくまた布団を頭から被った。
「……いい加減起きなさい!!」
辛抱たまらんと翼が、掛け布団を半分だけめくりにかかる。
「くっ、この!?」
男女どころか鍛えている翼と華奢な心桜とで肉体差があるにも関わらず、かなりの抵抗力で布団を奪い返そうとしてくる彼女に、もはや畏怖すら感じる。
しかしこれを逃したらもう終わりだと思っている翼は、彼女を気にする余裕もなく必死で布団を奪おうとする。
すると心桜は少し意識を取り戻したように、今後ははっきりと感情をのせた声で翼に文句を言ってくる。
「もう、パパ……勝手に入ってこないで……って……」
ぱちくりと2人の目があった瞬間、途中で言葉に詰まる心桜。
彼女はきょろきょろと周りを見回したあと、大きく口を開いた。
「きゃあああああああああ!?」
「ご、ごめんなさあああああああい!!」
ひとしきり叫んだ2人は、大慌てのままとりあえずリビングへ移動した。
そうして先ほどの再開とばかりに、心桜は腰を直角に折って、真剣に頭を下げる。
「本当に、本当に、申し訳ございません!!」
「私の方こそ申し訳ございません!!」
全力で謝罪する心桜に対して、翼も負けじと謝り倒す。
すると心桜が頭を上げて、顔を真っ赤にしたまま翼に異を唱える。
「つ、翼くんは何も悪くないでしょう!」
「い、いや女子の寝起きを見るのは良くないし……」
そこでどもった翼は、心桜の決して他人に見せないであろう姿を、散々見てしまった罪悪感に駆られる。
心桜の甘くとろけた表情と声音は、脳裏に焼き付くほど衝撃的で、いくら頭を振っても離れてくれない。
まったくもって余裕のない翼と同様、心桜も気が動転した声であわあわと手を振る。
「わたしが寝ぼけたせいなので! 本当に謝らないで欲しいですっ!」
「ならもう言わないけど……疲れは大丈夫? もし疲れてるなら勉強とか料理もやめた方が」
「だ、大丈夫です、やめませんっ」
そこは頑として譲れないのか、翼の言葉を遮る心桜。
今なお心桜の体調を気遣っている翼に対して、彼女は事情を説明し始めた。
「前に寝坊したので早く寝るようにしたら、逆に夜眠くなったみたいで……も、もうしませんから!」
あの時の寝坊を深く反省していたのだろう、それが逆に仇となったのがわかる。
翼としてはそれ以上気を病んでほしくもないので、困った表情で彼女に笑いかけた。
「……というかすごいね心桜さん。どれだけ声をかけても全く起きなかったし」
「うっ、わ、忘れてください!! ほんとに!!」
耳まで真っ赤に染めた心桜が、翼につかみかからんばかりの勢いで詰め寄る。
本人としては触れられたくないのか、必死の形相を浮かべていた。
完全にオーバーヒートしている心桜に、一度冷静になってもらおうと、翼が提案を口にする。
「一旦家に帰ったら? 朝の準備もあるしさ」
「そ、そうします!!」
即座に翼の提案を受け入れ、そういって逃げるように玄関へ駆けていく心桜。
そんな彼女に呆気にとられつつも、こんな一面を見せてくれることがどこかこそばゆくて、翼は小さく苦笑を漏らした。




