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第5章ー26

 もっとも、ジグリの地下壕を間接的に攻撃する作戦が実行されるには、事前準備等の時間がどうしてもかかることになる。

 その間に、連合国軍はモスクワ攻略作戦を発動せざるを得なかった。

 だが、それはジューコフ将軍の防御作戦の前に、悪戦苦闘を強いられることにもなった。


「あれがモスクワ市街か。モスクワは既に瓦礫の山ではないか」

 モスクワ市街を目にした多くの連合国軍の将兵は、異口同音にそう言わざるを得なかった。

 モスクワ市街に繰り返し行われた戦略爆撃は、モスクワ市街を瓦礫の山と化させていたのだ。

 だが、その一方で。


「厄介だな」

 他の面々はともかく、米陸軍の将兵も、日本海兵隊の将兵もそれを見た途端に覚悟した。

 これは、かつて、自分達が地獄を見るような想いをした、ベルリン攻防戦やレニングラード攻防戦を再現することになりそうだ。


 そして、その覚悟は哀しい程に予想通りに当たることになる。

 更に他の軍の将兵には、悪夢を見させることになった。

(正確に言えば、日本陸軍の将兵も極東ソ連領における戦いで、ソ連の市街地を攻めた際に、似たような経験を経てはいたが、規模が遥かに大きい市街戦を戦う羽目になったのだ)


 何だかんだ言っても、これ程の大規模な市街に対する攻撃を行うとなると、文字通り、一つ一つの建物の瓦礫でさえも、熟練した狙撃兵らが立てこもると簡易トーチカ的な存在と化して、連合国軍の攻撃を阻止することが稀では無くなる。

 更に厄介だったのが、このような市街戦を戦うとなると、大規模な砲爆撃と言った火力を縦横に活かして行なう連合国軍の得意戦術が、半ば封じられるという事だった。

 

 その一方で、これ程の大都市となると、言うまでもなく民兵隊が編制されて、戦場に容赦なく投入されるという事態が生じてくる。

 更に連合国軍にとって厄介だったのは、民兵隊に徴兵されるような市民でさえ、一端の兵士になれるような兵器を、彼らが装備していることだった。


「PPsh短機関銃とパンツァーファウストか」

 岸総司大尉は、部下の将兵を指揮しながら、目の前の陣地にある武器を音等から推測して、そう呟いた。

 正直に言って、自分達の装備で相手取るには、いささか分が悪い。

 自分達が持っているのは、いわゆるボルトアクション式の小銃だ。

 市街戦で混戦を戦うとなると、短機関銃を装備している相手の方が、歩兵用小火器の面では優位だ。


 更に言うなら、ソ連軍も背に腹は代えられない、として、ドイツ軍からパンツァーファウストを歩兵の携帯式対戦車兵器として採用して、コピー生産している。

 この対戦車兵器は、側面、または後面からならば、連合国軍の戦車ならどこでも貫通する威力がある、と連合国軍の主な将兵には判断されている。


 しかも、素人に近い兵士、民兵でも、これらの兵器は充分に役立つように使えるのだ。


 岸大尉は、擲弾筒と軽機関銃を攻撃支援に駆使し、目の前の陣地を攻撃する、という決断を下した。

 とは言え、下手な攻撃はできない、慎重に攻撃を行わないと。


「地下から敵兵が湧き出て、側面から襲ってくるからな」

 そう岸大尉は呟き、部下に警戒を徹底させた。

 これまでにも、ガソリンを流し込み、黄燐弾を使って、地下に潜り込んだ敵兵を焼き殺している。

 また。


「モスクワ河の水を地下に流し込みだしたからな。これで何とかなればいいが」

 岸大尉は嫌悪感を覚えながら、その事を思い出して呟いた。

 実際、この攻撃は恐るべき効果を発揮した。

 モスクワ市の地下鉄は全て冠水し、地下鉄に籠っていた民兵を含むソ連軍の将兵、また避難していたモスクワ市民が多数、溺死すると言う悲劇が起きた。

 その死者数は数十万とも推定されており、世界戦史に遺る悲劇となった。 

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