表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/81

69.時計の針は無情に




昼食を頂き、二人そろって社から出る。


榎耶はとても上機嫌に私の隣を歩き、最近読んだ本だとか音楽の話だとか―――ただの女の子のような話題を口にしては、私に笑いかける。

それがまたとても幸せそうな顔をするものだから、私の足取りも彼女に合わせてゆっくりとしたものだった。


「あ、アイス。ここのアイスって美味しいよねえ。彩羽も好きで…」

「え?―――ここのアイス屋さん、()()()()()()()()で行ったことないよ?」

「え、」


榎耶の綺麗な顔が、見事に固まって―――歪む。

けれどもそれは一瞬で、私が瞬きを一つした後にはぎこちない笑みを浮かべていた。


「……ああ、ごめんね、……他の、記憶、と…うん、間違えてたみたい。―――でもきっと美味しいよ。行こ?」

「えー…怪しまれない?今日、学校あるんだよ?」

「早帰りだって言えばいいじゃない。ね、食べようよー?」

「もう、仕方ないなあ…」


「おねがい」と両手を合わせられたら断れない。私は榎耶の手を引いてアイス屋さんに寄った。

店員さんは私たち二人を見て「ん?」と不思議がる表情を見せたけど、すぐににこやかな対応をしてくれる。見逃してくれて助かった、と私はチョコを頼んだ。なお二段。

榎耶はストロベリーとチーズケーキ味の二種。


「…あ、美味しい」

「でしょー!…あ、ねえ彩羽、僕まだ食べてないから一口―――」

「ああ、食べる?」

「え、……いいの?」

「うん。それに、榎耶はチョコも好きでしょ?」

「――――…えへへっ!」


そう言って私が差し出したアイスを、榎耶は蕩けた表情で口にする。

舌に残るチョコの味が消えることを惜しんでいるのか、ずっと頬に手を当て感動している―――せいで、榎耶のアイスが溶けて滴り落ちそうだった。

なので私が滴り落ちる前に一口頂くと、榎耶はハッとした表情で一口食べられたアイスを見て、慌てて榎耶も食べ始めた。どうやらやっとアイスの危機に気づいてくれたらしい。











文ちゃんの家に戻ると、羽継は一緒に部屋から出てきた(顔色が良くなった)流鏑馬を押しのけて「彩羽ァ!」と私に駆け寄る。なんだか私を確認した瞬間、「パァァァァ」っていう擬音を聞いたような気がする。まるで一週間ぶりに帰ってきた主と会えた飼い犬みたいだ。……言わないけど。


「お、遅かったな。…おつかれ」


ちょっと照れ臭そうな表情が可愛く見えて、私は思わず笑ってしまう。「ただいま」と綺麗な瞳を見つめれば何故かじっと見つめられた。

そしておずおずと手をこちらに差し出した―――瞬間、その手の上にどさっとお土産が乗せられた。


「はァい嘉神羽継くーん。約束通りにお土産買ってきたよー?」

「………」


ニコニコしながら羽継に話しかける榎耶を、羽継は無言で睨みつける。

だいぶ怖い顔になったそれを普段のように笑って流す―――のかと思えば、意外なことに榎耶はサッと羽継から一歩下がり、私の背後に隠れた。


「……ごめんなさい、何か、気に障ることしたかな?」

「えっ」


榎耶の行動に驚いたような羽継からさらに隠れるようにして、榎耶は掠れた声で呟いた。……「やっぱり男の子って、怖いね」と。


(……あ、そうだった……榎耶は…魔導書の所有者だった男の子に、交際を迫られて……)


だいぶ恐ろしい反撃をしたと笑って教えてくれたが、それだって空元気だったのかもしれない。この子は私みたいにパートナーがいないから、空元気でも何でも立ち上がっていないといけないから。

それに榎耶は案外気を遣う子だから、私と仲の良い羽継に対して身構えたら失礼だとも考えたのだろう。……ああもう、なんで私が気を遣わなかったのか。私のダメっぷりに涙が出そうになる。


「……榎耶、ごめんね、羽継はちょっぴり短気で怖い顔することがあるけど、根はとても優しい子だから。榎耶に怖いことなんてしないよ。……ね?」

「あ、ああ……その、すまない」


私に促され、慌てて謝った羽継。その謝罪に「ううん、こちらこそごめんなさい」と頭を下げると、少し控えめに笑う。そして私の腕に自身の腕を絡ませて、甘えるような声を出した。


「あのね、彩羽。文ちゃんとお話したいの。大事な話だし、君も付き合って」

「え?うん…ああでも、まずはお茶を頂こうよ。文ちゃんがせっかく淹れてくれたのに」


台所からひょっこり顔を出した文ちゃん。彼女が持つ盆の上には冷えたお茶が六人分用意されている。榎耶とは付き合いがあったと(さっきアイスを食べながら)聞いていたが、文ちゃんは榎耶の急な来訪に驚くことも身構えることもなく―――むしろどこか好奇心が覗く瞳で私たちを見ている。もしかしたら、羽継から何か聞いたのかな。


「ああ……文ちゃん、久しぶり。元気だった?」

「はい、お久しぶりです榎耶さん」


ぺこ、と頭を下げた文ちゃんは、「どうぞ、奥で休んでください」と微笑む。

榎耶は美少女の誘いにニコリと微笑むと、さっさと靴を脱いでから私の腕を引っ張った。


「ほら、早く行こうよ」

「ちょ、待って待って」


慌てて私も靴を脱ぐ。

すぐそばで気まずげな羽継に声をかけ―――ようとして、榎耶にまたも引っ張られた。


「はーやーくっ!」

「あ、…もうっ!」


流石に玄関先で騒ぐ気にはなれない。

私は渋々羽継に短く「行こ」と声をかけてから足早に文ちゃんのもとに向かうと、あんなに急かしていた榎耶が来ようとしない。振り向いて呼ぼうとすれば、榎耶は羽継を見、羽継もまた榎耶を見ている。


「               」


なんて榎耶が言ったのかは、分からなかった。それぐらい微かな声だった。



「…何してるの?」

「……ううん!」


無意識に少し低い声で問えば、ニコニコしながら私の腕に絡む榎耶。夏だというのに元気なことだ。

―――私は呆れつつ、振り返ってあの子の名前を呼んだ。


「羽継、行こうよ」


そう言って荷物―――は傾いでしまいそうだったのでやめ、あの子の袖を握る。

するとあの子は私をじっと見、ほんのちょっぴり笑った。そして当然のように私の隣を歩き、私は榎耶と羽継に挟まれて歩くことになった。


流石にこれは暑苦しい…と内心思っている私の頭上では、互いを睨みつける視線が火花を散らしていた。

が、私は気づかずに部屋へと向かう。



―――榎耶があの時、「もう、おまえにこの子はあげない」と羽継に低い声で告げ、羽継もまた「…それはこちらの話だ」と唸ったことも。

私はその牽制を一生知ることもなく、榎耶が羽継を本当はどう思っているのかも、知ることはなかったのだった。











あの後、簡単に文ちゃんに説明―――榎耶のことは勿論、文ちゃん自身の家のこと(流鏑馬が憑坐として惨劇を起こそうとしていたことは流石に伏せたが)、そしてこれからのことだ―――をしたが、文ちゃんは意外と落ち着いて話を聞いてくれた。

もうちょっとびっくりしてもいいだろうに、と不思議に思っていたのが顔に出てたのか、文ちゃんは「むしろ、自分のことがはっきり分かって安心したというか…」と苦笑い。

うーん……まあ、前向きに考えてくれたようだし、いいか…。



「―――というわけだから、これからは何か困ったことがあったら彩羽に、そして問題が起きたら僕にも連絡を入れてね」

「はい、分かりました」

「それと、これ。お守りね……これは君の身を守るための物だから、肌身離さず持っていること」

「はい」


頂戴いたします、とばかりに両の手で受け取った文ちゃん。

そのまま手の中のお守りを見つめたかと思えば、彼女は「あの…」と控えめに尋ねる。


「その、この…事件、には―――"魔導書"という危険なものが関係しているのでしょう?

……それなのに、彩羽さんも、榎耶さんも……大丈夫なんですか…?」


文ちゃんとしては、大人の魔術師でも死人が出るような化け物の相手はベテラン魔術師がするものだと思っていたらしい。

まあお父さんもそう考えているだろうけれど、榎耶の発言から察するに今回の事件、私が担当するのだろう。羽継だけではなく、榎耶の協力も得られる分、まだ勝機はあると思っているが。


「大丈夫、僕も彩羽も"魔導書持ち"だからね」

「魔導書持ち…」

「そ。僕は二冊。彩羽は…うーん、中途半端な状態ではあるけれど、今回の魔導書の半分を所持しているようなものだからね、やりようはある」



S級危険物こと「魔導書」持ち、もしくは「禁書魔術師」と呼ばれる術者は各家のトップばかりである。

まず所持する、調伏させるまでがかなり危険で命懸け、なにより魔導書自体が希少であることもあって、魔導書の持ち主というのは少ない。


その少ない「禁書魔術師」は、自分の手札の中に厄介ではあるが完璧な支配さえできれば最高の「魔導書」というカードを持つがゆえに、対魔導書戦でもかなり有利に戦える。

所持冊数が多ければ多いほど、戦局は良くなるのだ。


つまり私という半端な魔導書持ちに二冊の魔導書を所持する榎耶が介入することで、今回の事件はスムーズに……進む、はずだが。


(なんだか……嫌な予感がするなあ)


むしろ事態が悪化するような気がしたが、文ちゃんを前にそんな胸の内を悟られないようにとあえて微笑む。そうすると、文ちゃんも安心したように微笑んだ。



「まあ、こんな可愛らしい子に負け戦なんて見せないさ―――」



そう。羽継が一緒なら、負け戦なんて。











結界を張り直したとはいえ、流石に不安だから―――と、榎耶は文ちゃんの家に泊まることに。

流鏑馬はだいぶ顔色も良くなっていたけれど、榎耶が「おまえはここにいろ」という彼と問題児ならぬ問題神の監視のために本日もお泊まり続行である。


私はお父さんに話したいこともあるし、流石にそろそろ家が恋しい。羽継のご両親もいい加減心配しているだろうから、夕日の朱に染まる門前でお別れの言葉を告げたのは私と羽継の二人だけである。


「気をつけてね、彩羽さん」

「うん、大丈夫」

「…お家に着いたら、連絡頂戴ね?」

「うん、するよ」


なかなか心配性な文ちゃんと約束すれば、その隣で何故か羽継と笑顔で見つめ合っていた榎耶が私の方へと視線を移し、口パクで何かを告げる。……けいたい、と言ったのだろうか。やはり、タカ君からの連絡が近いのか。


「―――じゃあ、ね」


羽継に促され、私は文ちゃんと榎耶に手を振る。

そして名残惜しくも二人に背を向け、怪異が動き始める夕暮れ時の、夏だというのに冷えた道を歩き出す。

羽継は私の護衛のように、車道側を歩きながら周囲を警戒していた。



「羽継」

「ん?」

「……夕御飯、一緒に食べない?」

「………」



なんだか、ずっとピリピリしていたように見えた羽継が心配で、あの子の手に指先を触れさせながら聞いてみる。

振り返った羽継の綺麗な瞳は眼鏡の反射でよく見えなかったけれど、さらりと夕日に透ける黒髪が美しいと思った。


「……彩羽が、俺と食べたいと言うのなら」


そう答えて、羽継は離れそうだった私の指先を掴み、無言で家路を歩く。

どこか早足に去る後ろ姿は、まるで文ちゃんの家から逃げているようだった。


「羽継―――」


なにか、あったの?―――と質問しようとしたら、鞄が震える。

思わず私が動きを止めると羽継は不思議そうな顔で私の強張った表情を見下ろし、私の代わりに鞄のチャックを開けた。


するとさっきまでのんびりまったり気楽に過ごしていた手鞠が顔を出して、「どうぞ」とばかりに私の携帯電話を咥えて羽継に差し出した―――途端、羽継の顔が般若になる。


見れば、知らない番号からの着信だ。ちょっと前までなら無視していただろうが、つい先日知らないアドレスからのメールがタカ君のものであったことを思えば、…なにより榎耶の言葉を思い返せば、この電話を無視するわけにはいかない。


「……はい、彩羽です」

[―――やあ、小鳥遊だよ]


電話をかけてきた彼は、穏やかさの中にどこか喜びを感じる声で私に挨拶をした。

「アドレス共々、登録よろしく」と笑った彼だったが、その次に間を空けてから聞こえた声は暗かった。



[安居院さん、魔導書とやらを持っていた子が誰か分かったよ]

「……誰?」

[三好、って知ってるかな。同じクラスの。君にバスケットボールを当てて、保健室送りにしたり君たちのお昼休みをストーキングしてたんだけど]

「…他人のこと言えるのか。どうせお前もしてたんだろ」

[やだなあ。僕のは見守ってたって言うんだよ]


割り込んできた羽継の嫌味に、タカ君は気にすることなくサラッと交わす。


[彩羽さんが登校しないと聞いてね。保健室でベッドを借りて、ちょっと本気を出して調べてたんだ。そしたら吉野さんが来てね。彼女とこの件でお喋りして―――三好さん辺りを探っていたら、見事ヒットしたというか。

すぐ君のところに連絡を入れようとしたんだけど、向こうから反撃されてしばらく気を失っててね……さっき目が覚めて、もう一度見たんだけど]

「……うん、」


嫌な予感が近づいてきた気がして、私はごくりと唾を飲み込んだ。



[三好さん、魔導書を持って家出―――いや、失踪したんだ。どこにいるのか、僕にも見えない]



最悪のニュースに、私は羽継の携帯を奪ってお父さんに電話をかけた。


どうなるのか分からない結末に向けて、時計の針が無情に進む音が、どこか遠くから聞こえたような気がする。






.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ