59.あとちょっとなのに
※ラストに作者絵アリ ご注意。
羽継の家は、シルバニアのあれっぽい雰囲気漂う緑の屋根のすてきなお家である。
その内装は女児が好みそうなピンクでフリル盛り沢山―――なんてことはなく、どこを見ても清楚さを感じるものだった。
家具の色合いも柔らかで形も丸みを帯びており、リビングに見えるチョコ色のテーブルには小ぶりの花が飾られている。
そして肝心の羽継の部屋だが―――実は、この部屋のことを一度だけ穂乃花たちに話したとき、すごく驚かれたのだが―――彼の部屋は、カフェの雰囲気が漂う、居心地のいい部屋なのである。
穂乃花たちの予想としては、「きっと物の少ない寂しい部屋」だとか「シックで渋い部屋」などとにかく重い空気漂うものだったらしいのだが……実際はお洒落な棚に本だとかCDだとかを置いているし、ちょこちょこと植物もある。
窓は案外大きめで、日中は電気を付けなくても明るいだろう。
コーヒーとかカフェオレとかを飲みながら読書をしていたくなる、そんな部屋にあるソファはとても座り心地が良かった。
「じゃ、茶菓子でも持ってくる」
―――寒かったら使え、とひざ掛けを渡し、羽継は私を残して部屋を出ていった。
寒かったらなんて言うけれど、部屋の温度は適温で必要はない。必要はないのだけど、思わずそっと膝の上に広げてみる。…温かい。
手触りのいいひざ掛けをなんとなく撫で回す――も、すぐに飽きてしまった私は、ふとベッドの下に何か押し込められているのに気づいた。
慌てっぷりが分かる突っ込まれ方をしたそれがなんだか珍しくて、私は数冊乱暴に積まれたせいで落ちかけている本を引っ張り出す。これは―――アルバム? 懐かしい!
ぺらぺらっと捲ると、羽継の家のアルバムだというのに私とあの子二人が遊んでいる写真ばかりだ。
「……可愛い」
目に留まるのは、羽継が異能力者になってしまう以前―――いつまでも二人くっついていた頃の、気持ちよさそうに眠る私たちの写真。
遊び疲れたのか、一つのブランケットに潜り込んで寝ている姿はどこまでも「幸せ」の文字が似合う。
熟睡しきっている私は当然ながら可愛いが、何故か女装させられている羽継は天使のようだった。なんてレアな……本当に……―――欲しい。これめっちゃ欲しい……!
「い、一枚…一枚だけ……コピーしてすぐ返せば……」
「……素直に言えば、やるけど」
「えっ、ほんと―――うわああああああ羽継!なんで!?足音もドアが開く音もしなかったのに!」
「……。お前のことだから、何かやらかしてるだろうなと思って足音消してたんだよ。…で?何が欲しいんだ」
「くれるの!?」
「ん、まあ…」
「じゃあこれ!これ!」
「はいはい、これ――――は、駄目です」
「なんで!?」
「女装してる写真なんかやれるわけねーだろ!!」
「さっきと言ってること違う!素直に言えばくれるんでしょ!?」
「女装写真があるとは思わなかったんだよ!…くそっ、母さんいつの間にこんな写真を……って、あれ…?このアルバム、見たことないな……もしかしなくても今までこれだけ隠してたのか!?」
とても可愛らしいデザインのアルバム―――これを、羽継は今まで見たことがないという。
どうやらちょっと前に「戻しておいて」と言われて受け取っただけで、羽継は全ての中身の確認をしていなかったらしい。……ということは。
「……あっ!このおそろいの服着てるやつ!可愛いー!」
「えっ!?まだ…っておい!これ、そういうやつかよ!!」
この息子にも隠され続けてきたアルバムは、幼い頃の彼の女装写真集だったのだ―――!
まだ体格もしっかりしてない、むしろ私より少し小さい羽継。
フリッフリの服も気にせず私と人形遊びをしていたり、手や洋服を掴んではしゃぎまわっている姿は女の子にしか見えない…!あとこの美味しそうにパンケーキ食べてる写真は天使の中の天使だ。一枚欲しい!
「おいこらよこせ!今すぐ燃やしてやる!」
「いや!これは私のだもん!」
「お前のじゃねーよ!ほら返せっ」
「いやああ!もっと見たい!コピーしたいぃぃぃ!!」
「させるかー!」
「う、うう……は、羽継はさっき私をからかって遊んだじゃない!じゃあ私も羽継の写真を見て楽しんでもいいじゃないの!」
「俺はお前で遊んでない!!いつだって本気だ!!」
「私も本気だもん!」
「ちがう、俺のはそういう意味じゃない!!」
必死の羽継と私の言い合い―――永遠と続くかに思えたそれは、あっさりと。おばさんの「ちょっと盛り上がりすぎよー?」と部屋の様子を見に来たことで終了した。
代わりに嘉神家の親子喧嘩が始まったが、ふわふわーっと流すおばさんでは羽継のガミガミと喚く怒りの声も長くは続かない。ただ、「もう二度と引っ張り出すな」と言うと隙を突いて私からアルバムをひったくっておばさんに押し付け、お茶を取りに行った。
思えば初めて物の取り合いをしたなあ、と気づいた私は、争う私たちを無視してお茶とお菓子を貪っていた手鞠の額をチョップで叩いた。八つ当たりと躾のチョップである。
「……後で、貸してあげるね?」
羽継に聞こえないよう、こっそりと伝えて笑ったおばさんに私もこっそり「ありがとう」と伝えると、おばさんはニコニコしながら部屋を出ていった。
―――そしてその後はやたらくっついてくる羽継(ちょっと意地悪)とのんびり過ごし、美味しい夕食(量が多め)を頂き(なんか羽継が終始ドン引きしてた)、お風呂に入って嘉神家ファミリーの皆さんとホラー特集を見た。……一部ガチのものがあって戦慄する。あれ、誰が処理するんだろう……いつか私もするのかな……。
未来を想像してちょっと震えると、羽継が私の手をそっと握る。
「……羽、継」
「……なんだ?」
握ったくせに一向にこちらを見ない彼に、私はぽそっと呟いた。
「…大人になっても、私とああいう家の―――除霊に、付き合ってくれる?」
「もちろん」
即答だった。
「じゃあ……今お風呂場から侵入してきたの、十体いるけど一緒に退治してくれるよね」
「もち……、…えっ」
一応結界張ったのだけど、破られたようだ。
私と羽継は二度風呂を楽しんでいただろう手鞠を救出しに腰を上げた。
*
客室で一夜を過ごした私は、ぐっと伸びをしてから息を吐いた。
「……ドキドキしなかったな」
あの子が私を慰める以外で、こんなにも積極的に触れてくるのは久しぶりだ。それこそ幼稚園の頃以来。……ちょっと懐かしいような、照れくさいような。
でもあの―――ソファでの一件と違って、ドキドキしない。慣れたのかな……やっぱり羽継は「親友」だってことで合ってたのかな―――。
「オハヨ――、オハヨ――」
「…うん、おはよう手鞠」
「ウィ―――!」
「そんなハイテンションで転がり回らないの」
昨夜、低級霊に齧られてたけど今は元気いっぱいな手鞠の頭をごしごしと撫で、私はベッドから降りてとりあえず手櫛で髪を梳いた。
そして洗顔道具一式を入れた小さなバックを頭に乗せた手鞠を抱えて部屋を出ると、ひとまず顔を洗おうと洗面台に向かい―――特にノックも確認もせずに扉を開けて足を踏み入れたのだが。
「………!?」
先に洗面台を使用していたのは、羽継だった。
「オハヨ――」と鳴く手鞠によって私の存在に気づいた羽継は水に突っ込んでいた手を抜き一旦止めると、お湯を出して「先使え」と譲ってくれたが……私はそれどころではなかった。
(か―――可愛い!!)
洗顔のためか、今、羽継の前髪はヘアクリップで上にまとめられている。
加えて、その顔には眼鏡もない。いつもお泊まりしたときは羽継が先に顔を洗い終えているか私の後で洗っていることばかりなので、すごく新鮮な姿だった。
レンズ越しではなく見ることが出来る碧の瞳はとても綺麗だが、ちょっぴり眠たげな顔をしているからか幼げに見える。
何よりデコ出し!きっと男の子だし、大雑把に洗っているのかなーと思ったら実はクリップで留めていたのが可愛い!どうしようもないほどに可愛い!!
「……彩羽?」
あまりの衝撃にぷるぷる震え、「うわああああ可愛いいいいい!」と叫びたいのを必死に堪えている私を、羽継は怪訝そうに見る。そんな姿さえ可愛く思え―――とても。ドキドキした。
いやむしろ、ドキドキというか心臓がバクバクしている気がする。これがいつの日だったか沙世ちゃんが熱く語っていた「ギャップ萌え」という奴なのだろうか…。
どうしよう、すごく心臓が痛い。いくら異性だからって、親友相手にここまで胸が痛くなることってあるのかな。顔が赤くなることってあるのかな…。
この気持ち、って―――――?
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