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58.君はいつも、甘い




羽継が帰宅した後、早速家族会議が開かれた。


……と言いうか、ブチ切れるお父さんをお母さんが宥め、羽継の肩を持った為に夫婦喧嘩(みたいなもの)に発展した。

私は去り際の羽継の視線だとか、未だ消えない抱きしめられたときの体温だとか感触だとかを思い出しては頭がぼうっとしていたため、ソファで手鞠を抱いたまま身じろぐこともできなかったのだけど……。



(……び、びっくり、した……)


―――怖い、とか。嫌悪が襲ってこないことを不思議には思わなかった。

むしろなんだ…すごく……こ、好ましい? うん、好ましい。好ましいものだったよ、うん。

………。ダメだ。基本的に羽継には好感ばかり抱いているし。この――いや、ここ最近特に目立つ感情への言葉が思い浮かばない。

一緒にいて、安心して嬉しくて。別れる時間が嫌で。あの子何しても格好いいとか、勿論そういうのもあるけど―――それ以上に羽継の言動にドキドキして……。

………。


…………つまりだ。私は羽継を、「異性の」親友だと意識し始めたのか?


だって前半はほら、穂乃花たちにも感じるし。なら後半のそれは「異性だから」感じるものだ。きっと羽継がイケメンなのがいけない。


そうだよね、と手鞠に問いかけたら、手鞠は「羽継ゥゥゥゥ、羽継ゥゥゥ」と鳴くだけだった……なんか怖……。


「……聞いたわよ、彩羽」

「お母さん」


背後から影が差し、見上げれば呆れ顔のお母さんが泣き崩れるお父さんを放置して私のアホ毛を掴んだ。


「流石は玲ちゃんに似ただけはあるわ……お母さんね、あなたたちの鈍感(バカ)ぶりには呆れて声も出ません」

「出てるじゃ…いだだだだだッ!?やめて!抜かないで私のアホ毛!やめて!レーダー壊れちゃうぅぅぅぅ!!」

「やっとアホ毛と認めたか……。あのね、彩羽。あんたそんなだとイイ男逃すことになるわよ」

「……?―――うん!」

「分かってないのに返事したなこのアホ娘…まあいいわ」


お母さんはポケットからチョコを取り出すと、包装紙を剥がしながら台所に視線を向けた。


「あっちにマリアへのお土産があるのよ。丁度いいからそれ届けるついでに家出してきなさい」

「羽継の家に?」

「……。…一夜過ごして、まったくドキドキしなかったら―――そうね、あの子はあんたの考え通りの立ち位置なんでしょうよ」

「え、」

「でも、少しでも異常にドキドキしたら。もしくはずっと胸の高鳴りを感じたのなら。その考えを改めなさいね」

「…うん…」


流されるままに頷くと、お母さんは「まだこの子は中学生なのにッ!!あんな…あんなァァァァ!!!あの時殺れば良かった!ああくそっ、絶対殺す!殺してやるぅぅぅ!!!」と泣き叫んでいるお父さんにチョコを差し出した。

するとお父さんは「君はどう思う…やっぱり奴は蒲鉾にするしかないよな…」と言いながらチョコを受け取って齧り始める。



(…考えを改める、か……)


―――つまり、第三者から見て、私の答えは間違いだったのだろうか?

……合ってるような気もするんだけどなあ。どうしても羽継の家に行かなきゃダメ?


なんだか……今行ったら、何か…こう、決定的に終わるような…変わってしまうような…そんな気がするのだけど……。それに、流石にどんな顔して会いに行けばいいのか…―――あ、そうだ!穂乃花の家に家出して相談するっていうのはどうだろう?どうせお土産届ければ後は―――


「あ、一応言っておくけど、ちゃんとあの子の家に電話入れておくからね。もちろん私の使い魔に監視させるから、逃亡はできないと思いなさい」

「えー!?」

「当たり前でしょうがお馬鹿。いい?他所様の家に押しかけちゃ駄目だからね?お母さんずっと見守ってるからね」

「………」

「ぶっさい顔をしないの。ほら、さっさと荷物まとめなさい」


背中を押され、私は渋々自分の部屋へ向かった。

適当にパジャマだとかシャツだとかをカバンに詰め、そういえばと羽継が読みたがっていた本だの時間を潰せる物を入れて部屋を出た。手鞠はその後を楽しそうに付いてくる。


下に降りておばさんへのお土産(多いなあ…)を手に玄関へ向かうと、それに気づいたお父さんが慌てて止めに来た。


「待ちなさい彩羽!」


お父さんは、真剣な顔で如何に今行くところが危険かを語り、思い止まるよう促す。

正直私もお父さんの気持ちはわかるし、むしろ私自身行きたくないせいか頷きそうになったが―――お母さんが未成年は見ちゃいけないようなグロい使い魔を引っ張り出している姿を見たせいで、体が固まってしまった。


お母さんに背を向けているお父さんは私の反応を誤解し、今度は如何に羽継が最低の男かを力説し始めた。

……その言いように、私は激怒した―――というほどでもないが、不快になったのは確か。たぶん、今回の件は羽継が悪かったところもあるけれど、その原因を作った可能性の高い私も悪いのだ。一方的に貶めるのはどうかと思う。



ということで、「お父さん酷いっ」から始まる父娘の口喧嘩が起こり、延々と続きそうなそれに早々に嫌気が差した私は振り切るように「行ってきまーす!」と乱暴に家を出た。

そしてムカムカしながら羽継の家の門扉を押し開けて、やっと冷静になった私は「いや、でもどんな顔して羽継に会えば…」と悩み。

そうこうしている間に気を利かせたつもりらしい手鞠が羽継を呼び、ドン引きした羽継が出てきたわけで……。


どうしようか考えもまとまらないままでいた私の名前を呼ばれて。ただそれだけで何故か安堵した私は、つい普段のように「羽継―!」と手を振り返してしまったのだった。







「……つまり。おじさんはまだ怒ってるってことか……」


―――以上のことを色々伏せつつ羽継に説明すれば、溜息を吐いた羽継は天を仰いだ。

その際にお母さんの使い魔の姿を見たのか、「うわあ!?」とビクつき、しばし呆然としてから呼吸を整え、私を家の中に招いてくれた。


「―――ああ、やっと来たわね彩羽ちゃん!お久しぶりっ」

「おばさん久しぶりー!」


ふわっふわな雰囲気に相応しく、とても優しいおばさんの瞳は羽継と同じ碧だ。

二人の立派な息子を持つおばさんだが、実は娘が欲しかったからか私のことも可愛がってくれる。だからという訳でもないが、正直おじさんよりもおばさんの方が私は好きだ。


「そうそう。今日ね、ちょっとお菓子多めに作っちゃって…彩羽ちゃん、食べれる?」

「おばさんのお菓子!?わあい食べる食べる!」

「本当?助かったわー。…あ、でも夕御飯のことを忘れないで食べてね。今日は彩羽ちゃんの好きなものたくさん作るから」

「やったー!私、すっごくお腹ぺこぺこだから幾ら食べても大丈夫だよ!楽しみに待ってるねっ」

「それは腕が鳴るわねえ…ああそうだ。部屋はちょうど掃除し終わったところだから、遠慮なく使ってねー」

「はあい。…っと、忘れてた忘れてた―――はいこれ、お母さんからお土産です」


渡すと、おばさんは心底嬉しそうに微笑んだ。……この表情を見るたびに、とても笑顔の綺麗なひとだなあと思う。

こんなに微笑みの似合う女性から生まれたというのに、どうして羽継は微笑みのほの字もない顔をしているんだろう……。


「………」


ちょっと失礼なことを考えていると、羽継が無言で私の荷物を持った。

ちらっと様子を伺うと、その横顔にはなんだか疲れが覗いている。なんでだ。


「ひとまず羽継くんのお部屋で休んでいって。後で飲み物を持っていくわ」


そう言って去っていくおばさんに、手鞠は興味津々で付いていった。…大丈夫かな。

あと、羽継の視線を感じるんだけど………大丈夫…かな……恐る恐る羽継に向き合ってみる。


「……お前って本当、人懐っこいな……」


子犬みたいだったぞ。拾われたばかりのな。―――呆れ顔の羽継はひどいことを言うと、私にスリッパを差し出した。ありが……ってこのスリッパ、犬柄じゃないですかー!!


「……羽継の方が犬っぽいのに…屈辱だ…」

「あん?」

「やー!ちょ、アホ毛掴まないで!今日はもう掴まないでッ」

「…ついにアホ毛って認めたのかお前…」


羽継までお母さんと同じことを…!くぅぅぅ、覚えてろよ!後で羽継にもアホ毛作ってやる!おそろいにしてや―――


「みゃっ!?」


今度はほっぺたをぐにぐにされる。やーめーろーよぉー!!


「……柔らかい」

「あらりまえらろー!やめろおー!」


今度はほっぺたを引っ張られ、私は仕返しとばかりに羽継のほっぺたをつねった。

すると流石のイケメン面も崩れて、面白い顔になる。私は「ふへへ」と笑った。


「……」


私が笑うと、羽継は引っ張る手を止めジッと私を見る。

何かを探るようなそれに、私はすぐ察した。―――さ、さっきのこと。「押し倒し事件」をまだ引きずっているのだろう。

あの時のことを思い出して少し俯くと、羽継は悪戯をしていた手で私の頬を撫でた。

羽が触れるような優しさと切ない熱の名残に、私はますます俯いてしまう。……それを見て、羽継は「……くっ」と笑いを耐え切れずに小さく漏らしていた。


なんだかこのままじゃ、また遊ばれてしまいそうで身が持たない。何よりここは羽継の家だ。一応、釘を刺しておこう。


「……羽継」

「なんだ?」

「いくらあの時は私たちしかいなかったとはいえ、人に見られる可能性のあるところで、もうあんなことしちゃダメだからね!私、びっくりしちゃうから」


ビッと指をさして言えば、羽継は少し沈黙した後に静かに質問した。


「…それって、例えば()()()()()()()()()()()()()()()ならいいのか?」

「ん?いいよ!」

「………」


笑って言えば、羽継は私の耳に口を近づけて、低く囁いた。



「じゃあ、密室でなら……お前を抱きしめてもいいんだ?」




―――………。


……………………!?



―――な、なに……え?

抱き…え?抱きしめる?……抱きしめる!? なんでそんな話に!?

そりゃ…お、押し倒されたり、抱きしめられたり……あ、あれだって連発されたくないけど!下手なとこでされたくないけど!!でもそれより大事なことがあるでしょ!


そう、私の命と等しく大事なもの―――私が本当に注意したかったのは真名のことだ。

下手な所で真名を漏らされた、漏らした際にどんな大変な目に遭うかをお父さんから口酸っぱく教えられてきた私にとって、女の子としての云々よりもすごく大事なのだ…!


羽継だって私と同じくこの注意を聞かされてきたのだから、秘されるべき名が暴かれることがいかに危険かは分かっているはずなのに……ッ。


「そうじゃなくて、私が言っているのは真名のこと!私の家ならまだしも、きちんと結界を張られた安全地帯じゃないと本当は駄目なの!」

「……盗聴の類の術なら俺が消してると思うが」

「それでも駄目!……だけど、えっと……ぎゅ、ぎゅっとする程度なら……いい、よ?」


恥ずかしいけれど、大事なことだろうとちゃんと答えると、羽継は少しきょとんとした後、ぷっと笑った。


「お前、本当に俺に甘いなあ」


最近慣れてきたのか、羽継は優しく私の頭を撫でると「ほら、部屋で涼もう」と笑った。


その姿に、幼い頃の彼を思い出した私は、「うん」と頷いてその手を取った。







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