53.お母さん、これが修羅場ですね
※ラストに作者絵がありますのでご注意ください。
休日も終わり、月曜日がやって来た。
私はそっぽ向いて羽継の隣を歩き、鞄の中に潜り込んだ手鞠が「ラーラー、ルー!」とかよく分からんメロディを口ずさむので肘で突いた。
羽継はそれをチラチラと見て、チラッと私を見ては口の端が震えている。きっとぬいぐるみなしじゃ寝れない私の子供っぷりを思い出しているんだろう。こいつときたら土曜からずっとこうだ。ずっとニヤニヤしてやがる。
「……嘉神くん、離れて歩いて」
「えっ!?」
不機嫌な声で言えば、羽継は驚いた顔をした後、なにかを言おうとしては失敗し、終いには黙って鞄からお菓子を取り出した。……あ、これこの前食べたら美味しかったんだよ…―――って、いやいやいやいやっ。こ、こんなので騙されない…騙されないんだから……!
「う、ううう……ううう―――……食べる。ちょーだい羽継」
「……こんなことしといて言うのもアレなんだが…おまえ、その歳で物に釣られんなよ…」
ぷいっと顔を背け、貰ったお菓子の袋を開ける。
すると手鞠が「手鞠モ――!手鞠モ――!」と鳴くので一個あげた。一人だけ食べ歩きをしているのもあれなので、羽継にも分けた。朝っぱらから品のない食べ方をしても、二人と一匹なら恥ずかしくない。
「…お前って、いっつもこうだよな」
「はえ?」
「よくさ、こうして―――……あ、」
思い出を語ろうとした羽継は、ふと前方に気になるものを見てしまったらしい。
私も羽継の見ている先へ視線を動かすと、女の子たちにきゃいきゃい騒がれながら登校中の通り魔…じゃなかった、流鏑馬がいた。
当然ながらこんな状態では文ちゃんも堂々と正面から来られないので、流鏑馬一人の登校である。
いつも一緒にいた文ちゃんがいないせいか、流鏑馬にひっつく女の子たちは嬉しそうだ――が、流石に言動は気をつけており、「通り魔の事件聞きました?怖いですよねえ」なんて一緒にいる子とわざとらしく震えてみせる。
対して流鏑馬は意外にもうんざりした様子を見せず、律儀に返事をしていた。
……きっとあの子なりに、あまりにも文ちゃん第一にして他の娘を無視すると、抵抗するということをしない文ちゃんがいじめられるということが分かっているのだろう。
流鏑馬は羽継と違って親しみやすい雰囲気を持っているせいか、短い返事でも苛立ちというものを感じさせない。
……でもさー、確かに気安いかもしんないけど、過去あんな暴力事件起こしてた子にどうして夢中になれるんだろう。
穂乃花にメールで流鏑馬の魅力について問いかけたら「彼ってばアイドルで食っていけそうなイケメンじゃない!しかも笑顔が可愛い系!そんな人がテレビじゃなくて生で見れるのよ!?」と語ってたなあ。
そうは言うけど、私からすると流鏑馬ってこう…地味な感じがするんだけどなあ……行動が子供っぽいし、服のセンスは死んでるし。
あんなのだったら羽継の方がよほど洗練されてて綺麗だと思う。瞳も世界で一番綺麗な翡翠色だし。声もずっと聞いていたいくらい耳に心地いいのに。
なのにみんな、羽継より流鏑馬に躍起になってるって……変なのー。
「…彩羽?どうした、俺の顔に何か付いてるか?」
「ううん」
やっぱアレかなあ。雰囲気怖いのがダメなのかなあ……。
「羽継の方が格好いいのにね」
「えっ」
あ、やば、口に出して…………―――言い逃げしちゃおっ!
*
なんとか言い逃げ成功した私だけど、全校集会の時に羽継に見つかってしまい、私の頭(からぴょんと立ってる)髪の毛を引っ張られた。抜けるかと思った。
慰めてもらおうと穂乃花たちのもとに駆け寄ったら沙世ちゃんに「リア充が…夏だからってイチャイチャイチャイチャ…」と呪いの言葉を吐き続けられ、穂乃花には朝っぱらからイヤなもん見せやがってと怒られた。みなさんひどくないですか。
「―――という訳でして。皆さんも夕方以降の外出は控え、登下校の際も気をつけるようにしてください」
体育座りで聞いた校長先生の話はニュースで聞いた情報と同じものだった。
ただ、停学処分を受けていた生徒が夜、勝手に外出してたら不審人物に刺されたというだけの―――役に立たない時間だった。
集会が解散した後も、生徒のお喋りはもっぱら事件の話ばかりで、文ちゃんのことも何度か話題に出たが――ニュースでも犯人は"黒い服を着た背の高い男"という証言が出ているので、どちらかというと犯人は流鏑馬ではないかという説が人気である。
しかし、羽継と流鏑馬の会話を盗み聞きしていたらしい女生徒が「流鏑馬くん、事件があった時はご両親とお食事に出ていたんですって」と友達に教えたのがすぐに広がって、お昼前にはもう、やはり犯人は不審者かという話で落ち着いている。
―――そんなどこか落ち着かない午前の授業も終わり、私は羽継が流鏑馬と話した内容をもっと詳しく聞きたくて、あの子と(羽継のところに遊びに行った手鞠も)一緒にお昼ご飯を食べようと中庭にやって来た。
……の、だが。
「やあ、安居院さん」
なんでいるんですか―――!!
え、ちょ、え、ええ……いや、別に誰でも中庭を使用してもいいんだけどさ……でもなんでタカ君がこんなところで「待ってました」と言わんばかりの笑顔でベンチで待ってるんですかねえ……。
「……」
「そう警戒しないでよ。僕は君の不利益なことはしない。君に危害も加えない。だって僕は、安居院さんには勝てないからね」
「……」
ニコニコ笑う彼。
私はその顔を見て、ビクビクしてた心が静まるのを感じた――というのも、その笑みを見て安心したからではない。
彼の一言で、確かに私は彼に対して優位でいることができるのだと、思い出したからだ。
そう―――この学校で私に勝てるのは、羽継だけ。
そしてその羽継は、私の一番の味方だ。
不意打ちでも喰らわない限り、この学校の生徒は私を害すことはできない。
「―――要件はなに?」
「君のそばに置いてほしい」
「…なぜ?」
「君が好きだから」
直球の告白に、思わず目を見開く。
いやでも、人として好きってことかもしれないと思い直す――のを見透かしたように、彼は「女性として好きだよ」と付け加えた。
「………」
…なんだかすごく久しぶりに、告白された気がする。
記憶にあるのは小学校の頃…といってもあれはなんというか、思わず感じたことをそのまま口にしたようなものだったから、なんか違うのかもしれない。そもそも私に「好き」と言ってもあいつら返事を聞かずにどっか行っちゃったし。……つまりだ、対処法が分からない。
い、いや、他にも告白されたことはある。中一の時とか、先輩に呼び出しされて――あ、そうそうあいつ呼び出しといて来なかったんだった!で、羽継が迎えに来てくれたんだったなあ……。…………………。
………どうしよう。
「ふふ、面白い顔、してるよ」
すごく楽しそうに言うタカ君に、私は「あ、こいつSだ」と思った。
きっと、すぐ表情に出る私で遊んでいるのだろう。丁寧で一歩引いていてくれるようで、その視線は「どういじめてやろう」と歪んでいる。すごく楽しそうなのに、どうしてここまで歪なのか。
「――――気持ち悪い」
思わず口から飛び出た言葉に、タカ君は目を見開いたがすぐに元の表情に戻る。
私はというと、たぶん平然とした表情もとれていない。だって彼の顔を見ると、あの子を思い出して恐ろしくなるのだ。
だからさっさと失せろと頭を掻き毟って叫びたいのに、去年の悪夢が私の口を塞ぐ。
下手な対応をして、またあんな目に遭いたくない。怖いのはもう、嫌だ。
だというのに、私は上手く繕うことも、断りの言葉をやんわりと伝えることもできず、ただ一歩、二歩と後退ることしかできない。
タカ君はそんな私を、にこやかな表情のままに、ゆったりとした動作で近づき、手を伸ばした。
「!」
頬に触れるか否か――その刹那に、ビッと鋭い音が風に揺れていたタカ君の髪の先を貫く。
そのまま真っ直ぐにタカ君の背後の木に突き刺さった黒い針を見て、私は思わず表情を明るくして振り返った。
「―――羽継!」
すぐに駆け寄ろうとすると、タカ君がさせまいと私の手首を掴む。
振り払おうとするも意外なことに彼の力は強くて、私は腕をぐいぐい引きながら「いっそ魔術でもぶっ放すか」と腹を括ろうとした。
「触るな」
ずんずんと近寄ってきた羽継はタカ君の手首に手刀を叩き込んだ。すごく痛そうな音が中庭に響く。
タカ君も流石に顔を歪め、叩かれた手を摩りながら羽継を睨み、羽継も睨み返しながら私を背中に庇う。
「近寄るなと、確かに伝えておいたはずだが」
「僕は頷いた覚えはないね。それに、君が来なければこんな乱暴なことはしなかったさ」
「どうかな。俺には利口な犬のフリをして今にも噛み付く隙を伺っている野良犬に見えたが」
「そうかい?…まあ、長年忠犬として飼われてる君にはそう見えるかもね」
「……その忠犬は、いつでも誰でも躊躇いなく噛み殺せる犬だってことを頭に叩き込んでおくといい。―――今回は見逃す。さっさと失せろ」
「そう凄まないでおくれよ。僕はただ、安居院さんからの返事が聞きたいだけさ……ねえ?」
羽継を通して、視線を感じる。粘着質な視線が。
それがまた怖くて、私は羽継の背中に縋り付いた。
「……返事はさっき貰っただろう。『気持ち悪い』ってな」
「おや、分からないじゃないか。もしかしたら具合が悪くなったのかもしれないだろう?」
「ああそうかい。なら、具合が悪いこいつをさっさと保健室に連れて行かないとな」
「―――安居院さん」
羽継の冷たい声も視線にも怯まないタカ君は、言い争いも飽きたと言わんばかりの声で私の名を呼ぶ。
恐る恐る顔を出してみると、彼はニッコリ笑う。
「…驚かして悪かったね。どうしても君を見ると、からかいたくなるんだ。別にいじめたいわけではないんだよ」
「……そう。でも―――」
「―――けど、君の中で僕の印象は悪くなってしまったし。挽回の機会をくれないかな」
微笑んだ顔から、少し悲しげな顔をするタカ君からは、あの気持ち悪い感じは失せていた。
そのまま私が黙っていると彼も黙ったままじっと私を見るので、気まずさに折れてしまった私は「まあ…うん…」と言葉を濁す。
羽継は舌打ちした。
「…じゃあ、まずは君の役に立とうかな―――探し物はないかい?」
そう言って私に近づいたタカ君に、羽継は「近いッッ!!」と叫んでタカ君のお腹に拳を叩き込んだ。
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