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47.この世で最もうつくしいひと




学校に行くと、すでに昨日の件が他学年にまで知れ渡る事態になっていた。


ただし内容はまだはっきりとされておらず、「御巫に言い寄った男子生徒数名を流鏑馬が殴り飛ばした」だの「御巫の二股がバレて修羅場からの暴行事件」だのとみんな好きに話を盛っているものの、とりあえず文ちゃんの貞操の危機であったことはバレていない。

女子の中でも噂好きの子が多い吉野さんのグループ――そのリーダー格の吉野さん自身がだいぶ誤魔化した情報を「内緒よ」と言いながら流してくれたおかげかもしれない。


犯行に加わった男子生徒たちもこれ以上事態を悪化させたくないのか、自分たちの友人に事件のことを話していないらしく、噂をまとめると現在の文ちゃんは「男子の喧嘩に巻き込まれて怪我を負った」ゆえに学校を休んでいることになっている。―――とりあえず、文ちゃんの名誉はギリギリ守られているのに私は心底安心した。


ちなみに文ちゃんを庇ったさっくんは流石にあの怪我をこしらえた翌日に普通に登校できるわけがないようで、欠席。

流鏑馬も予想していた通り欠席で、このことに「流鏑馬による暴行事件」説が盛り上がったけどごめん、主に彼らを潰したのは羽継です……。


―――そんな噂話に盛り上がる朝だったけど、急に開かれた全校集会で事件を薄らと語られ、加害者たちにはしばらくの出席停止処分が下されるらしい。

その後の校長先生の長い話を終え、教室に戻ったら担任の先生がもう少し詳しく語り、流鏑馬は無関係、さっくんが"喧嘩"を止めに入って負傷したと告げた。


他のクラスと違って被害者も加害者もそれなりに在籍している我がクラスは、このために朝からまったく集中できない事態になり、反応も各々違った。


穂乃花たちは文ちゃんをしきりに心配しては処分を喰らった生徒の席を睨み、「あいつの机の中に魚のフライでも入れてやろうか」と企む始末。たぶんそれをやってダメージを食らうのは周辺の子たちだと思うので止めておいた。


なお、そんな私たちを睨んだり文ちゃんのことを嘲る連中は聞くに堪えない話で盛り上がっており、クラスの雰囲気がどんどん悪化していった。

廊下でばったり会った時なんて睨みあいだし――まあ、吉野さんが私を睨んでもスルーするだけなのに倣っているのか、特に面倒なことにはなっていない。

感謝の気持ちを込めて「おはよ、紗季さきちゃん」ってすれ違いざまに囁いたら「黙れアホ毛」って言われたけど許してやんよ。





「―――やあ、安居院さん」

「……おはよう、タカ君」


忘れ物をして一人で来た道を引き返していると、「私の忘れ物」を手に微笑んでいるタカ君に会ってしまった。


昨日のこともあって警戒しながら返事をすると、彼は苦笑を浮かべて「怖がらせたかな」と言って私の荷物を渡してくれた。


「…さっくんから何か…聞いてる?」

「いいや。あいつとは今も連絡が取れないよ」


……そりゃそうか。

私はじりじりと後退した。


「―――昨日も、大変だったね」


そんな私を見て、タカ君はまたも嫌な笑みを浮かべた。

私はとりあえず油断ならない彼に引っかからないよう、ぎこちなく笑いながら「そうだね」と頷く。


「文ちゃんたち、大変だっただろうね」

「彼女、華奢だし怪我も軽いといいんだけど」

「そう、だね…」


言われて、昨日のボロボロの文ちゃんを思い出す。

囲まれて捕まって、服は裂けられ殴られ……ずっと消えることのできない心の傷を負ってしまった―――あの子の友達である私が、馬鹿だったせいで。



「―――…君にそんな顔をさせてしまうくらいなら、もっと早く気づけばよかったな」

「………え?」


ぽそりと呟いた言葉が上手く聞き取れなくて首を傾げると、タカ君は普段の優しげな微笑を浮かべるだけで黙ってしまう。


思わず「なんだこいつ」と思ってしまった私はチラリと教室の窓から時計を見る――あ、やばい、遅刻しそう。

とりあえず今は教室に向かわなければと踵を返そうとすると、急にタカ君は私の手を掴んだ。


思わず震えてしまうと―――彼はとても、とても柔らかく微笑み、内緒話のように囁いた。



「―――ねえ、僕も不思議な力を持っていて、君のためだけに働いてもいいと言ったら、安居院さんは僕をそばに置いてくれる?」













◆◇Das Herz von ………◆◇







―――彼女は、じっと座り込んで、濁った瞳で両親の遺影を眺めていました。


目尻は赤く、殴られた頬はまだ熱く。長い髪は梳かれずに乱れて彼女の体にまとわりついていました。


心をどこかに置いていったような彼女に、彼女の祖母はずっと優しい声で呼びかけ、返事がない孫娘にお粥を勧めたり飲み物を飲ませようとしますが、彼女は僅かに瞳が揺れただけで何もしませんでした。


その間にも遠くの部屋では彼女の祖父の罵り声が聞こえてきて――彼女はこれにびくりと震えると、恐る恐る祖母に抱きついてその背を撫でてもらいました。



「―――文」


だんだん吐き気もしてきた彼女の耳に、そっと、恐る恐ると名前を呼ぶ声が聞こえて。彼女はのろのろと顔を上げると、戸の前にいる彼を見つめます。


「くにみつ、くん」


彼は、ニコッと笑うと、手にしていた買い物袋を掲げるように見せ、「文の好きなものだよ」といつもの優しい声で言いました。

この暑い中、学校にも行かずに、彼は駆け足で彼女の好きな物を買い集め、昨日から何も食べていない彼女のためにと服を汗で濡らしながら帰ってきたのでした。


「何食べたい?アイスもあるし、ゼリーもあるよ。ミルクティーも買ってきたし…そうそう、美味しそうなスイーツもあったから買ってきたんだ。一緒に食べよう」


柔らかく微笑まれると、彼女のモノクロの世界は淡く色付くようで――そっと手を伸ばすと、怖がらせないように触れる手には、彼女の心を取り戻させるほどの熱がありました。


「―――それじゃあ文ちゃん、お部屋で食べましょうか」


祖母の言葉にこくん、と頷いて立ち上がろうとすると、彼は「――あ、俺が連れて行きます。これ、頼みます」と彼女の祖母に買い物袋を手渡します。

「ありがとうね」と微笑んだ祖母に微笑み返した彼は、ふらついた彼女に声をかけると、ひょいっとお姫様みたいに抱き上げて部屋を出ました。


それが恥ずかしくて俯いていると、できるだけ振動を感じさせないように努力する彼が囁きます。


「…ごめん、汗臭い?」


しょんぼりとした声で言われて、彼女はぽかんとした後にふるふると頭を振ると、今にも消えそうな声で、


「……わたしこそ……きたなく、ない?」


―――そう問うと、彼の歩みは止まります。

思わず体を固くした彼女は、心臓の痛みに胸を抑えながら、じっと俯いて返事を待ちました。

少しの、ほんの一呼吸の間を置いた彼は、無防備な彼女の耳に唇を寄せます。



「―――文は、この世のなによりも、美しいよ」



言い切った彼の声に若く熱い情熱を感じて、彼女は思わず顔を上げその瞳を見つめました。


彼の瞳はじっと彼女を見つめ、偽りのない本心だと――燃え盛る想いを煌めかせていて。見つめ合うのも束の間に、彼は彼女の額にキスをすると、ふ、と切ない吐息を漏らしてから部屋へと向かいました。


呆然としていた彼女は、ただふるふると震えながら、さっきまでとは違う感情で泣きそうになりながら、彼の腕に身を預けていました。






.






羽コンビの場合↓


羽「お前が…その…い、一番、綺麗だよ」

彩「知ってる」

羽「えっ」

彩「知ってる」



書いててこいつら恋愛できんのかと思いました。


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