39.二人の少女の話
※彩羽さんたちの視点ではありません。
【×××の初恋】
この学校の三大美少女の一人である、安居院 彩羽さん。
人を傷つける行為が大嫌いで、その手の問題をスルーできない正義感溢れる子。
いじめられてる子がいればさらりと庇ってくれたり、嫌な顔せずグループに招き入れてくれたり、親身になって相談に乗ってくれる。
裏表の無さそうな人で、あんなに綺麗な顔で無邪気に笑いかけてくれるとボーッとしてしまう――男女関係なく、安居院さんに微笑まれた人はそう言う。
―――でも、一年前の「あの事件」から、安居院さんは変わった。
まず、知らない子でも平気で受け入れていたのにそれをしなくなった――いや、できなくなった。
安居院さんの取り巻きもあまり安居院さんに「あの事件」を彷彿させる事はさせたくないらしく、男子が安居院さんに告白しようとする前に止めるよう脅したり、安居院さんを頼ろうとする女子には取り巻きの人たちが話を聞いてあげているみたい。
少しでも「あの事件」から遠ざけたいのだろう――だからこそ、「あの事件」の原因の1つでもある私が同じクラスメイトであっても、彼女たちは睨みはしても何も言わないのだ。
まあ、何かされたら安居院さんと同じくらいお人好しの吉野さんに泣きつこうと思っていたから、有難いことなのだけどね…。
―――だけど物事っていうのは上手くいかないもので、私の計画は全然進まない。
せっかくあの女が吉野さんの怒りを買ってくれたのに、今まで一人ぼっちの良い的だったのに――席替えをきっかけに、よりにもよって安居院さんと交流を持つなんて。
周囲が困惑しているにも関わらず安居院さんは何故かどんどんあの女と仲良くなっていって、ついには取り巻き連中にも仲間認定をされてしまって。
繋がりが薄そうに見えるけど、安居院さんのグループは皆何かしら安居院さんには「借り」があるらしく安居院さんの意向に沿わない事はしないから、皆してあの女をちやほやしてる。
そのせいで今まであの女を虐めていた子たちは全然面白くない。
あんな目立つグループにいたら大っぴらに手を出せないし、もし安居院さんの怒りを買ったら―――普段あんな無邪気な人なのに、怒ると本能的に恐怖を感じてしまうような人となんて正面から喧嘩出来ない。
それが可能なのはただ一人、安居院さんと同じく三大美少女の一人で安居院さんのグループと同規模の吉野さんだけだ。
吉野さんのグループは「信者」と利益目当てでくっついている少数グループ、吉野さんが信頼している友人たちで構成されている。
男子なんてよく「吉野と安居院が喧嘩したらどっちが勝つか」なんて面白がって議論してるけど、私は絶対吉野さんだと思う。
特に今回は安居院さんが喧嘩をふっかけるように教科書をぶつけて怪我をさせたから、吉野さん信者はとても怒ってたし。利益目当ての連中も、「吉野さん」という看板を掲げてちまちま攻撃を再開している。
私はこの展開をとても喜んだ。――だって、もし上手くいって安居院派が弱体化してくれれば、あの女の盾が取り払われることになるんだもの!
男子もあの背後に怖い番犬がいて女子の影響力も強い「安居院さん」という盾があったからこそ、あの女に手を出せなかったわけだし。良いように事態が転がれば、私の願いは1つ叶うのだ。
……だけど、そんな大事な時に吉野さんは言った。
「私はちゃんと謝ってくれた人に好意は抱いても敵意は持たないわ。これ以上ちょっかい出さないでちょうだい」
その言葉に、渋々と従ったのは「信者」グループ。
でも、吉野さんという看板で好き放題したいグループの反応は半々――このままじゃあ振り出しに戻ってしまうと思った私は、同じ願いを持つリーダー格のある女の子にそっと囁いた。
「…きっと吉野さんは安居院さんが怖いのね。臆病者なんだわ。……まったく、芳堂さんを見習って欲しいわねえ。吉野さんってば安居院さんと同じく見掛け倒しだったなんて。芳堂さんみたいに見かけも中身も十分備わった人じゃないのに、三大美少女だなんだってちやほやされるのはおかしいわ」
そうよね、と嬉しそうに頷いた芳堂さんは、それ以来よく私に話しかけてくる。
私は世間話の風を装って、芳堂さんが言って欲しいこと、知りたいことをサラリと口にした。献上品も持って行ったりした。するとまあ小物はすぐに私を信用し始めてくれた。
芳堂さんは小物だけど、男の友達が多いから助かるわあ。使える。
後は上手く機会を得て、あの女を壊してしまいましょう。
「――――やめなさい」
「…え?」
振り向くと、吉野さんが立っていた。
綺麗な顔はとても冷たくて、私の汚い心すら射抜く目で私を捉えた。
「今すぐ手を引きなさい。……後悔するわよ」
「……なんのこと?」
「とぼけないで。…いいから私に従いなさい。あなたの願いは絶対に叶わないのだから」
「………」
まるで預言者みたいに言うけど、どうせそんなの当たらない。
みんな吉野さんの占いは絶対当たるとか言ってちやほやしてるけど、どうせあんなの適当に言ってるだけよ。
きっと、自分に従わない人間が気に入らないから、もしかしたら自分に迷惑がかかるから、こうして止めに来ているだけだわ。
聞く必要なんて、絶対にない。
―――そうして吉野さんの手を払った私は、カバンに視線を落としながら帰路に就く。
最近手に入れた謎の本は、私の不満や呪いを真っ白な頁を埋め尽くすほど書き込んでもすぐに消えて、代わりに「私は あなたを 肯定します」という文字が記されるのだ。
これは一体どういう意味なんだろう、と思っていたら今回の件が起き、邪魔な安居院さんを消せると思ったのに……結局上手くいかなかった。
何なんだろう、これ――図書室に返すべきかな?
「お嬢さん、その本を売ってくれないかな?」
―――ポン、と背後から、肩に手が置かれる。
その途端嫌悪感と恐怖が体を支配して、逃げたくても体は石のように固まって動けなくなった。
(お、おちつけ。おちつけ……)
幸いにも、背後の男の声は私の貞操ではなく本が欲しいと言っているのだ。なら、ここでカバンを押し付けて逃げればいい。携帯とか財布が入ってるけど、しょうがない。まずは逃げるのが先決だ。
私は言うことのきかない腕を震えながら動かして、カバンを渡そうとした――のだけど、恐怖のあまりカバンを落としてしまった。
「あ…」
「―――おや。…君、その本の使い方が分かってないね?」
「え?」
思わず振り向くと、端正な顔立ちの青年が私を見下ろしていた。
甘さすら感じるその顔にボウっとしてしまうけど、青年の次の言葉が私を現実に引き戻した。
「教えてあげるよ―――どんな汚い願いも叶える、その素晴らしい本の使い方を、ね」
*
【不可思議少女の奇妙なお話――愛に一途に生きてます!――】
―――それは立派なお屋敷だった。
古き良き、純和風の。門から庭から全て立派な――そんな広い屋敷中をパタパタと幾つもの足音が掃除や家事で走り回っていたけれど、きっと通行人が無理やり覗き込んでも人の姿は見えないだろう。
……この広い屋敷で下働きをしているのは、【式神】なのだから。
そう、ここは――【東の守】、陰陽師の名家「篠崎家」の屋敷なのである。
こんなに広いのに住んでいる人間は三人で、現在屋敷に居るのはたった一人、篠崎家次期当主である娘だけ。
奇しくも「安居院家」の次期当主と同い年で同じ性別である彼女は、長く艶やかな黒髪を持つ美少女である。
そんな彼女はさらさら揺れる黒髪を団子にして、机に向かっていた。
ヘッドフォンからはテンポのいいラブソングが漏れていて、書き込んでいるそれは課題でも勉強の予習復習でも何でもない、丁寧に書き込まれたイラストだった。
『お嬢たまー、おやつですおー』
彼女の式神が盆を手にやって来て、「お嬢たま」こと彼女はやっと手を止めた。
ヘッドフォンも外して振り向くと、冷えた飲み物を半分まで飲む。そしてにっこりと微笑み、
「私、旅行に行きたい。お前、そうお父さんに伝えておいて」
『え?りょこー?…ダメですっ!』
「あん?」
可愛らしくぴょこっと跳ねて反対した式神に、優しげに微笑んでいたはずの彼女は低い声でガラの悪い声を出し、式神の両耳を引っ掴んだ。
「下働きの分際で、なぁに偉そうに楯突いてんのよ」
『で、でもでもっ、今休学してるのだってお嬢たまの傷ついたハートを癒すためって名目なんですおっ!他人を怖がってるってことで休ませてもらってるんですおっ!それなのに旅行なんてダメですっ、それに旦那様たちの都合もつきません!』
「別にいいよ、一人旅の予定だし。近場に行くつもりもないから大丈夫」
『何が大丈夫なんですかー!レデーが一人で遠くへ旅するだなんて危険すぎます!無謀なのですっ』
「だいじょーぶだってば。ちゃあーんと明るいうちに移動するし、変なところには行かないし」
『だめだめっ!…というか、そこまでしてどこに行きたいのです?』
「安居院家」
『あぐ……安居院ぃぃぃぃ!?ダメですお嬢たま!あんな危険地帯!敵地に!!お嬢たまが!!あんな西洋魔術師の家にだなんて!!』
「いーじゃん安居院家。私、あの家はだぁい好きよ。我が家と鬼婆の家と同じくらい」
―――長い間、「安居院家」と「篠崎家」は対立する仲であったが、現在では互いの当主の意向により積極的に交流を深めている。
しかし彼女の式神のように長く生きている者の多くは先程のように「危険」と連呼する。
……というのも――各家が担当する土地は実は「領地」でもあり、自らの領地内で仕掛ける魔術は他領のそれよりも浸透しやすく威力が増す。
つまり「篠崎家」に招くならばまだしも魔術の天才を多く輩出してきた「安居院家」の領地に行くだなんて恐ろしい、ということである。
だがそんな弱腰なのは分家だけで、本家同士はちまちまと互いの家を行き来している。
彼女の幼い頃からすでに安居院家次期当主の娘とはお泊り会をしていたり、両家で食事をしたり――その度に安居院家の当主は死にそうな顔でチョコを齧っていたり。
そんな仲だもので、彼女は慣れ親しんだ「安居院家」が危険だ何だと騒がれてもいつも鼻で笑っていた。
『き、きっと旦那様が止めます!ダメだっていいますです!』
「……いや、父さんならきっと『レイの家に行く?ハッハハーいいねぇ!僕も行きたい!でも行けないから僕の代わりに行っといで僕の可愛い天使ちゃん!ハっハー!』…って言うと思う」
『………ど、どうしても行くです…?』
「もち」
残りの水饅頭をポイッと口の中に放り込むと、彼女は椅子に持たれて背後の写真立てを見つめた。
「あのイベントを放置すると、絶対に彩羽が消されちゃうからね」
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