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37.ハッピーバースデー!




放課後、流鏑馬が教室に来るのを文ちゃんと二人で待っていた。


というのも―――まあ全員が全員腐った奴とは言わないけど、やっぱり他の学校よりは屑の割合が高い(それも全てはこの歪んだ土地のせいなんだけどさ)から、自覚した以上は出来るだけ文ちゃんの傍にいてあげたいのだ。

時折教室を見回すと芳堂さんグループが嫌な雰囲気全開でこっち見てるし、文ちゃん狙いの男子の一部は問題児だと穂乃花が教えてくれてからはそっちの視線もとっても不安だ。


流鏑馬もそれを分かっているのか、文ちゃんが流鏑馬を迎えに行こうとするのを禁止して自分が迎えに行き、そのまま文ちゃんの部活先である美術室まで送っているらしい。

美術室なら他にも部員はいるし、先生も文ちゃんを気にかけてくれているから、流鏑馬も自分の部活に集中できるみたい。


―――そんな訳で流鏑馬を待つために教室で待機中の私たちは、手芸部に行く沙世ちゃんに手を振り、文芸部の叶乃ちゃんと穂乃花に別れを告げた。



「―――ねえねえ、文ちゃんってどんな本読むー?」

「んー…あ、この前読んだのだけど、荻原さんの作品が好きだよ」

「白鳥異伝なら読んだ」

「他のも面白いよ」

「ん、今度読んでみる」


そうのんびりお喋りをしながら文ちゃんから貰った林檎の飴を舐めていると、不意に影が差して――ん? と見上げると、男子生徒二名がいた。


「…こ…ん、にちは。安居院さん」

「…あーっと、たか…たか…タカ君?と音痴」

「うん、そうだよ。覚えていてくれたんだね」

「いやいやいや、待てよ!俺の名前は"音痴"じゃないよ!…音痴だけどっ」

「………佐嶋くんだよね。こんにちは」

「こんにちはっ!」

「……流鏑馬に――」

「それはやめて!」


お前どんだけ流鏑馬が怖いんだよ、と言いたくなったがお口チャック。


「で、あー…タカ君とさ……さっくんはどうしたの?」

「なにその"さっちゃん"亜種みたいなあだ名!?」

「ん…いや、ただ挨拶しようと思っただけだよ」

「小鳥遊ぃぃ!なんでお前スルーしてるの!ダチがさっちゃん亜種みたいな呼び名を付けられてるんだよ!止めてよ!」

「タカ君は律儀だねえ」

「……そんなことないよ」

「ホントだよ!そいつ律儀さの欠片もねーよ!」

「……あの、佐嶋くん、飴どうぞ」

「ありがとうございますっ!」


きっちり九十度に背を曲げて両手で飴を受け取るさっくん……なんて全力で生きてる男なんだ。

インテリイメージのある将棋部の一員とは思えないツッコミ担当ぶりだ。


「―――あ、あー…御巫さんので思い出したんだけどさ、安居院さん今日、具合悪かったみたいだから…これ、お見舞いに」

「え…わあー新作だ!いいの?これ貰っちゃって」

「もちろん」

「ありがとう!」


さっくんを何とも言えない顔で見ていると、タカ君が新作のお菓子をくれた。

羽継はよく知らない人から物を貰うなって口酸っぱく言ってたけど、タカ君は知らない人じゃないからいいよね!あとで一緒に食べ………れないかも。


「…それじゃ…その、―――部活行かなきゃ。気をつけて帰ってね、二人とも」

「うん。タカ君も。あとさっくんは背後に気をつけた方がいいよ」

「どういうことよ!?」


飴玉を大事そうに懐に入れたさっくんは、「ポン」と自分の肩に手が乗ったのを感じた瞬間、面白いくらいにその顔を青褪めていった。


ぎ、ぎ、ぎ、…と油の切れた人形のように振り向くと、柔らかな笑みを浮かべた流鏑馬が「やっ」と肩に乗せていない方の手を上げた。



「久しぶり。去年以来だな?」

「いやあああああああごめんなさい許してええええええええ!!!」


久しぶり、と言ったところで肩に乗せた手の力を込めた流鏑馬に、さっくんは叫んだ。思わずびくっと肩が跳ねた文ちゃん(流鏑馬の所業に気づいていない)はそろそろとさっくんから距離をとる。……ざまあっ!


「違うんです誤解です俺は別に下心があってお喋りしてたんじゃなくてですね小鳥遊が安居院さんに渡したいのがあるっていうからほら安居院さんの席って扉の近くですからこう俺も付いていく形になっただけでして安居院さんと一緒にいた御巫さんとお喋りしてたのは偶然なんです奇跡なんです。ほんとよ?これほんとよ?ガチでっ!」

「いやあ、佐嶋は口も頭もよく回るなあ」

「そんなことないですぅ!あ!あの、御巫さんからもらった飴ならご返品しますから!献上しますから!」

「……へえ、飴もらったんだ」

「作戦失敗したああああああ!!」


どんどん自爆していくさっくんが見ていられなかったのか、ついに文ちゃんがポケットから飴――を出そうとして、もう品切れしていたことに気づく。


他のポケットを叩くも食べ物はなかったようで、困った顔で文ちゃんは一度さっくんを見た。

あんな嬉しそうに飴玉を受け取っていたさっくんは震えながら飴玉を献上しようとしている――なんだか流鏑馬がカツアゲしてるみたいな光景だ。

文ちゃんはそっとさっくんの献上する手に触れて止めると、



「国光くん、今晩のおかずは国光くんの好きなものにするから、そんな意地悪しちゃダメ」

「…ほんとに?」

「うん。何が食べたい?」

「じゃあハンバーグとオムライス!」


さっきと違って本心からニコニコしている流鏑馬だが、自然な動きで文ちゃんが触れているさっくんの手首を叩き落とした――のを、見てしまった私は何とも言えない気持ちになりました。


その後、申し訳なさそうに頭を下げて美術室へと去る文ちゃんと連れ去った流鏑馬――が廊下を曲がったのを確認したさっくんがよろよろとタカ君を連れて教室を出て行った。


「お大事に。安居院さん」

「ありがと」


手を振ると、タカ君ははにかんだ笑みを向け、ゆっくりした足取りで去っていった。

それと入れ違いになるように羽継が教室に入ってくると、私に視線を合わすことなく「…具合は?」と尋ねてきた。


「大丈夫」

「ああ、そう…そう」

「………」

「………」



沈黙。


まだ冷房が効いてる教室内なのに、なんかじりじりと熱に当てられてるようだ。

うぅぅぅ、熱い…あつ――――


「ひゃっ!?」


私も視線をそらしていたら頬になんか冷たいのが当てられた。

吃驚して頬に手を伸ばしたら羽継の手の甲を握ってしまって、「へああ!?」と変な声を上げてしまう―――しかも混乱して羽継の手をぎゅっと握ってしまった。なんでだ!離そうぜ私の手!


……でも…羽継の手って本当に、いつからこんなに大きくなったんだろう…昔は同じくらいだったのに。ぷにぷにしてた手がどうしてこんな………いやいやいやッ!違う!そうじゃなくて!そうじゃなくて!


なに変なこと考えてんの私!―――と自分で自分を叱っていると、羽継がぼそぼそした声で、



「……夏場は水分補給が大事だから、仕事前に飲んどけ」

「へ?」


羽継が頬に当てていたもの――それは私の好きな林檎ジュースだった。

さっきは急なことだったからとても吃驚したけど、落ち着いてみるとそんなに冷えてないのが分かる。ちょうど飲みやすそうな……。


「……」


せっかく…だから飲もうと蓋を開けようとしたら、すでに開けられていたようでするっと外れる。でも中身は減ってない。…………ああ、



「…ありがと…羽継」


なんだか飲むのが勿体無く思えて、お礼を言ってからちびちびとジュースを飲む。

このちょうど良い酸味と甘味が大好きだ。今日は特に甘酸っぱく感じる―――と、羽継は不意に私の頭を撫でた。


前回よりも上手に撫でられているせいか、気持ち良い。


なんだか、ずっとこうしていた――――







「あ゛――…」



ごろん、と視界の端から転がってきた「ぷにとぅるん」。

思わず目が合った私は、つい羽継に抱きついて――隙間から胸に潜り込まれにようにとぐいぐい体を押し付けた。

しかし羽継は背後の「ぷにとぅるん」には気づいていないわけで、私の急な行動に驚いて固まってた。その十数秒後に、顔が赤い羽継に頬をめっさ抓られた。

ひどす。












「ふんっ!ふんっ!!」

「あ゛っ、あ゛!」



まるでバスケットボールのような扱いをすれば、だむだむとよく跳ねる「ぷにとぅるん」は短く鳴き声を上げながらされるがままになっていた。

終いに蹴り上げると「べだんっ」と天井に派手にぶつかって床に落ちていく――そこでやっと攻撃の手を止めた羽継は、背後でちびちびとジュースを飲んでいる私に振り向いた。


「…やっぱり消えないな」

「本体攻撃じゃないにしろ、分身が消える程度のダメージは受けてるはずなのになあ…もしかしたら、上級の存在なのかもね」


それにしては、あんまりにも間抜けというか気が抜けるというか。

(`・ω・´)の顔文字クッションが半透明化したような姿をしているから、きっと悪戯程度にしか干渉できない低級の存在だろうと思っていたのに。


あの羽継の「無効化」の異能チカラを何度も受けていながら平気そうな顔で戻ってくるだなんて、なんて大物なのか……あ、羽継さんまたバスケ虐待するんですか。



「なんでッ、こいつッ、俺たちに寄って来る、んだッ!」

「んん…低級の【怪異】なら、庇護や力のおこぼれを得るために異能力者わたしたちに接触してくるらしいけど……なんだろう。なんかの前触れ?」

「前触れだ、とォ――!」


「来いよ!ホラやってみろよ!」と言わんばかりに跳ねる「ぷにとぅるん」の顔に拳を入れた羽継。

「あ゛ァァァ―――…」と鳴き声を引きずって向こうへと転がっていった「ぷにとぅるん」は、またも元気に跳ね始めると羽継の傍に寄ろうと


して。





「にゃーん」



「ぷにとぅるん」が跳ねている地点。私たちから見て廊下の奥。

…その、曲がり角から、可愛い猫の鳴き声がした。


「にゃーん」


そろっと顔を出したのはそこらによく出没しそうな雑種の猫。角からこちらを見ている。







小型の猫では、ありえない高さから。




「にゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃーああああああッはああはああああああああああにゃあッああああああ!!!!」




―――人間の頭があるべき場所に、何故か猫の生首がある。


裸の上半身と上半身――二人分の「半身」、その切断面が。

まるで閉められない箪笥を無理やり押して閉めたように……粘土で無理やり繋げたように、「一つの生き物」になっている。

そのために片方から骨が飛び出ていたり、中身がぽとんぽとんと崩れた豆腐みたいに落ちていく。

猫の首が乗っていない方の上半身は何も付けられていない――つまり首の先だけしかない。それが犬の尾のように揺れると、粒状の何かが周囲に散った。



思わず固まる私たちの目の前で、「ぷにとぅるん」はダムダムと体を激しく跳ねさせ涙目で

私たちの元へと逃げる。

それを追う醜い姿の「化け物」は、犬のように四足歩行――だが足は全て腕のため、そう早くは追って来れない。



「―――羽継"切って"!」

「っ」


唐突に現れた化物から身を守るために無意識に溢れていた羽継の【異能】。

それを切らせた私は、両手を前に翳して、ふぅっと息を吸い―――




「にゃっあ゛ぁあああああああああああああああああああ!!」



キッと前方を睨んだ私が放ったのは、雷撃。


鞭のようにしなり蛇のように襲いかかる雷は、羽継の干渉じゃまを受けないために思う存分「化け物」にむしゃぶりついている。

これは校舎内での使用のために初級程度の雷系統魔術で――私は雷と特に相性がいいために詠唱は必要ない。そのために突然の対応には基本的にこれを使用する。


本当はあんなもの、一撃必殺と全力で炭にしてやりたいんだけど……流石にそんなことをしたら初級程度の魔術とはいえ被害が酷いことになってしまうため、初撃は手加減をすることにした。

そして生徒たちが来ないように、手を叩いて人避けの結界を張る――と、ギリギリ射程内から外れた「ぷにとぅるん」が転がるように私たちの足元に辿り着き、「フーッ、フーッ」と荒い息を吐いていた。



「お前、すばしっこいね」


ぷに、と頬の辺りを突いてみると、「ぷにとぅるん」は「あ゛っ!」と返事をした。

野良猫が愛想をふるように私の手にスリスリと体を撫で付けると、耳をパタパタと動かす。

…………。


「…なんか…かわいい……」

「―――気を抜くな」


胸がほっこりしてきた私に、羽継は鋭い声で現実に引き戻した。

見上げると、羽継はポケットに手を突っ込んでするり、と鈍い銀色の細い棒を引き抜いていた。

その棒――は、投げるのに適した針のようなもので、先端が鋭く尖っている。


「――――、」


ダーツのように投げた針は羽継の【無効化】の力を纏い、「化け物」の体を裂く。

あんなにも細い針が貫通しただけなのに、まるで槍を投げられたかのような裂かれ具合だ。


「すごいねぇ…」

「……どうも」


そっぽ向く羽継の攻撃手段の1つであるこれは、最近になって使われるようになった。


最初見たときは「ついに羽継も厨二病に侵されたか…」と心配したものだったが、これは私が魔術を使用中でも援護出来るようにと考えたものらしい。


それまでの羽継は触れることで【無効化】するか、一定の(仕切られた)空間に自分の力を満たすという手段で相手を無力化する、もしくはそれに近い状態にするという戦法をとっていたのだが、この方法では後者では私の力と喧嘩するか共倒れするかで上手く効果が出せない。前者では接近戦なものだから危険すぎる。


―――ということで「針」らしい。

これなら場所とらないし、目立たないし。羽継にとって何かに力を「こめる」というのは簡単な作業らしいので、パパッとすぐに何本も投げられるのだ。



(……やっぱり、羽継って、格好良いなあ)


ダーツみたいに投げたあの姿の、真剣な眼差しがとても…………。







―――ぐちゃり。


「……え?」



真っ二つに裂かれ倒れていたはずの化け物は、不快な音を立てて「繋ぎ合おうと」し始めた。

猫の頭も身体の半分も私の雷撃で焦げて炭化しているから、犬で言う前足と後ろ足…の片面を、なんとか使える腕で身を寄せ合って――上半身を完成させる。

すると本来繋ぎ合っていた腹の部分は裂かれることになるわけで。腐った断面を床に擦りながら、化物はずるりずるりと這い寄ってくる。


「―――ぁ、」


あまりのおぞましさに掠れた声を漏らすと、羽継が私の腕を引いて背に隠してくれた。

そして、「…彩羽」と落ち着かせるように名を呼ぶ―――けど、私の震える声は止まらない。



「て、け……てけ――テケテケ、さん……ハッピーバースデー…」

「―――」


混乱に陥った私に対し、羽継は無言だった。

無言で――何本もの【無効化】の針を「テケテケさん」に投げ込んだが、この生まれたての「テケテケさん」の機動力は素晴らしく、全てを避け切った。


打つ手なしの羽継に代わって私も攻撃をしようとしたが――魔術を起動させる前に、羽継が私を攫うように抱えて逃げ出してしまう。




―――こうして、びたっと羽継の背にくっついた「ぷにとぅるん」も含め、私たちは放課後の校内で鬼ごっこをするはめになってしまったのであった。






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