33.金糸梅
「芳堂?――ああ、あのブスね」
お昼休み。
七不思議の一つが眠る中庭にて私と穂乃花、沙世ちゃんに叶乃ちゃん――そして文ちゃんの五人でベンチを占領している。
本当はいつも通り羽継と流鏑馬の四人で食べようかとも思ったんだけど、何故か羽継が「今日は俺も流鏑馬も一緒に食べれない」とわざわざメールしてきたので、折角だからこの五人でランチをすることにしたのだ。
「―――それで、この写真の服はね、私が作ったの」
「おー!デザインもいいね!ここの花とかどうやったの?」
「あ、それは市販されてたのをちょっと加工して…」
「ていうかこのぬいぐるみ可愛いねー」
「……うん!」
最初、文ちゃんは慣れてきたとはいえ初めて共に食事をする子たちに囲まれオドオドしてたけど、さっきは叶乃ちゃんに料理のコツを語り、今は沙世ちゃんも混ざって手芸話に花を咲かせている。
それまでの硬い表情は溶けて、リラックスした様子でどこそこの仕入れが良いだとか話し合う姿に安心した私も、隣の穂乃花に例の「文ちゃんを七不思議の呪いを試す実験台にしようとした女生徒」こと"芳堂さん"のことを尋ねたのだった。
「ブスなの?そこまで記憶にないんだけど……確か私とお喋りしたよね?」
「…ほぉー。彩羽ってば、あのやっかみ全開女が絡んできても"お喋り"で済ますのか…これが顔"は"良い子の余裕かね?」
「そうだね、顔"も"良い子の余裕だろうけど。……あれ、私、芳堂さんに喧嘩売られたの…?」
尋ねると、穂乃花は味わっていた肉団子を飲み込んでから教えてくれた。
「……流石に詳細は忘れたけど。春の遠足の時にさ、確か自炊もできないのかって笑われてたじゃない…それで、あ――………ほら、最終的にあんたのセコムがやってきたじゃないの」
「セコム?」
「嘉神のこと」
え、羽継ってばいつセコムに……あ、セコムだね。
私、いっつも羽継に怪異からセコムしてもらってるもんねえ。
「―――あ、思い出した!確か羽継に『人様が食べても大丈夫なカレーは出来たか?』って聞かれたんだ!」
「え、そっち思い出すの?」
「だって失礼すぎるでしょ?流石の私だってアレくらいできるし!……あ、あの日はたまたま皆に勧められてゴミ処理担当だったけど……」
「あー、あんた、焚き火の中に生ゴミ入れて嘉神にすっごく怒られてたわね…」
そうそう。ちょうど同じ班の子が火が弱いって言ってたから…――って、話が逸れたな。
「……ごほん、…――で、それ以降は芳堂さんと接触してないよね?」
「ん?まあ…向こうは陰口とか叩いてたけども。あれ以来はあんたに話しかけてはいないわね」
「ふむ……じゃあ穂乃花も芳堂さんのことはよく知らないの?」
「んー…まあ、深くは知らないわね。知ってることと言えば、あの子の周囲にはあの子以上か同等の子はいないのよ。これで察してちょうだい」
「わかった」
なるほど。そうなるとかなりの美少女である文ちゃんを呪おうと提案したのも頷ける。
その手のタイプは色恋云々での恨みで――というよりも、上位の存在を抹消したいという理由で行動している可能性が高い。
そうなると流鏑馬の牽制は無意味だ。……むう、地味な嫌がらせ止まりで済めばいいんだけど……。
「―――あの、彩羽さん」
「ん?」
サンドイッチを齧りながら悩んでいると、私の隣の隣の隣、つまり穂乃花と叶乃ちゃんを挟んだ隣で談笑していた文ちゃんが、そっと私にお弁当を差し出して、
「それだけじゃあ体に良くないよ。…もしよければこれも…」
「いいの?じゃあこの鶏貰っ…あだっ!?」
「あんたね、文ちゃんは暗に野菜食えって言ってんの!ていうかこんな細い子から肉を奪おうとしないの!」
「だって文ちゃんの鶏料理美味いんだもん…そだ、文ちゃん!このサンドイッチとそれ交換しよ!」
「あ…でも別にそんな…」
「いいのいいの!なんだったらもう一切れ食べちゃう?あ、他にもパンあるよ!」
「いやその…そのカツサンドもパンも、……重そう……」
文ちゃんは引いた顔で私の膝の上にある紙袋を見る。
その中に入れられているのは、オレンジピールの練りこまれたパンとチーズを包んだパン。それとこのカツサンド。隣に置かれた紅茶との組み合わせは私の好きなメニューだ。
だけど、羽継も穂乃花たちもよく「お前は燃費が悪い」って言うんだよねえ…、育ち盛りだし、こんなもんじゃないの?
「彩羽ってなんで毎日アホみたいに好きなものを大量に食べてんのに丸くならないのよ。さっさと丸太になればいいのに」
「私なんて今ダイエット中なんだけど。嫌がらせなの?デブれ」
「どーせ栄養が乳と脳にしかいってないんでしょ………チッ、豚になれ」
「せめて野菜を食べて…」
「………妬みには屈しない!あとピーマン嫌いです!」
そう言ってカツサンドを頬張ろうと口を開いたら、文ちゃんのお弁当を受け取っていた穂乃花の手によって強制的に野菜(おいピーマンばっかじゃねーか!肉も入れろ!)を口に突っ込まれた。
思わず吐き出しそうになったけど、作った文ちゃんの手前そんな事は出来ず――できるだけ咀嚼をせずに飲み込むと、むせながら「おいひかったれす…」と文ちゃんに告げた。
すると私の情けない姿をみんなして笑いやがりましてね、その際に沙世ちゃんが好物のおかずを下に落として嘆いたのを見て、私もいい気味だと笑ってやった。
そしたら当然怒った沙世ちゃんにサンドイッチを一つ奪われた。
騒ぎの中心に座っていた文ちゃんはあっちにこっちにと押されたり味方に引き込もうと引っ張られたりしてもみくちゃにされる。
―――その賑やかさにつられたように、目の前の金糸梅は揺れていた。
*
さて、何事もなく午後の授業を終えた私は、いつものように羽継と合流しようと鞄を持ち上げた。
文ちゃんはその隣で制服を整えてから私と同じく鞄を手に取る―――とその時、「彩羽っ」とお声がかかった。
「ん?穂乃花、なんか用?」
「女子会しましょ、女子会!―――文ちゃんもいいよね?」
「え?」
自分には関係なかろうと教室から出ようとした文ちゃんの鞄を掴んだ穂乃花は、もう片方の手で携帯を操作すると
「今日五人で来た人にはね、今回限りのテディベアストラップをくれるのよ!可愛いでしょー!」
「あー、かもねー」
「それに、今回は全品安くてお得なの!ちょうどいいから家族にもケーキ買おうと思っててさー……っと、あとね、ほら!」
気乗りしない私と困った顔の文ちゃんに押し付けるように携帯の画面を見せた穂乃花は、「ここ」と指をさして言った。
「すぐ売り切れると評判のこのケーキ!特大パフェを制限時間以内に食べきった人にはタダでくれるのよ!」
「ほんと!?」
穂乃花の説明に食いついたのは私ではなくて意外にも文ちゃん。
自分の目で画面を確認した彼女は珍しくはっきりとした声で、
「わ、私も行きたい…!」
「だよねー!一緒に行こう文ちゃん!……彩羽は?」
「私ちょっと…」
「えっ、彩羽が来なかったらこの限定ぬいぐるみ手に入らないじゃない!」
会話に割り込んできたのは沙世ちゃん。ぬいぐるみやら人形やらが大好きなこの子は、それ関係のモノが原因で何度【怪異】を起こしたことか…いい加減学習しようや。
「ねーっ彩羽!お願い、奢るから来てよー!この限定品はどうしても欲しいの!」
「けっこう可愛い記念品よー、これ」
「記念のストラップ…私も好き」
「ね!だよねー文ちゃん!」
叶乃ちゃんまで口出しをしてきた結果、私は押しに負けて女子会なるものを開くことにした。
そのことを恐る恐る羽継に告げたら、「そうか、終わったら連絡しろ」とだけ。なんでも、ちょうど羽継も友達に将棋だか囲碁だかで遊ぼうと誘われたところだったよう。
「せっかくなんだ、楽しんでこい」
羽継はやけに優しい声で、そう私の背を押した。
―――だから、私は「今日だけ」と仕事を放り出して穂乃花たちと遊びに出た。
「ねえねえ、ちょっと冷たいの食べない?」
「今からケーキ食べに行くんでしょー、待てないのー?」
「だからデブるんだよー」
「ていうかあんた、ダイエット中じゃなかったっけ」
「い、一日くらいスペシャルデーがあってもいいじゃないの!」
「というか、ダイエットなんかしなくても大丈夫じゃないかな…沙世さんは細いじゃない」
「いやいや、実は腹回りがこう……」
「ちょっと彩羽ァァ―!」
「きゃーっ、文ちゃんたすけてー!」
「うっ」
「ちょっ、絞めてる!文ちゃん絞めてるから彩羽!」
目的地に向かう道中できゃいきゃいと五人で騒ぐ。
「仕事」をサボったことをまだ引きずっていた私だったけど、今の初夏の風のように爽やかに笑う皆に囲まれていると、なんだかどうでもよくなってきた。
そういうところがまだ半人前なのだろうけど、でも―――
「着いたぁ!」
このひとときの中にいられることの幸福を思うと、間違った選択はしていないと思う。
「何食べよっかなー」
「彩羽さんは特大パフェ」
「ちょっ、高い!高いじゃん!奢る身にもなってよ!」
「大丈夫でしょ、彩羽なら食べきれるもの。あれ制限以内に食べ切れたらお代タダだったでしょ?」
「……私も、彩羽さんと同じものにする」
「えっ、文ちゃんは無理だって!アレ本当に量があるよ!?」
「うん、…頑張る」
テイクアウト用のスペースを横切り、店員さんに従って道路側の席に着く。
店内には他校の女子や男子も居たりして、なかなか賑わっていた。
「ふー、暑かったぁー」
私は席の奥、つまり窓の傍に座ると、文ちゃんは私の正面へ。穂乃花は私の隣。その穂乃花の隣が沙世ちゃんで、叶乃ちゃんは文ちゃんの隣だ。
落ち着いてから各々注文を終えると、「そういえば」と穂乃花は急にニヤニヤしながら私の腕を突く。
「―――あんたのセコム、毎日毎日あんたの送り迎えして飽きないわねえー?」
「飽きるも何も、目的地が一緒だからねぇ」
「ほぉーう、じゃあさっきの『終わったら連絡しろ』発言はどういうこと?」
「今日も晩ご飯作ってくれるの羽継だからね。きっと温かいご飯を食べさせるためだよ」
「…………彩羽、なんで嘉神くんが家政婦してくれてるんだと思う?」
「私の親に頼まれてるからじゃないかなあ。あの子、姑みたいだけど律儀で優しいからね」
「………彩羽さん……嘉神くん可哀想だよ……」
えっ、どういうことですか文ちゃん!?
ていうかなんで沙世ちゃんそんな目で「白々しいわぁ…」って言うんですか!
「―――そーいえば、あんた今日、あんなイケメン捕まえておいて他の男に粉をかけてたよね」
「粉?」
「ああ、小鳥遊ってのでしょ。うちの学校でも珍しく大人しいタイプの」
「いや、うちの学校自体が珍しいんだと思うけどね…」
「地味だと思ったけど、あれって絶対将来化けるタイプだよねー」
「あ、お祖母さまからメール……」
各々好き勝手言い始めると、文ちゃんは小さな手でポチポチと頑張って文字を打つ。かわいい。
そう私が文ちゃんを見て現実逃避を始めれば、今度はみんなの関心が文ちゃんに向かった。
「ねえねえ文ちゃん。流鏑馬とは何年付き合ってるの?」
「えっ……つ、つきあって、ないよ」
「今はそうでも、もう付き合っちゃう秒読みきちゃってるんじゃないのー?」
「そ、そんなことないよ…国光くんに私みたいなのは釣り合わないよ…」
「いやいやいや、文ちゃん以上の良妻はそう転がってないから!」
「まあ、顔だけなら彩羽もいい勝負してるんだけどねぇ……でもこの子、人の面倒をみるよりみてもらう側の子だし。なかなか結婚が決まらないタイプよね」
「失礼な。そんなことないですよーっだ」
「おっ?あんたなんかの貰い手がいるのかねダメっ子」
「やっと気づいたのね、陰ながらあんたみたいなしょーもないのを支えてくれる――」
「なんか私の縁談話はいっぱいあるらしいし。引く手数多だもん」
その発言の後、みんなは何故か溜息を吐いた。なんでだ。
「あんたねえ…そーじゃないでしょ、それじゃないでしょ!老眼ババアよりも視界の悪い女なのあんたは!?」
「近くに手頃なのがいるでしょ!なんでそっち行かないの!」
「嘉神くんのどこがダメなのよ!いいじゃないの嘉神くん!サイッコーじゃないの!」
「いや……みんななんか誤解してるけどさ、羽継は別に私が異性として好きで一緒にいるからじゃなくて、昔私に大怪我負わせちゃった償いのために一緒にいるだけだよ?」
―――私の言葉に、文ちゃんは首を傾げる。
思わずみんなが黙ったのを不思議そうに見回し、チラッと文ちゃんは隣の叶乃ちゃんを見ると、叶乃ちゃんは「ああ、」と事情を知らない文ちゃんに向き直った。
「彩羽ね、小学校の頃に大怪我しちゃったのよ。胸らへんをね――それでけっこう危ない状態にもなったんだけど……」
「えっ…だ、大丈夫なの?彩羽さん」
「うん、もうその痕だって薄ら残ってるくらいだし。全然大丈夫よー」
ひらひらと手を振って笑うと、文ちゃんは安心した顔で「よかった…」と呟いた。なんて良い子なんだ。
「…でも彩羽、それってあんたの思い込みとか……」
「違うよ?だって羽継自身がそう言ってたんだもん」
「………うわあ」
「ちょ、あいつ自分でフラグ潰したの…?」
「それはダメだわ嘉神くん。こいつにその手の返しはアカンて…」
穂乃花たちがそう言っている間に今度は目当てのケーキとパフェが届いて、どよんとしていた空気は消え去った。
文ちゃんは初めて見る特大パフェに顔を引きつらせるも、きゅ、と唇を噛んでスプーンを構える。
「おっしゃ、頑張れ文ちゃん!何事もやってみなけりゃ分からんよ!」
「彩羽ったらテキトーなこと言って…」
「文ちゃん、ヤバくなったらすぐやめるんだよ。あとトイレは向こうだからね」
「私のコーヒー飲んでもいいから」
「あ、まず写メってもいい?記念に一枚」
「文ちゃんピース!」
「ぴ、ピース…」
パシャ、と写真を撮られた文ちゃんは深呼吸してから私を見る。
私は文ちゃんに頷くと、店員さんに「お願いしまーす」と声をかけた。
店員さんは注意事項やらなんやら喋ると、時計を手ににこやかにスタートの声を上げた―――。
「おおっ、流石ね彩羽!その無茶苦茶な食べっぷりはテレビに出れるわ」
「あ、彩羽。鼻にクリーム付いてるよクリーム」
「文ちゃんリスみたいになってるけど大丈夫?」
「あああああ彩羽!髪に付いちゃう付いちゃう!ちょっと穂乃花、アレ縛ってあげてよ!」
「はいは…ちょ、あんた胸のボタンとれかかってるじゃないの!」
「文ちゃん、そんな上品さはかなぐり捨てないと勝てないよ!」
穂乃花たちは自分たちのケーキをのんびり食べながら、私と文ちゃんに声をかけ続ける。
それに私はたまに「ふぁいおー」とか鳴くけど、文ちゃんは無言で必死に食べてるもんだから、だんだんみんなは文ちゃんに「ちょ、本当に大丈夫?」とか「いつでもタオル投げるよ!」とか言っていた。……ちなみにその間も、沙世ちゃんは写メをパシャパシャ撮っていた。
「―――あと五分です」
お昼しっかり食べちゃったからちょっとキツかったけど、私はみんなの予想通り余裕を持って完食した。
隣の穂乃花とハイタッチして沙世ちゃん、叶乃ちゃんとも手を叩いて「おつかれー」と労われてから、私はまだパフェと戦っている文ちゃんを見る。
きっと今まで小さなお口で上品に食べることしか知らなかったのだろう彼女は、苦しそうな顔をしつつも食べることをやめない。
頑張って頑張って口に詰め込み、残り時間が一分切った頃にはパフェも量がかなり少なくなった――が、今の調子では間に合いそうにない。
(こりゃダメかな)
そう思った私は自分の飲み物でも差し出そうと砂糖の入っていない紅茶に触れた――そのときであった。
「えっ」
誰かの声に、カップを見下ろしていた私も顔を上げる。
目の前には表情を一切無くした文ちゃんがぐっしゃぐしゃと残りをかき混ぜていて、首のリボンを解き捨てるとパフェのグラスを持ち上げた。
「…お、おおおおおお―――!?」
まるでドイツ人がビールを飲むが如く。
文ちゃんはちまちまと食べるのをやめ、中身を飲む方法に出た!
(ちょ…!大丈夫なのアレ!?)
食べきったらお代無料、それに加え人気のケーキも付け加えます、と店が提示したのは、きっと食べきれないだろうと読んでいたから――それだけの量が、あの特大パフェにあったわけで。
悪ふざけしたような量のパフェ、その「残り少ない」量は普通のパフェほどだ。それをかき混ぜて飲む?飲めるの!?
「ふ、文ちゃん…」
叶乃ちゃんが思わず声をかけて手を伸ばす。
しかし文ちゃんは気にせずパフェを飲み込む。あらかじめスプーンで小さく千切ったおかげで固形物が喉に詰まる危険性はない…かもしれないが、飲む量を思うと心配だ。
「―――ぷはぁ!」
店員さんが五秒前と言おうとした、その時。
文ちゃんは、ゴッ、とグラスをテーブルに置き、もう片方の手で口を拭った。
そしてペコッと頭を下げて「御馳走様でした」と言う姿にいつもの儚さはなく、男らしさだけがあった。
「ふ――文ちゃん……すごい!!」
思わず私がそう声を上げると、穂乃花たちも「うっそ、マジで食べきったの!?」「無理だと思ってたのに…」「すっごー!」と一斉に文ちゃんを褒め始めた。
それに文ちゃんは一瞬固まったものの、すぐにふにゃあと笑って、
「……すごいでしょっ」
そう、得意げに。胸を張っていた。
「―――はい、約束のケーキです」
会計を済ますと、店長さん直々にケーキを渡された。
隣の文ちゃんは嬉しそうにそれを受け取ると、同じく隣で受け取っていた私に笑いかけた。めちゃんこ可愛い。
思わずそのまま「可愛い」と口にしてしまうと、文ちゃんは今度はてれてれし始める。やだこの子究極に可愛い。
「…あ、それとこれ――五名様ですから、テディベアストラップを差し上げます。好きなのをどうぞ」
店員さんが持ってきたストラップたちに沙世ちゃんが「きゃー!」と乙女らしい声を出す。
五人で覗き込んだ箱の中にはモコっとしたテディベアたちが並べられていて、どれも個性のある作りだった。
「私どの子にしよっかなー♪どの子をお迎えしちゃおうっかなー♪」
「んー、私、このクリーム色の子にしよっかなー」
「あ、じゃあ私はこの赤いリボンの」
さっさと決める穂乃花と叶乃ちゃんと違い、沙世ちゃんと私と文ちゃんはなかなか決められない。
そのせいで二人に急かされるけど、せっかくの記念品だし、気に入ったものを選びたい―――思わず唸りながら選んでいると。
「あ…」
黒いテディベア。
白のネクタイを付けたその子は売れ残りなのか、それともこれだけなのか。黒の毛色のものは一つしかない。
ぽつんと端っこにいたのと、きっちりネクタイを締めているのが何だか羽継っぽくて、思わず手が出た。
「それにするの?」
文ちゃんに尋ねられて、私はちょっと悩んで――結局、「うん」と言ってしまった。
見れば見るほど羽継に似てくるものだから、「いらない」と言うことができなかった。
「文ちゃんは決まりそう?」
「ん……私は…」
羽継ベアをポケットに入れ、落ちないように気をつけて顔だけ出させると、私はもう一度箱の中を覗いた。
いくつか「どう?」と指差してみるも、文ちゃんは唸るだけ。どれがこの子のお気に召すだろうか―――。
「……あ。ねえねえ文ちゃん、この子はどう?」
「え?」
「ほら、色は違うけど私のとお揃いだよ!」
そう指さした先のテディベアは、クリーム色の毛並みに青いネクタイを付けた子だ。
文ちゃんはじっとその子を見ると、おずおず持ち上げて、またじっと見る。そして今度は私を見て、
「彩羽さん…」
「ん?」
「彩羽さんは……わ、私と、おそろい…してくれるの?」
きゅ、とテディベアを握って、私を見つめる文ちゃん。
私はふと過去の記憶が一瞬だけ脳裏を横切ったけど、不思議と嫌な感情が溢れることはなかった。
「…うん。―――おそろいにしよっ!」
「………!―――うん!」
むしろ―――胸が、温かった。
「ちょっと。私たちだって毛並みやら小物は違ってもおそろいなんだからね!ほら、この王冠のストラップはどの子にも付いてるでしょ!」
「つーまーりィー、文ちゃんはお前だけの文ちゃんじゃないのよ彩羽ァー!」
「なん…だと…!?」
割り込んできた穂乃花たち。この子たちの言い分にも文ちゃんはてれてれと「…うん!」と頷いた。
そしてもう一度テディベアを見つめると、大事そうに両手で包む。
そんなほわほわした空気をぶち破ったのが沙世ちゃんで、「決められないぃぃぃ!!」と叫んだあの子を呆れた顔で見た穂乃花の手によって、何とか決めることができた。……十分もかかったけどね。
やっと店から出れた頃にはちょうど流鏑馬も迎えに来て、私たちに手を振った。
文ちゃんに「どうだった?」と尋ねると、隣にいた沙世ちゃんがパフェと戦う文ちゃんの写真を流鏑馬に見せる。
それを見た流鏑馬は目を見開いた後、「文、リスみてー!」と笑いだした。
「り、リスじゃないもん…」
「だってこのほっぺた…ほっぺたぁ…!」
「………っ」
その写メくれ、とまで言われた沙世ちゃんは、それじゃあと私に写メを送り、それを私から流鏑馬に送った。
文ちゃんはやだやだと言っていたものの、最後は諦めて拗ねていたのがまた可愛かった。
「しっかし文、どうしてパフェの早食いなんかしたんだ?」
「…………」
写メの確認を終えた流鏑馬がそう尋ねると、文ちゃんは珍しくプイッと顔をそらし、勝利の証であるケーキの箱を後ろに隠した。
「………国光くんが、前…ここの、人気のレアチーズケーキが食べたいって……でもいつも売り切れてるからって…諦めてたでしょ」
「―――ふ、文……!」
途端に、流鏑馬は「俺のために…ありがとー!!」と抱きつく。
文ちゃんは顔を赤くして、「あ、あげちゃうんだからね…」とデレ全開だった。ああ、そういう訳だったのね。
(……しかし…君は、好きな子のためにあんな無茶したのかね……)
あんな大きなパフェを、少食な文ちゃんが完食するのはかなり苦しかっただろうに……最後なんて一気飲みで決めるとか、体張りすぎじゃないかね。
「じゃ、早速家帰って爺さんたちと食べよーぜ!」
「うん……じゃあみんな、さようなら」
甘いものを食べた後の私たちにさらに甘いもんを見せつけた二人は、仲睦まじく帰宅していった。
その後ろ姿に、沙世ちゃんは「彼氏欲しいぃぃぃ」と歯を食いしばり、叶乃ちゃんは「輝いてるわあ…」と呟き、穂乃花は「私も帰るわー」と特に気にせず手を上げる。
私は「気をつけて帰んのよー」と手を振ろうとして、穂乃花の向こう――そこそこの距離で女子三人が一人の男子にきゃあきゃあしているのに気づいた。
「あ、羽継……」
―――あの子は一人で歩いていると、他校の女子とかによく声をかけられる。それでいつも不快そうな顔をする。
そして私が近づけば、あの子はいつだって彼女たちを振り切って私のところに来た。
だから、無邪気にあの子に近づけたのだと思う。
「―――――あ……」
清楚で可愛い女子生徒。
彼女に何か話しかけられた羽継の顔は、予想していたものと違って和やかで、相槌を打っていた。
なんだか、楽しそうだった。
.
金糸梅の花言葉⇒秘密、悲しみを止める、煌き
あとヨーロッパでは、魔女除け・魔除けの効果があるとかなんとか……




