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23.セコム羽継



―――夢を見た。


白いワンピース姿の私は、穏やかな森と静かな林の境にいて――振り返れば、森の奥まで花の道標が残されていた。


けれど今の私の手にはこれから進むのに投げる道標役の花はない。近くに代用できそうな物もない。

引き返すなら今だ――けれど私はそのまま森を去り、林に足を踏み入れて先へと進んだ。


林道の道は最初だけ静かだったけれど、だんだんと遠くから鈴の音が聞こえ始め―――。


(…あれ……前もこんなとこ、来たような……)


思わず立ち止まる。――なんだか行ってはいけないような気がした。

でも奥に見える「朱い色」が目を惹いて、行ってみたいとも思う。



(……………行ってみよう)


よく考えもせず、早々に欲に負けた私は、一歩進んだ。

そしてもう一歩、更にもう一歩―――彼岸花あかいはなに、近づいて。


(彼岸花って、こんなに綺麗な色をしてるのか)



触れたい。触れてみたい。………触れよう。


なんだかこの衝動を、他の物にも向けていた気がする―――既視感を抱きながら、欲に負けた私は手を伸ばした。


そして、そっと、花弁に、




『――――――――ッ!!』



花弁に、触れようとした手が―――射抜かれた。


この手を射抜いた奴は、私が今まで歩いて来た道の奥に潜んでいるのだろう。

けれど私は振り向いて射手を睨むことも出来ない―――痛い。

私の手を貫通した矢からは血が流れないけど、痛みだけはしっかり体に流れ込んでくる。

………いたい。



しばらくして痛みにほんの少し慣れてくると涙でぼやける視界も落ち着いて、痛みの元である矢をちゃんと見れた。


(ああ――これは)


―――特に豪華なものではない、質素ながらも凛とした、"見覚えのある"矢。

これが私の手を貫いた「意味」を悟った私は、座り込んだまま彼岸花と距離をとった。



『――――』


そして呼んだ。……あの子の名前を。

呼んだら――呼べたら、返事が聞こえる気がして。むしろ私の背後にいる気がして。


……でも、この世界は「音」は在っても「声」は有り得ぬ仕様のようだから、きっとあの子とは会えないだろう。――いや、会ってはならないのだ。


その寂しさに、思わず目を伏せた。





――――しゃん。


…しゃん………しゃん。

……しゃん、…しゃん、しゃん。しゃん。



(………えっ)



私の元に、影が伸びる。


それと同時にいくつかの鈴の音も近づいてきたものだから、私は恐る恐る顔を上げた。


『―――!』



見上げた先には、白馬の飾り馬がいた。

至る所に鈴が付けられた、装飾の華やかな馬――これが鈴の音の正体だったのか。


(……あれ、誰か乗ってる?)


座り込んだ私からでは、馬が大きすぎる上に逆光になっていて、乗り手がどんな人か分からない。

何をされるかも分からないので、私は「ずずっ」と来た道の方へ下がった。


すると――誰かにその様を、笑われたような、気がする。


(あっ)


すとん、と。飾り馬に乗っていた人が馬から降りた。

その人は平安時代のお貴族様のように狩衣を着ていて、何故か猫のお面を付け―――「あの夢」とまったく同じ姿で、私の目の前に立った。

なんとなく気になって男の手を見ると、やっぱり片手に綺麗な音のする鈴を持っていた。


……この鈴から伸びた、朱い紐の先は――どこに繋がっているのだろう?



『―――』



不思議に思っていると、不意に男が何かを呟いた――気が、した。

相変わらずよく分からない存在だが、なんとなく……心配されてるような、気がする。


男は私の手に刺さった矢を抜こうとした(のだと、思う)けれど、触れる寸前でパッと手を離した。まるで火傷でもしかけたような反応で、男の長く黒い猫っ毛の髪も大きく揺れた。


『………』


しばらく固まっていた男は、やがて立ち上がって私に背を向ける。

どうやら私が触れるのを躊躇した彼岸花を漁ってるらしく、何本か手折っては「やっぱやめた」と言うようにそこらに花を捨てる。……いや、捨てるな。花だって生きてるのよ!



『!』


―――何本もの花を犠牲にして、やっと気に入った花が見つかったらしい。


男は恭しくその一輪を私に差し出したけれど、私は受け取るのを躊躇った。

しかし男がめげずに差し出し続け、最後は強引に押し付けるものだから、結局受け取ってしまった。―――ああ……綺麗な、朱だ。


(ほんとうに、)


(綺麗な)





(朱い――――紐)




―――そう、確かに「花の形」をしていた彼岸花は、気付くと朱色の「紐」に変わっていた。

我に返った私が手放そうと両手を引っ込めようとすると、紐は意志でもあるかのようにこの手から溢れ出して、勝手に両手を結んでしまう。


(ぬ、けない……!)


抵抗する私を気にせず、男は嬉しそうに何かを呟いている。

私を拘束する朱い紐の先はいつの間にか男がずっと持っていた鈴に繋がっていて、今や二本の紐が鈴から垂れている。

男は鈴と私の手の中間に弛んだ紐を手繰ると、急かすように引っ張った。


ああもちろん私は抵抗しまして、全体重を後ろにかけて刃向った――のだけど、…引きずられる。

抵抗しても抵抗しても、体は男の元に近づいてしまう……このままじゃ何処かへ連れてかれてしまう――くそっ、死ね!禿げろ誘拐犯!社会の最底辺のロリコンがっ!いくらこの彩羽ちゃんが絶世の美少女だからってお持ち帰りは出来ません!


実際そう罵れればいいのに――ううっ、……なんだか、吐き気が……空元気も持ちそうにない……。


ああもう本当にやだ。 やだ、やだやだっ!


はなしてよ、こわい。しばられるの、きらい。きらい―――!





『――――ッ』



私の願いが通じたのだろうか?


さっき、私の手を射抜いた矢と同じものが―――男の仮面に、眉間部分に刺さっている。

矢によってひびが入る仮面だが、割れることはなく男の素顔は晒されなかった。


射られた男は震える手でお面を触ると、肩を落とし―――、



『……………ちぇっ』



拗ねた声。―――何故かそんなものが聞こえてしまった。


そのすぐ後に、驚いた私と落ち込んだ男の間にどこからか花吹雪が舞い降りてきて、そっと夢は終わりを告げた。













―――目が覚める。


ベッドから体を起こし、時計を見ると、いつもよりもだいぶ早い時間だった。……けれど、二度寝をしようとは思わなかった。



「……これも、【怪異】?」


夢で得た痛みは、もう残っていない。

けれど「変な夢」と片付けるには、生々しかった。


(お父さんに相談しようかなあ……)


でも昨日、「面倒くさい仕事を押し付けられた」ってチョコケーキ1ホールをやけ食いしながら言ってたし……うーん………うん、落ち着いたら話そうかな。


まず私は羽継が巻き込まれた「謎の現象」を解決しないと。まだ「街」の管理はしないけど、「学校」の管理は私の担当だってお父さんと取り決めたんだから。

ちゃちゃっと華麗に優雅に解決して、お父さんに褒めてもらって臨時のお小遣いもらおーっと。


「頑張って解決するぞー!」


拳を天に掲げて意気込む。

夢見が悪かったけども、こうして深く深呼吸してひとりぼっちの宣誓なんかしてみれば元気が出てくる。そうだ、気持ちを切り替えて今日も頑張ろう。



「―――す、いませんっ、いろ、彩羽、いますか?」



……と。着替えようとしたら、下から羽継の声が聞こえた。

現在時刻6時7分。早いお迎えだなあ。


(あ、今日の夢で助けてもらったんだし、一応お礼言わないと)


―――と言っても、あの夢で私を縫いとめた矢は、よく分からない「何か」から私を守るために働いた防衛本能(?)かなんかだろう。

矢の形をしていたのは、私を助けるものの姿として深く刻まれているからかな。

羽継が私の隣で眠ってくれている夜に見る夢の中で現れる「矢」は、紛うことなく「あの子」なのだけど…。


……でも、あの子は関係ないのだと分かってても――あの時助けてくれたことがうれしくて、着替えもせずに部屋を出る。

するとちょうど下から「ちょっと待っててくれ」と羽継に伝えるお父さんの声と、「熱ッ」という悲鳴が聞こえたもんだから、急いで階段を駆け下りた。


「お父さんっ」

「…彩羽か。私は大丈夫だから彼を家に入れてあげなさい」


いつも通りの静かで落ち着いた声なのだけど――ひょっこり顔だけ出して確認してみると、しゃがみこんで苦痛を耐えているお父さんの姿が。

大丈夫かなあ……うーん…まあ大人だもの、大丈夫って言ってるんだから大丈夫だよね。




「羽継ー、今開けるねー」

「彩羽!」


ガチャ、と鍵を開けてあの子を招き入れる。

雪崩込むように玄関に入った羽継は汗だくで部屋着のままの姿だ。


「お、おま、……体は大丈夫か!?」

「え?うん…むしろお父さんが」

「おじさんが!?」

「油か何か、跳ねたみたいで…悶えてるけど…」

「……それは悪かった」


どうやら自分の急な来訪が火傷の原因と思っているらしい。荒い息のあの子は申し訳なさそうに呟いた。


「体は何ともないけど、あのね、夢でね、」

「夢!?」

「うん、なんか―――あれ、あんた、なんで靴べら持ってんの?」

「えっ」


夢の話を語ろうとしたが、ふと羽継の手にある物に気がついてそっちに話を逸らしてしまう。


「あれ、本当だ……なんでだ?」


―――不思議そうに靴べらを見た羽継。


この「自分の状態」を確認したのと同時に一気に冷静になったらしい羽継は、まず服装の乱れを直した。

そして開けっ放しの扉を閉め、鍵をかける。最後に私を見て、


私の、胸から下、を見て。



「なんて破廉恥な格好をしているんだお前はァ―――!!」

「ぅい゛!?」



Yシャツ一枚だけを着ている私の頭に、高級靴べらが振り下ろされた。







.


彩羽ちゃんは羽継がいない(泊まらない)ときは裸Yシャツ状態なのであった。

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