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21.げえっ、羽継!



―――今日は何だかおかしい。


まず羽継のクラスによる傷害事件から始まり、ランダムにあちこちのクラスで問題が起こって学校を騒がせたのだ。

…まあ、羽継のとこよりは酷い騒ぎではないのだけど――とにかく荒っぽい口喧嘩やらが多く、三学年だとちょっとしたことに対しヒステリックに喚いて勝手に下校した生徒もいたり、部活の先輩からのイビリが酷くなって喧嘩になり、顧問が仲裁する羽目にもなったらしい。


ただ殺伐とした学校内の問題はそれだけに治まらず、なんと教師も介入し辛い問題が発生した――それが。




「―――好きです、付き合って下さい!」



…………。

まったく、どういう訳なのか――急に告白大会か何かのように、あちこちで「愛の告白」が始まっているのである。


穂乃花情報によると、我が学年でも何組か早々にカップルができたらしい。ほのぼのしていて微笑ましいカップルばかりだったよとあの子は言っていたが――それはあくまで、「成功したら」の話。

「失敗した」所では相手が執拗に食い下がったり、泣いたり、しつこかったり。

特に告白された側の女生徒たちはかなり怖がってしまって、先生たちは半日で死にそうな顔をしていた。


(―――何らかの【怪異】が現れたのかな……)


正直、これが【怪異】ならばいいのだが――もし【異能力者】が起こした事件だとすると、長期戦になりかねない。一応「監視対象」の子たちには目を光らせとかないと。

しばらく気を引き締めて、冷徹にこの「異常」を見極め、必要とあらば冷酷に、「敵」を―――




「…彩羽さん。今日、一緒に食べない…?昨日お菓子作り過ぎちゃって、二人じゃ食べきれないから……」

「お菓子!?文ちゃんの!?――やったー!絶対食べる!食べまくるよー!」


―――文ちゃんのお菓子!どんなのだろう?

羽継のお母さんみたいに洋菓子なのかな。何だろう……でもきっと美味しいんだろうなあ。あんなに料理上手な子だもん。

昼休みは食事を急いで掻っ込んで探索に行こうと思ってたけど、別に放課後でもいっかー。せっかく誘ってくれたのに悪いし…げへへ、こんな可愛い子の手作りのお菓子…げへへ…………って。


―――ま、待て待て、何を言っているんだ私は。一刻も争うかもしれない【怪異】なのに…!安居院家次期当主がお菓子ごときで釣られるなんて、



「水饅頭、彩羽さんと嘉神くんは好きかな?…お祖父様が作ってくれたどら焼きもあるんだけど……」

「大好き大好き!待ってて、今、羽継呼ぶから!……待っててね!」

「彩羽さん…別に逃げないから、腕離して……」


わーいお菓子!おっかし!

羽継のヤツ、どら焼き大好きだからきっと喜ぶぞ――いや、喜ばなくても私が食べちゃうけど!

へへへ、今日は本当に良い日だ!…………ん?


………。

………………。

………………………あ、明日から、クールな魔術師になります……明日から。



―――そ、そうさ……あれこれ重く考えるのは今はよそう。今は――そうだ、早く羽継と連絡をとらないと。


基本的に私のお昼は羽継と食べるか穂乃花たちと食べるかのどちらかで、羽継もまた私か友人たちと食べるのだけれど――例えあの子に友人たちと食べる予定があっても、私から誘って断られた記憶はない。もちろんその逆もない。

だから私からの連絡が、「今日のお昼は美術室だから!」と言って切ってしまうのもしょうがないと思う。


「よし、行こっか文ちゃん」

「う、うん」


大事そうに弁当箱やお菓子を入れた袋を抱え、文ちゃんは私の隣を歩く。


……最近の文ちゃんは、最初の頃と違って硬い表情をしなくなった。私の二の腕くらいに柔らかい表情や声を聞かせてくれるのが増えた。

これから先、プリン並みに柔らかくて可愛らしい表情も見せてくれるのだろうか――ちょっと楽しみである。


「お菓子は全部冷やしているの」と私に教えてくれた文ちゃんにハイテンションな反応を見せながら、私たちは騒々しい廊下に行き交う人の波を越え、美術室に向かおうとする――その道中、



「み、御巫さん!」

「御巫、ちょっと話が」

「御巫先輩!」



―――何度も、何度も何度も。……文ちゃんにお呼びがかかった。


といっても、その大半が私と目が合うと「あっ、なんでもないです…」と去るようなヘタレだったのだけど、数人ほど私に屈せず文ちゃんを呼び出す男たちが現れた。


当然ながら男に良い感情を持っていない文ちゃんから同伴を求められた私は、何度も続く告白タイムに退屈し過ぎて「目の前の男の子の頭から爪先までじろじろ見て点数を付ける」という最低な遊びを覚えてしまった……。


―――ああもう、あと少しで美術室なのに。

やってもいいなら、この六人目の告白男子を魔術でぶっ飛ばしてしまいたい。



「す、すすす、好きです御巫先輩!どうかお付き合いしてください!!」

「…ごめんなさい、お付き合いできません」

「えっ」

「…ごめんなさい」

「そ、そんな……お、俺が子供っぽいからですか!?でも、今はこんなちんちくりんでも、毎日牛乳飲んで頑張って大きくなりますから!先輩を守れるくらい強くなりますから!!だから――」

「…ごめんなさい」

「ぅ…お、お願いですッ、本気じゃなくてもいいんです!遊びでも何でもいいんです!だから、あの…ッ」

「ごめんなさい…」


まるで市様のように謝る文ちゃん。そして諦めない男子生徒。

「剣道部一年、武田信二です!!折り入ってお話があります!!」――とハキハキ名乗りを上げてきっちり九十度に頭を下げ、礼をしたこの子は結構良い子そう。

若干しつこいものの、無理矢理近文ちゃんに触れたり、迫ったりはしない。

―――というか、相変わらずずっと頭を下げて頼んでいる。……だからこそ、私も仲裁し辛いのだけど。


(しかし、この子……剣道部にしては華奢だなあ。名前は何か強そうなのに、……華奢だなあ……弱そう…)


―――それなのに、君ってばよく文ちゃんに告白しようと思ったね…本当に剣道部員だったのなら、この子に告白はしないと思う。


だってもしこの告白がバレたら、放課後に文ちゃんの番犬が笑顔で骨折りに来るっしょ―――




「武田じゃあないか」

「ひっ!?」

「あっ」

「!――流鏑馬先輩!」



ちょうど、私が想像していた人物が――私と文ちゃんの背後から声をかけてきた。

ちなみに、「ひっ!?」が私で、「あっ」が肩に藪川の手が置かれた文ちゃん、何故か嬉しそうに藪川の名を呼んだのが後輩君だ。


(しゅ、修羅場が始まるでぇ……!)


ちょっと見たいような、見たくないような。

何とも言えない顔の私が事態を見守っていると、藪川は先輩らしい顔で後輩君に言うのだった。


「―――まったく、昼食を食べる前の人間にしつこく食い下がるもんじゃあない。迷惑だろう?」

「あ…はい…――でも、俺――俺…!」

「…どうしても諦められないなら、部活が終わった後にでももう一度告白してみるといい。だから今は帰ってくれないか?俺、お腹空いてるんだよ」

「え…?」



「お腹空いてる」と言って、文ちゃんが抱えた弁当箱の入った袋をノックする。

どうやらこの後、私と文ちゃんできゃっきゃうふふのランチタイムをするのだと思ってたらしい後輩君は、やけに紳士で余裕のある口調で親しげに文ちゃんの肩を抱く藪川を、疑問符を浮かべて見る。

―――そしてその数秒後、「色々察した」らしい。


「せ、せんぱい……!」


青褪める後輩君。

きっと、同級生の骨を叩き折る鬼畜の、彼女(らしき)女の子にしつこく言い寄ったことを後悔しているのだろう。見てて分かるくらい汗をかき始めた。


はくはくと口を動かし、色んな表情を一通りした後、後輩君はガバっと頭を下げ、謝罪の言葉を―――





「流鏑馬先輩!!放課後、俺と勝負してください!」




――――ファ!?


え、なに、……え!?

そ、そこは大人しく「申し訳ありませんでした!」じゃないのか!?

アレか、目の前の男の危険度を分かったうえで「文ちゃん」を賭けて勝負したいってか?

それとも「勝負」の名の下に観衆ジャッジを集めて、「ちゃんとした試合」としてこの落とし前をつける方が私刑を回避できると考えたか?

いや――それは失策だったぞ、剣道少年セイバー

周囲に人がいても平気で首をとりに――ごふん、骨を折りに来るだろう前科のある人間に、その回避方法は下策……!


……でもそういう潔い性格と懐かしさを感じる展開、私は嫌いじゃないぜ!



「―――武田、」


先が読めない展開にドキドキしながら見守っていると――文ちゃんから離れて、一歩前に出た藪川の手が後輩君の肩に置かれる。



「文は物じゃないんだから、俺に勝ったらどうだとか、そういうのはおかしいだろう?」

「わ、分かってます!…御巫先輩に付き合ってもらえないことも……その、さっきはしつこく言い寄ってすいませんでした…。

御巫先輩が困ってるって、分かってるのに……どうしても、それこそ無理やりにでも頷いてもらいたい自分が居て、気持ちが抑えられなくて――だから、俺が御巫先輩をもっと困らせる前に、や、やぶ、流鏑馬先輩に、"ぶっ飛ばしてもらいたい"んです!」

「は!?」

「へ、変に思いますよね、御巫先輩のご友人さん……。でも、俺、こうでもして貰わないと、すっぱりきっちり自分の中で解消できそうにないんです!だから流鏑馬先輩に体に叩きこんでほしいんです!あと流鏑馬先輩とそうそう対戦できないので……あ、いえ、すいません――ごめんなさい、今、頭の中が、ぐちゃぐちゃで…見苦しいですよね、」

「…いや、いい。気にするな武田」

「流鏑馬先輩。…俺、こんな変な奴でしつこい男です。でも――御巫先輩にこれ以上迷惑をかける男にはなりたくないんです。お願いします……!」



すごく滅茶苦茶なことを言った後輩君。

発言だけなら、「何だコイツ」で済むだろう。


けれど――その、表情は。まるで、


(理性総動員して、藪川に襲いかかりたいのを我慢しているみたい)


脂汗の落ちる後輩君。

気付けばぎゅっと握っていた鍵の先端を覗かせて、震えている後輩君。

何かに抗っているような―――後輩君。



(ああ)


(この【怪異】の正体の一端が、分かった)



きっと、突然この学校全体を覆った【怪異】は――「人間の欲望を増加させる/理性を崩す」代償、もしくは「力」なのではないか。


「何かを為す」代わりに人間が理性で繋いだ「魂」を吸い上げるという【怪異】の代償。

「理性を崩す」ということで、その「世界」の秩序を崩壊させることを目的とする「力」。


どちらにしろ、放っておいたらこの学校内(下手するとこの地区一帯)が原始的な世界に成り下がり、暴力が正当化されかねない。

傷害事件どころか殺人事件、いじめが悪化した結果の被害者の自殺、強姦、恐喝――なんて「最悪」が起きて、事態の収拾がつかなくなる。


(……今のところ、自制心の強い人間は耐えられるみたいね)



―――この後輩君。きっと普段は真面目で真っ直ぐな人間なのだろう。

「欲しい人間」を「所有している人間」――つまり「文ちゃん」の彼氏と思っているだろう「藪川」を前にして、「排除行動さつじんしょうどう」に突き動かされているが、根が真っ直ぐだからそんな「曲がった行為」を許せないという意志が勝っている。

これが意志の弱い人間ならば、本日二度目の傷害事件が起きているはずだ。


今はまだ、【怪異】が起きたばかりであるゆえに、効果が薄いのもあるかもしれないが――私はここで、まだ中学一年生のこの子に称賛を贈りたい。


(君は将来、格好良い大人になるだろうな)


今は可愛いワンコちゃんみたいだけどね。



「―――武田」

「はいっ」

「俺、この前の騒動で顧問から目を付けられててさ、しばらく先輩とか同学年の奴としか組めない」

「は…い」

「…だから――今から道場乗り込んで、ぶっ飛ばしてやる。怪我するけど俺の名前出すなよ?」

「―――!はいっ」



おい、「怪我するけど」ってもしかして「怪我させる」前提の話なのか。


―――だが、まあ……ともかく。「体に叩きこむ」ことで後輩君を思いとどまらせるという策は案外使える。

痛みの記憶はなかなか抜けないから、私が【怪異】を解決するまでは後輩君も文ちゃんに接触はしないだろう。……ストーキングとかするかもしれないけど。


「ごめんな文。十分で帰ってくるから……待っててくれ。絶対待っててくれ」

「うん、ずっと待ってる……帰って来てね?」

「…もしかして、文は俺が負けると思ってんの?」

「ううん。………先生に捕獲されないでね、ってこと」

「あっ……だ、大丈夫!俺、そういう運の悪さは持ってない!…あっ――いや、……持ってないぞ!」

「………」


二度もいうな。フラグが立つ。


私は「絶対待っててな――!」と言って立ち去ろうとする藪川を呆れたような顔で見送る。

―――が、その背中を見て、ハッと思い出した。


慌ててポケットを漁り目当ての物を見つけ頃には、藪川は後輩君と一緒に後輩君のお友達(影からそっと見守っていたらしく、内一人は何故か玉串を持っていた。……神頼みするよりお経を上げてやる方がピッタリだと思うんだけども)に声をかけている。



「―――や、やぶっ……流鏑馬 国光!」



走って――でも手渡しで渡すのが恥ずかしくなって、結局中途半端な所で立ち止まって――あいつの名前を呼んで、「投げた」。


吃驚した表情のあいつはしっかりと「それ」――コンビニで買った、季節限定でちょっぴり高い、未開封のジュースとお菓子を受け取る。


……実はあの保健室のベッドに潜った後、大切なことを思いだした私は「秘術」を行使してコンビニに走ったのだ。

おかげで会計後、店員に「記憶操作」(学校にバレると問題だし)までしたり、帰路の途中で「監視カメラのこと忘れてた!」とさっきまでの行為が無駄な足掻きだったと気付いて焦り――つつも、結局保健室に戻り、息を切らしてベッドの上に寝転がったのだ。

その間、二分。……髪はぐしゃぐしゃになりました。



「安居院……これ……?」


そんな私の「投げた物」の意味が分かっていないあいつに、私は声を張り上げた。


「―――た、食べる気失くしたから、あげる!……いらないなら捨てればっ」


両手を背に隠して、そっぽ向く。


……家族以外の異性に物をあげたのは、羽継しかいなかったから――なんだか、恥ずかしい。

ツンデレの気はないはずなのに、なんだこれ。なんだこれ……!




「これ……」

「………っ」

「……――ありがと"彩羽"。これなら先生に見つかっても燃料切れで捕まらずに済む!」




―――名前を呼ばれて、私はそっと視線だけ向けた。

あいつは、さっきまでの紳士な雰囲気をやめて、いつものようにニカっと笑って手を振っていた。


「じゃーな、"二人とも"待っててくれよ!」


―――今度こそ去って行く。

……あれは、私なりの「お礼」だったのだけど。分かってくれただろうか?


「分かってるよ」

「えっ」

「じゃなきゃ国光くん、ご飯前にお菓子受け取らないもの」


くす、と。可愛いものを見るように文ちゃんが笑う。

そう、文ちゃんが………。文ちゃん…、………―――!


「あっ…ご、ごめん、お菓子……あの、あれ――お、怒ってる?」

「怒ってないよっ。だってあれは"嘉神くんの件"での、彩羽さんなりの"お礼"なんでしょう?分かってるよ」

「……ほんと?」

「うん。だって穂乃花さんから話を聞いた時のあの焦りようを見たら……――あ、でも物を投げて渡すのはよくないと思う」

「す、すいません」


よ――よかった……。

あんなツンデレな態度とって物を渡したもんだから、ベタな勘違いされるかと思った………よかった……。


―――あ、







「は、はね……つぐ……さん」




―――見てる。


固まったまま、こっちを見てる。



――お互い石のように固まりながら見つめ合っていると、ふとあの子の足下に二人分のお茶のペットボトルと、お菓子があるのに気付いた。











※彩羽さんがツンデレる前の羽継氏↓


友1「あれ、羽継どうしたんだよ、そんな女が好きそうな菓子買って。それって量が少ないくせに高いんだから買うならこっちにしとけよ」

羽「いや、これでいいんだ。……残り一個か。危なかったな」

友1「変なのー」



そして幼馴染に近寄ろうとしたら幼馴染がツンデレる瞬間を見てしまったという……。


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