9
読んでくださっている皆様。
大変長らくお待たせしいたしました。
小国を蹂躙し終えて意気揚々と国に戻ったならず者たちを西の国は拒んだ。
小国から西の国に入るためには大きな門を越えなければならない。
その門の左右には長く立派な石壁が築かれていて、門以外の所からの侵入は困難だ。
門前に集まり話が違う、ふざけるなと罵声や怒声を上げるならず者たちに西の国の正規兵は攻撃を仕掛けた。
「ならず者は誰一人として生存を許すな」
多くのならず者はその場に倒れ、攻撃を逃れた者たちは一目散に逃げ出した。
追ってくる正規兵から逃れるために西の国とは逆の東の国リスハールへと向かった。
リスハールと小国の間には大きな門や壁などは無かったが、武装している不審者を通すほど馬鹿ではない。
前にはリスハールの兵士、後ろからは西の国の兵士が追ってくる。
国境を越えれば西の国の兵士も簡単には手を出せないはずだと分かっているのにリスハールに入ることは許されなかった。
そうなったらあとは強行突破しかない。
手元に残る魔道具で攻撃をし始めた。
「ブルームさんが言っていたのはこの時のことか」
結局ならず者たちはリスハールにあっさりと捕まり、事情聴取を受け、全てを暴露した。
全てが明るみになったことで西の国の新王は他国だけでなく、自国の民からも非難を受けその地位を追われることになった。
国王になって僅か一年足らずで、自らの愚かさにより手にしていたもの全てを失ったのである。
国王失脚の後、新たに王位に就いたのはもちろん失脚した王の弟だった。
新たに王となった弟は、兄の罪を認め、国内外に謝罪した。僅か14歳のことであったという。
本の最後には事件直後の小国の様子も綴られていた。
街は焼かれ、多くの人々が倒れ、生き残っている者を見つけることは困難を極めた。
連れ去られた子供たちの多くも、ならず者たちと共に西の国の門前での攻撃を受け息絶えていたという。
西の国の新たな王の元、志願者が殺された者たちを埋葬するために小国に行き、そのあまりの凄惨な光景に言葉を失った。
涙を流し、ひたすらに謝罪を口にする者もいたという。
全てを読み終えたマシュハットはゆっくりと本を閉じた。
あの時モニカと逃げていなければ、自分たちも命を落としていたのだろうか。
そう思うと身体が震えた。
震える身体を片手で抱きしめながらマシュハットは思った。
「モニカに会いたい」
早く村に戻って腕の中にモニカを抱きしめたかった。
翌日からマシュハットはより熱心に訓練に励んだ。
難しいと言われていた火を操る魔法のコントロールも2日で物にしてみせた。
「すごいね。これだけの才を……本当に、君が自由に魔法を使えたら凄い魔術師になっていただろうに。残念でならないよ」
ブルームの言葉にマシュハットは苦笑いを浮かべた。
今言われたことは、高い魔力があると分かった日からマシュハット自身も何度か思ったことがあることだった。
けれど、それは今さらどうにかなる問題ではないし、生活に役立つレベルの魔法なら使用できると分かっただけでも儲け物だという気持ちだ。
それにもし魔法を使うことに問題が無ければ、モニカと最短でも2年離れ離れにならなければいけなかったことを考えればこれで良かったのだと今は思える。
「そんな顔しないでくださいよ。確かに大きな魔法は使えませんが、僕は今の生活に不便を感じてはいないですし、モニカたちと笑って生きて行けるだけで十分幸せなんですから」
「マシュハット君……そうか、そうだね」
翌日からは自分の限界を探るための魔法訓練が始まった。
どんな魔法でも基礎レベルの物なら問題無く使うことが出来た。
徐々に魔力の量を上げていくと、ある時急に胸が熱くなった。
「うっ」
「マシュハット君!」
ブルームはマシュハットの魔法に自分の魔力をぶつけて無効化すると、胸を押さえて蹲ったマシュハットに慌てて駆け寄った。
「大丈夫かい?!」
「は、はい。ありがとうございます」
マシュハットはハーッと大きく息を吐くと、その場に大の字で寝転がった。
「本当に大丈夫かい?苦しかったり、痛かったりは?」
「大丈夫です。あー……ビックリした。あんなに急に熱くなったりするんですね」
「どうやらここが限界のようだね。他の魔法も基礎レベル以上の使用は念のため控えたほうが良さそうだ」
「そうですね。……一旦胸の魔道具が反応すると自分一人で抑えられる自信がありません。ちなみに僕が使用できた魔法は水晶で表わすなら何色相当の魔力なのでしょうか」
「うーん、そうだね。薄緑から薄青ってところかな」
多くの平民と変わらないくらいの魔法なら使えるようだ。
持っている魔力の全てを使えなくとも、平民として生きるには何の問題も無いだろう。
「さて。マシュハット君の限界も分かったことだし、どうする?」
「どう、とは?」
「一応約1ヶ月くらいという予定だったけれど、君はコントロールにはもう問題は無いからこれ以上の訓練はしなくても良いとは思うんだ」
「本当ですか?!」
マシュハットはブルームの言葉に思わずといった様子で聞き返した。
「ははっ。もちろんこんなことで嘘はつかないよ」
「ありがとうございます。さっそくモニカたちに手紙を出さないと」
この街からモニカたちのいるカタタナ村へはなかなかの距離がある。
歩いて帰れないことも無いが1日で移動できる距離ではないし、途中で宿を取ろうにも、馬車に乗ろうにもお金がかかる。なるべく無駄遣いはしたくない。
ジムロさんも迎えに来てくれると言っていたし、少し早くはあるが迎えに来てもらえないか手紙で聞いてみようと思ったのだ。
「あの、迎えが来るまでの間だけもう少しここでお世話になることは出来ませんか?」
「それは構わないけれど、すぐに帰りたいんじゃないのかい?」
「それはまあ、でもあの……」
マシュハットが言い辛そうに手持ちが無いと言うと、ブルームは「ああ!」と言ってすまなそうに笑った。
「ごめん、ごめん。私としたことが失念していたよ。馬車は手配してあげるから明日にでも村に戻ると良い」
「そんな!ここまでお世話になっているのにこれ以上は」
ただでさえここで魔法訓練を受けている間の諸々の費用の全てを免除してもらっているのだ。
いくら掃除や雑用を出来る限り手伝いはしていると言っても、これ以上施しを受けるのは気が引けた。
そんなマシュハットにブルームは気にすることは無いと言う。
「今までは国のお金さ。国の定めた義務のためにしていたことなんだからそれを受けるのは当然の権利だよ。そして馬車は私からの餞別だと思って受け取っておくれよ」
「ですが」
「なーに、そんなに気になるなら、2年後の君の恋人の魔力測定の時にでも一緒に来て顔を見せてくれるってことでどうだい?その頃ならまだ私もここにいると思うからね」
「そ、そんなことで良いんですか?」
「もちろん。君とここで出会ったのも何かの縁だしね。また元気な姿を見せてくれたらそれで良い」
「……ありがとうございます!お言葉に甘えさせていただきます」
こうしてマシュハットはブルームの手配してくれた馬車に乗って予定よりも早く帰れることになった。
「短い間でしたが本当にお世話になりました」
「身体には気を付けて。本当に無理をしては駄目だよ」
見送りにはブルームだけでなく、滞在中に顔見知りになった魔法省支部や役所の人たちも来てくれていた。
基本的に魔法省支部には魔法測定だったり何かの手続きだったり、一時的に足を運ぶ人ばかりでマシュハットのように長期滞在する人はまずいない。
そんな中で魔法訓練に真面目に取り組み、時には手伝いをし、とにかく一生懸命に過ごす年下のマシュハットは、ここで働く者にとって弟のような存在になっていた。
「いつも掃除手伝ってくれてありがとうね。助かったよ」
「元気でな」
「またこの街に寄ったら顔見せてくださいね」
「元気で、また会おう」
最後にブルームとしっかりと握手を交わし、マシュハットはこの地を後にした。




