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悲しみを乗り越えて ~マルカの親の物語~  作者: 眼鏡ぐま


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お待たせしましたー!

遅くなってすみません。

 

「よーし、今日はここまでにしよう。お疲れ」

「ありがとうございました」


 マシュハットが魔法訓練を始めて10日。

 どの程度の魔法なら使うことが出来るのか、少しずつマシュハットの使うことが出来る魔法が探られていた。




 初日はまず基本的な魔法の使い方の講義を受けた。

 父親が宮廷魔術師だったマシュハットだが、魔法を使ったことは無く、何も知らない素人だった。


「マシュハット君の国では魔法はどのようにして使えるようになっていったか分かるかい?」

「魔力測定というものは無かったですが、この国と同じで15歳になると、まずは親から魔法について教わるのが通常です」


 子どものうちに魔法を使うことは身体に負担が掛かるとされ禁止されていた。

 魔法に関して教わることも無かったし、全ては15になってからというのが当たり前だった。15になると、まずは親から魔力の流れを教わる。

 親の魔力を子に流すことにより、初めて子は自身の魔力の流れを感じ取り、そこから魔法に関することを習い始めるのだ。


「うむ。少々やり方は違うがこの国でも原理は同じだね。この国の子たちは魔力測定で水晶玉に魔力が吸われる際に自信に流れる魔力を初めて認識するんだ。ね、同じだろう?相手が親か水晶玉かの違いだね」


 マシュハットはじっと自分の手を見る。

 確かに魔力測定の後から、意識すると自身の中を巡る何かを感じ取ることが出来るようになった。

 恐らくこれが魔力なのだろう。


「おや?もしかして、もうはっきりと魔力の流れを感知している?」

「?はい。おそらくこれがそうだろうなというものは感じています」

「すごいなー。やっぱり魔力が高いからかな」

「普通は違うんですか?」


 マシュハットがそう問えば、その感覚をものにするまでにはもっと時間がかかるのが普通だという答えが返ってきた。


「それなら、1ヶ月もかからず村に戻れるでしょうか?」


 マシュハットは期待の籠った眼差しをブルームに向けた。


「それはやってみないと分からないけれど……そんなに早く村に帰りたい?君くらいの若者だったらこの街も楽しいと思うんだが」


 カタタナ村は山の麓にある小さな村だ。

 若者が暮らすには娯楽も刺激も少なく、物足りないと思われているのだろう。

 確かにカタタナ村にも若者はマシュハットとモニカしかおらず、皆村を出て行ったと聞いたことがある。


「活気があって楽しそうだとは思いますけど、カタタナ村も自然が多くて良い所ですよ」

「まあ周りは森だからなぁ」

「それに、カタタナ村に大事な人を待たせているので、なるべく早く戻りたいんです」

「お?なんだ、なんだ?恋人かい?」


 マシュハットが照れ臭そうに頷くと、ブルームはさらに興味を示した。


「どんな子か聞いても?」

「モニカと言って、僕の幼馴染なんです」

「幼馴染……という事はモニカさんも隣国の……」

「ええ。貴族の娘でした。僕と一緒に苦難を乗り越えてくれた心優しい子です……2年後にはこちらに魔力測定でお世話になると思います」

「そうか。それは今から楽しみだな」


 マシュハットが敢えて明るくそう話せば、ブルームも笑顔で答える。

 2人が幼くして経験した過去を思えば苦しい気持ちになるが、マシュハットの様子からすると、お互いが支え合って今があるのだろうと感じ取れた。

 村に残してきた恋人がいるから王立学園に行かなくて済みそうで良かったと笑顔で話すマシュハットは、自分の胸に埋め込まれ、命を脅かす魔道具ですらももう受け入れてしまっているのだろう。


「まあ焦りは禁物だ。どこまでが大丈夫でどこからが駄目なのか、マシュハット君の命に係わることだからしっかり見極めていこう。君に何かあったらモニカさんも悲しむだろうからね」

「はい。よろしくお願いします」



 この会話をしてから10日。

 少しずつ、本当に少しずつ、流す魔力の量を調整していく。

 魔力の流れを感知するのは早かったマシュハットではあったが、魔力が高いせいでこの微妙な調整に苦労していた。


「この少しずつ上げるというのが難しいですね」

「本来ならここまで細かなコントロールは必要無いからね。こればっかりは感覚で覚えて行くしかないな。ちなみに今日くらいの魔力なら問題は無さそうかい?」

「はい。特に問題は感じないです」

「それは良かった。一応今日までに生活の中で使用するくらいの水を出したり、少しの風を起こしたりは出来たから明日からは火を出す練習をしてみよう。火は今までよりも調整が難しいから慎重にやって行こうね」

「よろしくお願いします」

「うん、良い返事だ。ところで今日も図書館へ行くのかい?」

「はい」

「夢中になり過ぎて夕飯を食べ損ねないようにね」

「初めて図書館に行った日みたいに、ですね」

「そうそう」


 マシュハットとブルームはお互い顔を見合わせて笑った。

 マシュハットは魔法訓練が終わると図書館に行って過ごすというのが日課になっていた。

 最初は、図書館に行けば5年前のあの出来事について詳しく分かるのではないかという思いから図書館に行った。

 予想通り、館内には過去の事件や戦についてまとめられている棚があり自由に閲覧することが出来た。

 5年前の出来事が纏められた本を手に取った時、マシュハットは自分の手が震えていることに気付いた。

 そしてその日はどうしてもその本を開くことが出来なかった。

 代わりに小難しい魔法学の本を読んだ。

 あの日のせいで今後自分が使えるはずもない魔法をひたすら覚えた。気づけば閉館時間になっており、夕飯の時間までに帰ることが出来なかった。

 その後もマシュハットは図書館に来るたびにあの事件の本を手に取った。

 けれどやはり本を開くまでには至らなかった。

 そして今日、いよいよ決心がついた。

 今でも鮮明に思い出されるモニカと共に逃げた日、あの時は状況も分からずただ足を動かすことしか出来なかった。

 けれど今は違う。

 辛く悲しい記憶だとしても、なぜ自分たちは襲われたのか、祖国はどうなったのかを知りたかった。

 たとえ知ったところで今さらどうにか出来るわけではないと分かっていても、それでも知るべきだと思ったのだ。

 マシュハットは一度深呼吸をして心を落ち着かせると、本を持って近くにあった椅子に腰を下ろし、本を広げた。





「こんな、こんなくだらない理由だったなんて……」


 自分たちの祖国が襲撃された理由について書かれている部分を読んだマシュハットの口から思わずこんな言葉が零れた。

 始まりは西の国の王が予期せぬ死を迎えたことから始まった。

 王には二人の息子がいた。

 もうじき成人を迎える優秀な兄と、兄よりも5つ年下の飛び切り優秀な弟が。

 王はどちらを次代の王とするのかを決め兼ねており、結局後継を指名しないままこの世を去った。

 急遽王位を継ぐことになったのは兄の方だった。

 色々と議論されたが、弟がまだ若く、政務に関わったことも無かったことから兄が新しい王となったのだ。

 しかし兄には不安があった。焦りを感じていたと言ったほうが正しいのかもしれない。

 何故ならば自分の僅か5つ下には自分よりも遥かに優秀な弟がいたからだ。

 兄は知っていた。

 自分も優秀だとは言われていたが、それを口にしたほとんどの者が弟の方がより優秀だと思っているということを。

 弟は兄を敬い、慕い、新たな王となった兄を早く助けられるようになりたいと言うような人物だった。

 兄も弟の優秀さを恐れてはいたものの、恨んだり、憎んだりはしていなかった。

 だがそれもいつまで続くか分からない。

 このまま数年後に弟が成人を迎えれば、自分は追い落とされるのではないか、周りにいる者たちもいずれ弟を支持するのではないか。

 そんな恐怖とも言える感情に支配されるようになった。

 そして兄は思った。

 そうなる前に何かを成し遂げ、自分の地位を盤石の物とする他ないと。

 そこで目を付けたのが、マシュハットたちの祖国である小国を奪い、自国の領土を拡大するというものだった。


 ――なぜ。


 多くの者がこの考えを持ったことだろう。

 だが新たな王は一方的に弟を恐れ、分かりやすい功績を欲しがった。

 そこで目を付けられたのが隣の小国だった。

 中立を謳う小国は軍事力に乏しく、国民性も穏やかで手中に収めるのは簡単だと考えたからだ。

 しかし、ひとつだけ問題があった。

 いくら穏やかな小国と言えど、話し合いで自分たちの支配下に入れと言っても従わないだろう。しかし中立を謳う小国を襲撃することは外聞が悪い。

 そこで新王は自国のならず者たちを秘密裏に集めた。

 彼らに小国を襲わせ、それを理由にその後ならず者をまとめて始末する。領土の拡大と国内の汚れを一掃できる一石二鳥の計画だと思った。

 何とも身勝手で愚かな計画だった。

 しかも新王はならず者たちに多くの魔道具も流した。

 新王はならず者たちにこう告げた。


「三日の内に小国を手に入れろ。手段は選ばない。その際に小国で手に入れたものは全てお前たちのものとすることを許す」


 小国の民がどうなろうと構わない。

 与えた魔道具とこの言葉がそう告げているようなものだった。




 マシュハットは爪が食い込むほど強く手を握りしめていることに気付いた。

 大きく息を吐き、目を閉じた。


(落ち着け、落ち着け……。怒りに支配されるな、落ち着け)


 自分の中で渦巻く怒りの感情を何とか抑えていく。


『感情の高ぶりは時として魔力の暴走を引き起こすから注意が必要だ。特に君は魔力が高いから余計にね』


 最初の魔法訓練でブルームから言われた言葉を思い起こし、マシュハットは感情を鎮めることに集中した。

 ある程度の時間が経過し、心を落ち着かせたマシュハットはゆっくりと目を開けた。


「父上や国王陛下を手に掛けたのは兵士ですらなかったということか……」


 そして自分の胸に魔道具を埋め込んだのも兵士でなくならず者だったのだ。


「……父上っ」


 悔しさと馬鹿らしさで涙が滲んだ。

 あまりにも身勝手で非道な行いだった。


 瞳を濡らした涙を袖口で雑に拭い、マシュハットは続きを読むため再び本に向き合った。



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― 新着の感想 ―
[一言] ブルームさんもいい人だなぁ〜。 ホントつまらない理由でマシュハットの生国は攻撃されたんですね… ならず者で。
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