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「見事な色だ……君は一体……」
魔力測定の担当者はマシュハットにそう問いかけた。
ただの平民ならば通常は薄青色までの者が殆どで、稀に黄色が出るくらいだ。
それ以上を示す者は貴族以外にはほぼいない。
平民の中でその色を示すのは大体がその身に貴族の血を持つ者だ。
それは元貴族であったり、貴族の庶子であったりと色々と訳アリのことも多い。
だが、そういった者たちですらいっても薄紅色までで、白色を示すことはまず無い。
そんな中でマシュハットが示したのは輝くような白色だった。
「ただの平民がここまでの高い魔力を持っているなど有り得ないことです。君は本当に家名を持たない平民なんですか?今日はひとりでここに?ご両親にも話を聞きたいのですがここに来てもらうことは可能ですか?ああ、もちろん王立学園に通ってもらうことになりますのでその手続きもしなくては」
矢継ぎ早に繰り出される質問は担当者の興奮を表しているようだった。
「おめでとうございます!これはすごいことですよ!学園でしっかり学べば宮廷魔術師になることだって夢じゃありません」
宮廷魔術師――この言葉にマシュハットは苦笑いを浮かべた。
もしここがリスハールではなく故郷の小国なら、もしまだ父が生きていたなら、もしあの悪夢が本当に夢だったのなら。
そうであればマシュハットも普通の子供のように喜べただろう。
尊敬する父と同じ宮廷魔術師を迷わず目指しただろう。
けれど、今のマシュハットにそれは無理な話だし、望んでもいない。
「両親は小さい頃に亡くなりました。それに僕は王立学園に通うことは出来ません」
担当者はマシュハットの喜びの無い淡々とした声に困惑していた。
「そうですか……ご両親は、その、すみません。ですが王立学園に通うことは高い魔力を持つ者の義務であり拒否することは出来ません。魔力は高ければ高いほど暴走した際に危険を伴います。王立学園に通い、力のコントロールを覚えることは国が定めた規則ですので」
「分かっています。でも僕はどれだけ魔力があったとしても、魔法を使うことは出来ないんです」
「それは当たり前でしょう。魔法はこれから徐々に使えるようになるものですから」
「違う。そうじゃないんです。僕は魔法を使ったら生きていられない。だから魔法は使わない。学園で制御の仕方を覚える必要が無いんです」
「……どういう意味ですか?」
「少しお時間を頂いても良いですか?僕が今言ったことについてお話したいので」
「なんです?もしかしてとんでもない訳アリですか?」
「訳アリと言えば、まあそうですね」
マシュハットがそう言えば、担当者は怪訝な目を向けた。
「分かりました。黄色以上を示した場合は国に報告する義務がありますし、念のためお話はもう一人職員を連れてきて二人で伺うことになりますので少々お待ちいただけますか?」
「分かりました」
「ではこちらの部屋へどうぞ」
担当者はマシュハットを案内するとバタバタと部屋から出て行った。
そしてしばらくするともう一人と連れ立って戻ってきた。
「やあやあ!君が水晶を白に変えた子か?すごいじゃないか!私はブラックス・ブルームだ!」
ブルームと名乗った長身でガタイの良い男は魔法省に籍を置く魔術師ということだったが、一見すると魔術師というよりも騎士にいそうな体格の良さだった。
「今からマシュハットさんのお話を私とブルーム様で伺います。その上で判断しますので聞かれたことに対して全て正直に話してください。もしも意図的に嘘を吐いた場合は罰を受ける可能性もありますので」
「そう緊張しなくても良い。嘘をつかなければ良いだけの話だ」
「分かりました」
「では早速ですが、魔法を使ったら生きていられないと言ったことに関してご説明をお願いします」
「はい」
マシュハットは担当者に促され、今まで自分の身に起きたことを包み隠さず話した。
もちろん自身の胸に埋め込まれた魔道具についても。
「――つまり、魔力が高いのは君が今は無き隣国の伯爵家、それも宮廷魔術師を輩出する家系の者であるが故ということだな?」
「そうです。信じてもらえますか?」
マシュハットは今日初めて会った子供が言うことを信じてもらえるか不安だった。
だが、信じてもらえなければ自分の命に係るので納得してもらえるまで説明するつもりだ。
「信じるというか……想像以上に訳アリな内容で正直驚いています。ブルーム様はどう思われますか?」
「確かに5年前に西の国から来た輩がこの国に攻撃を仕掛けたという事実はある。隣国が僅か数日の内に滅亡したという衝撃的な知らせと共にな」
ブルームはちらっとマシュハットを見る。
「今この子が語った内容は実にリアルだし、そもそもこんな嘘を吐く必要がどこにも無い」
「そうですね……何か身分を証明するようなものはありますか?」
「この懐中時計くらいしか……あの時はただ逃げることしか出来なかったので」
マシュハットは懐から懐中時計を取り出した。
細い鎖が繋がれているそれはマシュハットが10歳の誕生日に父から譲り受けた物だった。父もその父――マシュハットから見れば祖父から受け継いだ物らしく、その懐中時計を自分がもらえたことが嬉しくていつも持ち歩いていた。
「見せてもらっても?」
「どうぞ」
担当者とブルームはマシュハットから懐中時計を受け取るとしげしげとそれを見た。
「これはまた……見事な外装ですね」
「ああ。羽の一枚一枚が細かく彫られている。それとこの目の部分は、宝石だな。素晴らしい」
懐中時計の外装には羽を広げた鳥が彫られ、その目には小さいが上品に輝く石がはめられていた。
表蓋を開けると内側には鏡が張られており、平民の子供の持ち物としては不自然な物だった。
裏側には“アーノルド・P・ダルトイ”と刻まれていた。
ダルトイはマシュハットの家名だ。
Pはダルトイ家に婿入りした祖父の実家の家名の頭文字だと聞いている。
「私はこういった物にはそんなに詳しくはないが、素人目に見てもこれは平民が持てるような物ではないな」
「ええ、同感です」
「マシュハット君、この裏に彫られている名は君ではないようだが……」
「それは祖父の名前です。元々この時計は祖父の物で、それを父、僕へと受け継がれてきているので」
「なるほど。それと、この鳥は君の家の象徴か?」
「はい。そうだったと思います」
「そうか。隣国の貴族の紋章までは分からないが、これは十分君が貴族であったことを示す物になり得ると思う。大事にしなさい」
そう言ってブルームは懐中時計をマシュハットに返した。
「えーっと、あとは魔道具ですね。マシュハットさんの胸には今もその魔道具が埋め込まれていると」
「ちなみに君が埋め込まれたという魔道具はどのような形のものだったか覚えているかい?」
「正確には分かりませんが、おそらくこれくらいの大きさだったかと思います」
マシュハットは指で大きさを示した。
「丸い形をしていて、魔力を注ぐと風の刃が出るのだと……西の国の兵はそう言っていました。証拠になるかどうかは分かりませんが、今も僕の胸にはそれを埋め込まれた時の傷が残っています」
マシュハットが服を捲ると、確かに胸に古い傷の跡があった。
「取り出そうとは思わなかったのですか?」
「そんなにお金もありませんし……それに、正直に言うとこの魔力測定の話を聞くまですっかり忘れていたんです。色々な事がありすぎて」
「今からでは時間が経ち過ぎていて難しいだろうな。それと君に埋められた魔道具を私は見たことがあると思う」
「本当ですか?」
「ああ。実は5年前、国境を超えてこのリスハールに手を出してきた輩と対峙していてね」
「え?!」
マシュハットは驚いてブルームを見た。
ブルームもマシュハットを見返すと話を続けた。
「武力としてはこちらの方が上だったが、奴らは大量の魔道具を投入してきたので少々手こずったのを覚えているよ。ほんの数日にして隣国があれだけ蹂躙されたのもその魔道具のせいだろう」
「その魔道具が僕に埋まっている物と同じ……」
「恐らくね。風の刃が出ると言われたんだったかな?他にも雷撃だったり炎だったり、様々なタイプの物がある。危険な物だからリスハールでは一般市民が手にすることは出来ない。
まあ、持っていたとしても水晶玉を黄色に変えるくらいの魔力が無ければ発動させることも出来ないんだけどね」
「……奴にも生活魔法くらいなら問題無いというようなことを言われた気がします。奴隷に高い魔力は必要無い、発動する前には熱を持つから気づけるはずだ、と」
「……そうか。残念だがその特徴は例の魔道具に全て当てはまる。君は魔法を使わないほうが良い」
やはり。
分かっていたことだが、やはり自分は魔法を使うことを諦めたほうが良いようだ。
魔術師であるブルームから言われると、改めてそう思えた。
「あの」
「なんだい?」
「ブルーム様の魔法でマシュハットさんの魔道具を確認することは出来ないんですか?」
担当者からの質問にブルームはわざとらしく肩をすくめて言った。
「馬鹿言わないでくれよ。そんなことをしたら魔道具が発動してしまうかもしれないじゃないか」
「す、すみません」
「魔法は万能ではないんだよ、残念だけどね」
ブクマ&評価などありがとうございます。
若き日のブルームさん登場回でした。




