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悲しみを乗り越えて ~マルカの親の物語~  作者: 眼鏡ぐま


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5

 

「マシュハット、お腹が空いてしまった時のために干し肉もう少し持って行く?」

「他に忘れ物は無かったかしら?ああ、途中で雨が降ってきたらどうしましょう」

「とにかく無事に帰ってきてね」


 マシュハットが魔力測定を受けるために街に降りる日、モニカは甲斐甲斐しくマシュハットの世話を焼いていた。


「ありがとう、モニカ。君が色々と準備してくれていたから大丈夫だよ」

「そうかしら……でもやっぱり心配だわ。ジムロおじ様、マシュハットのことよろしくお願いします」

「おうおう、まかせとけ!それにしてもあれだな。こうしてるとモニカは小せえ嫁さんみたいだなあ!なあ、キルシュ」

「よ、嫁……」

「お嫁さん……」


 ジムロから話を振られたキルシュは、嫁という言葉に反応して顔を赤くしもじもじする二人を見て呆れた声を出した。


「なんだい、あんたたち。いつの間にそんなことになってたんだい」


 そしてわざと大袈裟に嘆いてみせた。


「もう5年も一緒に暮らしてあたしはあんたたちのことを本当の子供のように思ってるって言うのにさ。そんな大事なことも教えてくれないなんて悲しくて泣いちゃいそうだよ」

「ち、違うのよ、キルシュおば様!ね、マシュハット」

「そうです!隠していたわけではなくて、一昨日なんです。一昨日僕がモニカに想いを告げて、それで!」


 慌てて必死に弁解しようとする二人にキルシュはお腹を抱えて笑い出した。


「ぶっ…くく、あははは!」

「キルシュおば様?」

「冗談だよ。そんなに慌てんなって!この村には若い子はあんたたちしかいないしさ。そうじゃなくてもマシュハットとモニカがお互いを大事にしてるのは分かってたから、いつかこうなるって思ってたよ」

「俺はとっくにくっついてると思ってたんだがなあ。あ!じゃあまとまった直後に離れ離れってことか。かー!それは辛えな!おい、マシュハット。魔力測定が終わったらすぐに戻れるようにしておくから安心しな」

「駄目よ。ジムロおじ様だってお仕事で行かれるんでしょう?早く帰ってきてくれたら嬉しいけれど無理なさらないでね」

「……おい、キルシュ」

「何だい?」

「俺たちの村の娘は見た目も中身も良い女に育ったなあ。マシュハットは果報者だな!」


 ジムロはマシュハットの背中をバシバシと叩いた。


「ジムロさん、痛い!痛いですって!……でもモニカは本当に僕には勿体ないくらいです」


 マシュハットが照れながらも真面目にそう言えば、モニカも赤くなりながら「それは私の台詞よ」と言って笑った。

 そうこうしているうちに他の村人たちもやって来て、ジムロとマシュハットは村人たちに見送られながら街へと出発したのだった。



 魔力測定は大きな街に必ずある魔法省の支部で行うことが出来る。

 大体が役所と併設されており、街によって大きさは違えど、誰でも分かるように佇まいは似たようなものになっていることが多い。

 街の広場でジムロと別れたマシュハットはひとりこの支部にやって来た。


(魔力が低ければそれでも良い。もしも高かったら……事情を話してなるべく早くモニカの元に帰ろう)


 マシュハットは入口の扉を開くと受付にいる職員に声を掛けた。


「すみません。魔力測定を受けに来たのですが」

「ああ、今年で15歳になるんですね。すぐに準備しますので、まずはこちらにお名前と出身地をご記入ください」

「はい」


 マシュハットは渡された用紙に“マシュハット/カタタナ村”と書いた。

 本当はマシュハットにもモニカにもきちんとした家名がある。

 だがそれはカタタナ村で生きていくことを決めた今の二人には不要な物であり。また二人の辛くも大切な思い出の一部でもあったことから口に出すことは無かった。

 けれど、隠しているわけでもない。

 何事も無く魔力測定が終わればそれで良いが、万が一魔力が高く王立学園に行くようにと指示があれば、全てを話し免除してもらうつもりでいる。

 いくら魔力が高くても、一定以上の魔力を用いた魔法を使うと死ぬような人間を無理に学園に放り込むようなことはしないだろう。


「マシュハットさん、お待たせしました。どうぞこちらへ」


 そうこうしているうちに準備が整ったらしく、マシュハットは魔力測定部屋へ案内された。

 魔力測定は特殊な水晶玉を利用する。

 この水晶玉は触れた者の体内を巡る魔力を吸収し、その魔力量に応じて水晶玉の色が変わるという仕組みらしい。

 魔法を使うわけではないからマシュハットも安心してこの測定を受けることが出来る。

 魔力量による水晶玉の色の変化は少ない方から、透明-薄緑-薄青-黄-薄紅、そして白となっている。

 貴族は魔力量に関係無く王立学園に通うことになるが、平民で王立学園へ通うことが義務付けられているのは黄色以上を示した者だ。

 貴族の多くは薄青色から薄紅色以上で、平民は薄青色までの者が殆どだが、時折黄色を示す者が出るという。

 平民で黄色を示した場合、大概の人は喜ぶ。

 魔法は色々と役立つことが多いし、魔力が高ければ働き口もぐっと広がり高い賃金の職に就くことも夢じゃない。

 だからこそみんな喜ぶのだ。

 だがマシュハットは違う。

 カタタナ村の人々は大体が低い魔力しか持たない人たちであるが、それでも生活には何の支障も無い。

 マシュハットもモニカも魔法をそこまで重要視していなかった。

 あの悪夢を忘れることなど出来ないが、今はただ穏やかにカタタナ村でモニカたちと生きていきたいとマシュハットは思っている。


(薄青色までだったら良いのだけれど……なんなら透明でも構わないな。モニカは魔法なんか使えなくても良いと言ってくれたし)


 普通の15歳とは違う期待を胸に、マシュハットは水晶玉の置かれた台の前に立った。


「では目の前の水晶の上に手を置いてください」


 マシュハットはやや緊張した面持ちで水晶に手を置いた。

 すると一瞬ではあるが、身体の中からスンッと何かが引き抜かれるような不思議な感覚があった。

 今まさに手の下の水晶玉が自分の魔力を吸収したのだろう。

 そう思った時、水晶玉が光り、その色を変化させた。


(ああ、やっぱり……)


 マシュハットの手の下で光る水晶玉。

 その色は、まぎれもなく白だった。


 マシュハット・ダルトイ。

 小国のダルトイ伯爵家が繋いできた高い魔力は、確かにマシュハットに受け継がれていた。

 希望する色ではなかったことに対してのほんの僅かな落胆と、それ以上に父と母から受け継がれた自分を形作るものの誇らしさに、マシュハットは泣きそうな顔で笑った。



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