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二人は何日も歩き続けた。
服は汚れ、足は靴擦れを起こし、身体中に痛みを感じていたが、それでも二人は歩みを止めなかった。
森を進み住んでいた街の近くまで来た時には、色々な物が焼け焦げる臭いと家族のことを思い出し吐き気を覚えた。
小川の水で喉を潤し、僅かな木の実で飢えを凌いだ。
通常ならばとっくに限界を迎えているはずだった。
しかし、しっかりと握られた手が二人の気持ちをギリギリのところで繋ぎ止めていた。
もうここがどこだか分からなかったが、争う声や音を聞かなくなってからだいぶ時間が経っていた。
平坦だった道も山道へと変わってしばらく経った頃、繋いだ手がグンと引かれてマシュハットがモニカを見れば、モニカは木の根に足を取られて躓いたようだった。
「モニカ」
「ごめんなさい。大丈夫って言いたいけれど、もう脚が動かないの」
「謝らないで。ここで少し休んで行こう」
マシュハットとモニカは大きな木の幹に背中を預けズルズルと座り込んだ。
その瞬間、プツッと糸が切れたかのようにモニカはマシュハットに倒れるように寄りかかり、すやすやと寝息を立て始めた。
男の自分より2つも年下の僅か8歳の少女が泣き言も言わずにここまでやって来た。
肉体的な疲労に加え、家族を殺された精神的苦痛もあっただろう。
お互いに縋るしかない状況だったとしても、自分を信じて付いて来てくれたこの少女を絶対に守ってみせる。
そう決意しながらマシュハットもゆっくりと目を閉じた。
次にマシュハットが目を開けた時、彼はふかふかのベッドの中にいた。
状況が分からず焦った彼がまず探したのはモニカだった。
モニカは隣り合うもう一つあるベッドですやすやと寝息を立てており、思わず胸を撫で下ろした。
少し落ち着いてよく見ると、自分たちの薄汚れた格好はそのままだったが、顔や手足の汚れは綺麗に落とされ、酷かった靴擦れは治療をしたのか包帯が巻かれていた。
清潔に保たれた寝具にきっちりと巻かれた包帯を見て、マシュハットはやっと緊張を解いた。
「……っ!」
その瞬間全身を鈍い痛みが襲った。
緊張で張りつめていた身体はもうとっくに限界だったらしい。
マシュハットは軋む身体をゆっくりと動かしてモニカの寝ているベッドまで行くと、モニカの身体を優しく揺すった。
「モニカ、モニカ。起きて、モニカ」
「……ん……」
マシュハットの呼びかけに応えるように、モニカの瞼がゆっくりと開かれた。
「マシュ、ハット?」
「そうだよ。おはよう、モニカ」
モニカは勢いよく起き上がった。
「マシュハット、私寝てしまって……!……っあ、いっ!ここは、どこなの?」
モニカは寝起きもあってか若干混乱したようにマシュハットに尋ねた。
マシュハットはそんなモニカの肩を落ち着かせるように優しく肩をさすった。
「落ち着いて、モニカ。僕もさっき目覚めたばかりで分からないんだ。けど、清潔なベッドで寝させてくれて、僕らの足の治療もしてくれているみたいだから」
「じゃあ私たち助かったの?」
「そう思いたいんだけど」
二人で希望的観測を述べ合っていると、この部屋にひとつしかない扉がガチャッと開いた。
マシュハットは咄嗟に自分の背にモニカを隠し、扉を見た。
部屋に入ってきた初老とみられる女性はマシュハットたちを見たとたん顔を綻ばせた。
「おや、まあ!目が覚めたんだね!気分はどうだい?」
悪い人ではなさそうだったが、二人には分からないことが多すぎた。
依然背にモニカを隠しながら、マシュハットは女性に尋ねた。
「あの、ここはどこですか?僕たちはどうしてここにいるんですか?」
そんな態度の二人にも気を悪くする様子も無く、女性は部屋にあった椅子を運んでくると、ベッドから少し離れたところに置いて腰かけた。
「まずは自己紹介をしようかねえ。あたしの名前はキルシュって言うんだ」
キルシュと名乗った女は「よろしくね」と言って笑う。
「それで、ここが何処かって話だったね。ここはあたしの家だよ。あんたたち二人はカタタナの森で倒れてたところを村の男衆が見つけて、呼びかけても反応が無かったから連れ帰って来たんだよ」
「カタタナの森……」
「ん?知らないのかい?あんたたちこの辺りの子じゃないのかい?」
カタタナの森、マシュハットとモニカはその名に聞き覚えがあった。
東の国――リスハール王国と自分たちの小国との境にある大きな森。
小国ではマクラルの森と呼ばれるが、峠を越えるとカタタナの森と呼ばれる。
即ち、このキルシュと名乗る女性がカタタナの森と言ったということは、ここは既にリスハールであるということだ。
「カタタナの森……ここは東の国、リスハール王国で間違いないですか?」
「そうだよ?」
マシュハットとモニカは顔を見合わせ手を取り合って静かに涙した。
まだ子供と言うべき少年少女が声を押し殺して泣く姿にキルシュはどう声を掛けて良いか分からず、二人が泣き止むのを静かに待った。
暫くすると二人は落ち着いたようだった。
涙を拭い、鼻を啜る二人はようやく緊張の糸が切れたのか年相応の子供のようにキルシュの目には映った。
キルシュは「ちょっと待ってな」と二人に声を掛けると一旦部屋から出て行き、水の入ったコップを持って戻ってきた。
「はい。喉乾いたろう?飲みなよ」
「ありがとう、ございます」
キルシュは二人にコップを手渡すと二人が並んで座るベッドの隣のベッドに腰かけた。
警戒心が薄れたのだろうか。
おずおずとコップを受け取るとそれをゆっくり口に運んだ。
最後にきちんと水を口にしたのはいつだったか。
口を満たし、喉を通過する水の美味しさにモニカは再び涙した。
「私たちを生かしてくださった神と、恵みをくださったご夫人に感謝を」
モニカがそう言葉にすれば、キルシュはおかしそうにケタケタと笑った。
「いやだね、夫人だなんてくすぐったい!」
そして優しく目を細めるとマシュハットとモニカを真剣に見つめながら言った。
「その言葉使いといい、ぼろぼろだけど高そうな服といい、あんたら良いところの子だろ?何があったか話してくれないかい?あんたたちが話せる範囲で良いからさ」
「……わかりました」
マシュハットはモニカと頷き合って答えると、自分たちに起きたことをゆっくりと話し始めた。
モニカ8歳。
マシュハット10歳。
10歳の時、自分は何してたかなと書きながら考えました。
遊びまわってる生意気なガキンチョだったわ……(;´Д`)
ブクマ&評価&感想、誤字報告などありがとうございます。
やらなければいけないことは進まず、何故か別のものは筆が進むという謎……。
頑張るぞー!




