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今回は短いです。
すみません。
「本当に大きいお屋敷ねぇ」
デニス家の前に着いたモニカはお屋敷を見てそんな声を出した。
かつて自分が住んでいたような大きなお屋敷に、切なくも懐かしい思い出が蘇る。
ここに到着する前に立ち寄った食事処で、モニカはデニス家が唯の裕福な家でなく、ここカルガス領の領主でもあり伯爵家でもあることを知った。
何も知らずに来ていたら驚いたかもしれないが、先に知ってしまえばどうと言うことは無い。
しかも聞いた話ではここカルガス領の領主としての働きは申し分なく、誰もデニス伯爵を悪く言う者はいなかったというのも一つ安心材料になった。
「さあ、マルカ。母様頑張るわよ!」
意気込んで伯爵家の門を叩く。
事前にこの地の職業案内所から訪問を伝えてもらっていたため、すんなりと面接の部屋へと通された。
面接相手は落ち着いた雰囲気の女性だった。
その女性になぜこの求人に応募したのか、子供はどうするのかと色々な事を聞かれ、モニカはそれらの質問全てに素直に答えていった。
「あなたはここを訪れる際、事前に連絡を寄こしました。それは何故かしら?」
「お屋敷を訪れる際、事前に連絡をするのは当然のことかと思います。ましてデニス家は伯爵家、貴族のお屋敷の訪問となれば先触れを出さずにお伺いするのは失礼だと考えました」
「……なるほど。では最後の質問です。もし採用するとして子供はどこかに預けるようにと言ったらあなたはどうしますか?」
「もし、それが雇用の条件となるのであれば、非常に残念ではありますが辞退申し上げます」
「そう、よく分かりました。ではこれで面説は終わりとします。他に何か言っておくことはありますか?」
そう言われたモニカは椅子からすっと立ち上がり、「伯爵夫人におかれましては、私のために貴重なお時間を割いていただき、心より感謝申し上げます」と一礼した。
やるべきことはやった、これで駄目なら仕方がないとモニカは思った。
一方の伯爵夫人と呼ばれた女性は驚いたような表情を浮かべながらモニカを見ていた。
「私、うっかり自己紹介をしたかしら?」
「いえ、伺っておりません」
「ではなぜ?ドレスだってなるべく地味なものを選んだし、宝飾品だって身に着けていないし、髪だって簡単にまとめるだけにしてもらったわ」
確かに伯爵夫人の言う通り、このお屋敷の女主としては実に控え目な装いではあった。
けれど、やはり使用人が着るお仕着せとは質が違う。
簡単にまとめた髪は艶やかであるし、ここまで案内してくれた使用人の態度も同僚に対するそれとは思えなかった。
そんな風にモニカが説明すると、伯爵夫人は使用人を呼んだ。
「お呼びでしょうか」
「セバス、この子を採用するわ。もちろん子供も一緒よ。部屋を用意してあげてちょうだい。今日はもう休ませて、明日、いいえ、明後日からで良いわ。仕事をどんどん教えてあげてちょうだい」
「かしこまりました」
次々と出される指示にモニカは動くことが出来ず、その場に留まったまま固まっていた。
「モニカ。セバスに付いて行って。あとは彼から聞きなさい」
「え、あの……」
「採用よ。もちろん子供も一緒で構わないわ。ただし、一応仮採用ね。あなたの身元を証明してくれる方はいる?それを以て本採用とするわ」
「あ、ありがとうございます!」
モニカはすぐにブルームのことを伝えた。
デニス伯爵家からモニカの身元証明を求められたブルームのつめる魔法省支部はすぐに書類を用意し、デニス伯爵家へと送り、それの確認を以てモニカは本採用となったのだった。
採用されたモニカはとてもよく働いた。
何に対しても真面目に取り組み、時間が空けばマルカの相手をした。
マルカもモニカが働いている時は大人しく部屋で積み木をして遊んだり、時には伯爵の子供たちや使用人たちから可愛がられ、幼子とは思えないほど我儘も言わなかった。
この歳の子にありがちな、母を求めて泣いたりすることもなく、周りが心配するほどだった。
もちろんモニカと二人きりになった時はその分思い切り甘えたし、夜眠る時は布一枚も入らないほどくっついて寝た。
そんな生活が1年ほど続いた頃、モニカは伯爵夫人から孤児院で子供たちにマナーを教えてみないかと声を掛けられた。
「私が、ですか?」
「ええ、そうよ。モニカは教養もあるしちょうど良いと思うの。それに孤児院には小さな子供たちがいるわ。マルカにも良い影響があるのではないかと思うのよ」
マルカは大人たちに囲まれているせいか、妙に大人びた子供になっていた。
そして、子供にこのような表現をするのはおかしいが、よく出来た子だった。
モニカが一緒にいる間に遊びながらマナーや正しい所作を教えれば、一人の時間でそれを繰り返し復習しものにする。
伯爵家の子供たちが昔読んでいた本を貸してもらえば、絵本から始まり、今では文字の入った本までも勝手に1人で読み進めているし、誰が教えたわけでもないのに文字まで書けるようになっていた。
みんなが、もしやこの子天才では?と思う反面、泣いたり、我儘を言ったり、大きな声を出したり、走り回ったりといったような子供らしさが少し欠けているように思えた。
それを自分が我慢させているのだとモニカは思っていた。
だからモニカは伯爵夫人の提案に頷いた。
こうしてモニカたちはカルガス領の孤児院で働くため、その近くに移り住むことになった。
モニカ21歳、マルカ3歳の春のことであった。
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