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今回ちょっと長めです。
「本当に1人で大丈夫なのか?」
「……ええ、大丈夫。それに一人じゃないわ。この子がいるもの」
モニカは腕の中ですよすよと眠る娘を優しく見つめた。
ジムロと共に村を出たマルカは魔力測定を行った街に来ていた。
あの後、助け出されたモニカたちはあれは雪崩と言われるものだと教えられた。
突発的に起こる出来事で、誰にもどうすることが出来ない、誰も悪くないのだとジムロは言った。
恐らくジムロが言ったことに嘘は無い。
ただ、それだけではなく、自分たちを守って命を終えたマシュハットを見て、自分を責めないようにとの気遣いからなのだろうとモニカは思った。
雪崩で命を落としたのはマシュハットだけであったが、村自体も大きな被害を被った。
畑は潰れ、家は半壊し、日常の生活を送るには厳しいものがあった。
けれど、片付けなどで忙しくしているおかげで気を張っていられたのも事実だ。
ジムロたちにも手伝ってもらいマシュハットの弔いを終える頃には、あれだけ積もっていた雪も解けてなくなっていた。
村もある程度暮らせるようにはなったが、到底元通りにはならなかった。
そんな中、ある村人がカタタナ村を出ると言い出した。
元々住人がかなり少なくなっていたところに起きた今回の出来事。カタタナ村での暮らしに不安を覚えるものが出ても不思議ではない。
一人がそう言うと、他の残された者たちも村を出て街に降りるつもりだと言った。
その話を聞いてモニカは考えた。
この先自分たちはどのように生きていくのか、このままここで暮らすのか。
「モニカ、お前は――」
「何も言わないで、ジムロおじさま。私は自分で考えなければいけないの。……心配してくださってありがとう。でも、自分で考えさせて」
「……おう。お前はやっぱり良い女だ」
そう言ってジムロはモニカの頭をぐしゃっと撫でた。
そうしてモニカが悩んでいる最中、カタタナ村に隣村から人が訪れた。
隣村の住人はカタタナ村の住人を集めると、自分たちの村に来れば歓迎すると言った。
山間部の暮らしはそれなりに厳しく、どの村でも住人が減っていると聞く。
恐らくは人助けと、住人が増えることを願っての申し出だと思われた。
しかし、目的はそれだけではなかった。
隣村から来た人物は、モニカの元に来ると一通の手紙を差し出した。
モニカやジムロたちが不思議そうにその手紙と隣村の住人を交互に見ると、彼は笑顔で話し始めた。
「モニカさんの噂は俺たちの村にも届いてる。いやあ、本当にべっぴんさんだな。聞けば旦那を亡くしたというじゃないか。うちの村にもあんたと同じ年の頃の男がいるんだ。見目が良い奴もいるからきっとあんたもすぐその気になるさ。良さそうな奴を何人か抜粋して特長をその紙に書いておいたから目を通してくれないか?あんたみたいな人なら子供がいたってすぐに次の旦那が見つかるよ」
全く悪気無く発されたその言葉にその場の空気が凍り付いた。
カタタナ村の大人たちはわなわなと手を握りしめ怒りの声を上げた。
モニカとマシュハットがどれほど愛し合い、どれだけモニカが悲しみを堪えているのか知っているからだ。
「おい、てめえ!なんてこと言いやがる!」
「だれがお前たちの村なんかに行くもんか!」
「人の気持ちも考えられない腐れ野郎が!とっととこの村から出て行け!」
「ひぃっ!な、なんだ急に!」
あまりの剣幕に隣村の住人は目を白黒させた。本当になぜ怒鳴られているのか分からないようだった。
モニカはそんな男の前に一歩踏み出す。
その顔には恐ろしいほど冷たい笑顔が乗っていた。
モニカのこの様な顔は今まで一度も見たことが無かった。
「モ、モニカさ――」
モニカは男の目の前で渡されたばかりの手紙を破り捨てた。
「お引き取りを」
「あの、えっと」
「お引き取りを」
有無を言わせぬその声に、隣村の住人はすごすごと村を立ち去った。
「二度とくんじゃねえ!」
「おい、塩だ!清めの塩持って来い!」
「ジムロおじ様」
「あん?」
わーわーと騒ぐジムロたちにモニカは「私決めました」と言う。
「私も村を出ます」
「……そりゃいいが、お前」
「ジムロおじ様と一緒には行きません。自分の力で、この子と一緒に生きていきます」
モニカの答えにジムロは深い溜息を吐くと、その場にしゃがみ込んだ。
「は~、やっぱりなあ。なんかモニカはそう言うと思ってたんだよ」
ジムロはモニカが村を出ると言うなら自分もそうするつもりだった。
親ではないが、保護者として今後の面倒を見る覚悟もあった。
けれど、どこかでモニカは一人で旅立ってしまうのではないかという予感もあった。
そしてこういう時の自分の勘はよく当たるとも。
「勘弁してくれよ。俺がキルシュとマシュハットに怒られちまう……。でも、もう決めたんだよな」
この子は一度決めたらそうそう曲げない。意外と頑固なところがある。
「ええ、それにマシュハットならきっと応援してくれるわ。これからもずっと笑顔でいるために前に進むの……約束したもの。笑顔でいるって、マシュハットの分もマルカを愛するって、約束したの」
そう言って空を見上げたモニカの目には光るものがあった。
本当はまだ悲しみの中にいるのだろう。泣いてしまいたいのだろう。マシュハットが眠るこの村を出るのは辛いだろう。
けれどモニカは前を向き、進むことを決めた。
何て強い子だろうか。
「わかった。もう何も言わねえよ。だがな、街までは一緒に行く。モニカが何と言ってもそこまでは付いてくからな」
「……ありがとう、ジムロおじ様」
「……おう」
そうしてモニカとジムロはこの街までやって来た。
何だかんだとジムロは仕事の案内所までも付いてきた。
「あぶねえ仕事は絶対にダメだからな。良いのが見つかるまでは一人にしねえ」
まるで保護者のようだった。
カタタナ村に行きついてから、キルシュに我が子のように育てられ、ジムロには父や兄のように良くしてもらった。
そんな生活がこの先もずっと続くと思っていた。
けれどそうはならなかった。
ジムロを頼れば甘やかしてくれるだろう、けれどそれではいけない、あえて離れる。
自分はもう母親になったのだ。
愛する人との子を慈しみ、守るのは母である自分なのだという強い思いを胸に、ボードに張り出された求人票を端から見ていく。
「あら?これ」
モニカが見つけたのは少し離れた街の使用人を募集しているものだった。
住み込みで、もちろん食事も付いていて、ある程度の教養があれば良しとされていた。
(使用人、ということはそれなりに大きなお屋敷ということよね。身分については明記されていないけれど……)
ある程度、とはどの程度なのかは分からないが、教養がある時点で身元不明の者はいないと考えているのだろうとモニカは思う。
幸いにもモニカは元子爵令嬢だ。
しかも爵位は子爵とは言っても、母の生家は侯爵家だったこともあり、あの事件が起きるまでの間、しっかりとそれなりの教育を受けてきた。
今の自分では足りないかもしれないが、面接を受けてみる価値はあると思えた。
何よりも、マルカと安全に暮らしていくためにはこの上ない条件だと思えた。
「ジムロおじさま。私これに応募してみるわ」
「ん-、どれどれ。おお、こりゃなかなか良い条件だ。けどなぁ……子供連れでも大丈夫なのか?」
ジムロの言っていることは尤もだ。
住み込みとは書いてあるが、子連れで良いとはどこにも書かれていない。
「その時はその時よ。また別の仕事を探すわ」
もう決めたのだと話すモニカに、これ以上何を言っても無駄だとジムロは口を噤んだ。
面接がある街まで一緒に行くというジムロを説き伏せ、モニカはジムロと別れた。
モニカが受かるとも分からない、ジムロもどこに定住するか決めていない、そんな状態の二人の別れは今生の別れと言っても過言ではなかった。
モニカ以上に泣き、モニカとマルカをきつく抱きしめ「元気でな。無理はするんじゃないぞ。一人で頑張るのも良いが誰かに頼ることも長い人生の中では必要な事だぞ」と涙ながらに語り、ジムロは去って行った。
ジムロと別れたモニカは魔法省支部にやって来ていた。
マルカが馬車に乗れるようになったら会いに来るとブルームに手紙で告げていたが、それがこんな形になるとは思っていなかった。
(マシュハットと一緒に来るはずだったのにね……)
親馬鹿な彼をブルームさんにも見せたかったとモニカは思った。
マシュハットのことを想うとどうしても悲しい気持ちになる。
そんな母を察してか、腕の中にいたマルカがモニカの頬に手を伸ばした。
「かーしゃ、いたい?いたいたいのどっかいけぇ」
そんなマルカにモニカは自然と頬が緩むのを感じた。
「ありがとう、マルカ。母様は大丈夫よ。マルカのおかげでもう痛くないわ」
「かーしゃ、にこにこ!」
マルカは笑ったモニカの顔を見て、自分も屈託のない笑顔を浮かべた。
あの事故の後、マルカが目を覚ました時、マルカは何も覚えていないようだった。
父様はどこだと聞くマルカに、モニカは父様はとても遠くに行ってしまったのだ、もう会うことは出来ないけれど、父様は凄い人だから太陽やお星さまになって自分たちを見ていてくれているから寂しくないのだと言った。
マルカに言っているようで、自分に言い聞かせているようだとモニカは感じた。
幼い子供には何を言っているのか分からないかもしれないと思ったが、マルカはモニカの顔をじっと見た後に母様は?と言った。
「……とーしゃ、さよならした。かーしゃは?……かーしゃは、ずっと、ずっといっしょいる?」
モニカは思わずマルカを抱きしめた。
マルカは何かを感じ取っているのだとそう思えてならなかった。
「いるわ。母様はずっとマルカと一緒よ。父様だってお空から一緒にマルカを見守ってくれているわ」
モニカとマルカはお互いを強く抱きしめてぼろぼろと涙を流したのだった。
あれ以来、今まで以上にこの子は自分が守るのだという思いが強くなった。
「マルカ。今から母様と父様がお世話になった人に会うのよ」
モニカがマルカにそう話しかけていると、モニカたちの待つ部屋に一人の男性がやって来た。
「やあやあ、よく来てくれたね!待たせてしまって申し訳ない」
部屋に入ってきたブルームは、モニカの腕に抱かれたマルカを見て顔を綻ばせる。
「うわ、可愛いね!君がマルカだね?初めまして、僕の名前はブルームだよ」
君のことはマシュハット君からの手紙でよく知っているよと話すブルームは、その肝心のマシュハットがいないことにようやく気が付いた。
「おや?マシュハット君は?」
「マシュハットは――」
モニカは自分たちの身に起きたこと、これからどうするのかをブルームに話した。
途中でブルームの顔は強張り、青褪め、「そんな、何てことだ……」と呟いた後は言葉を失くした。
暫く重苦しいほどの沈黙が襲う。
こんな嘘をモニカが付くはずはないと分かっていても、ブルームは信じたくなかった。
そこの扉を開けて、マシュハットがひょっこりと出てくるのではないかとさえ思う。
けれど、それは絶対に無いことなのだとモニカの目を見て思った。
「……ブルームさんには私もマシュハットも大変お世話になりました。ここを去る前に一度お礼を言いたかったのです。この子の顔も見て欲しかったですし。この後はもう少し先の街にあるお屋敷の使用人募集の面接を受けるつもりです」
そう話しだしたモニカに、もうブルームから言えることは無かった。
悲しくないはずはない。
それでも前に進もうとしているモニカに慰めの言葉は失礼だと思った。
「そうか、何て言う家だい?」
「えっと、ちょっと待ってくださいね。……デニス家、と書いてあります。ブルームさんはご存じですか?」
(デニス家……?デニス伯爵家か?)
ブルームに思い当たる家があった。
けれど、求人票に伯爵家と書いていないことを考えると、それも何か採用条件に関わることなのかもしれないと思う。
教えてあげたいが、マシュハットから聞いていたモニカの性格から考えると彼女はそうしたことを望まないだろうとも思った。
「どうだったかなあ。あの辺は大きな家が意外と多いからね」
悟られないように敢えてとぼけた返事をした。
「でももし困ったことがあったら言ってくれ。大きなお屋敷とかだと身元証明が必要なこともあるからね。そういう時は力になれるはずだ」
「まあ、本当に?ありがとうございます」
ブルームはもしも採用されなかったらまたここに戻ってくるようモニカに言った。
その際も必ず力になると。
モニカは最初は遠慮していたが、ブルームがマルカのことを考えたらそれが最善だと言うと、困ったように笑った後、「その時はよろしくお願いします」と言って魔法省支部を後にした。
あと3、4話くらいで終わりそうな感じです。
どうしても内容が悲しいものになってしまいますが、それでも出来るだけ優しく、温かい気持ちになれるような終わりを迎えたいと思っています。
頑張るぞー(゜Д゜)ノ
ブクマ&評価&感想、誤字報告などいつもありがとうございます!




