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悲しみを乗り越えて ~マルカの親の物語~  作者: 眼鏡ぐま


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※注意

明るい話ではありません。

楽しげなのは最初だけです。

 

 キルシュが亡くなってから二度目の冬が来た。

 この歳は例年よりも気温が下がることが多く、カタタナ村にも今までにないほどの雪が降り積もっていた。

 けれどここ数日はその寒さも和らぎ、段々と春の訪れを感じさせていた。


「かーしゃ!とーしゃ!まっしろ、きれーねぇ」


 2歳になったマルカは積もった雪を見て目をキラキラと輝かせる。

 そんなマルカをモニカとマシュハットは優しく見守っていた。


「マルカ、走ったら危ないわよ」


 注意を促し、マルカの手を掴もうとしたモニカの手から逃げるように、マルカは雪に向かって走り出し、そしてそのまま足をもつれさせ雪の上に転がった。


「マルカ!大丈夫か?!」


 心配して駆け寄るマシュハットをよそに、マルカは一度立ち上がると、今度は自分の意志で再び雪の上へと飛び込んだ。

 そして顔を上げるとマシュハットたちの方を向いて満面の笑みを浮かべた。


「とーしゃ、ふわふわ!しろいのふわふわー!」


 親の心配などどこ吹く風。

 そんな娘の様子にモニカとマシュハットは顔を見合わせて笑う。


「マルカはお転婆さんね。一体誰に似たのかしら」

「モニカじゃないか?顔も君にそっくりだ。君の小さい時を思い出すよ」

「あら、顔が私なら中身はマシュハットの方じゃない?」


 くすくすと笑い声が静かな村に響く。

 この2年でカタタナ村の住人はさらに人数を減らしていた。

 多くの者が老人といわれる年齢になり、若者はほとんどいなくなった村での生活に厳しさを感じていた。

 街で暮らす子供たちに迎えられ、村を出て行く者が多かったのも仕方のないことだ。

 今この村で暮らすのはマシュハットたち家族とジムロ、そして数名の大人だけになっていた。

 今日の様に晴れた日でも、雪遊びに興じる者もマルカたちくらいだ。


「とーしゃ、かーしゃ。キィシュばあにしろいのあげる!」


 ここ最近とみによく喋るようになったマルカはキルシュにもこの雪をあげたいらしい。

 モニカとマシュハットはキルシュが亡くなってから、彼女の墓に毎日のように花を供えに行った。

 キルシュとの思い出もよく会話の中に出てきていた。

 マルカにはあなたにはキルシュという祖母がいたのだと語っていた。


「キルシュおば様のところにも雪はたくさんあるわ。でもそうね、後でお花を持って行きましょうね」

「いく!」


 マルカがそう元気よく返事をしたその時、マシュハットが何かに気付いた。


「マシュハット?どうかした?」

「いや、何か音が……モニカ、地面揺れてないか?」

「え?」


 マシュハットに聞かれた時、モニカにもそれが分かった。

 地響きのようなドドドドという音と揺れを感じ、マシュハットを見た時、マシュハットの視線は山へと向けられていた。


「――何だ、あれは」


 マシュハットの視線の先には山をものすごい勢いで滑るように落ちてくる雪があった。

 何が起きているのかは分からなかったが、このままここに居てはいけないということだけは分かった。


「モニカ!走って!」


 マシュハットはすぐにマルカを抱き上げるとモニカの手を引いて走り出した。

 マシュハットのいつにない焦り方に、モニカにも緊張が走り、それを感じ取ったマルカがマシュハットの腕の中で泣き出した。

 少しでも遠くへと足を懸命に動かすが、地響きと共に轟音がどんどんと自分たちに迫って来るのを感じ、マシュハットは覚悟を決めた。

 急に立ち止まったマシュハットはマルカを自分の腕からモニカの腕へと預け、そして笑った。


「……モニカ。君たちだけは絶対に守るから。ごめん」

「え……?」


 モニカの耳がその声を拾ったのが先か、白い煙を上げながら滑り落ちてきた雪に追いつかれたのが先か、その瞬間ドンッ!!という大きな音が聞こえ、無意識に腕の中のマルカを強く抱きしめた。

 そして視界は白で埋め尽くされ、痛いほどの圧と冷たさに襲われ――意識を手放した。



 モニカが意識を取り戻した時、身体の半分が雪の中に埋もれていた。

 一体何が起きたのか。

 目が覚めたばかりのモニカには自分が置かれている状況を理解するまでに時間を要した。

 そして、徐々に自分たちの身に起きたことを思い出し、顔を青くさせた。


「マルカ、マルカ!」


 自分の腕の中にいた娘は意識こそないものの、しっかりと息をしていた。一見して怪我なども無いようでほっと胸を撫で下ろす。

 そしてはたと気付く。

 マシュハットは、マシュハットはどこにいるのか。


「マシュハット、マシュハット!どこにいるの!?」


 きょろきょろと視線を彷徨わせると、雪の隙間にマシュハットの服の一部が見えた。

 必死で雪をかき分けると、雪に埋もれた自身に覆いかぶさるようにマシュハットは倒れていた。


「マシュハット!マシュハットしっかりして!」


 マシュハットの身体を必死に揺さぶるモニカはマシュハットと重なっている身体に温かい何かが染みてくるのを感じ、恐怖に襲われた。

 何故かは分からない。分からないが、そこには自分の見たくない何かがあると分かってしまった。

 その温かい何かは徐々に周りの雪にも広がって行く。

 真っ白だった雪は、その色を鮮やかな赤に変えた。

 マシュハットを揺する手が雪の上に落ち、唇がガタガタと震え出す。


「マシュ、マシュハット……い、いや、嫌よ、マシュハット!お願いよ、目を開けて!」


 辺りに悲痛な叫び声がこだました。

 その瞬間マシュハットの身体がピクッと、ほんの僅かだが動いた。


「マシュハット!?」

「モ、ニカ……」

「マシュハット、マシュハット!」


 モニカはぼろぼろと涙を流した。


「……モニ、カ、泣かな、いで」


 あの瞬間、マシュハットは魔法を使った。

 生涯使うことのないはずだった、自分の持つ高い魔力を最大限使用した強固なシールドを、覚悟を持って作りだしたのだ。

 この魔法を使ったら自分は死ぬ―――そうだと分かっていても、あの時マシュハットに迷いはなかった。


「モニカ、マルカ、は……?」

「無事よ、傷一つ付いていないわ……マシュハット、今、人を、ジムロさんをよんでくるから、だから」


 涙を流し続けるモニカに、マシュハットはまた泣かないでと言った。


「モ……カ、よく、聞いて……僕、は、魔法を、つか……た」


 ゲホッとマシュハットは咳き込み、その口からは血が流れ落ちる。


「マシュハット!お願いよ、もう喋らないで、助けを、助けを呼んでくるから……」

「だ、めだよ……魔道具は、も、作動、した……」

「そんな……いや、嫌よ」


 泣きながら嫌だと顔を横に振るモニカの服をマシュハットは弱い力で握りしめた。


「お願い……だから、聞いて、モニカ。……君、を置いて、いくことを許……て、ほしい。僕の分まで、マルカを愛……してや、てくれ。ずっと、ずっと傍にいる……て約束、したのに、ごめん。僕は、幸せだった。君と出会えて……守る、ことが出来て、幸せ、だったよ。だから……最期、だから、笑ってモニカ……愛して、いるよ。心はいつ、でも君たちの、傍に」


 モニカにも分かっていた。

 作動してしまった魔道具、辺りを赤く染めたマシュハットの血、もうどうにもならないことを分かっていた。

 けれど、認めたくなかった。

 ずっと、ずっと一緒にいると約束したのだ。

 それなのに、それなのに。

 どうして自分たちにばかりこんな過酷な運命が待っているのだろう。私たちが一体何をしたというのだろう。

 やっと掴んだ幸せだったのに。それなのに。

 そんな気持ちを押し殺してモニカは笑った。

 笑うことしか出来なかった。

 愛する人が、命を懸けて自分と娘を守ってくれたこの人が、最期に望んだのだ。

 自分は上手く笑えているだろうか。

 マシュハットの望む、マシュハットが好きだと言ってくれた笑顔を作れているだろうか。

 きっと無理だ。

 だって涙が止まらないのだ。悲しくて仕方がないのだ。

 それでもモニカは笑った。

 それがマシュハットに自分がしてあげられる最後のことだと分かっていたから。


 マシュハットは消え入る声で「ありがとう」と口にした。

 それが彼の最後の言葉となった。


「笑えだなんて、最後の、最後に酷い人……おやすみなさい。ありがとう、ありがとう……マシュハット、マシュハット……!!」


 モニカは同じく雪に飲み込まれかけた家から這い出てきた村人たちに助けられるまで、ずっとマシュハットの名を呼び続け、声が枯れるまで泣いた。






何となく2歳はこんなに喋らないかもと思いつつ、マルカならこれくらいは喋っていそうと思いました。

違和感があったらごめんなさい。



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