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悲しみを乗り越えて ~マルカの親の物語~  作者: 眼鏡ぐま


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13/19

13

 

 1年後。

 モニカとマシュハットはカタタナ村で結婚式を挙げた。

 この頃のカタタナ村は、元々少なかった若者は街へ降り、大人たちも年老いた者が多くなり村を出て行く者も多かった。

 ほとんどを自給自足でまかなう村での暮らしはそれなりに厳しさを伴う。

 仕方のないことだった。

 今村に残っているのは、モニカたちとキルシュ、ジムロ、そして数人の大人たちだけだ。

 その大人たちも二人の結婚式が終わったら、近い内に村を出て行くという。

 モニカとマシュハットの結婚式がこの村での最後の盛大な催しとなった。


 モニカはこの日のために自らドレスに刺繍を施した。

 売り物にも負けない見事な刺繍の入ったエンパイアドレスを身に纏ったモニカを見て、マシュハットは息を呑んだ。

 頭に白、黄色、ピンクの花で編んだ花冠を乗せてマシュハットを見て微笑む姿は、冗談ではなく本気で花の妖精かと思えた。

 そんなモニカの耳にはもちろんマシュハットの贈ったイヤリングが揺れていた。


「……綺麗だ。とても、とても綺麗だよ」


 それ以外の言葉は出てこなかった。

 幸せを噛みしめるようにそれだけ言って自分を見つめたまま黙ってしまったマシュハットに、モニカはさらに輝くような笑顔を向けた。


「ありがとう!貴方もとても素敵よ、マシュハット」


 マシュハットも普段のラフな装いとは異なり、きっちりと正装していた。

 これは村のみんなが結婚祝いとして少しずつお金を出し合い、マシュハットのために用意したものだった。


「本当に素敵。私、貴女と一緒になれて本当に幸せだわ」

「僕も幸せだ。モニカのことを一生愛し続けるよ。ずっと、ずっと一緒だ」

「約束よ」

「約束だ」


 マシュハットもモニカも、若者の居ないこの村でとてもよく働き、みんなを助けた。

 悲惨な経験をしたにもかかわらず、荒れることもなく素直に育ち、貴族だったという割に偉ぶることもなく、ここでの生活を受け入れ常に感謝の心を忘れないとても良い子に育った。

 そんな二人に対する村人の気持ちのこもった結婚式になった。


「おいおい、キルシュー!主役を差し置いてお前が泣いてどうすんだ!」

「うるっさいよ!誰が泣いてるんだい!これはあれだよ、美味しそうなご馳走を目にしてよだれが溢れちまってるだけだよ!」

「すげえなキルシュ。それが本当ならもはや人間じゃねえぞ」

「はっはっは!もっとましな言い訳考えろってんだ!」

「そうだ、そうだ!」

「まあまあ、良いじゃないの!モニカとマシュハットは綺麗で格好良くてお似合いで、キルシュは嬉しくて、ご馳走は美味しい!最高じゃないさ!」

「違いない!」


 おめでとう、おめでとうとあちらこちらから声が上がる。

 かつて貴族であった自分たちの知っている結婚式とはまるで違ったが、二人は大きな幸せと愛情に包まれた結婚式を挙げられたことに心の底から感謝し、喜んだ。


 お酒も入り、大いに盛り上がった結婚式は、みんなが自分の家に戻れなくなる前にとお開きになった。

 後片付けを終えて、ぐでんぐでんになったキルシュを連れて自分たちの家に戻ろうとすると、ジムロがキルシュを支えながら言った。


「お前たち二人の家は今日からあっちな」


 そう言ってジムロが指差したのは、すでに住人がいなくなった空き家だった。


「え?」


 訳が分からない二人にジムロは説明する。

 新婚なのだから邪魔者はいない方が良いだろうと。

 空き家になっていた家の内装をこそこそと綺麗に直し、住める状態になっている、これは自分たちからの結婚祝いだから受け取ってもらわないと困るのだと言った。


「そんな、邪魔だなんて」

「んじゃ、ついでにキルシュからの伝言だ。『若い二人の熱に当てられちゃこっちが恥ずかしいよ。二人でしっぽりやんな。ああ、早いうちに孫が見たいよ、あたしは』だそうだ」

「キルシュさん!」

「キルシュおば様!」


 二人の抗議の呼びかけにも酔っ払ったキルシュは「ん~、うるさいねぇ」とうわ言のように言うばかりだ。


「はっはっは!まー、そういうこった。まあ家が違ってもどうせすぐ近くに住んでんだ。大して変わりねえじゃねえか。さあ、行った行った!」


 ジムロに追い払われるようにモニカとマシュハットは新居に入ることになった。

 中に入ると、まるで新品同様に磨かれ、小箱が置かれたテーブルが一番に目に入った。


「ああ、良かったわ。これもちゃんと持って来てくれたのね」


 モニカはテーブルに駆け寄ると、大事そうにその小箱を手に取った。


「モニカ?それは何?」

「これはね、私から貴方への贈り物……これをマシュハットに貰ってほしいの」


 そう言ってモニカがマシュハットに手渡した小箱の中に入っていたのは複雑な色合いの灰色の石のはまった一部に隙間の空いた指輪にしては幅広の輪のような物だった。


「これ、モニカの瞳の色だ……!指輪、ではないよね。形は似ているけどすごく小さいし」

「イヤーカフスって言うんですって。こうやって耳の縁に着けるのだそうよ。ジムロおじ様に教えてもらって、この色の石を探してもらっていたの」


 なかなかモニカの髪や瞳と同じような色の物を見つけるのが難しく、時間が掛かってしまっていた。

 今日までに間に合って良かったと笑うモニカにさらに愛しさが募る。


「着けてみるよ。――どうかな?」


 モニカにそう聞きつつも、マシュハットはモニカが自分を想って贈ってくれたこの色を身に着けられる幸せで満たされていた。


「もちろん似合っているわ」

「嬉しいよ。幸せ過ぎて言葉では言い表せない。モニカも、あの時こんな気持ちだった?」


 マシュハットの手がイヤリングの着いたモニカの耳をそっと撫でる。


「……ええ。きっと今の貴方と同じ気持ちだったわ。だって、あの時の私、幸せそうに笑っていたでしょう?」

「僕笑ってる?」

「ええ。マシュハットが笑ってくれるから私も幸せだわ」


 二人は笑い合って口付けを交わした。

 そして幸せな気分のまま家の探索を再開すると、テーブルだけではなく様々な家具も揃っていることに気が付く。

 他にも料理に必要な鍋や、食器類も全て揃っており、本当に今すぐここで生活が始められるように整えられていることに二人は感動を隠せなかった。


「すごい……いつの間に」

「本当ね。見て、マシュハット。これなんか全部お揃いで用意されているみたい」

「本当だ」


 家の中を見て回りながら、次の部屋に入るとそこは寝室だった。

 大きなベッドにもすでに寝具が用意され、同じ部屋の中にあったクローゼットには、モニカやマシュハットの服が全て運び込まれていた。


「キルシュおば様の家にあった私たちの物が全てこちらにあるわ」

「本当にいつの間に……まあ気付かない僕らも僕らか」


 半ば自分に呆れたように苦笑するマシュハットにモニカも苦笑を返す。


「本当にそうね。私、キルシュおば様に好きな色を聞かれたのだけどこの為だったのね」

「色?」

「そう、寝具のカバーを新しくするなら何色が良いかって。これのことだったのね」


 そう言ってモニカはベッドを指した。

 寝具は全て生成り色で揃えられており、清潔感があり落ち着く色合いだった。


「マシュハットはこの色で良かった?二人で使うのだから知っていたらきちんと相談したんだけど」

「……」


 モニカの言葉に不意にマシュハットの動きが止まった。

 そして顔を背けると「その色は僕も好きだから問題無いよ」とだけ言った。

 その顔は少し赤くなっているように見えた。


「マシュハット?どうしたの?」

「な、何でもないよ」

「嘘よ。本当はこの色嫌だった?」


 様子のおかしいマシュハットにモニカは食い下がる。

 実際のところ、マシュハットはモニカの二人で使うという言葉にこの後のことを想像してしまい、居たたまれない気持ちになってしまっただけだったのだが、純粋なモニカにはそれが想像できない。

 しかしモニカに誤解を与えたくもない。

 言うべきか、言わないべきか。


(でも、僕らはもう夫婦だ。別に悪いことじゃない)


 マシュハットは意を決して自分が思ったことを恐る恐る口にした。

 こんな欲を持った自分をモニカはどう思うだろうか。

 驚いて嫌われてしまうのではないか。

 そんな悪いことばかりを想像しながらモニカの様子を窺うと、モニカは顔を両手で覆って隠してしまっていた。

 隙間から見える頬や耳が赤くなっているのがよく分かった。

 本当の意味で今日自分のものにしてしまいたいとマシュハットは思っていたが、モニカの気持ちまでは分からない。

 モニカが嫌だというのなら無理強いはしたくない。


「……モニカ?」


 マシュハットがモニカの肩にそっと触れると、小さな肩が大袈裟な程ビクッと跳ねた。

 今まで一度もモニカに拒まれたことのないマシュハットは少なからずショックを受けた。


「ごめん、モニカ。君の気持ちが追い付くまで僕は待つから……だから、だからそんなに怖がらないで。僕は隣の部屋のソファで寝るから」


 好きな子に拒まれるのはこんなにも辛いことなのかとマシュハットは肩を落とし部屋を出て行こうとモニカに背を向けた。

 するとそんなマシュハットの服の裾を、モニカの小さな手がぎゅっと掴んだ。


「モニカ?」

「ち、違うの!そうじゃなのよ、マシュハット。嫌だとか、怖いとか、そうじゃ、そんなんじゃないの。だってマシュハットだもの。……ただちょっと恥ずかしくって、き、緊張しているだけなの」

「……モニカ」


 震える手で服を掴み、目をぎゅっと瞑ってそう告げるモニカに、マシュハットは今すぐ手を出してしまいたい衝動に駆られた。

 自分の欲を抑え付けるように、モニカを自分の腕の中に閉じ込め抱きしめる。


「……本当に?僕のために無理をしていない?」

「……していないわ。私だってマシュハットのこと大好きなの。ちゃんと貴方の妻になりたいのよ。愛しているわ、マシュハット」

「モニカ……僕も、愛してる」


 二人は強く抱きしめ合った。


 暫くそうしていた二人だったが、マシュハットはモニカの両肩に手を置いて抱擁を崩すとモニカの瞼に口付けを落とし、深い溜息を吐いた。


「マ、マシュハット?どうしたの?」

「本当は今すぐそこのベッドに連れて行ってモニカに触れたい。でも、それと同じくらいモニカを大事にしたいし、モニカとの初夜を大事にしたい」


 モニカはマシュハットの直接的な言葉にぼんっと顔を赤くして「あ、ありがとう?」と言った。

 よく分からないが、マシュハットが自分を大切にしてくれていることだけは伝わった。


「だから、僕から離れて少し待っていて」


 それからマシュハットは風呂を用意し、お互いしっかりと身体を清めてから初夜に臨んだ。

 モニカはこの恥ずかしさも、痛みも、喜びも、与えてくれるのはマシュハットだけなのだと思うと幸せだった。

 マシュハットはモニカを腕に抱いているだけで、自分に全てを与えてくれるこの子が妻になったのだと思うと涙が出そうだった。

 こうして二人の幸せに満ちた夜はゆっくりと過ぎていった。



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