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前回は誤字報告をたくさんいただきましてありがとうございます。
助かります……!
魔法省を出た二人はジムロの仕事が終わるまでの間、初めてと言ってもいい若者らしいデートを楽しんだ。
特に自分たちの物を何か買ったりするわけではなかったが、村では見ることの出来ない店を見て回るだけで楽しかった。
その後街の広場でジムロと合流し、宿で一泊した後カタタナ村へと戻った。
「ただいま、キルシュおば様」
「おやまあ、ずいぶんと早いお帰りだねえ。せっかく街に降りたんだから、あと1日くらい遊んでくれば良かったのに」
どうやら魔力測定を終えてそのまま帰ってきた様子の二人を見て、キルシュはそんな風に言った。
「あら、魔力測定が終わった後にマシュハットと一緒に街を巡ったわ。そうだ、キルシュおば様。良かったらこれ使って?一番大きなものを買ってきたから遠慮なく使ってちょうだいね」
そう言ってモニカがキルシュに手渡したのは、爽やかな香りのするクリームだった。
モニカたちは自分の物は買わなかったのに、街で評判の手荒れに効くと言うクリームをキルシュの為に購入していたのだ。
「あんたたち……ほんっとうになんて良い子たちなんだい!ありがたく使わせてもらうよ。でも使うのはあたしだけじゃなくてあんたたちもだからね」
水仕事や土いじりをしているとどうしても手が荒れる。
それはキルシュだけに限らず、マシュハットやモニカにも言えることだった。
「でもこれはキルシュさんに」
「そうよ、キルシュおば様の為の物よ?」
「何だいあんたたち。育ての親の言うことが聞けないって言うのかい?」
脅すような言葉とは裏腹に、僅かに瞳を潤ませているキルシュに気が付いた二人はありがたくその申し出を受けることにしたのだった。
その日の夜、モニカとマシュハットはいつも通りベットに隣同士に座って話をしていた。
二人は今も同じ部屋で眠っていたし、寝る前のこの時間も2年前と何も変わっていなかった。
「そうだ」
「どうしたの?」
マシュハットはおもむろに立ち上がると、自分用の棚の引き出しから可愛らしくラッピングされた小箱を取り出してモニカの元へ戻ってきた。
そしてその小箱をモニカに手渡すと、「開けてみて」と言った。
言われるがままにモニカが小箱を開けると、中から出てきたのはイヤリングだった。
金色の留め具を挟んで石が縦に二つ連なっていて、下は涙型にカットされた鳶色の透き通るような石で、上は金色に輝くガラス玉のようだった。
「マシュハット、これ……」
「モニカにもらってほしいんだ」
このイヤリングは二人で街のお店を見て回っていた時に、モニカがマシュハットの瞳のようだと言ったイヤリングだった。
「嫌だわ、私ったらそんなに物欲しそうな眼をしてた?恥ずかしい……」
モニカは自分がこのイヤリングをじっと見ていたせいで、欲しがっていると思わせてしまったのだと思った。
けれど、マシュハットはそんな風に思ってこのイヤリングを購入したわけではない。
「違うよ、モニカ。僕の色だと言ってくれたこのイヤリングを、僕がモニカに着けてほしいと思ったんだ。モニカは知ってる?この国では愛する相手に自分の色を贈る風習があるということを」
「自分の色?」
「そうだよ。恋人に自分の色を贈って求婚するんだ」
マシュハットは隣に座るモニカの膝の上で握られたままの小箱ごとモニカの手を自分の両手で包むと、モニカの目を見つめて言った。
「僕はもうモニカと結婚するつもりでいたけど、改めて言わせてほしい。好きだよ、モニカ。これから先もずっと君の傍で君の笑った顔を見ていたい。一生傍にいると誓うから、どうか僕と結婚してほしい。君のことを愛しているんだ」
モニカは時が止まったように感じていた。
自分の好きな人が、自分のことをこんなにも求めてくれている。
こんなに幸せな事があるだろうか。
モニカの胸に、喜びとマシュハットへの愛しさが溢れてくるようで、自然と自分の顔が綻んでいくのを感じた。
「……嬉しい、嬉しいわマシュハット。私だってとっくに貴方のお嫁さんになるつもりだった。大好きよ、マシュハット。私も貴方を独りになんてしたりしないわ。ずっとずっと傍にいてね」
「ああ、約束だ」
見つめ合い、笑い合い、改めて結婚の約束を交わした二人は説明できない気恥ずかしさを感じていた。
「そ、そうだわ。このイヤリング着けてみても良いかしら?」
「あ、ああ」
モニカはいそいそと小箱からイヤリングを取り出し、自分の耳に着け始めた。
片方の耳はすんなり着けられたが、もう片方がどうにも上手くいかない様子のモニカを見て、マシュハットは「かして」と言ってイヤリングを手に取った。
マシュハットの手が触れている耳に全ての熱が集まって行くような感覚で、モニカはとても恥ずかしくなった。
「ま、まだ?」
「ん、もう少し……出来た」
落ちてきた髪をもう一度耳にかけられて、マシュハットにじっと見られる。
「マシュハット?もしかして……に、似合わない?」
妙な不安に駆られてそんな事を口にすれば、マシュハットはゆるゆる顔を横に振り、慈しむように目を細めた。
「そんなことあるわけない。とても、とてもよく似合っているよ。これで君は僕のものだって一目で分かる」
かあっと顔を赤くしたモニカの頭にマシュハットは口付けを落とした。
頭の次は額、こめかみ、頬、耳とマシュハットは次々と口付けを落とす。
先程まで自分と同じように恥ずかしそうにしていた彼は何だったのかと、モニカはうるさくなる自分の鼓動に疑問を投げかけた。
口付けに続いて抱きしめられ、モニカはマシュハットの腕の中に引き寄せられた。
この2年でマシュハットはぐんと背が伸びた。
モニカも大きくなったがマシュハットとは大きな差が出来た。
今はこうして抱きしめられればすっぽりと腕の中に収まってしまうほどだ。
自分よりも大人で余裕のあるマシュハットは素敵だけれど、どこか悔しさも覚えていたが、今モニカの耳に聞こえてくるマシュハットの鼓動は自分と同じくらい忙しなかった。
モニカはそれが嬉しかった。
「私はもうずっとマシュハットのものよ。16になったらちゃんと私を貴方の妻にしてね」
モニカはマシュハットの腕の中で下から見上げてそう言った。
マシュハットは一瞬目を瞠った後、嬉しそうに目を細めてモニカを見つめた。
そしてそっとモニカの頬を撫でると、そのままゆっくりと顔を近づけて「目、閉じて」とモニカに言った。
二人しかいない静かな部屋で、ゆっくりと二人の唇が重なる。
マシュハット17歳、モニカ15歳、これが二人の初めての口付けだった。
翌日、二人はそれぞれキルシュに部屋を分けたいと言った。
二人揃ってではなくわざわざ別々に言いに来て、しかも示し合わせたわけではなさそうな様子を不思議に思い、キルシュはそれぞれに理由を聞いた。
言い辛そうにしていた二人だったが、そのうち渋々と言った様子で理由を口にした。
それぞれから理由を聞いたキルシュは思わず笑ってしまった。
「初めて唇に口付けして意識し過ぎて眠れない?はははっ、馬鹿だねえ。そんなものとっくに済ませてもっと先まで進んでるとあたしは思ってたよ」
2年も前に想いが通じ合ったのによく我慢が出来たものだとキルシュは思う。
この辺りがやはり自分たちとは違う貴族様だったのだと思ったが、キルシュの言葉に顔を真っ赤にし「キルシュさん!」「キルシュおば様!」と怒った純粋な二人にはそれ以上何も言えず、隣の空いている部屋を使えば良いとだけ言った。
モニカが16になるまであと1年。
結婚祝いは何にしようかと、初心な二人を思い出しながらキルシュは考えるのであった。
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