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悲しみを乗り越えて ~マルカの親の物語~  作者: 眼鏡ぐま


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「すみません。もうここで大丈夫です」


 マシュハットは御者に声を掛けると馬車から降りた。

 カタタナ村まではもう少し距離があるのだが、ここから先はさらに道が細くなる。

 ブルームが用意してくれたこの立派な馬車では、進むことは出来ても方向転換をするのはなかなか難しくなるだろう。

 それにここからなら歩いても1時間も掛からない。

 田舎暮らしが長くなったマシュハットにとって1時間くらい歩く事など造作もないことだ。

 御者に礼を言ってカタタナ村へと続く道を歩き始めた。


「暗くなる前に戻って来れて良かった」


 まだ日の高い内に街を出たのだが、今はすっかり日暮れ、もうじき沈もうとしていた。

 久し振りに帰ってきた我が家を前に、何故か少し緊張して扉を叩いた。

 すると、「はーい」という声と共にパタパタと扉の向こうに足音が聞こえた。

 扉が開き「ただいま」と言うと、目を真ん丸に開いたモニカがいた。


「マシュハット?」

「うん、ただいまモニカ」


 マシュハットがもう一度そう口にすると、モニカはほっそりとした手をマシュハットの頬に伸ばし、ペタペタと確認するように触れた。

 マシュハットは笑いながらその手を掴む。


「モニカ、くすぐったいよ」

「本物?本当にマシュハット?」

「今確認しただろう?」


 マシュハットが掴んだ手をきゅっと握れば、モニカは慌てて手を引っ込めた。


「っ……ごめんなさい、私ったらはしたない」


 自分の頬を両手で包み顔を赤らめるモニカは可愛らしい。

 いつも可愛いと思っていたが、少し会えなかっただけでいつも以上にそう思う。

 モニカは「おば様ー、キルシュおば様!マシュハットが帰って来たわ」とキルシュを探しに行こうとしたが、途中でマシュハットを振り返り、弾けるような笑顔で「お帰りなさい、マシュハット」と言った。


 その日の夜はモニカ、マシュハット、そしてキルシュでの久しぶりに3人での食事となった。

 お世話になったジムロにも声を掛けたが、「久しぶりなんだから家族水入らずで過ごせばいいさ」と気を利かせてくれた。

 魔力測定の結果のことは手紙で知らせてあったので、その後の魔法訓練の事などを話したり、マシュハットがいない間の村での話をしたりと楽しい時間を過ごし、あっという間に夜は更けていった。



「部屋、分けられていると思った」


 ぼそっとマシュハットは呟いた。

 マシュハットとモニカはもちろんベッドは別だったが今までずっと同じ部屋で寝ていた。

 しかし、魔力測定を受けに行く際にモニカと恋人になったことがキルシュには知られている。街から戻ったら部屋は別になっているだろうと思っていたのだ。


「マシュハット?入らないの?」

「いや、入るけど」


 モニカと共に部屋に入り、マシュハットのベッドに二人並んで腰かける。

 これも今まで通りだ。


「どうしたの、マシュハット?」

「……キルシュさんに知られたから部屋は別になっていると思ってた」

「どうして?」

「どうしてって……」


 マシュハットとモニカは兄妹ではない。

 通常未婚の男女、しかも恋仲の二人がたとえベッドが別だとしても寝室を共にすることは通常無いのだ。


「僕とモニカが男と女で、好きあっているから」


 そう言ってモニカの小さな手に自分の手を重ねると、モニカの顔は見る見るうちに赤くなった。

 こんなモニカを見ることが出来るのも、今生きているからだと思うと、マシュハットは無性にモニカを抱きしめたくなった。


「モニカ」

「な、なあに?」


 頬を染めておろおろするモニカが可愛らしくて、思わず笑ってしまった。

 それと同時に男として意識してもらえているのだということが嬉しくもあった。

「く、はは!そんなに緊張しないで。……抱きしめても良いかな?それ以上何もしないから」


 俯いたモニカがこくんと頷いたのを確認し、マシュハットはゆっくりとモニカの肩に手を伸ばした。

 身体を傾け両腕でモニカを抱きしめると、お互いの体温を感じ、ドクンドクンとどちらのものか分からない心臓の音が聞こえた。

 それだけでマシュハットは涙が出そうだった。

 モニカもマシュハットの腕に包まれ、幸せだと感じていた。

 心臓はうるさいくらいだけれど、自分と同じくらいマシュハットの音も聞こえる。

 マシュハットはいつも自分を支えてくれているけれど、今日のマシュハットは少しいつもと違う気がした。


(私たちはあの時からこんなに長い間離れていたことが無かったものね。私から見たら年上で、すごく大人だと思っていたけれど、二つしか違わないんだわ。私と同じようにマシュハットも寂しいと思っていてくれたのかしら。でも――)


「……マシュハット」

「ん?」


 モニカの肩に顔を埋めたままマシュハットは返事をする。


「街で、何かあった?」

「……どうして?」

「何となくとしか言いようがないけれど、いつもと様子が違うような気がしたから」


 マシュハットはゆっくりと顔を上げてモニカを見た。

 モニカはいつも自分はマシュハットに支えてもらっていると言うが、些細な変化に気付いてくれるモニカに支えられているのは自分の方だといつもマシュハットは思っていた。


「……街にいた時、図書館に行ったんだ。僕たちの国がどうなったのか、何故あんな目にあったのか」


 マシュハットの言葉に、モニカの瞳が揺れたような気がした。

 しかし、それは一瞬のことでその先を促すようにマシュハットを見つめ返してきた。


「僕は、知りたいと思った。知るべきだと思ったんだ。……ただ」

「なあに?」

「知ったことをモニカに教えるべきかどうか迷っている。正直、聞いて気持の良い話じゃない」

「……そう」


 モニカは少し目を伏せた。

 マシュハットがここまで言うのなら、きっと聞けば辛い気持ちになるのだろう。


「――それでも、私も知りたい。いいえ、知るべきなの」


 モニカはマシュハットの背をぎゅっと掴む。


「マシュハット、一人で抱え込まないでほしいの。辛い気持ちを私にも分けてちょうだい。私とマシュハットは二人で一つよ。今までだって二人で乗り越えてきたでしょう?」

「……っありがとう、モニカ」



 抱擁を解き、肩を寄せ合いマシュハットは自分が知った事実をモニカにも話した。

 予想通り、モニカもショックを受けたようだったが気丈に振る舞い「話してくれてありがとう」と言った。

 そしてマシュハットにぎゅっと抱きついた。

 マシュハットと同じように、全ての話を聞いたモニカはマシュハットを抱きしめたくなったのだと言った。


「今こうしていられるのはあなたのおかげよ、マシュハット。みんなの分も私たちは精一杯生きましょう」

「うん、一緒に生きて行こう」


 その後も二人は時間の許す限り話をし、いつも通り別々のベッドで眠りについた。


 そんな二人の部屋を夜中にキルシュはそっと覗きに来た。

 穏やかな顔で眠る二人を見てキルシュは目を細め、静かに部屋の扉を閉めた。


「今日は大丈夫そうだね」


 二人を家に迎えて早5年。

 二人とも立派な子に成長した。血は繋がっていないが自慢の我が子だと思っている。

 モニカとマシュハットが恋仲になったと知った時、さすがに寝室は別にするべきかと考えた。

 一応モニカにも聞いたところ「あら、キルシュおば様どうして?」と無邪気に聞き返されてそれ以上何も言えなくなった。

 それ以外にも、村の住人とは思えないほど紳士的なマシュハットが結婚前のモニカに手を出すとは考えられなかったことと、二人が時々夜中にうなされていることを知っていたキルシュは、部屋はこのままにしようと決めた。

 あの日の悪夢を思い出すのか、モニカとマシュハットは夜中にうなされていることがあった。

 昔、たまたまその声を聞いたキルシュが二人の部屋を覗くと、モニカがうなされており、その手をマシュハットが握りしめて「大丈夫、大丈夫だよ」と言っていたことがあった。

 その逆に、マシュハットがうなされていた時はモニカが同じようにマシュハットの手を握りしめていたのも知っている。

 互いが互いを支え合い、辛い経験を乗り越えようと必死で生きている。

 そんな二人を信頼しているキルシュはこれからも二人のことに口出しはしないと決めたのだった。



ブクマ&評価&感想などありがとうございます。

今回は早めに上げられて良かったです。


以前活動報告に10話以上になるかもと書きましたが、余裕で10話超えてきました。

もうしばらくお付き合いください(UuU)

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