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悲しみを乗り越えて ~マルカの親の物語~  作者: 眼鏡ぐま


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「私の名はマルカ【連載版】」で書ききれなかった両親の話です。

この作品単体でも問題無く読めると思いますが、興味のある方は是非マルカの方も読んでいただけると嬉しいです。

 

 とあるとても小さな国に、モニカ・ヘングレースという名の貴族の娘がいた。

 貴族に生まれたということもあり、それなりの厳しさもあったが3人兄妹の年の離れた末子でありヘングレース家初の女児ということもあって両親や兄たちに愛され幸せに育った。


 しかし、そんな幸せも突如として終わりを迎える。

 モニカが暮らす国は大きな東の国と西の国の間に位置していたが、常に中立を貫いていた。

 そして隣国それぞれも争いを好まず、平和な治世が続いていたはずだった。

 しかしそれは片方の国の王が代わったことで覆された。

 新たに西の国の王となった人物は領土拡大に乗り出した。

 なぜ突然にその様なことになったのかは分からなかったが、中立を貫いてきた小国に大した兵力は無く、国はあっという間に蹂躙された。

 モニカたち家族も例外ではなく、抵抗虚しくモニカの家族や屋敷の使用人は殺され、まだ幼かったモニカだけが奴隷として売られるために命を残された。

 西の国にしてみれば抵抗出来る大人は生かしておく必要などなく、まだ成人を迎えていない状況もよく分からないでいる子供だけが生かされたのである。


 しばらくしてボロボロの幌が付いた馬車に無理矢理押し込められると、そこにはモニカと同じような境遇の子供たちがいた。

 幼い子供たちが自力で逃げるとは考えられていないのか、はたまた一人や二人いなくなったところでどうでも良いという事なのか、見張りは一人もおらず、何も敷かれていない硬い床の上に身を縮めて座り込んでいた。

 皆が泣きじゃくり、鬱々とした空気が立ち込める中モニカは一番外に近いところに腰を下ろす。この後待ち受ける自分への処遇を思い、涙を浮かべたモニカに声を掛ける者がいた。


「モニカ、モニカなの?」

「マシュハット……?」


 マシュハットと呼ばれた少年は子供たちをかき分けてモニカの傍までやって来た。

 マシュハットはモニカより2つ年上の幼なじみだった。


「やっぱりモニカだ……無事だったんだね」

「マシュハットもよく……でも他のみんなが、母様も父様も、兄様たちも……!」

「僕も、父様は僕の前で……それに王都の貴族はみんな殺したって、奴らが……」


 モニカは縋るようにマシュハットに抱き着き肩を震わせ泣いた。

 またマシュハットも同じように声を押し殺して泣いた。

 怖くて、悲しくて、悔しくて、泣くことしか出来ない非力な自分たちが情けなかった。

 そうしている間にも馬車は進み、ある時ガコンッという大きな音と共に馬車が傾いた。

 その大きな揺れにモニカは外へと投げ出された。


「ッモニカ……!」


 とっさに伸ばした手をマシュハットが掴み、モニカと共に外へと落ちて行った。


 ドサッ!!


「きゃあっ!」

「うあっ!」


 固い地面に投げ出された彼らは打ち付けられた痛みに思わず声を上げた。

 モニカよりも先に起き上ったマシュハットは幌馬車が自分たちからどんどん遠ざかっていくのを見た。


「モニカ、大丈夫?」

「ええ、ちょっと身体を打っただけ。マシュハットは?」

「僕も大したことない。立って、モニカ」


 マシュハットはモニカを立たせると遠のいていく馬車を指して言った。


「あいつら、僕らが落ちたことに気付いていないんだ。逃げよう、モニカ」

「逃げるって、どこに逃げたら良いの?」

「わからない。けどこのまま見つかって西の国に連れて行かれたらきっと奴隷にされる」

「……やっぱり、私たちはそのために」

「だから逃げよう、モニカ。ここはまだ僕たちの国だ。来た道を戻ればきっと僕らの街に着く」

「でも!でも、戻ってももう……」

「それでも行くしかないよ。そしてそのまま東の国に行こう。あいつらに連れ戻されるよりましなはずだ」

「……でもきっと私がいたら足手まといだわ」

「モニカ?」

「マシュハットは男の子で私より大きくて体力もあるのに、私なんかが一緒にいたら逃げるのにきっと邪魔だわ……」

「モニカ……」


 マシュハットはモニカの手を両手でぎゅっと握って「そんなことない」と言った。


「本当は僕一人じゃ怖いんだ。でもモニカと一緒なら頑張れる。みんなは、もう、死んじゃったけど……」


 そう言いながらマシュハットは俯いたが、次の瞬間顔を上げ握っていた手に力を込めた。


「モニカは僕が守ってみせる。だから一緒に行こう!」

「マシュハット……だったら私はマシュハットを守るわ!」

「モニカ……」

「きっと二人で生き延びましょう。そうすることで、きっと天に召された母様たちも安心できると思うの。そうでしょう?」


 モニカは目に涙を溜めながら言った。


「うん、その通りだ。行こう、モニカ」


 そうして幼い二人は手を取り合って宵闇の迫る道を歩き始めたのだった。





 もうどれくらい歩いただろうか。

 初めは辛さを紛らわせようと喋りながら進んでいた二人だったが、次第に言葉数は少なくなりお互いを励ますように繋いだ手に力を入れるばかりだ。

 空はすっかり闇に飲まれ、月明かりだけが仄かに辺りを照らしていた。

 いつまでもこうして歩くことは出来ない。そろそろどこかで休まなければ。

 そう感じていたマシュハットの耳が遠くの馬の嘶きを捉えた。


「モニカ、こっち」


 マシュハットは慌てた様子でモニカの手を引き、道を外れた林の中へと急いだ。


「マシュハット?どうしたの?」

「遠くで馬の声が聞こえた。たぶん向こうから誰か来る」


 マシュハットの言葉にモニカが身体を強張らせる。


「大丈夫。馬に乗っているならきっと林の方へは来ない」

「そう、よね。うん、大丈夫」


 二人で林の中に身を潜めていると、間もなくマシュハットの予想通り馬に乗った男たちが通り過ぎて行った。


「西の国の兵だったね」

「そうね。……他にもまだいるのかしら」

「そう思っていたほうが良いかもしれない。……モニカ、このまま森に入ろう。街道は危ない」

「大丈夫かしら?……ううん、それしかないわね」

「おそらくだけど、ここは僕たちの街の端にあった森に繋がっているとだと思うんだ。そうだとしたら大型の動物はいないし、食べられる木の実もあるし、小川もある」

「木の実……」


 キュルルルゥ――

 呟いた途端に二人同時にお腹が鳴った。

 二人は思わず顔を見合わせて笑った。


「嫌だ、恥ずかしい」

「もう何時間も何も口にしていないからね」

「……不思議ね。こんな状況でもお腹が空くなんて」

「……僕たちは生きているから。行こう」

「ええ、行きましょう」


 二人はまたどちらからともなく手を握ると力強く歩き出した。




小国=トリッツァ

西の国=ジェント王国

東の国=リスハール王国


初めましての方も、そうでない方も読んでいただきありがとうございます。

のんびり更新していきたいと思います。

よろしくお願いします('◇')ゞ

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