98.飛来してきたものは、
ーーハズリムーー
第5皇子のマルス皇子が手遅れかもしれない。
アイネ嬢が衝撃的な言葉を発した、普段の彼女なら考えられないような言葉だ。
「お爺様と一緒とはどういう事だ?」
一緒に聞いていたゼルが納得できていない様子だ。
「・・・何者かがマルス皇子の身体を乗っとる為に呪術を使っているということです」
アイネ嬢の顔色が悪い、とても辛そうだ。
・・・ここは私が説明した方がよさそうだな。
「実は以前の体調不良なのだが、呪術によって私の身体が蝕まれていたのが原因なのだ」
上着を脱ぐ、ゼルは目を見開いて神樹となった私の左腕を見る。
「その時左腕を失ったがラヴィリス様とアイネ嬢のおかげでこうして生き延びている」
自分がいない所で、何が行われていたかを知らなかったゼルにとって、かなりショックだったようだ。
「ハズリム様の時はバルトハイトの手腕や発見の早さラヴィリス様がいたので良かったと思います、マルス皇子の場合は・・・全く次元が違う気がします」
・・・いったいサンクリス皇家で何が起きているのだ?
「ラヴィリス様に診てもらった方が良いと思いますが、最悪の場合この件をフランヘルム皇に直接、他者がいない場所で言うべきだと思います」
直接、内密に言うべきか、つまりアイネ嬢は内に犯人がいると思っているのか。
「・・・上奏するならアイネさん、ハズとリプリス様、ゴメス様とベリーサ様と5名で連名にする必要があるわね。責任の所在をはっきりさせないとこの納得させられないわね」
シェルが説明する、アイネ嬢だけでは説得力がないから全員の総意が必要な訳か、それと責任を取る覚悟を見せろということか。
「・・・それだとラヴィリス様の事を皆にバラすのですか?」
ゼルがもっともな事を言う、ラヴィリス様の事を知っているウチならまだしもリプリス姫やベリーサ殿のような王家の人間にバラして良いものかどうか・・・
「あの、まずは本来のマルス皇子様が残っているかどうかを調べるのが先決でした、ラヴィリス様にいつも焦ってはいけないと言われてましたね」
ようやく落ち着いたのか、前を向いた顔になっている、どうやら何か策があるようだ。
「滋養薬に以前ラヴィリス様に教わった清め水を混ぜてみます。明日、材料集めに行きたいと思うのですがよろしいでしょうか?」
さすがはラヴィリス様の弟子という訳だな。
「ゼル、アイネ嬢を手伝ってあげてくれんか、不在の言い訳はこちらで考える」
ゼルがしっかりと頷く、
「その言い訳を考えるのは誰ですか?ハズ?私?」
シェルが近い、とても怖い、
「・・・シェルさんや、お願いします、何か考えて下さい」
2人が苦笑いしている、人には得手不得手があるのだよ。
ーーアイネーー
翌日、私達は別行動を許してもらった。
「でっ、どこに行くんだ?」
ゼル様が同行してくれる事となり、フレディも復活してくれたのも心強い。
「まずは教会です!ヒールウォーターを作っておいたので運んで下さい!」
ゼル様とフレディの口元がひくついている。薬聖のスキルは本当に凄いですね、薬鉢でも水と薬草でヒールウォーターが作れました。張り切りすぎて沢山作ってしまった。
いつものクセで徒歩で女神様の教会に行こうとしたらみんなから非難されてしまった。距離があるから馬車を使おうと言われてしまった。
反省しなければ。
サンクリス皇国では女神様の教会は肩身が狭いようで、悲しい事に街の隅に追いやられていた。
教会はとても質素で慎ましい、というより寂れていた。リントワースにある教会の方がもっとマシだと感じた。
「先に拝礼してきますね」
私は地の女神セルリス様の信者なので先に拝礼だ、悲しい事に誰も拝礼してないのですぐに拝めた。
・・・あれ?ゼル様も一緒に拝礼している?
「実際にお爺様の命を救ってくれた神様だからな、いくらでも拝礼させてもらうさ」
恥ずかしそうにゼル様が言う、本当に昔に比べて印象が全然違う。
「真摯な礼拝ありがとうございます。御用件を承りましょうか?」
私はヒールウォーターに洗礼をお願いし、持って来た桶すべてを清め水にしてもらった。
「さあ、どんどん行きましょう!」
次は商業区に行って他の材料を買いに行こうと思っていた。
「なんだアレは!?」
どこかで声がする、
「上だ、何か飛んでいるぞ!?」
ザワザワしている空を見てみる、ゾッと寒気がする。
「なっ、なんで?」
飛行船で見た古代種の翼竜が皇都の上空を旋回している、そしてその中の一体が急降下した!
ドガンッ!!
凄まじい衝撃が走る!
そこら中から爆煙があがる、上空から火炎弾が放たれている。
「お嬢!ゼル様!避難するぞ!」
フレディが私達を再び教会の方へ連れ戻す。
ラヴィリス様の嫌な予感が本当に当たってしまった。
古代竜は執念深いとは聞いていた、一度狙った獲物を執拗に追いかけるらしい。それがまさか5匹も同時にやって来るなんて想像もできない。
あっという間に皇都は火の海になってしまった。
私達は郊外にいたので戦火に巻き込まれなかった、皇宮にいるリプリス様達が心配だ。
神官様の協力で周辺住民と一緒に避難させてもらった。
「あっ、ドラゴンが出て行くよ」
誰かの声で外を見る、すると1匹がどこかに飛び立っていった、どこかに行くのか?
・・・・違う、すぐに戻って来た。何かを掴んでいるようだ、あれは魔導列車!?
ラヴィリス様の言葉を再び思い出す、古代竜は非常に執念深い。
「・・・もしかして皇都から脱出しようとして、それを捕まえに行ったの?」
ゾッとした。執念深いって、そこまでなのか!?
学園の地下でラヴィリス様が何としても倒そうとした理由が分かった、古代竜は本当に危険なんだ。
私達はこれからの事を相談する。
「何とかハズリム様達と合流したいですね」
私の提案に全員賛同してくれた、その時であった、聞き覚えのある声がした、
『ゼールー!アーイーネ!』
マーナちゃんだ!探しに来てくれたんだ。私達に気づきすぐに飛んできた。
マーナちゃんはゼル様に抱きつき、私にも抱きついてスリスリしてくれた。
「マーナ、お爺様達は?」
『ハズもシェルも無事!地下道の入り口があったからそこに入ってるよ!この近くに入り口あるよ!おいで!』
皇都の地下に通路?
「マーナちゃん!ちょっと待って」
私は神官様に話して地下に通路がある事を説明する。
「たっ、確かに昔そのような物があるとは聞いた事がありましたが」
マーナちゃんの案内で私達は避難している住民を連れて地下道に入った、かなり広い空間になっていて奥に相当広がっている。
「ゼル!?アイネさん!?」
シェル様の声が聞こえた。どうやらこの地下道は皇都を張り巡らせているようだ、おかげで何とか合流できた。
「ははは、神樹魔法のお陰で地下に空間があるのが分かったんだ」
ハズリム様が明るく言ってくださった、本当に頼りになる方だ。
「魔導列車で脱出した皇王が援軍を呼んでくるらしい、それまでの我慢だな」
・・・えっ?
私達は固まってしまった。
「どうした?」
「その、見たんです、魔導列車が・・・古代竜に捕まって・・・破壊されるのを」
全員が絶句する。
「おそらく魔導列車に乗っていた人は・・・全滅だと思います」
静かに滅亡の足音が聞こえてきた。




