97. サンクリス皇家
サンクリス皇国
ーーハズリムーー
「恐ろしい!歩くトラブルメーカーは健在だな」
ゴメスに失礼な事を言われた。裏で周囲にそんな風に言われていたとは思わなかった。
「で、でもハズリム様のおかげでこうして皆さん無事なんですから」
アイネ嬢がフォローをしてくれる、本当に良い子だ。
幸運にも今は地下道のような場所を見つけて、そこに避難している。どうやら皇都の地下に張り巡らせたように各所に広がっているようだ。
なんにしてもリプリス姫も含め全員無事なのは不幸中の幸いだった。
それにしてもこんな事態になるとは思わなかった。
ラヴィリス様達と別れた後を思い出す。
〜〜〜〜〜〜
ラヴィリス様達がベスタルール王国へ向かった後、私達はサンクリス皇国にあるクリストア王国領事館へ向かった。
空の長旅ゆえにその日はサンクリス皇国のゲストハウスに招かれてゆっくり過ごす事になった。
街に繰り出す者、明日に備える者など過ごし方はそれぞれだ。
「さぁ、ハズ!行きましょう!」
シェルの笑顔が怖い。何年ぶりか知らないが腕を組まれて逃げられないようにされた。
「あら、貴方達どこかに出かけるの?」
声の主を見るとシシリィ夫人とゴメスがいた。
「うふふ、ハズが買い物してくれるのよ」
シェルの笑顔がとても怖い。ふとゴメスを見ると顔が強張っている。
「あら〜、それは羨ましいわねぇ」
シシリィ夫人がゴメスを見る。
「スマン!」心の中で謝っておく。
逞しい貴族夫人として名高い2人だ、その威圧に周囲が固まって見ている。
「恨むぞハズリム!」
ゴメスに小声で怒られてしまった。こうして我々は馬車に乗り込んでいった。
途中、窓からアイネ嬢を先頭にリントワース家一団が歩いているのが見えた。
マキシムを連れての散歩だろうか?普通の令嬢ならあり得ない行為だがアイネ嬢なら何故か納得できてしまう。
「はあ、相変わらずねアイネさんは」
その姿を見てシェルが眉間に手を当てている、
「本当に変わった子ね、あんな面白い子が埋もれていたとは思わなかったわ」
ニコニコ笑いながら眺めている。
知らないのはしょうがない、今まではちゃんと周りに習って貴族のお面を被っていたからだろう。
ラヴィリス様に従事するようになってから著しく精神的に成長した事、それによって自信がついた事が大きいだろう、今では常に自然体だ。
「お前、孫の嫁に狙っているだろ」
ゴメスが失礼な事を言う、
「はぁ、何を言っているのやら」
言葉を濁しておく、私が口を出したらややこしい事になる、
「ちょっと性格が真っ直ぐすぎね、駆け引きが苦手だからそこを勉強しなきゃいけないわ」
シェルが口を尖らせる。まあ、身近にラヴィリス様という最高の見本があるんだからそのうち身につくと思うがな。
そして場所は高級な商業区に到着した。店に入るなり嫌な汗が背中に流れる。
・・・ここの商品ゼロが一つ多くないか?
私とゴメスの財布以外は何事もなく初日を終えた。
2日目は皇宮に行って謁見の儀だ、リプリス姫を中心に現皇フランヘルム3世に挨拶に行く。
「お久しぶりですリプリス姫」
謁見の前にディルメス皇太子が挨拶に来た、長い銀髪と笑顔が印象的な男だ。彼が幼い頃に一度会ったことはあるが良き男になったとは思う。
「ハズリム殿、ゴメス殿もご無沙汰してます」
こちらを見つけ声をかけて来た、そしてゼルとアイネ嬢を発見した。
「そちらの若い2人は初めましてかな?」
2人は緊張した様子だがしっかりと挨拶を返した。
「なんとハズリム殿のお孫殿でしたか、中々楽しみな若者のようですな」
お世辞が上手いな、
「そしてアイネ嬢が薬聖の姫君とは、このような可憐な方とは思いませんでした」
本当に口が上手い、よく舌が回る。
「そちらにいらっしゃるのはベリーサ様では・・・」
皇太子殿下の独壇場だな、そろそろ謁見の時間が来てしまうぞ。
シェルが皇太子をそっちのけでリプリス姫と打ち合わせを始めた、こういう時には本当に頼りになる、昨日高い投資をしてご機嫌をとっておいて正解だったな。
こうしてディルメス皇太子の訪問で時間をとったが無事フランヘルム皇と謁見となった。
形式ばった謁見の儀が行われた。
フランヘルム皇は大分歳を召されたな、以前会ったのは10年ほど前かな。
見渡すとディルメス皇太子から若い皇子が何人か並んでいる、アイネ嬢が診るという第5皇子と思われる少年の姿もあるようだ、確かに1人だけ体調は良くなさそうに見える。
謁見終了後リプリス姫とアイネ嬢が呼ばれた。どうやらアイネ嬢に面通しするようだ、
「第5皇子のマルス様です」
線の細そうな少年がにこやかに挨拶する。和やかな雰囲気の中、アイネ嬢だけは深刻そうな顔をしている。
「アイネ嬢、どうかされたかな?」
この場に同席したディルメス皇太子が顔色の悪いアイネ嬢を心配する。
「い、いえ、大丈夫です、なんでもありません」
笑顔で応える、ただ何か考え込んでいる様子だ。
謁見と顔合わせ後、気になったので聞いてみた。
「マルス皇子はそんなに悪いのかい?」
アイネ嬢は私の顔を見る、
「・・・そうか、ハズリム様だ!」
んっ?何だ?私がなんだ?
「後でお部屋にお伺いしてもよろしいですか?」
深刻そうな言い方だ、私はシェルを呼び今晩の食事会はお酒を控えるように伝えておいた。
「失礼します」
その夜、アイネ嬢と従者のリマが私達の部屋にやって来た。
「俺は席を外した方がいいか?」
ゼルが気を利かせて部屋を出ようとする、
「大丈夫です、居て下さい」
「どうしたの?昼間は深刻そうだったけど」
シェルもやはり気付いていたようだ。
「マルス皇子様の事ですが、とても違和感を感じていたんです。それでハズリム様を見て思い出したのです」
私を見て何を思い出したのだ?
「一緒なんです、ハズリム様と」
どういう事だ?するとシェルがハッとしたように顔をあげる、
「一緒という事は、それはつまり以前の治療前のハズと一緒と言う事?」
アイネ嬢が静かに頷く、
「未熟者なので断言できません、本当ならラヴィリス様に診てもらってからの方がいいと思いますが・・・」
言葉を選んでいる、そして衝撃的な言葉を発する。
「・・・多分もう手遅れのような気がします。すでに体を乗っ取られているかもしれません」
ここにいる全員が唖然として何も言えなかった。




