83. お気に入り
「はぁ〜、美味しいですね。しかもとても良い香りです」
「ええ、そうでございますね。まだ試作段階ですが、とても香りが立ってます」
私はメイド長のクレアさんとお茶の試飲会という名のブランチ茶会を楽しんでいた。
「良い香り、私も頂こうかしら」
いつものパターンで茶会にルーネイア夫人が途中から参加してくる。
のんびりとしたリントワースの日常であった。ここ最近、朝は私専用の畑で農作業をして、昼前くらいにこうしてお茶を飲むのが日課になっていた。
畑にはこの国では紅茶が主飲なので薔薇を食用に花魔法で品種改良し植えている。それを使ってローズティーと洒落込もうかと思っている、花の乾燥等の加工はメイド長のクレアさんが買って出てくれたのでありがたい。
今日はそのローズティーの試し飲みをしているのだ、ルーネイアさんも私のローズティーを喜んでくれている。
ウォルベル王国から戻って1週間くらい経っただろうか、私は本当に理想的なスローライフを送っていた。
「おはようございます。元気ですか?」
アイネちゃんは花魔法を会得した、なのでコツを教えたら毎日それを実践している。
それは花壇の花に話しかけることである、最近では庭師のニール爺さんと一緒に花壇の世話までするようになった。
「最近、話しかけたら花が反応してくれている気がします」
いい調子だ、そのうち変化してくれるようになるよ、だけど遠くから見ていると、花に話しかけているその姿はちょっと痛い・・・
「ラヴィリス先生、今日もお願いします!」
後ろから可愛い声がする、弟のロラン君とハーリス君がやって来た。なぜ先生と呼ばれているかと言うと、なんと解析の結果2人とも地属性の適性だったのだ。なのでお世話になっているお礼もかねて私が魔法を教えているのだ。
「2人共駄目ですよ、ラヴィリス様はお茶を飲んでいるのだから後にしなさい」
せっかちな息子2人を諫めるルーネイアさん、気の利くメイド長のクレアさんが2人分新たにお茶を用意した。諦めた2人は大人しく席に着いた。
「ラヴィリス様、お父様がいらっしゃいましたよ」
アイネちゃんが花壇からこっちに戻ってきた。
ホランド伯爵が王都から戻って来たようだ、息子2人に飛びつかれながらこっちにやって来た。
「ご機嫌よう、ホランドさん」
急いで帰って来たようで額にうっすら汗をかいている。
「アイネ、後で私の部屋に来なさい。ラヴィリス様もご相談したい事があるので一緒に来てもらえないだろうか?」
んっ?何か困っているようだが?
「どうしました?」
私はアイネちゃんと一緒に執務室にやって来ていた。
「いつかは来るとは思っていたが。アイネ、今度、私と一緒に王宮に行くことになった」
おや、それがなぜ私に関係が?
「実はアイネにサンクリス皇国へと赴く可能性が出て来た。どうやらサンクリス皇国の第5皇子が慢性の虚弱体質で悩んでいるらしい、それを薬聖のスキルを持つアイネに診させようと考えているようなのだ」
うんざりしたように深く息をつく。
「・・・これは外交ということですか?」
アイネちゃんが尋ねる。つまりアイネちゃんの能力を政治の道具として使われるという事か。
「暗にそういう事だ、ガルファ殿やゴメス様はなんとか留意させようとしたがな。陛下は今回の憂国の志士の事件を一刻も早く収束させたいらしい」
それとサンクリス皇国と関係が?私の不思議そうな顔を見てホランドさんは咳払いを一回して話し出す。
「今回の事件でサンクリス皇国が憂国の志士の肩を持つ発言をしたようなのだ、それに対して被害を受けたウォルベル王国が反発してしまってな。仲を取り持つ為にサンクリス皇国に恩を売って仲介しようと考えているのだ」
面倒臭いことになったなぁ、国王の勅令ならアイネちゃんは断ることが出来ないからなぁ、私を呼んだのはその為ですか。
「ラヴィリス様には最悪の事態になった場合、アイネを逃す際に手助けして欲しいと思っている」
あれ?何か意外な方向に話が進んでしまったぞ。
「言い方は悪いが、宮内は私欲に忠実な者がいる。利用できるものなら手段を選ばず手に入れようとする者もいる。私は子供達をそれらから守る為なら何でもするつもりだ」
そういう事か。
今までは派閥の中にいたから大勢で守られていたが今は違う。一応は中立派という肩書きだけど一匹狼と捉える事もできるわけだ。
「・・・今回、陛下に貢献するとリントワースは国王派の庇護に入るということですか?」
後詰のように外堀を埋められている、今回の提案を断れないようにしている、政治家って怖い。
「もし、アイネがどうしても嫌なら断っていいと思う、その為にラヴィリス様にお願いしたのだ。たとえ断っても家の事は心配するな、私が絶対何とかする!」
痛いくらいホランドさんの親心が伝わってくる・・・私がここで何か言わない方がいいな。
「ただ、サンクリス皇国派遣に同行する王族がいてな、それがリプリス様なのだ」
王女リプリス?初めて聞く名だ。
「リプリス様!?私より年下なのに、もう外交を?」
アイネちゃんが驚いている。
「ヘタしたらリプリス様を嫁がせる口実も見え隠れする、世知辛いな、とても聡明な方なのに」
確かに恩を売って、婚姻まですればサンクリス皇国を大人しくさせることができるかもしれないな。
「わかりました、私も勅令に従います。なんとかリプリス様の手助けをしたいと思います」
どうやらアイネちゃんは国王の勅令に従うようだ、
「なら私も一緒に行きましょう」
ずっと黙っていた私が発した言葉に2人は驚く。
「しかし、ラヴィリス様を政治問題に巻き込ませるわけにはいきません」
ホランドさんが先程とは真逆のことを言い出す。
「何を言ってます、せっかくここまで手塩にかけて育てた弟子をそう簡単に手放す馬鹿な真似はできません」
アイネちゃんが涙目になっている、本当に感動屋さんだ。
「リントワースにはアイネちゃん以外にもロラン君とハーリス君という弟子もいます。なんと言っても私の家族とお気に入りの場所を他者に汚されるなんて考えられません」
私の言葉に何も言えなくなったホランドさんはただ静かに頭を下げた。
実は一度、王宮という場所に行ってみたかったのは内緒だ。




