82.人の憂い
新章のサンクリス皇国編スタートです。
ウォルベル王国にて「憂国の志士」と呼ばれる若い貴族の集団に調査のメスが入った。
国を憂い立ち上がる若き志士達は、建前は立派だがその実態はオルベア神教に対する反感を持つ有志達の集まりであった。
もちろん怒りの矛先は為政者にも牙を向いた。言いなりになる恭順者や何もしない無能者を糾弾し、裁判では一触即発の雰囲気になったという。
何より憂国の志士の参加者がほとんどが貴族で、若くて志が高く優秀な人材ばかりだったからタチが悪い。
将来の中核を担う有望な若者ばかりなので、重い罰を与える事が出来ずに謹慎処分がほとんどだった。糾弾された側の貴族は怒り心頭だったようだ。
中にも外にも憂いを持つ事になり人の心は不安に駆られていた。
更には強靭なはずの三国同盟にも亀裂が生じ始めていた。
元々、オルベア神聖同盟を毛嫌いしていたサンクリス皇国が表立ってではないが憂国の志士を支持しているとの噂が立ったのだ、表面上は否定していたが裏では分からないと口の達者な人間は言う。
それに対してウォルベル王国は実害が出たので苦言を呈している。それ以上煽らないように正式に抗議している。
一方のクリストア王国としては国内が光神オルテシア崇拝が盛んであり、尚且つ建国100年の一大行事が控えており争い事をなんとか治めたいと画策する。更には100年祭のゲストにオルベア神聖同盟を呼んでいる手前、憂国の志士の行動には目をつぶれないのである。
クリストア王国宰相のゴメス・ベルリアルは眉間にシワを寄せていた。国王ローデアル・クリストアは何とか騒動を収拾しようと頭を捻っていた。
「やるなら、先にサンクリス皇国を収拾するべきかと、ウォルベル王は父ハズリムに大恩があるため我々の声に耳を貸してくれるでしょう」
新しく政務大臣に入閣してくれたガルファ・グランドルが提案してくる。
元々、かなり優秀な人間だと評判だった、しかし第1王子のエルヴィンの教育係にグランドル家をつけた事で、これ程の人材が日の目を見ず埋もれた存在になっていたのだ。
ゴメスは正直言ってガルファがこちら側に来てくれて安堵していた。それと共にこれ程の人材を封じたことに対して国王に恨み言ひとつ言いたくなってしまう。
「サンクリス皇国をなんとかしないとなぁ」
頭を捻るが解決策が中々出てこない、
「サンクリス皇国に何か恩を売ることが出来ればいいのですが」
ガルファがボソリと呟く。
「・・・それなら、これはどうだ?皇国の第5皇子が慢性の虚弱らしい、それを例の薬聖の姫君に診てもらうというのは?」
国王が提案する、中々良い案だと思うがリントワースが何と言うだろうか?
「ガルファはどう思う、リントワースの姫君と親しいと聞いたが?」
国王の提案に難しい顔をしている。
「おそらく、アイネ・リントワース嬢なら頼めば快く引き受けるでしょう。彼女の人柄は温厚で博愛に満ちてます、困っている人間を放っておけない性分のようですから」
ゴメスもアイネ・リントワース嬢には会った事があるのでその人柄は一致していた。
「ただ彼女の才能は間違いなくこの国の宝となるものです。政治利用するのは否めませんが、外国に晒すのは些か早い気がします。正直に言って大切に育てた方が将来この国に大きな利益を生み出すでしょう」
ガルファという男が評価される理由がよくわかる、客観的に判断し目の前の利益に捉われずに先を見据えるべきだと国王に進言した。
ゴメスは盟友のハズリムを心底羨ましく思えた、これ程の後継者がいれば安心して引退できるわけだ。
「・・・そうだな、ならば一度会って判断したい、リントワース卿に連絡してくれ」
国王はガルファの進言を棄却したようだ。
「御意に」
ガルファも最初から受け入れられるとは思っていなかったようで素直に引いた。
「行かせるなら王族も同行するべきか?」
ぎょっとした、もしかしてあの第1王子を行かせるつもりか?全員が息を飲む、
「リプリスに行かせるか、上手くいけば向こうの皇子と打ち解けるかもしれない」
全員がホッとした、第1王女のリプリス姫なら安心できる、若いながらしっかりした考えの持ち主だ。
こうして会合はお開きになった。
1人席に残ってゴメスは考察する。
実はゴメスはリプリス王女が王位についてくれればと思っていた。
第1王子のエルヴィンはオルベア神聖同盟に加入するべきだと公言しており、貴族至上主義が強すぎて輪を乱している。更には自身こそ王太子だと言って傲慢になりつつある。
第2王子のアリアスは優秀だが、思い込みが少々強く、兄のエルヴィンとの仲は最悪だ。更には噂ではあるが憂国の志士と繋がりがあるという。
あくまで噂だ。噂の出所は第1王子派なので真偽もあやしいところであるが、仲の悪さが浮き彫りになっている。
王女であるリプリス王女は、幼いながら聡明で思慮深い。そしてあの方によく似ている、面影が見え隠れしてしまう。
「贔屓にしてはいけないがな」
つい笑ってしまう。
「ハズリムよ、思い出すな。リプリス王女はどんどんあの方に似ていくぞ、私達が唯一の主君と仰ぐ先代に」
「イデア・クリストア女王陛下・・・」
「もしかしたらリプリス王女は我々に残された希望なのかもしれないな」
ガルファが言っていたな、人という宝は大事に育てていくべきだと、自分も焦っているのかもしれないと苦笑する。
「さてと、気は進まないがリントワースに知らせを出すとするか」




