81.閉ざされた世界にさよならを その3
ウォルベル王国編ラストです。
ーーヴェロニカーー
その頃からヘオリス伯爵の息子さんは足繁くフレイアに足を運んでいた。
よほど美味しかったのだろうか?安くない食事なのに貴族はお金があるんだろう。
私達はレストランと並んでスライム討伐を行うが成果を上げられず、バークライさんに何か良い案がないか相談していた。
「隣国のクリストア王国の剣聖はご存知か?」
正直、人間界の話題には疎く全く知らなかった。なんでも死霊でも何でも剣で斬り伏せる最強の男らしい。バークライさんは剣聖さんの英雄譚を自慢げに話すがピンと来なかった。
「近々この国に来るようなので話を振ってみましょう」
この出会いが私の運命を大きく変えることになった。
その剣聖ハズリム本人がいきなりフレイアに来店したのだ。
普段ならリリはあまり客前に出ないが、食事後に挨拶に行くと言い出し、私も姿を消して同行する事にした。
壮年の気品溢れる男性で細身ながらガッチリしており、強者のオーラが凄まじかった。
ただ中身はよく分からない、いきなり奇声をあげられてビックリした。
そして唐突に切り出された、私達の前に古代竜の肉塊を出したのだ。私は肉切丸で鑑定してみる、つい声をあげてしまった。
「本物のラプトルの肉だ」
私は実際に戦っているからわかる、あの理不尽な強さを倒したのか?剣聖とはこれ程までの強さなのかと感嘆した。
その晩、ラプトルの肉を前に私は興奮を抑えられなかった、一口味見してみてその美味しさに驚いた。
スライム討伐の協力をお願いしたいがまずは目の前の課題を何とかしないといけない。焼くか煮込むか、料理人として腕が試される仕事だ、リリもとても気合が入っている。
・・・でもその割には試食が多い気がする。
そして試食会の日、リリは昨晩一睡もしていないようだ。
「もしかしたら、私がヴェロニカの役に立てるかもしれない」
気負いすぎて心配になる。
料理は大好評であった。私としては角煮にしたかったがシチューになってしまったのが残念だが好評だったので問題ない。
そしてリリが話を切り出そうとするが緊張から歯切れが悪い、それにハズリム様の連れの女性を気にしていた。
その時、信じられないような情景が目の前で起こった。
「初めてまして、竜狩のヴェロニカ様」
私と同じ上位種の妖精が自分以外に存在する事を初めて知った。
「地の女神セルリス様の直系眷属ラヴィリスと申します、以後お見知りおきを」
優雅に礼をする姿に息を飲む、美しい黒髪に白い肌、優しさ溢れる笑顔に見惚れてしまった。
「貴女と敵対するつもりはありませんよ」
いけない、つい見惚れてしまっていた、警戒していると思われたようだ、私は姿を現しラヴィリス様に自己紹介した。
やはりラプトルはラヴィリス様が倒したらしい、もしかしたらこの方なら私の招いた禍根を断ち切ることが出来るかもしれないと思った。
だけど答えは属性の相性の悪さを指摘された。
地属性は物理魔法がほとんどなのでフォローは出来るが、主火力としては期待しないで欲しいと言われた。
それでもよかった、とにかくスライムを追い詰める事ができれば勝てると確信していたからだ。
ラヴィリス様は別件で一度王都から離れるとの事で、後日ヘオリス伯爵領で落ち合う事にした。
帰り際に再びラプトルの肉をもらってしまった、リリとバークライさんは大喜びしている。
・・・私も今度こそ角煮を作ろうと決心した。
その凶報が届いたのは1週間程後であった、ラヴィリス様の従魔の白い狼が一通の手紙を持って来たのだ。
手紙には武装盗賊団に襲われ撃退したが一部の盗賊がスライムのいる森に逃げ込んだこと、何とかしようとラヴィリス様が森に入りスライムと交戦して大怪我を負ったこと、街道が封鎖されヘオリス領城が襲われていることが書かれていた。
私は焦って飛び出そうとするがリリに止められる。
まずはバークライ将軍に報告し、軍を動かすべきだと諭された。
ここからリリの行動は速かった。丁度お店にいたヘオリス伯爵の息子さんに声をかけ軍舎にいたバークライさんに会い、報告するとすぐに人を集めて動くと言われた。私達はそのまま先に行くことを説明した。
途中でリリの元婚約者とかいう頭の悪そうな男が接触してきたが他人のフリして走って行った。
「ヴェロニカやラヴィリス様が必死で戦っているのにああいう呑気なの見ると反吐がでる」
珍しくリリが怒り心頭のようだ。すぐに火阿弧に乗り私達は飛び立った。
途中で狼さんが待っていてくれて案内をしてくれた、最短距離で目的地に到着したと思う。
なんて賢い狼なんだ、頭を撫でると高速で尻尾を左右させる、その可愛さに一瞬気を失いそうになる。
戦地に着くとハズリム様がスライムと交戦していた、私達もすぐに加勢する。
だけど事態は最悪な方に転がってしまう、スライムが領城へ逃げ込んでしまったのだ。
リリとハズリム様は事情を知らない敵兵と鉢合わせになり遅れそうだ。
仕方ないから私だけでも先に城内に入る。
ギリギリ間に合った、私の伸ばした手はピンチだったラヴィリス様に届いた。
だけど様子がおかしい、ラヴィリス様と一緒にいた女の子が瀕死になっていたのだ。
私は意を決して女の子を解析する、思った通り彼女は火属性だった。
私はラヴィリス様に了承を得て彼女に従僕魔法を使った。
すると彼女は私を受け入れてくれた、泣きながら私に感謝する、私は誰かの役に立てた事が素直に嬉しかった。この世界に生まれ変わって本当に良かったと思えた。
スライムは魔王化して強力になってしまった。
そこでラヴィリス様が一計を立てた、私には考え及ばないことであった。
そして私も役割を与えられた、
「今、戦っている2人。私の大切な方々なんです、お願いできますか?」
優しい目で2人を見つめる、私は2つ返事で了承した。
アイネさんはおそらくラヴィリス様が1番大切にしている女の子だ。バークライさんが以前、アイネさんの事を私にとってのリリだと例えていたのを思い出した。
小柄な体格なのに勇敢に敵に挑む、危なっかしい時もあるけど狼さんが上手くフォローしている、絶対に負けないという強い決意だ、一歩もひかない。
その姿に私は感心していた。するとリリも参戦する、妹分のメアリーちゃんだけ戦わせられないと言っている。
そして準備が整った、私は一度も使ったことない魔法を試す事にした。ラヴィリス様が切り札にしている召喚魔法を私も持っている。
火阿弧に大炎を出させ魔力を練り上げる、最終炎舞の準備が整った。
「緋天使アグネス!全てを灰塵と化せ!!」
その一撃は大地を貫いた。スライムは魔導核ごと灰となった。私はこれまでにない倦怠感を覚えた、魔力が空っぽになってしまったのだ。火阿弧に助けてもらい地上に降りた。
私はラヴィリス様に出会えて本当によかった。多くを教えてもらった、誕生日になればフレア様に会えるという情報までもらった。一度も礼拝に行ってない事をつつかれたがこれからは心を入れ替えて参拝します。
そして再会を約束して笑顔で別れる事ができた、大泣きするかと思ったが自分も成長したものだ。
いや、全然成長してなかった。
笑顔で再会の約束をしたのに、温泉で再会の機会はすぐにやってきた。
私は恥ずかしくて顔をあげられなかった。ラヴィリス様は心中を察してくれてお風呂に誘ってくれてとてもありがたかった。
それにしても貴族のメイドには驚いた。当然のように着ている服を脱がしている。
平然としているラヴィリス様とマーナちゃんにも驚いた、ラヴィリス様なんて裸で仁王立ちしていた。そして私まで脱がされるとは思わなかった。
私を巡りメイドさん達で一悶着あったがラヴィリス様には慣れだと一蹴されてしまった。
「貴族の従者はすぐに所属に拘るから仕方ないよ」
リリがそれっぽい事を言う、今まで貴族に関して一切口を開かなかったのに、リリの中でも心境の変化があったようだ、何故か私も嬉しくなってしまった。
そして風呂上り、豪華な料理とお酒が用意されていた、マーナちゃんが急いでハズリム様の所に行く。中々良い飲みっぷりだ、私も同席し飲み始める。とても美味いお酒だ、こんなに美味しいのは初めてかもしれない。
つい深酒してしまい、マーナちゃんと共にラヴィリス様の寝込みを襲ってしまった。
最後の最後で粗相してしまった。
翌日、笑って許してもらえたが恥ずかしかった。
「さてと、私達はそろそろ家に帰りますね。あとメアリーさんの事よろしくお願いします」
メアリーちゃんはこの後、私に鍛えて欲しいとお願いされており私もそれを了承した。
「名残惜しいですが、必ずまた会いに行きますよ」
優しくハグしてくれた、私の涙腺が大爆発した。
私が泣き止むまで待ってくれていた、そして笑顔でお別れを言うことができた。
「さてと、私達も帰りましょう」
とても良い気持ちで帰路についた。
「ねえ、私の誕生日っていつ?」
(およそ2ヶ月後です、これで2年になります)
そうかこの世界に来てもう2年になるのか。




