66.あっちから、こっちから
私が気がつくとベッドの上に寝ていた。身体中が激痛で動かすことができない。
ああ、私は負けたんだ。
昨日の事を少しずつ思い出してきた。
決して慢心しているつもりはなかった。手を抜いたり、相手を見くびるような事なんてしたことない。
でも手も足も出なかった。
もしかして、調子に乗っていたのだろうか?
この世界に来てから生き残ることばかり考えていた。だから、こうして生き残ったのだから問題ないはずだ。
戦わなくても生き残ればよかったはずなのに、
「ふぐっ、うっ、うっ」
苦しい、涙がどんどん溢れて止まらない。
「ラヴィリス様?」
気づかなかった、この部屋にアイネちゃんが居たなんて。
「大丈夫ですか!?」
たかぶった感情に歯止めがきかなかった。
涙が止まらない。
アイネちゃんは優しく、何も言わずに私にずっと触れていた。
本当にありがたい、なんて優しい子なんだろう。
「ありがとう、もう大丈夫です。心配かけてごめんなさい」
ようやく落ち着きを取り戻し、アイネちゃんに感謝を述べる。
「まだ動いてはダメです!体は全然大丈夫ではありませんから」
ジト目で睨まれる、分かってます、ちゃんと大人しく寝てます。
「ところでここはどこですか?」
最初の疑問を聞いてみる。
「ここはメアリーのお爺様、ヘオリス伯爵様の領城の自宅です」
と言うことは私の正体を教えたわけだ。
コンコンとドアをノックする音が聞こえる。アイネちゃんがドアを開けると皆が入って来た。
「心配をおかけしました」
私は出来るだけ笑顔で謝る。
リマさんなど目が真っ赤だ、本当に心配かけてしまったな。自分1人だけの命ではないんだと今更ながら自覚した。
「心配しましたぞ」
ハズリムさんも私を覗き込む。
「慢心したつもりはないんですがね、手も足も出ずにコテンパンに負けちゃいました」
素直に手も足も出ずに負けたことを話す。
「いいえ、ラヴィリス様はまだ生きています、死なぬ限り負けではありません」
ありがたい言葉だ、感謝しかないよ。
そしてアイネちゃんの後ろにいるメアリーさんを見つけた。
「初めましてですねメアリーさん。ラヴィリスと申します。この度は助けてもらい本当に感謝いたします」
ベッドに寝ながらではあるが頭を下げる。
「はっ、初めましてメアリー・フルートです。まさか、女神様の御使い様とこうして話せるとは思いませんでした」
そうか、彼女は女神信仰者だから私に対して疑念が少ないないのか、良かった大きな騒ぎにならなくて。
「そうだ!ヴェロニカ様にすぐに連絡して下さい」
スライムが人間を捕食した事を伝えなくてはいけない、おそらくあのスライムに勝てるのはヴェロニカさんだけだ。
すると体格の良い老紳士が入ってきた。メアリーさんのお爺様オルブ・ヘオリス伯爵だ。
「初めまして、女神様の御使いよ」
オルブさんは私に対して最上位の挨拶をする。
「地の女神様の眷属ラヴィリスと申します、この度は助けてもらい本当に感謝いたします」
「何を言います、我々こそ助けていただき感謝しかありません」
お互い礼を言い合う、そしてオルブさんが先に口を開く、
「ヴェロニカ様とは竜狩のことですかな?お知り合いのようですが?」
・・・言っていいのか?
「ふふふ、大丈夫ですよ。バークライ将軍から話は聞き及んでます」
なら大丈夫か?
「ヴェロニカ様の正体は?」
オルブさんは何も言わず小さく頷く。
「では連絡をしていただきたいです、あのスライムが人間を捕食した可能性が高いです」
「なんだと!?本当か?」
急に大きな声を出して皆が驚く。
「ヴェロニカ様にすぐに連絡します。それでは私はこれで失礼します」
「おい!検問と周辺の集落に伝令を!」
執事さんに指示を出しながら慌ただしく出て行った。
皆が私を見ている。
「・・・例のフューズスライムですが、森に逃げた盗賊を追って入った時に交戦しました」
昨日のことを思い出しながら話す。
「無機質な水溜りのような姿をしていますが、私と交戦中に近くにいたドラゴンを捕食したら、ドラゴンそのままの姿に変身しました。姿や能力はドラゴンですが、そこにスライムの性能もプラスされて手も足も出ませんでした」
今の私の状態を見てその脅威は十分伝わるだろう、皆が息を飲む。
「今回、一番の問題はスライムが人を捕食したことです、人の姿に擬態して潜り込む可能性があります」
私はなりふり構ってられなかった、逃げるために盗賊の死体をスライムに投げつけたし、森の中にはまだ沢山の盗賊がいたはずだ。
「見分けがつかない程の擬態です、何か良い策を考えないと・・」
言いかけて気付く。しまった、メアリーさんがここにいるのを忘れていた。
「あの、私はここにいても良いのでしょうか?」
困った顔をしながら尋ねてきた。申し訳ない、1人置いてけぼりにしてしまった。
「あっ、後で私が説明します、ラヴィリス様もお疲れのようなのでそろそろお休みになさって下さい」
アイネちゃんの気の利いた一言でこの場は解散になり、私は巨大なベッドの上で1人転がっていた。
でも何か騒がしいぞ?
「少々お待ち下さいね、聞いてきます」
ベッドの傍らで私用の果物を切ってくれていたリマさんが部屋を出て行くが、すぐに戻ってきた。
「大変です、街道が何者かに封鎖されてしまい。この領都が包囲されかけているそうです」
・・・何ですと?
あっちこっちからトラブルがやって来る。




