65.最悪の事態
私は外を見る、武装盗賊団はかなりの人数がいるようだ。
((ちょっと外の様子を見に行ってきます。ハズリムさんにすぐにでも出れるように言っておいて下さい、何か嫌な予感がします))
私が耳元で囁くとアイネちゃんは小さく頷く、私は外に出ると高く飛行して周囲を見渡す。
街道から少し離れた西側に深い森林が広がっている・・・まさに嫌な雰囲気だ。
「カガミン、あそこって」
(ハイ、位置的にもフューズスライムが逃げ込んだとされる森ですね)
下ではすでに交戦が始まっている。かなり敵の数が多い、そして統率が取れている。これは普通の武装盗賊団じゃないぞ。
盗賊の首魁と思われる男がヘオリス卿の乗った馬車に迷わず向かっていく。この動きは情報が漏れているのか?
しかし、相手が悪かった。ただならぬ敵と感じ取った剣聖が即座に動き出した。
一振りで盗賊が斜めに切り分けられる。相変わらず非常識な強さだ。
ハズリムさんの強さに一時的に怯むが立ち直りが早い、盗賊団は定石通りヘオリス卿の馬車を取り囲むように陣取る。
「上手いな、人数が上回る戦術を心得ている、絶対に単なる盗賊じゃないぞ」
上空から敵の動きを見て思わず呟いてしまった。それでもハズリムさんがいるだけで、かなりの脅威になっているようだ。
明らかに速攻ではなく持久戦の構えのようだ。
とりあえずヘオリス卿はハズリムさんに任せれば時間が稼げる、とりあえず手薄なアイネちゃん達の方へ向かう。
バシュ! ドシュッ! ドスッ!
アイネちゃんのストーンマグナムはある程度速射が出来る様になったみたいだ、次々と盗賊を撃ち抜いていく。
「ファイアボール!」
メアリーさんも自分の身は自分で守れるくらいには強い。
ザシュ!!
カーリンさんがシミターのような変わった形の剣を軽やかに振るう、優雅に舞うような剣は盗賊の首を次々とはねる、やはり彼女は只者ではなかったようだ。
リマさんとマリアさんはマキシムが守っているが、2人は戦闘要員ではないのでマキシムだけではキツいか?
ここは私が加勢した方がいいな。
私は上空からアースランスを放つ、盗賊が串刺しになる。地面から離れているので威力は弱いがそれでも十分だ。
そして・・・私は初めて人を殺した。
人ではなくなったのが原因か分からないけど、罪悪感や気分の悪さもない。
私の大切なものを汚そうとしてる相手なのが原因かもしれないけど。
次々とアースランスを放っていく、上空からの見えない相手からの攻撃に明らかに盗賊は動揺している。
ハズリムさんはその隙を見逃す訳がなく、踊るように敵陣に切り込む。
そして、指示していた首魁らしき男の腕を切り落とした。
一方の私は上空から周囲を見渡す。
やっぱり嫌な予感は的中した。森の方へ盗賊が逃亡し始めたのだ、
「アイネちゃん!盗賊が例の森に逃げ込んだ!行ってくる!」
「ラヴィリス様!?」
私はそう告げると森の方へ飛んで行く、そう言えばメアリーさんに姿を見せちゃったな、上手く誤魔化しておいてほしい。
「アースウォール!」
盗賊の行く手を阻むように高い壁を作る、逃げ惑う盗賊が狼狽えている。
とりあえずこのままにしておいて、森の中に逃げて行った盗賊を追うことにする。
森の中は鬱蒼としており視界が悪い。
(神樹魔法を常に展開して下さい、森の中で探知が可能になります)
魔力の消耗が激しいが仕方ない。
思ったより沢山いるのが分かる。くそ!定石通りバラバラに逃げてやがる。とりあえず1番奥に逃げている盗賊を追う。
「なっ、こんなところにドラゴンが!?」
盗賊に追いつくと小型のドラゴンに遭遇していた、私は両手にアースランス装甲弾を維持してそのままドラゴンに至近距離で放つ、撃ち抜かれたドラゴンはすぐに絶命する。
「なっ、なんだコイツは!?」
盗賊はいきなり現れた妖精に驚いている。
(これは、いけません。近づいて来てます)
カガミンの警戒レベルが最大級になっている。
私は狼狽えている盗賊をよそに森の奥を見つめる。
「最悪の事態ね、いきなり遭遇するなんて」
森の奥、宙に浮いている水溜りと言う表現が正しい無機質な物体が近づいて来た。
「死にたくなかったら、今すぐこの森から出なさい!」
盗賊にそう言うと私はアースランスを放つ、
ザシュ!
スライムに刺さるが効いてるのかどうか分からない。
触手のようなものが私に襲いかかる、何とか避けるが狙いは私が倒した小型のドラゴンだった。
スライムはドラゴンを吸収し、無機質な水溜りからドラゴンの形になる。
「うそ、死体でもいいの!?」
つい声を上げる、スライムドラゴンは大きく口を開く、
「まさか!?ブレス!?」
私は旋回しブレスをギリギリで回避する。だがブレスは盗賊を巻き込み殺してしまった。
「くそ、厄介すぎる!本当にドラゴンの能力を使えるのか!」
カウンター気味にストーンマグナムを放つが全然効いていない。
神樹魔法で足止めを狙う。だがスライムの姿に戻り隙間をすり抜け、何事も無かったように私の前に立ちはだかる。
「ここまで相性が悪かったなんて、手も足も出ないじゃない!」
私1人だと溜めのいる大魔法は使えない、何とか打開策を考えているとスライムの触手の一部が大きく膨らんでいる。
「しまった!!」
膨らんだ部分が破裂し、私は直撃を食らってしまった。
地面に打ちつけられ、意識を失いかけるが何とか踏み止まる。だけど頭がフラフラし身体が言うことをきかない。
何とか生き残ることを考える、私は近くにあった盗賊の死体をスライムに向かって投げつける。
スライムはその死体を餌だと思ったのか本能で取り込もうとする、そのうちに脱出するしかない、私は振り返らず全速で逃げた。
激痛と薄れゆく意識の中、私は脇目も振らず必死で逃げた。
気がつくと森の外に出ており、何とか生き延びる事に成功した。
遠くにアイネちゃん達が心配になって駆けつけて来ているのが見え、私は安堵から地面に墜落してしまい、気を失う。
久しぶりに味わった絶望的な死の恐怖であった。




