52.愚か者は地を這いずり、嗤う豚は私腹を肥やす。
魔法学園編のエピローグです。
「・・・派閥を抜けるのか」
「はい、これだけのスキャンダルです、我々にも面子があります。ですが長らくお世話になった恩もあります。敵対するつもりはありません、これからは中立の立場で見守らせてもらいます」
男は一礼して部屋を出て行った。
残された男は背もたれに体重をかけ深く息をつく、
「父上、リントワース卿は離脱されるのですか?」
父上と呼ばれた男、オルテズ・ミハイル侯爵は声のする方へ目を向ける。
「仕方あるまい、逃げようのない証拠が出てきたのだ、我々は知らなかっただけでは済まされない、それらを公表されないだけマシだと思え」
オルテズの妻マリナ・ミハイルが横領や搾取などの疑いから始まり、件の錬金術師と結託して呪術にまで手を染めていた。
「母上は疑惑を否定しておりますよ」
それはわかっている。夫であるオルテズが妻を信じないでどうする。しかし、今まで派閥の中核を担ったリントワース家を失った代償はあまりに大きい。
「グランドルと同盟を極秘裏に組んでおったとは」
その錬金術師を追いつめるために、同じ被害者であったグランドルと手を組み証拠を固めた。
グランドル家から我々への追及がさほどないのは、おそらくその同盟の盟約の中に組み込まれての事だろう。
短期間でここまでまとめて実行するとは、並大抵のことではない、本当に素晴らしい政治力だ。
お互い袂を分かつことで周囲に落とし所として納得させられるし、当方の被害も最小限にしてもらった。
本当なら妻マリナを吊し上げて許しを乞いたいくらいだ。
「私欲を溜め込んだ豚め!」
つい吐き捨てるように呟いてしまった。
「・・・あなたは何もできずに地を這いずり回ることしかできない屍だ」
誰にも聞こえないように呟き、息子のシルヴィストは侮蔑の眼差しを向け部屋を後にした。
「母上、入ります」
母上と呼ばれた女性マリナ・ミハイル夫人は憔悴しきっていた。
「シル!あなたは信じて!私は何も悪くないの!」
すがるように同じ言葉を繰り返す。
「あの錬金術師が私を嵌めたのよ!ルーネイアも病気だったなんて嘘なのよ!」
「・・・・」
「錬金術の証拠なんて出鱈目!」
すがる母親を蔑む目で見ている。
「シル?」
「・・・・」
「何か言ってよ?」
「今、母上に呪詛が集まってきているのを感じませんか?」
「え?シル?何を?」
「終わりにしましょう、せめて最後は私の役に立って下さい」
「・・・・」
「やあ、シル!実家の方は大変そうだね」
爽やかな金髪の少年が声をかけてきた。
「ええ、リントワース卿が派閥から離脱してしまいましたからね、母の悪癖を最後まで咎めなかったツケは非常に大きかった」
シルヴィストはため息をついて壁にもたれかかった。
「ブラックコアはどうなりました?」
「ははは、結局は謎のまんまさ。剣聖ハズリムとグランドル家にしてやられたよ、さっさと殺せとオズリット君に言っておけばよかったかな?」
金髪の少年も苦笑いしながら同じように壁にもたれかかった。
「殿下、彼らの処分が終わりました」
長身の少年デミス・ジャックリーフが入ってきた。
「ありがと、君は仕事が早くて助かるよ!」
デミスはその言葉をうけ、そのまま一礼して下がろうとする。
「なぁ、デミス、君なら剣聖ハズリムに勝てるかい?」
悪戯っぽく殿下と呼ばれた少年は尋ねてみた。
「ご冗談を、アレは怪物です、私1人でどうこうなる相手ではありません」
うんざりしたように答える、
「はははは、やっぱり剣聖の名は伊達じゃないか、シルの言った通り操れれば最高だったのに」
すると今度は縦ロールの少女が合流してきた。
「ミリアリア、公爵の方に根回しは?」
「問題ありません、第1王子派は無能ばかりの傍観者ばかりです、詰問さえしてきませんでしたよ」
つまらなそうに答える。
「これだけのスキャンダルなのに全然大騒ぎにならないのは、やっぱりリントワース卿の手腕?」
「間違いありませんね、彼の政治力を有り余ることなく発揮しましたね。当家も正直言ってそれに助けられましたから、本当に有能な方ですよ」
シルヴィストが心底残念そうに答える。
「あら、シルヴィスト様とアイネさんは婚約する予定ではありませんでした?」
「今の状況でそれが出来ると?お流れだろうね」
シルヴィストは自虐的に笑うしかなかった。
「でもアイネ・リントワース嬢は何としても欲しい人材だ、彼女は能力は薬聖だけではない、別の何かを隠し持っている。中庭の大木が神樹だと見透かした審美眼、圧倒的な魔法のセンス、まさに理想的なピースじゃないか」
私腹を肥やす豚共は無能ゆえに足を引っ張り合い、何もしようとしない。
このままオルベア神聖同盟の言いなりのままでいいのか?
「オルベア神聖同盟が自分たちが作ったと言い張る世界の秩序なんて見せかけさ、奴らがブラックコアを濫用して作った秩序がいかに愚かしいか証明してやる」
アリアス第二王子は爽やかな笑顔で宣言する。
「100年建国記念祭までにはケリをつける、王位継承権は僕がもらう」
ーーオルベア神聖同盟ーー
「シャルロッテ様?シャルロッテ様?どちらに?」
豪華絢爛な庭園で1人の少女が誰かを探している。
「シャトレア?私はここよ」
シャルロッテと呼ばれた女性は庭園の噴水から姿を現した、空を舞うと静かにシャトレアの手の平に降りた。
「シャルロッテ様ご機嫌よう、今日もお綺麗です」
シャルロッテは小さな妖精の姿をしているが、妖精の中でも上位種のスプライトと呼ばれている存在だ。
出会った時の事を思い出す。
「水の女神エリエス様の直系眷属シャルロッテと申します」
水の女神様の御使いが私の前に現れたことに驚いた、それでも愛くるしい笑顔がシャトレアを幸せにさせた。
シャルロッテとの出会いは2人だけの秘密だ。




