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精霊女王と呼ばれた私の異世界譚  作者: 屋津摩崎
十章 クリストア王国建国100年祭編
478/499

478.最近、過去を思い出す その3

 ーーヴェロニカーー



 最近、少しずつだけど私の前世の記憶を思い出す事がある。

 どこかのホテルのレストランで私はシェフをやっていたと思う。いつか自分の店を出したいと夢を見ながら毎日腕を磨いていた記憶がある。

 毎日夜遅くまで働き、翌日の早朝には仕事に行っていた。家族はいない、彼氏もいない、そんな寂しい日々の中で唯一の癒しだったのがペットショップの爬虫類コーナーで一目惚れして買ってしまった彼・・・私の死の直前の記憶でも最後まで一緒に炎の中にいてくれた。

「ようやく会えた。貴方は私の大切な家族、フトアゴヒゲトカゲのフトシの生まれ変わりなのね?」


「え!?」

「ギャ!?」


・・・何か2人に思いっ切り拒絶された気がする?


「違います!この子はサラマンダのサラちゃんです!」

「ギャギャ!!」


 えっ、違うの?

 もしかしたらフトシも一緒に転生してくれたと勘違いしてしまった。だけど色が違うだけで大きさも似ているし、トゲトゲの輪郭、ツンツンなフォルム、愛らしい顔も、クリクリの可愛い瞳も全てがそっくりな気がする。

「ねえ、今からフトシに改名しない?」


「嫌です!」

「ギャ!」


・・・嫌みたいだ。


「あ、あの少々良いかしら?」

 タイミング悪くカトレーナさんが厨房へ入ってきた。今の状況を何と説明すれば良いのだろうか?厨房の真ん中に臼がドンと陣取り、その側にヘトヘトのリリが息を切らし、私とメアリーちゃんが何かを言い争っている。

「い、いや!トカゲ!!??」

 さらにサラマンダを見てカトレーナさんが小さく悲鳴をあげる。

「大丈夫ですよ、この子は従魔のサラマンダのフトシです。」


「違います!この子はサラマンダのサラちゃんです。」

「ギャ!」

 メアリーちゃんが頑なにフトシを拒否する、仕方ない改名フトシは諦めるしかないようだ。


 おっと、いけない。このままお餅を放置するわけにはいけなかった。見た目は完璧な餅なので、これで完成で良い気がする。

 試しにちょっとだけ食べてみる、少しだけ摘んでみると伸びる伸びる。メアリーちゃんに切ってもらい一口食べてみる。中々良い!見事なお餅だ!!

「変わった食感、お米がこんな風になるんですね!」

 メアリーちゃんもさっそく食べてみる、この食感には驚いているみたいだ。だけどグズグスしている暇はない。

「ほら、リリ、立って!お餅を調理台の上に運んで!!」

 へばっているリリを起こし、つきたての餅を運んでもらう。

 予め餅米で作っておいた餅とり粉をまぶし、小分けして丸めて平たく伸ばしていく。


「ところでカトレーナさんは何か用事があって来たのでは?」

 メアリーちゃんが思い出したようにカトレーナさんに尋ねる、確かに何か用事あって来たみたいだ。

「そうなのよ!ミスト公爵が料理長に会いたいって言い出しているのよ!」

 ミスト公爵?この国の偉い貴族なのかな?するとメアリーちゃんが何やら思案顔をしている。

「そういうのは全て断っているんだけど、今回のミスト公爵に関しては揉め事の仲裁という借りがあるから無碍に断れなくてね」

 カトレーナさんが眉間をおさえて悔しそうな顔をしている。

「メアリーちゃん、ミスト公爵ってどんな人?」

「はい、ミスト公爵家はこの国の法の番人と呼ばれている名家です。ご当主のダルタニス・ミスト様は法務局のトップを長年されている方です。」

 私の質問に色々と考えながら答える、何やら思う事があるのか歯切れが悪い。

「その、近年はグランドル様などの4大公爵家とは対立気味でして、その私としては・・・とても強くて怖い人って感じです。すいません、これは私の勝手な印象ですので参考にしないで下さい」

 謝りながら素直に本音を語ってくれた。

「そうですね。私も少し話しただけですが、印象としては腹がドス黒いっていう感じですね、論客っぽくて人の揚げ足を取るのが得意そうね」

 カトレーナさんも結構辛辣だ。

「ええっと、お土産を渡すのなら会って挨拶した方がよいのですよね?」

 リリの質問にカトレーナさんが小さく頷く。

「なら私も行くよ」

 私が提案するとみんなが驚く。

「ラヴィほど口は上手くないけど、何かあれば少しは助けになるでしょ?ホラ、コック帽を被って」

 リリにコック帽を被らせる、私はその中に入り込む。

「私も一緒に行くから」

 姉御肌のカトレーナさんはこういう時は本当に頼りになる。

「私はここで祈ってます!」

 メアリーちゃんは来るつもりは無いようだ。



「初めまして調理長のリリネットと申します」

 ミスト公爵が食事をしている個室に入る。

「おお、素晴らしい料理であった!こんなに美味しい食べ物は初めてだ!」

 高貴そうな老紳士が仰々しくリリを褒める。

「恐れ入ります。こちらが奥様への手土産に作らさせてもらいました」

 保存魔法のかかった袋に入った弁当箱を取り出し、中を開いて確認してもらう。

「ほう、これは昨晩王宮で食べたものと違う料理が入っているな」

「これはチマキという料理でして試作品ですが、とても出来が良かったのでオーナーを助けていただいた感謝を込めて入れておきました。包んである香り葉を取って中身を食べて下さい」

 老紳士は興味深そうに中身を見ている、一方の眼鏡の女性は料理に関心が無いのかリリをずっと見ている。何かを探っているのか?

「ふふふ、心違い感謝いたすぞ」

 老紳士は満足げに笑う。

「それで?明日はこの料理を出されるのかな?」

 抑揚を変える事なく質問を切り出してくる。

「・・・申し訳ありません、その質問には答えてかねます」

 リリが深々と頭を下げる、これは探っているのかな?明日出す料理を知って何になるんだ?

「明日の件は外部に漏れてはならないのでご容赦お願いします。我々の信頼を失ってしまいます」

 カトレーナさんがフォローに入る。

「ふむ、ならこの試作品は出ないのですな?これを食べられるのは我々のみという事ですな」


・・・なんとも面倒臭い人だ、

((リリ、明日は全部新作だと言っておいて))

 挑発に乗る訳じゃないけど少しは言ってもいいだろ。

「明日は全て新作です、チマキという料理もその試作の一部と思って下さればありがたいです」

「ほう・・・全てリリネット料理長が考えられているのですかな?」

 2人の視線がリリに集まる、もしかして探っているのは私の事なのか?

「はい、私が全て考えてます」

 リリが背筋を伸ばして断言する、私を隠すためにより強く自信を持って答える。


「素晴らしいですな!また食べたいので今度ウェルベル王国まで伺いましょう」

 押し通せたのか?ミスト公爵は笑いながら納得したようだ。明らかに探っていた眼鏡の女性も諦めたのか視線を外す。

「それにしても帽子を取らないのは礼儀に反するのでは?それともそれが調理師会での常識なのですか?」

 突如女性が口を開く、少し油断していた。今思えば私はコック帽の中に隠れなくても良かった!

((・・・問題ないわ、私を信じて!))

「失礼いたしました、礼に反しておりました。普段お客様の前に出ることがないので慣れておりませんので」

 帽子を取って頭を下げる、もちろんそこには何もない。なぜなら私は帽子の裏に引っ付いて姿を消しているからだ。

 眼鏡の女性はリリの帽子を取った姿を見て諦めたように頭を下げる。

「それでは仕事があるのでこれで失礼します」

 コック帽を取った状態で部屋から出る、口をつむんだ状態で足速に厨房に戻る。


「うはあああ、緊張したぁ!何あれ?マジで怖くない!?」

 リリが思いっ切り息を吐く。

「ヤバいわ、貴族マジで怖い、舐めてた!ハズリムさん達のような人達に慣れすぎてた」

 私も油断しすぎていた、落ち着かせるようにヘタリこむ。

「私の言った意味わかりました?」

 メアリーちゃんが苦笑いしながら紅茶をいれてくれた。


 彼女の言った本当に強くて怖いという意味が良く分かったよ。

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