411.心を氷に その2
ーーシャルロッテーー
「私が再会した時は、シャルルがシャトレアを出産した後だった。気丈に振る舞っていたが、顔色が悪く体調が良くなさそうだった」
マナエルが心苦しそうに続ける。
「シャトレアに3つ上に姉がいる事もその時初めて知った。ただ、姉を産んでから一度も会わせてもらえないらしい、聖女の血を持つ者はオルベア聖教が親であり、決して人の子であってはならない決まりなんだ・・・」
堪えるように唇を噛み、拳はより強く握られる。
「・・・何が聖女だ!平和と友愛の象徴だと?孤児院で偶然に見つけられた?そんなものは単なる都合の良いでっち上げだ、いいように情報をコントロールするための口実でしかない!」
マナエルが怒りという感情に支配されて行く。冷静な彼女がこんな嫌悪する顔をするなんて。
「・・・あの時、初めて赤子を抱いたんだ。シャルルにすすめられるままに私はシャトレアを抱いた」
その時の感触を思い出しているのかのように自分の手を見つめている。
「感情を殺し、敵を屠ってきた穢れた私の手の中で、シャトレアは笑ってくれたんだ!」
氷で閉ざした心が決壊するように、思いが溢れ出てくる。
「シャルルは運命が分かっていたのかもしれない。程なくしてシャトレアは乳飲み子のまま例の孤児院へ送られたらしい。そしてシャルルとはそれ以降会う事が出来なかった。・・・後で知らされたのは、あの集合墓標にシャルルという名が刻まれたという残酷な結果だけだった」
以前シャトレアを連れていった墓地か、大きな集合墓標にシャルルの名があり、シャトレアに母親の名前だと告白したのを思い出す。
「私はシャルルの最期を知らない。だからシャトレアを抱いたあの日、あの日をどうしても忘れられないかった。私がシャルルを守れたのではないか、私にもやれる事があったのではないかとずっと後悔をしている」
マナエルがシャルルを守れなかったと言っていた、それは魔物や危険からではなく、オルベア聖教という大きな組織と、聖女という逃れられない運命の事だったのか。
「運命を分かっていたからの言葉だったかもしれない。シャルルが 私との別れ際に・・・言っていたんだ」
言葉に詰まりながらも独白に近い思いを吐露する。
「いつか家族で穏やかに暮らす、そんな幸せな夢を見たと。夢ならば醒めないで欲しかったと」
マナエルの頬に涙がつたう。
「・・・きっとその言葉が全てなんだろうな、それだけがシャルルが願った唯一の思いなんだ。残された私は何をどうすればいいんだろう、シャトレアの姉が例の孤児院から誘拐された時、何としても私がシャトレアは守らないといけない思った。居ても立っても居られず有無を言わさずにシャトレアを引き取ったんだ」
マナエルがシャトレアを養子にしたのはそういう経緯があったのか。シャトレアの姉が何者かに誘拐されたと言っていたけど。
「私にとってオルベアの教義は全てだ、生まれ持ってそれ以外のものを知らない。女神は人のみならず魔物にも手を差し伸べる、中立という不条理を建前にした悪しき存在だ。それに対しオルテシア神は人のために光を与える、光とは人の為にさす希望だ・・・それは絶対の摂理」
女神は悪しき存在。このオルベアの地に流れ着いて嫌というほど思い知らされた。全ては人の為というのがオルベア聖教の教義だ。
私と一緒にマナエルの話を聞いているリューも悲しげな顔をしている。私達からしたらそれは理不尽極まりない考え方だ、リューなんて皆と仲良くしたいと思っているのに。
「・・・お前達ならシャトレアを任せたいと思える」
マナエルは悲しそうな顔をしたリューを抱き上げ、自然な笑顔で微笑んでいる。
「今度の計画が上手く行けば、シャトレアは自由の身になれるはず。そうしたら少しの間で良いからシャトレアを守ってくれ」
全てが矛盾している。表情は笑っているのに悲しく切なそうだ。
私はその様子に無性に腹が立つ。
マナエル、貴女はさっき自分で言っていたはずだ。
残された私は何をすればいいんだろうって・・・
それは巡り回って私やリュー、そしてシャトレアに重くのしかかる。
後を私達に任せて、自分は勝手に逝こうなんて卑怯だ。
生きてちゃんとシャルルの思いを繋げて欲しい。
シャトレアの母として、ちゃんと生きて欲しい。
多分これをこの場で言ったらまた喧嘩になってしまうだろう。
だから私は私で勝手にやらせてもらう。
絶対にマナエルを死なせない。
金剣シーザー・クラウスだろうが剣聖だろうが、絶対に負けるわけにはいかない。
決意を新たに笑顔の輪に加わる、すると部屋に誰かが入ってくる気配がする。
純白の法衣を着たシャトレアが戻ってきた。頭には宝石が散りばめられたキラキラなティアラを被っている。
「じゃーん、どう!?」
綺麗に着飾って無邪気にクルクル回っている。
「凄い綺麗!」
「おおお、どっかのお姫様みたい!」
私とリューが率直な感想を述べる。するとシャトレアは満面の笑みで私とリューを抱きしめ、再びクルクル回って全力で喜びを表現する。
「そう!お姫様と言えば!」
何かを思い出したようにシャトレアが喜びの舞を止める。
「クリストア王国の建国祭で私の案内をしてくれるのが、その国の王女様なんです!孤児院育ちの私が本物のお姫様とお話が出来るなんて夢みたい!!」
そう言って手持ちの荷物から一枚の紙を私に見せる。その紙には1人の美少女がにこやかな笑顔を見せている。
リプリス・フォン・クリストア第一王女。年はシャトレアと同じくらいか?可憐な容姿にストレートで美しい金髪、清楚で奥ゆかしそうな本物のお姫様だと?本当に物語に出てきそうな人じゃないか!
「年も近いから、今後のためにも懇意にするようにと申しつけられました。仲良くできるかな?」
完全に有頂天になっているシャトレアとは正反対に、マナエルの表情は曇っている。
「ホーリズめ、躯体候補と接触させるつもりか」
小さく呟く、上手く聞き取れなかったが躯体候補とは何のことだろう・・・
厳しい表情をしていたが、私の視線に気づくと誤魔化すように笑顔に戻る、その様子になぜか胸騒ぎが止まらない。
もうすぐシャトレアが新たなる聖女として即位する。そうしたらすぐにクリストア王国へと旅立つことになるだろう。
つまり、これから私達の戦いが始まるんだ。




