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精霊女王と呼ばれた私の異世界譚  作者: 屋津摩崎
二章 リントワース編
15/499

15.小さな英雄



 ーーアイネーー



 私の名前はアイネ・リン・リントワース。

 クリストア王国の東部貴族リントワース伯爵家の長女として生まれた。

 リントワース伯爵家は古くから王家に仕える名家で、私は将来を嘱望される才女として勉学に励んできた。

 私は幸いにも地属性の魔力に恵まれ貴族の才たる魔法を学び、貴族教育も完璧にこなしたと思う。 

 それでもすべてが順調だと思っていた・・・


 異変は1年前におきた。お母様が謎の病に倒れたのだ、そして蔓延するように屋敷内にも同じ症状に苦しむ人が出てきてしまった。

 何かの前兆か何者なの陰謀か、様々な憶測が飛び交っていた。


 その頃、私は魔法教育のため魔法学園にいた。すぐにでも帰りたかったが、流行り病の可能性もあるため帰ることが許されず、弟達もお爺様の元へ避難したという。

 私はできることをしようと学園の図書を調べ、先生方の知恵も借りた。この国の王子様が学園に在籍していらっしゃるので、宮廷仕えの薬師様も紹介してもらった。


 そんな中、ついにお父様まで病に倒れてしまった。


・・・不安と焦りが私を支配する。私は最年長の長子としてなんとかしなくてはいけない。

 薬師様との面会で万能薬と呼ばれる薬のレシピシートを特別にお借りできた、すぐに材料などを調べ、薬師様に材料が揃ったら調薬してもらう約束まで何とか取り付けた。


 待つことなど出来なかった。


 学園に休暇の申請を出すと、すぐにリントワース領に戻った。

「アイネお嬢様!」

 執事長のラルズに迎えられすぐに指示を出す。

「薬のレシピを借りることができたわ!すぐに兵団を組んで!場所は静寂の森です!」

 静寂の森はリントワース領の南西にある森林地帯で禁足地でもある、凶悪な魔物が徘徊しているらしい。それでも過去に幻の霊草セーメリアの採取の実績がある。可能性が少しでもあるならば、私はそれにすがることしかできなかった。

「お嬢の身はこのフレディ・バートが必ず御守りいたします」

 フレディはリントワース最強の騎士、王都の武術大会で優勝したこともある実力者でとても心強い。

「お嬢様、私はどこまでも付き従います」

 私専属メイドのリマが同行を強く志願する、幼い頃から一緒で歳の近い姉のような存在だ。

 本来なら戦闘員では無いので残るべきなのだろう、だけど断ることができなかった。ついてきてくれるという嬉しさから許可してしまった。


 この事を後悔したのは実際に危機に直面してからであった。


「ま、まさかアッシュベアだと・・・」

 幻の薬草セーメリア探索2日目にしていきなり不足の事態に陥ってしまった。

 5m以上の巨大な熊が襲ってきたのだ!性格は残忍で凶悪、執念深くて狙った獲物はどこまでも追いかけるらしい。

「狙われたらマズい!2人は退避してくれ!」

 フレディからの怒声が飛ぶ、手を引かれて後退する。過去に標的を追いかけて町までやって来たらしい、それで多大な被害が出たというらしい。


 そして困難は次々に襲いかかってくる。逃げる最中にフォレストウルフの群れに襲われたのだ、逃げる為にどんどん森の奥へ進んでしまった。

 そしてついに囲まれてしまった。私は意を決して戦うことを選ぶ、これでも学園で魔法戦の実技をうけてきたんだ!

 しかし、この判断を私は後悔することになる、リマがフォレストウルフに噛みつかれてしまったのだ!

「私に構わず御自分の身を!」

 そういうとリマは持参した傷薬を患部に塗り始めた。しかし、出血が多いのか苦しそうだ。

 早く倒して治療しないと・・・焦燥感に駆り立てられる。



 突然の出来事であった。


 一匹の狼が強力な一撃で遙か遠くへ吹っ飛んでいった。

 目を凝らす、非常に小さな小鳥ぐらいの妖精がそこにいたのだ。ウェーブのかかった長い黒髪、異国風のドレスを身にまとい、手には可愛らしい手鏡を持っている。

 ふと見るとそのドレスは背中が開いていない?妖精ならば飛ぶために羽が生えており、背中が大きく開いた服を着ているはずだ。よく目を凝らして見ると魔力の羽だ、つまり常時飛行魔法を使用しているということだ。

 もしかしたらとんでもない上位の妖精ではないだろうか、下手をしたらこの森の女王かもしれない。


 私達は妖精様の植物魔法で守られ、その戦いを見守るしかなかった、そして小さな体なのに圧倒的な力でねじ伏せてしまった。

 妖精様はラヴィリスと名乗った。名前付きの妖精で、なんと地の女神セルリス様の直系眷属らしい、やはり本物の高位妖精だった。


 さらにラヴィリス様はリマの治療まで買って出てくれた。ここまでしてもらったらどのような対価を要求されるのだろうか?私の命で足りるのだろうか?不安で躊躇していると可愛らしい顔がのぞきこんできた。

「やめとく?」

 悪戯っ子っぽい笑顔で問いかけてきた。私に選択肢などあるはすがないのに。


 ラヴィリス様はとても不思議な方であった。ずっと手に持っている手鏡に話しかけている。

 最初は独り言かと思ったがどうやら誰かと話しているようだ。

 そして唐突に、手鏡の中から小瓶を取り出した。

「今から薬をつくります」

 突然そう言われると手鏡を私に渡しラヴィリス様自身を映すように指示されると、可愛らしい小躍りをはじめた。先程の小瓶からシャカ、シャカ、とリズムよく音がする。何かの儀式だろうか?

『妖精の小躍り』まさか物語の伝承を目の前で見ることができるなんて!


・・・最初は貴重な体験に感動していたが小躍りは小一時間続く、優雅とは程遠い苛烈さで、髪やドレスが乱れるのも気にせず、必死の表情で踊り続けていた、そして終わる頃には息も絶え絶えであった。

 渡された薬は澄んだ青色の液体でとても美しかった。ただ、かなり不味いらしくリマは身悶えていた、それでも顔色はみるみる良くなっていった。ラヴィリス様からはもう大丈夫だと太鼓判を押してもらい安心した。


 短い間だけど交流にも成功した、私の膝の上に乗ってもらい御髪をゆう、想像以上に軽くて華奢で驚いてしまった。

 ただ、親しくお話をさせてもらい、誘惑的に甘い感情を抱いてしまった。

・・・この方ならお母様の病を治せるのではないかと。


 私は誘惑に負け、あつかましくも助けを求めてしまった。少し悩む仕草を見せる、冷静に考えてまだ礼さえも返していないのに借りを重ねていく・・・自分勝手な言動に自己嫌悪してしまう。

 しかし、返答はまさかの直接診てくださるという。

 目の前に光がさしたように思えた、もしかしたら何とかなるかもしれない!私達はすぐに出発することにした。


 しかし、事はうまく進まなかった。例のアッシュベアが執拗に襲いかかってきたのだ。領兵団は昨日からずっと戦い続けていたのだ。私はここに用はもうないから撤退を提案するが、アッシュベアに狙われている以上ここで足止めすると言い出したのだ。

 それでは死を待つだけではないか!そんな事は絶対許さない、興奮状態のため口論に発展してしまった。


・・・その時、空気が凍ったように張り詰める。


 アッシュベアが凶悪な殺気を放ちながら森から出て来た。

 全員恐怖に支配される、フレディが逃げるように言うが私は拒否する、議論は平行線のままであった。


『ドガっ!!』


 突然の轟音とともにアッシュベアに魔法攻撃がされていた!すぐにラヴィリス様が行ったというのを理解した。さらに木々がざわめき出した!これは昨日見せたもらった植物魔法だ!私はすかさず総攻撃を指示した。


 ラヴィリス様のとてつもない魔法攻撃に勝利を確信した。

 しかしアッシュベアは健在であった、まさに悪夢のようだった。凶悪な咆哮に身動きができなくなり死を覚悟する、それでもいち早く立て直したラヴィリス様は勇敢に立ち向かう。

 どんなに傷ついても立ち向かう、この華奢で小さな体にどこにこのような力があるのか想像もできない。そう思うと頬を涙がつたう、リマも同様で目に涙を堪えている。私は涙を拭い、自分のすべきことに集中することにした。


 再びアッシュベアと対峙するラヴィリス様だが、なぜかフレディらを引かせた。

 休息のために戻ってきたらしい、ということはラヴィリス様1人で戦っている?視線を戦場に戻す、そこにはこの世のものとは思えない強者同士の戦いが繰り広げられていた。

 いくらアッシュベアの圧倒的な力を持ってしても、ラヴィリス様の華麗な舞の前では無意味であった、高速で回避しながら隙をついて的確に魔法を当てる、その姿はまさに芸術であった、その場で見ていた者全員が見惚れていた。


 ふとフレディが口を開く。

「これが、この森の覇権をかけた戦いなんですね、この森の女王が威信をかけて戦っている」

 そうか!そういうことなのか!これは制裁なのだ、森の調和を乱す不埒な者をラヴィリス様自ら制裁しているのだ!私達はとてつもないものを目の当たりしてことになる、この事は伝説として後世に伝えなくては!


 制裁の結末は凄惨なものであった。リタが手伝ったという毒薬はあまりに凄まじく、苦しむ断末魔は耳を塞ぐ程のものであった。

 驚くべきことに、ラヴィリス様はその毒薬の中でも健在であり、さらにそのお力で毒を浄化までしていた。


 私達はとてつもない方と知己を得ることができた。


 この方なら病の原因を解明できるかもしれない。 


 もし、必要とされるならこの命を差し出そうと思っている、これだけの恩にどれだけの対価を払えばいいかわからないが、私に出来ること全てを差し出そうと決心した。



 今、ラヴィリス様は私の膝の上で休まれている、私は不謹慎にも幸せな気分に包まれていた。

 しばらくこの時間が続いて欲しいと願ってしまった。




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