141
「それで今日の用件なんですが、新星系探索関連は担当者に聞いたらいいですかね?」
「せっかく来てくれてんだ、俺が聞くよ」
「お忙しいところ、すいません……」
「そんな社会人みたいな堅苦しい挨拶はいらないよ。俺達はゲーマーなんだ」
「そうですか。じゃあ、僕が探索した星系の情報と、何か交換できないかなって」
「概要を聞こうか」
惑星のない低温恒星系とコイが繁殖している恒星に近づきにくい星系を説明した。
「聞かないタイプの星系だな。惑星の数が少なく、他次元生物も出ないというのは、何件か聞いているが、ゼロというのは初耳だ」
シーナいわくサススカだそうだから、珍しくはあるんだろう。
「それに雲の中に龍というのも、聞いたことはない。厄介な大型他次元生物がいる星系の話はそれなりにあるが、龍はなかった」
どちらもそれなりには価値がありそうだ。
「どちらもノンマーク、うちに最初に持ってきたって話だね」
「ノンマーク?」
「探索者が他のプレイヤーと情報を交換したら、伝達マークが付くんだ」
タブレットに情報を表示して見せてくれる。星系の通し番号の横にバインダーの様なアイコンが付いているのが、他のプレイヤーにも伝えた後の情報という事らしい。
やはり誰にも教えていない情報は高くなる。
Foods連合が集めた情報は、流石に俺個人の持つ情報と比較できないほど多い。ただそのほとんどは既に伝達マークが付いている。
「他の連合と交換してるからね。今の主流は、スライダー系の星系でのスコアアタックだから、人数が多い方が楽しめる奴だし、頻繁に交換されている」
「そう、そのタイプの星系の情報が欲しいんですよね。この2つとトレードできそうな星系、ありますか?」
星系の情報として交換されるのは、次元空間での座標データだ。具体的にどの様な記載の仕方かは分からないが、交換を行うとその星系に行けるようになる。
「スライダー系は基本安いよ。未伝達の星系情報なら、3つ4つと交換できる」
「ほんとですか。交換をお願いしても?」
「もちろんだ。こっちとしては、龍がいる星系の情報が欲しいが……」
「ええ、それで構いません」
「じゃあ、うちの連中の中で評価が高い星系の情報4つと交換で」
「すいません」
「それが相場だよ。もう一つの方はまた今度でいいかな」
「もしかしたら、他の所に持っていくかもしれませんけど」
「ああ、他にもツテがあるなら、分けて交渉した方が賢いよ。ちゃんと相場もわかるだろうしね」
「ありがとうございます」
「そういえば、海賊ってどうなってます?」
柱の影からこちらの様子を伺う誰かさんを気にかけながら聞いてみる。
「遭遇率は一気に落ちたな」
新星系の探索で、偶々同じ星系を引くというのはかなり率が低い。星系探索が忙しいので、撃破任務のプレイ自体も減っているので、海賊が襲ってくるタイミングが無いようだ。
「スライダー系に現れる事はあるが、強制移動する星系だから待ち伏せもできなくて、そのまま流れていくとか」
「何と言うか……真っ当なプレイに戻ればいいんですけどね」
「レッドネームになると普通のステーションが使えない問題も、航行船があれば何とでもなるしな」
「となると、フウカがホワイトに戻るのもまだまだ先ですね」
「そうだな、まとめて海賊を倒せるシチュエーションがないと厳しいだろう」
「再開催される予定の艦隊戦くらいですか」
「それもなぁ。既に船も手に入って新星系探索を始めているプレイヤーが、マイナスイメージのイベントに参加するかどうか」
「確かに……」
海外の動画を見てると艦隊戦はやってみたいが、実際には厳しいのか。
「しばらくは、新星系で忙しいですし、仕方ないですかね」
「そうだな。今の状況でまた艦隊戦に挑むのは避けたいのが本音だ」
主要連合は他の連合と役割を分けたり、布陣を調整したりしないといけないから、前準備に時間が必要だもんな。
前回のままいくと、参加人数が読みにくくなっている今、どこに綻びがでるかも分からない。
「いっそ管理を諦めて個々で勝負というのもありかもしれませんよ」
「日本は横の繋がりを大事にする国だから難しいんだ」
世知辛い。
キーマさんとの交渉を終えて、その日はログアウトする事になった。
翌日は、玉藻御前の方へとアクセスしてみる。すぐに返信があり、いつでもどうぞという感じだ。ナインテイルは、停泊中なのでステーション内から転移もできた。
以前に呼ばれた和室へと入ると、玉藻太夫が待っている。
「自分から会いに来てくれるとは、うれしいのぅ」
「情報屋として利用できるならね」
「いけずやねぇ。そこは嘘でも妾に会いたかったと言うてくれんと」
玉藻太夫の距離感は近いので、苦手なのは確かだ。パーソナルスペースを守ってくれ。
「平日だしあまり時間はないから用件に入らせてもらうぞ」
「ほんま、連れないお人。そんなんじゃ、女の子にもてまへんえ。それとも不自由しない立場でっしゃろか」
「新星系座標の担当者と直接話した方が早いか」
「しゃあないなぁ、サキちゃんを呼んで」
しばらくすると襖を開けて、一人の女性が入ってくる。スーツ姿のできる女性といった雰囲気だ。
「ほな、よろしゅうに」
玉藻太夫は俺をサキと呼ばれた女性に引き渡すと、静々と部屋を出ていった。もっと絡まれるかと思ったが、あっさりだったな。もしかすると他にも客はいるんだろうか。
拡張キットが出回り、様々な情報が飛び交う中、嘘も平気で書き込まれる掲示板より、情報通を貫く連合というのは貴重だろう。みんなが正しい情報を欲する時、玉藻御前の様な連合は書き入れ時かもしれない。
「新星系の座標情報との事でしたが」
「ああ、俺が知ってる座標の価値査定と、交換できそうな座標の紹介をして欲しい」
「了解しました。まずは星系の概要をお伺いしても?」
「ああ、俺が持っている情報は……」
恒星しか無いスカ星系と、既に伝達済みマークが付いたコイのいる星系のあらましを伝える。
「なるほど……こちらのデータベースにはない星系の様です。そうですね、伝達済みの方だとこの辺りの星系、惑星のない星系の方はこういう星系の情報とならトレード可能かと」
手にしたタブレットに、幾つかの星系が表示されていた。どういった星系で、どんな敵が出るかという情報が記されている。既に他のプレイヤーにも知らせているのか、あるいは他人から教えてもらった星系なのか、伝達マークは既に付いた星系ばかりだ。
「この3つはもう知ってるな」
キーマさんから貰った情報との被りもある。やはりスライダー系が流行りという事で、種類も揃っているようだ。
その他の星系では、資源系の惑星や強力な他次元生物の巣といった星系があるらしい。
ハチの群れとか怖すぎる。フレイアちゃんとかだと嬉々として撃破に向かうんだろうか。
「そういえば神歌万唱の正体とかって取り扱ってるのか?」
「申し訳ございません。当連合でもまだ掴めていません」
「もしその情報を持ち込めたら?」
「今ある星系の情報はもちろん、今後数十の星系の情報を教えられるかと」
特に義理もないBJの情報で、玉藻御前に恩を売れて、星系の情報も得られる。かなり美味しい話じゃないか。
しかし、俺から情報が漏れたと知られた場合に、どう出るかが読めない。本人は正体を広めたいならいいが、元々神歌万唱として覆面歌手としてやってきたとなると、正体は伏せておきたいのかもしれない。
ただ俺は口止めもされてない訳で、判断を委ねられた状況なのか。それとも罠にかかるのを待っているのか……ホント読めない。そして怖い。
「何か情報があれば持ってくるとするよ」
「……分かりました」
少し間があったのは、情報をやりとりするのに長けた連合。俺が既に何かを知っていると勘づいたのかもしれない。
しかし、表向きは問い詰める様なこともなく、俺と新星系の情報をやり取りしただけで解放された。
「色々怖いよ、ホント。人間関係って面倒くさい」
「……マスター、本当に社会人としてやれてますか?」
シーナに本気で心配されるようだと、本当にヤバい気がしてくるな。




