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しかし、会議の様子にばかり気を取られていても良くはない。明日のレイドに向けて、突入チームのマシンを仕上げるのも大事な仕事だ。
「もっとオーバーステアで頭がくっと入る感じで」
「俺はアンダーでテールが流れる様に」
タイムアタックを繰り返す様な連中は、やはりレースゲームをよくやるみたいで、飛び交う言葉も車のチューニングに関わる言葉が出てくる。
オーバーステアは、機首の向きを変えやすく、目標へと素早く向けるように調整し、アンダーは逆に向きを変えずにスライド性能を上げてコースの出口を目指すような調整になる。
向きを変える方はストップアンドゴーとなるので、加速重視で正面が見やすく対応力が上がる。スライドはドリフトの様に姿勢を保ったままの移動で攻撃しながら出口を目指す様な感じだ。
どちらにもメリットはあるし、デメリットもある。最終的には好みになってくるが、それぞれに調整方法が変わってくる。
機首の向きを変えやすくする、旋回性能を上げるには、重心を中心に集めて旋回用のスラスターを前後に仕掛ける。
逆にドリフトする機体は、重量のバランスを均等に割り振り、スラスターは中心部へと集める。
スラスターの噴射方向も、旋回型はより少ない力で回りやすくするために、進行方向に垂直に付けているのに対して、ドリフト型は進行方向へも転用できる様に斜めに取り付けていた。
大枠はそんな感じで決めながらも、操作感によってプレイヤーごとに微調整が必要だ。
ぶっちゃけ、自分で操作しながら確かめてきた今までと違って、他人の感覚に合わせての調整というのはかなり苦心した。
しかし、何とも言えない充実感もある。やはり他人に必要とされるというのは、モチベーションが変わってくるのを実感していた。
「そろそろ限界……だな」
「そうだな。ここまで調整してくれたら、後はパイロットがアジャストする部分だろう」
「いやぁ、タイムアタックが滾る」
「明日のレイドに支障をきたすなよ」
「いざレイドってタイミングでクラッシュしてましたじゃ話にならんからな」
「あと寝坊も気をつけろよ」
「レイドは15時からだっけか」
「明け方までタイムアタックしてて、寝て起きたら……ありえます」
「というか集中力も大事だから、ちゃんと寝とけ」
日付も変わろうかという時間まで突き詰めてセッティングを進めていた面々は、ややテンションもおかしくなって来たので解散となった。
「と言いながら他人の機体をいじってると、自分の機体も手を入れたくなるよなぁ」
「マスターは昼寝してましたし、多少の夜ふかしは大丈夫かもしれませんね……社会人としてどうかとは思いますが」
「生活リズム乱れまくりだな。だがそれがいい」
そんな事を言いながらハミングバードの設計図を取り出し、スラスターの位置などを調整していく。ハミングバードは水平移動しまくりのドリフトタイプではある。ただ戦闘機型以上に前後左右、自由に動けるので旋回型に通じる部分も結構ある。
いいとこ取りできればいいが、バランスが崩れると中途半端を通り越して、乗りにくいだけになってしまう。
それに操作感が変わりすぎるのも明日が本番と考えれば、避けるべきだ。なので大幅な変更はしないが、スラスターの角度を微調整するだけに留めたが、それでも操作感は向上した……気がする。
後は空母の本格運用に向けての武装案を思いつき、キーマさんへと協力を打診した。それに必要な準備も進めていく。
そんなこんなで2時間ほどはあっという間に過ぎてしまい、後は起きてから行う事にした。
「待てフウカ、そいつはエロエロ大魔王だ!……っは、何か夢を見ていたような……」
何か色々と他人に聞かせられないような夢を見ていた気もするが、目覚めるとともにその記憶は遠ざかっていく。
普段やらない作業に没頭して疲れたためか、かなり深い眠りに落ちていた様に思える。寝起きは結構すっきりとしていた。
「そういえば、晩飯も食ってなかっか気ががが……」
色々と生活リズムが狂っている状況。今が10時で、飯を食ってしまうとレイドの辺りで腹が減りそうだ。
社壊人って、社会に適応できない以前に不健康で倒れそうだな……ひとまず、今は空腹を紛らわすために牛乳にコーヒーを入れた甘めのミルクコーヒーで腹を満たすことにした。
ネットで昨日の会議内容を確認する。ゲーム内から閲覧できる掲示板は、海賊側からクラッキングされている可能性があるという事で、外部サーバーでパスワード管理されている掲示板に情報を掲載することになっていた。
それと同時に今までの掲示板でもそれっぽい内容が掲載されている。この情報を基に動いてくるようなら、クラックは間違いないとなるだろう。
突入チームはタイムアタック上位の全12機、それに随行する補助人員が30人。キーマさん達狙撃班が開けた穴から一気に突入する事になっているが、その突入ポイントもダミー情報となっている。
連合のリーダークラスのみが管理掲示板で情報のやり取りを行っており、多くのプレイヤーにはその存在も秘匿している状態だ。
情報戦は既に始まっている。
「おはようございます、マスター」
「おはよう。キーマさんから連絡はある?」
「はい、メンバーリストを頂いております」
「じゃあ、その人達に、ここの座標を教えておいて」
「了解です」
空母を運用する上で、どうしても戦闘力を上げる必要があった。といって、シーナの能力は制御精度で封じられている状況。俺一人では火器管制が追いつかない。
そこでキーマさんに砲撃手の手配を依頼していた。
「ちょっとハミングバードの調整を確認してくる。メンバーが到着したら、ポジションの案内をよろしく」
「了解です、マスター」
応対をシーナに任せると、俺はハイドロジェンでガス惑星へと向かい、ハミングバードでタイムアタックにトライする事にした。
「実際、俺はそこまでタイムアタックしてないんだよな……」
ジェリーフィッシュでフウカを上回るタイムを出して以来、空母の建造などに時間を取られてタイムアタックを行う余裕はなかった。
とはいえ、空母建造で作業用機械を細かく使っていたおかげで、機体感覚の把握と空間認識は鍛えられた気がする。
この時間に機体を壊す愚は冒したくないので、マージンを持ちながらのアタックだ。それでも、3回目にはジェリーフィッシュで出した自己記録を更新。
機体のフィーリングはかなり良くなっていた。
「しかし、奴らはとんでもないな」
タイムアタック上位勢のタイムは遥か先をいっている。最短ルートで最大加速で突入してもそんなタイムにはなりそうにないので、俺の知らない攻略法があるのかもしれない。
「ま、今はレイド優先だからここまでだな」
「マスター、防衛隊の人が到着しました」
「了解、戻る」
ハイドロジェンを最大加速して空母へと帰還する。戻ってみると、その甲板には幾つかの機影が見えていた。
それらの邪魔をしないように、下部ハッチから帰還すると格納庫には防衛を受け持ってくれるプレイヤーを、シーナがもてなしていた。
「……落語か」
「あ、マスター、おかえりなさいませ」
格納庫に座布団を敷いて、和装姿のシーナが落語会を開いていた。
「はじめてまともに落語を聞いたけど、意外と面白いな」
「シーナちゃんの語りがいいんだろう。クールな見た目とコミカルな動きのギャップがいい」
割と防衛隊の面々からは評判は良いようだった。
「えーと、改めまして、霧島と言います。今回はこの空母の防衛を手伝ってもらいたいと思います」
基本的な話はシーナがやってくれているはずなので、今後の運用について軽く説明するに留める。
「空母はこのようなラインで敵衛星に接近します。大型コアを内蔵しているため、他次元生物の気を引くことになるので、結構狙われるでしょう」
空母を戦場に投入する目的は、ゲートに向かう他次元生物の一部を引っ張れないかという囮と、側面攻撃による全体数の削減である。
「甲板に用意した防御壁を盾に攻撃を行っていただきます。またレールガンの弾は随時補給しますので、オーバーヒートにだけ気を付けてください」
「いたれりつくせりだな」
「盾に隠れながら、撃ちまくれるとかボーナスステージだ」
「ただ戦場で目立つことになるので、海賊の襲来は可能性が高いです。そうなった場合は、無理に防衛に固執せず、退避してください」
他次元生物は、コア目掛けて集まってくる形なので正面を守りやすいが、海賊達は攻勢の激しい正面からでは無理となれば、側面、背面に回って来るだろう。そうなると盾が意味をなさなくなり、機動力の乏しい狙撃型戦闘機は一網打尽にされる危険が高い。
「これを見捨てろって?」
「こいつは結構、ハリボテの一夜城ならぬ一週間城なので、使い捨てでも仕方ないかなと」
本当は壊したくもないし、巨大コアを失ったらもう作れないのだが、貴重な戦力を失ってでも死守すべき代物ではない。
レイドの成功を優先すべきだった。
「まあ、その辺の判断は任せる。俺達は一方的に攻撃できる状況というのを利用して、ポイントを稼がせて貰えるなら文句はない」
「だな」




