第271話 小さな決闘1
「マルディン、調子はどう?」
「ああ、悪くないよ。レイリア先生」
「そう、良かったわ。でも、あなたは身体を酷使しすぎるから心配になるのよね」
「そうは言っても、それが仕事だしな」
「分かってるけど、あまり無理しないでね」
「ありがとう」
「じゃあ、シャツを脱いでベッドに寝て」
今日はレイリアの診療所で、月に一度の定期検診だ。
レイリアの指示通り、診察ベッドにうつ伏せになる。
「肩や腕は大丈夫ね。あら、腰に少しハリがあるわ。ここ痛いでしょ?」
腰を触診するレイリア。
糸巻きの使用で特に負担がかかるのは肩や腕の関節、そして腰だ。
「そうなのか? 特に感じないぞ」
「痛みに慣れてしまってるのよ。あまりよくないわね。薬草を貼るから、今日と明日のトレーニングは休みなさい」
「マジか。仕方ないな。分かったよ」
その後も全身を診察してもらった。
腰以外は問題ないそうだ。
「じゃあ、今日はもういいわよ」
ベッドから起き上がり、シャツに腕を通す。
レイリアは机で診療録に記入している。
「ねえ、マルディン。今日この後は空いてる?」
「今日? ああ、空いてるよ」
「食事でもどうかしら?」
レイリアはペンを止めず、視線も机に向いたままだ。
だが、表情は少しだけ微笑んでいるように見えた。
「飯か。構わんぞ。ってことは、酒を飲んでいいのかな? レイリア先生」
「そうね、少しならいいわ。でも飲み過ぎはダメよ」
「承知しました」
俺はレイリアに向かって、丁寧に一礼した。
「レイリア、何か食いたいものはあるか?」
「そうねえ、久しぶりにお肉を食べたいかしら」
「珍しいな。じゃあ、旨い肉と葡萄酒だな」
「少しよ?」
「分かってるよ。仕事はもう終わるのか?」
「あと一人患者さんがいるの。それで今日はおしまいよ」
「了解。待合室で待ってるよ」
診察室を出ると、待合室のソファーにレイリアと同年代くらいの女性が座っていた。
隣には男児が座っている。
女性が俺に気づき、会釈してきた。
この女性の名前は知らないが、何度か見かけたことはある。
小さな町だ。
顔見知りの住民は多い。
「イルファナ、お待たせ。診察室へどうぞ」
レイリアが診察室から顔を出す。
イルファナと呼ばれた女性が、男児を連れて診察室へ入っていった。
「診察はあの男の子か」
男児は頬が赤く、少し腫れていた。
だが、風邪などの病気ではない。
外傷だ。
「あの傷は……」
ひとまず俺はソファーに腰を下ろした。
――
しばらくすると、レイリアが診察室から姿を見せる。
「マルディン、ちょっといい?」
「ん? 俺? どうした?」
レイリアが手招きしている。
診察室に入れという合図だが、さっきの女性がまだ診察室にいるはずだ。
「あなたに聞きたいことがあるの」
「俺に? 診察室に入っていいのか?」
「ええ、大丈夫よ。患者さんの希望なの」
俺に何の話があるのだろうか。
まあ聞けば分かるし、レイリアも同席しているのであれば問題ないだろう。
「分かった。すぐ行く」
「ありがとう」
レイリアと一緒に診察室へ入ると、女性が椅子から立ち上がった。
年齢はレイリアと同じくらいだろう。
肩まで伸びた髪は、薄茶色で癖がかっている。
少し緊張した面持ちだが、とても優しい顔つきの女性だ。
「は、初めまして。イルファナと申します」
「顔は知ってるよ。マルディンだ。よろしく、イルファナ」
イルファナが深々と頭を下げた。
その様子を見たレイリアが、苦笑いを浮かべながらイルファナの肩に手を置く。
「イルファナ、そう緊張しなくていいわよ」
「で、でも、元騎士様だというし。その……」
イルファナは顔を強張らせている。
俺のことは知っているようだが、妙に緊張した面持ちだ。
この緊張具合だと、あまりいい噂じゃないのだろう。
「俺はもう騎士じゃないし、今はこの町でのんびりと冒険者をやってるんだ」
「そ、そうなのですね」
俺はイルファナに対し、笑顔を見せた。
少しでも緊張を解いてほしい。
「気軽に接してくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
レイリアが俺に視線を向けながら、男児の両肩に手を置いた。
男児の右頬には貼付薬が貼られている。
「マルディン。この子はイルファナの一人息子で、ハイラルよ」
イルファナの隣で、診療用の椅子に座る一人の男児。
紹介してもらったが、ハイラルはずっと母親を見つめている。
「よろしく、ハイラル。マルディンだ」
「よ、よろしく……お願いします」
ようやく俺の顔を見たハイラルだが、母親の様子を見ていたことで、俺を怖がっているようだ。
俺は構わず右手を出し、ハイラルと握手を交わす。
「マルディン。聞きたいことって、ハイラルのことなのよ」
「ああ、構わんよ」
レイリアが折りたたみの椅子を出してくれた。
俺はゆっくりと腰を下ろす。
「飲み物を持ってくるわね」
レイリアが一旦退室して、大人には珈琲と、ハイラルに果汁を用意した。
今日の診療はもう終了するということで、このまま話を聞くことになった。




