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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第八章 真夏の大冒険

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第270話 月夜の舞踏会

 ◇◇◇


「レイリアさん。お昼休み中にごめんなさい。あの……お話があるんです」

「どうしたの、ミーファ?」


 町の娘ミーファが、レイリアの診療所を訪ねた。

 ちょうど昼の時間帯で、診察は休みだ。


「私、結婚を申し込まれまして……」

「え? 結婚! わあ、おめでとう!」

「それで、レイリアさんにお願いがあるんです」

「どうしたの? 何でも言いなさいよ。うふふ」

「実はですね……」


 ミーファは隣街イレヴスのライカル家に嫁ぐことになった。

 ライカル家は下級貴族とはいえ貴族だ。

 家柄は申し分ない。


「へえ。そんな名家に嫁ぐなんて凄いじゃない」

「ありがとうございます。ですが、私は漁師の娘で何も知りません。もし可能であれば、マナーとか教えていただきたくて……」

「そっか。婚約者はなんて言ってるの?」

「彼は『ゆっくり覚えればいい。気にしないで』と言ってくれてます」

「あら、優しいのね」

「はい。そうなんです」


 照れくさそうに笑みを浮かべるミーファ。


「あらあら、惚気ちゃって。うふふ」


 陶器のような美しい右手を口に当て、優しく笑うレイリア。

 そんなレイリアに、ミーファは昔からずっと憧れていた。


「でも、確かにマナーは早めに覚える必要があるわ。特に食事はね」

「はい。それと、ダンスも……」

「ダンス? そうね、ダンスも必要ね。でも私は女性の方しかできないからなあ。練習するにしてもパートナーが必要かな」

「えっと、元騎士だったというマルディンさんに教えていただくことは……」

「マルディン? ああ、そうね。あの人って騎士隊長だったし、宮廷作法も知ってるはずよ。ダンスに関しては頼んでみるわね」

「はい! ありがとうございます!」

「うふふ、いいのよ。でも、ミーファが結婚かあ。先越されちゃったなあ」

「何言ってるんですか。結婚しようと思えばいつでもできるのに」

「そんなことないわよ。相手もいないしね」

「レイリアさんって綺麗すぎるんですよ。お医者さんだし、あまりにも完璧だから、男の人たちはみんな怖気づいちゃうんです」


 ミーファはそう言いながらも、一人だけ思い浮かぶ人物がいた。


「でも、あのマルディンさんなら……」

「ん? 何か言った?」

「いえ。ふふ。それではよろしくお願いします!」


 深く頭を下げるミーファ。


 それからミーファは、時間がある時にレイリアから様々なマナーを教わった。


 ――


 結婚が決まったミーファは多忙を極めていた。

 ライカル家へ通い貴族のルールを学び、結婚式の準備や新居への引っ越し作業など、全てが初めての経験で目まぐるしい日々を過ごす。

 それでも愛する者との未来が待っていることで、喜びと幸せを噛み締めていた。


 結婚式を一週間後に控え、ミーファはレイリアの診療所へ足を運んだ。


「ミーファ、あなたはもうどこへ行っても恥ずかしい思いはしないわよ。よく覚えたわね」

「レイリアさんの教え方が上手だったからです。本当にありがとうございました」

「違うでしょう? 彼のために頑張ったのでしょう?」

「そ、それは……。は、はい……、そうです」

「いいわねえ。羨ましいわ。うふふ」


 ミーファはレイリアに向かって、深く頭を下げた。


「さて、じゃあ最後はダンスね。これからマルディンが来てくれるわよ」

「はい!」


 空が赤く染まり始めると、レイリアの言葉通り、乗馬したマルディンが診療所を訪れた。

 マルディンが下馬すると、黒風馬(ルドフィン)のライールがレイリアに近づき顔を寄せる。


「ライール。久しぶりね。元気だった?」

「ヒヒィィン!」


 レイリアに顔を撫でられ、嬉しそうな声を上げるライール。

 マルディンはそんなライールの背中を撫でながら、レイリアに視線を向けた。


「レイリア、遅くなってすまん。クエスト帰りでな。一旦自宅に戻って着替えてきたんだ」

「忙しいのに悪いわね」

「いや、問題ないよ」


 マルディンがミーファの正面に立つ。


「ミーファと会うのは初めてだな。マルディンだ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」


 ミーファが貴族の礼を披露した。


「ほう、よく出来てるじゃないか。全く問題ないぞ」

「ありがとうございます」


 頬を紅潮させるミーファ。


「さっそく始めようか。ミーファのダンス経験は?」

「初めてです。彼には教わってる最中だと伝えています」

「なるほどね。まあそんなに難しくないから安心していいぞ。すぐに覚えるさ」


 マルディンはレイリアに視線を向けた。


「レイリアは?」

「私は一応できるわよ」

「そうか。では……」


 マルディンがレイリアに向かって手を差し伸べた。

 それは宮廷ダンスの誘い方だ。


「ミーファ、まずは見ていろ。俺とレイリアで踊るから」

「ちょ、ちょっと」


 突然のことに焦るレイリアは、両手を胸の前にかざしながら困惑の表現を見せる。


「できるんだろ? 最初は見たほうが早いさ」

「そ、そうだけど。もう、突然なんだから」

「はは。さ、レイリアお嬢様」

「はいはい、仕方ないわね。ミーファ、見ててね」


 レイリアはマルディンの手を取る。


「うわあ……」


 二人の華麗なダンスに、ミーファはただ見惚れるだけだった。


 ――


 マルディンとレイリアは、二人揃ってミーファの結婚式に参加した。

 全てが順調に進み、式は無事に終了。

 泣きじゃくるミーファは、二人に感謝の言葉を繰り返し述べた。


 マルディンが特別に用意した高速馬車で、二人は宵の口にティルコアへ帰還。


「ミーファ、綺麗だったなあ」

「ああ、そうだな」


 ミーファには申し訳ないが、マルディンは隣に立つレイリアが最も綺麗だったと思っていた。

 もちろん、会場でも全員がそう思っていたほどだ。


 結婚式でレイリアは何人かの貴族とも踊ったが、誰からもその後の誘いはなかった。

 マルディンの存在が知られていたからだ。

 実はレイベール地方の下級貴族は、ほぼ全員がマルディンを知っている。

 ジェネス王国騎士隊長だったことや、千人殺しのことまでだ。

 そのパートナーとして出席していたレイリアを、誰が誘えようか。

 若い貴族たちはレイリアを見た瞬間に色めき立ったが、隣にマルディンがいたことで絶望していた。


「レイリア、着いたぞ。さすがに疲れただろう?」

「そうね……」

「明日は仕事だろ? ゆっくり休むといい」


 レイリアを診療所へ送り届けたマルディン。

 日は沈み、水平線から満月が顔を出していた。


「ねえ、まだドレスは脱いでないわ」

「ん?」


 レイリアは、そっと右手を差し出した。

 月光を受けて、陶器のような肌が淡く輝く。


「夜はこれからよ、騎士様」

「そうだな……」


 マルディンはその手を取った。

 そして、二人は小高い丘の上へと歩みを進める。

 風がドレスの裾を揺らすたびに、華やかな香水の香りがマルディンを包み込む。


「夜風が気持ちいいな」

「ええ、夜はまだ涼しいわね」


 丘の上に立つ二人。

 正面には、満月によって宝石のように輝く翠玉色の海が見える。

 いつもと同じ景色だが、マルディンはいつもより美しく感じていた。

 その最大の理由であるレイリアに、ゆっくりと視線を向ける。


 夜鈴虫(ベルツ)の鳴き声は、まるで宮廷楽団が奏でる舞踏曲のようだ。


「踊りませんか、レイリア姫」

「よろしくてよ、マルディン卿」


 月夜が照らす丘の上。

 二人だけの舞踏会は、銀の光に包まれていた。


 ◇◇◇

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