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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第八章 真夏の大冒険

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第269話 見つけに行こう16

 翌日、俺は一人でレイベール城へ足を運んだ。

 娘たちとは別行動とした。

 みんなは今頃、州都で買い物を楽しんでいるだろう。


 古金貨の寄贈先は領主であるハルシャの美術館だ。

 すでに送付しており、ハルシャが鑑定を済ませたという。


 城に到着すると、執事長のロルトレが出迎えてくれた。


「ロルトレ、久しぶりだな」

「お待ちしておりました、マルディン様。ハルシャ様が楽しみにしておられました」

「俺もだよ。荷物を送りつけて申し訳なかったな」

「とんでもないことでございます。ハルシャ様は大変喜んでおられました」

「そうか。よかったよ」

「マルディン様、本日はハルシャ様と普通に接してください」

「普通に? ああ、分かったよ」


 今回は公式の謁見ではない。

 そのため謁見室ではなく、ハルシャの執務室へ向かった。


「マルディン!」

「よう、ハルシャ。元気だったか?」

「もちろんよ。それより、もっと顔を出しなさい」

「色々と忙しいんだよ」

凪の嵐(カーラル)の件は聞いたわ。大変だったわね。でも、ありがとう」

「あー、まあ偶然が重なってな。皇軍が全部処理してくれたよ」


 俺は執務室のソファーに腰を下ろした。

 対面にハルシャが座る。


「昨日はレストランへ行ったんでしょ?」

「何で知ってんだ?」

「ロルトレから聞いたわ。本当は私も一緒に皆さんと食事をしたかったけど、私がいると気を使わせちゃうからね」

「まあな。今や領主様だからな」

「城に招待しても緊張させるだけだから、今度私がティルコアへ行くわね」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 ロルトレが俺に珈琲を淹れてくれた。

 ハルシャには紅茶を淹れ、蜂蜜を少し垂らしている。

 領主とはいえ子供だ。

 紅茶の渋みはまだ早いのだろう。


「さて、マルディン。あの古金貨の鑑定結果だけど、保存状態がとても良かったわ。それが合計で三百枚だもの。驚いたわ」

「それほどいい状態だったのか?」

「ええ、当時のままと言っても過言ではないわね。ほら、見てよ」


 ハルシャが古金貨を一枚取り出し、テーブルに置いた。

 数千年前の物とは思えない輝きだ。


「だが、価値はないんだろ?」

「そうね。貨幣としての価値はないわね。古代王国初期の金貨だもの。でも、歴史的な価値はあるわ」


 価値といっても様々だ。

 金にならなくても、歴史的価値があるのならば発見して良かったと思う。


「そういや、あの鉱石は何だったんだ?」

「あれは金晶石という鉱石よ。古金貨の保存状態が良かったのは、金晶石のおかげなの」

「へえ、そうなのか。そりゃ凄いな」

「簡単に説明すると、金晶石は湿度や塩分を吸収して成長するの。とても貴重な鉱石なんだけど、残念ながら今は価値がないわね」

「まあでも貴重なんだろ? 美術館で展示とかできるだろ?」

「もちろん、そのつもりよ」


 俺は珈琲を口にした。

 ハルシャの鑑定眼には毎度驚くばかりだ。

 鉱石に期待していなかったと言えば嘘になるが、ハルシャの説明に納得した。


「展示してもらえるなら、見つけた甲斐があったってもんだ。あっはっは」


 ハルシャの美術館で展示されるのであれば、保存に関して安心できる。

 せっかくいい状態で発見したのだから、このまま後世に残したい。


「だからね、金貨百枚で買い取るわ」

「ぶっ!」

「ちょっと! 汚いわね!」

「価値がないって言って金貨百枚だぞ! そりゃ驚くだろ!」 


 ロルトレがテーブルに革袋を置くと、金貨が重なり合う音が聞こえた。

 本能的に気持ちのいい音と思ってしまう。

 不思議なものだ。


「せっかくの宝探しだもの。結果がほしいでしょう?」

「そりゃ、そうだが……」

「いいじゃないの。私の美術館でも注目の展示物になるわ。結果的に誰も損はしないのよ」

「すまないな。感謝する」


 俺は金貨を受け取ることにした。

 一人金貨二十五枚もの大金だ。

 ラミトワは大喜びするだろう。


「ねえ、ティアーヌさんは絵画を始めるんでしょ? これ、ティアーヌさんに渡して。絵画道具一式よ」


 続いて、ロルトレが革製のケースをテーブルに置いた。

 幅が五十セデルトほどある立派なケースだ。


「そりゃ助かる。ティアーヌも喜ぶよ。ありがとう」

「実はね。あの金晶石って、当時は金色の顔料で使われていたのよ」

「そうなのか。じゃあまさに絵画に使えるってわけか」

「今はもっと簡単に手に入る顔料があるから、もう使われてないの」

「なるほどね。だから貴重だけど価値がないのか」

「そうよ。時代と共に価値は変わるということね」


 今回はいい勉強になった。

 古代王国の迷宮には貴重な宝が眠っているが、その価値は必ずしも現代と同じではない。

 時代の移り変わりで、物の価値は変わる。


「古代迷宮はロマンの塊だが、現実との落差が激しいな」

「数千年も経てばそうなるわね。ふふ」


 ハルシャが笑顔を浮かべながら、俺の顔をまっすぐ見つめていた。


「ねえ、マルディン。今度また宝探しへ行く時は、必ず私を誘いなさい」

「はあ? 危ないだろ?」

「これは領主の命令よ」

「いやいや、領主様を危険な目に合わせたくない。それに、お前はまだ子供だ」

「あー、そういうこと言うのね。いいわ、今回の報酬はなしよ」

「は? 何でだよ!」

「あのねえ、厳密に言うと古代王国時代の物って、その領地の物なのよ。領地は誰の物?」

「りょ、領主様……」

「領主って誰?」

「ふざけんな! 横暴だろ!」

「なに言ってるのよ。こちらは最大限の譲歩をしているのよ? だから買い取るんじゃない。本来は没収しても問題ないのよ? 余程のことがない限り、民衆の楽しみとして目をつぶってあげているの。分かる?」

「う、うう」


 ハルシャの迫力は日に日に強くなる。

 正論で来られると何も反論できない。


「おい、ロルトレ!」


 背後に控える執事のロルトレに目を向けると、笑顔で頷いていた。

 言うことを聞けということだ。


「はあ、分かったよ……」


 俺は立ち上がり、姿勢を正してから一礼した。


「かしこまりました、ハルシャ様。次回はハルシャ様もお誘い申し上げます」

「うふふ、分かってくれて嬉しいわ」


 しかし、俺はもう迷宮探索へ行く気はない。

 労力と見合わない。

 この場は返事だけしておけばいいだろう。


 ハルシャが右手を挙げて、ロルトレに合図を送っていた。

 嫌な予感しかしない。


「ロルトレ、書斎に古代地図があったわよね?」

「はい、ハルシャ様。ご用意してございます」


 ハルシャの表情が、領主の顔から少女の顔へ変化した。

 俺に向かって、無邪気な笑顔を見せている。


「待て待て! 初めからそのつもりだったのかよ!」

「隊長、いいでしょ? 一緒に行ってよ」

「勘弁してくれよ!」

「お願い!」

「嫌だね!」

「命令するわよ?」

「汚ねーぞ! 子供のすることじゃない!」

「領主だもの。当たり前じゃない」

「ぐっ。お、おい、ロルトレ! お前の主をなんとかしろ!」


 ロルトレが珍しく柔らかい笑顔を浮かべている。

 この時ばかりは、まるで孫を眺める祖父のようだ。

 ロルトレは全面的にハルシャの味方だった。

 頼ることはできない。


「ねえ、隊長。いつ行く? 明日は?」

「行かねーよ!」


 窓から差し込む光が、古金貨を照らしていた。

 それはまるで、数千年の眠りから覚めた金貨を祝福するかのように。

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