第269話 見つけに行こう16
翌日、俺は一人でレイベール城へ足を運んだ。
娘たちとは別行動とした。
みんなは今頃、州都で買い物を楽しんでいるだろう。
古金貨の寄贈先は領主であるハルシャの美術館だ。
すでに送付しており、ハルシャが鑑定を済ませたという。
城に到着すると、執事長のロルトレが出迎えてくれた。
「ロルトレ、久しぶりだな」
「お待ちしておりました、マルディン様。ハルシャ様が楽しみにしておられました」
「俺もだよ。荷物を送りつけて申し訳なかったな」
「とんでもないことでございます。ハルシャ様は大変喜んでおられました」
「そうか。よかったよ」
「マルディン様、本日はハルシャ様と普通に接してください」
「普通に? ああ、分かったよ」
今回は公式の謁見ではない。
そのため謁見室ではなく、ハルシャの執務室へ向かった。
「マルディン!」
「よう、ハルシャ。元気だったか?」
「もちろんよ。それより、もっと顔を出しなさい」
「色々と忙しいんだよ」
「凪の嵐の件は聞いたわ。大変だったわね。でも、ありがとう」
「あー、まあ偶然が重なってな。皇軍が全部処理してくれたよ」
俺は執務室のソファーに腰を下ろした。
対面にハルシャが座る。
「昨日はレストランへ行ったんでしょ?」
「何で知ってんだ?」
「ロルトレから聞いたわ。本当は私も一緒に皆さんと食事をしたかったけど、私がいると気を使わせちゃうからね」
「まあな。今や領主様だからな」
「城に招待しても緊張させるだけだから、今度私がティルコアへ行くわね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
ロルトレが俺に珈琲を淹れてくれた。
ハルシャには紅茶を淹れ、蜂蜜を少し垂らしている。
領主とはいえ子供だ。
紅茶の渋みはまだ早いのだろう。
「さて、マルディン。あの古金貨の鑑定結果だけど、保存状態がとても良かったわ。それが合計で三百枚だもの。驚いたわ」
「それほどいい状態だったのか?」
「ええ、当時のままと言っても過言ではないわね。ほら、見てよ」
ハルシャが古金貨を一枚取り出し、テーブルに置いた。
数千年前の物とは思えない輝きだ。
「だが、価値はないんだろ?」
「そうね。貨幣としての価値はないわね。古代王国初期の金貨だもの。でも、歴史的な価値はあるわ」
価値といっても様々だ。
金にならなくても、歴史的価値があるのならば発見して良かったと思う。
「そういや、あの鉱石は何だったんだ?」
「あれは金晶石という鉱石よ。古金貨の保存状態が良かったのは、金晶石のおかげなの」
「へえ、そうなのか。そりゃ凄いな」
「簡単に説明すると、金晶石は湿度や塩分を吸収して成長するの。とても貴重な鉱石なんだけど、残念ながら今は価値がないわね」
「まあでも貴重なんだろ? 美術館で展示とかできるだろ?」
「もちろん、そのつもりよ」
俺は珈琲を口にした。
ハルシャの鑑定眼には毎度驚くばかりだ。
鉱石に期待していなかったと言えば嘘になるが、ハルシャの説明に納得した。
「展示してもらえるなら、見つけた甲斐があったってもんだ。あっはっは」
ハルシャの美術館で展示されるのであれば、保存に関して安心できる。
せっかくいい状態で発見したのだから、このまま後世に残したい。
「だからね、金貨百枚で買い取るわ」
「ぶっ!」
「ちょっと! 汚いわね!」
「価値がないって言って金貨百枚だぞ! そりゃ驚くだろ!」
ロルトレがテーブルに革袋を置くと、金貨が重なり合う音が聞こえた。
本能的に気持ちのいい音と思ってしまう。
不思議なものだ。
「せっかくの宝探しだもの。結果がほしいでしょう?」
「そりゃ、そうだが……」
「いいじゃないの。私の美術館でも注目の展示物になるわ。結果的に誰も損はしないのよ」
「すまないな。感謝する」
俺は金貨を受け取ることにした。
一人金貨二十五枚もの大金だ。
ラミトワは大喜びするだろう。
「ねえ、ティアーヌさんは絵画を始めるんでしょ? これ、ティアーヌさんに渡して。絵画道具一式よ」
続いて、ロルトレが革製のケースをテーブルに置いた。
幅が五十セデルトほどある立派なケースだ。
「そりゃ助かる。ティアーヌも喜ぶよ。ありがとう」
「実はね。あの金晶石って、当時は金色の顔料で使われていたのよ」
「そうなのか。じゃあまさに絵画に使えるってわけか」
「今はもっと簡単に手に入る顔料があるから、もう使われてないの」
「なるほどね。だから貴重だけど価値がないのか」
「そうよ。時代と共に価値は変わるということね」
今回はいい勉強になった。
古代王国の迷宮には貴重な宝が眠っているが、その価値は必ずしも現代と同じではない。
時代の移り変わりで、物の価値は変わる。
「古代迷宮はロマンの塊だが、現実との落差が激しいな」
「数千年も経てばそうなるわね。ふふ」
ハルシャが笑顔を浮かべながら、俺の顔をまっすぐ見つめていた。
「ねえ、マルディン。今度また宝探しへ行く時は、必ず私を誘いなさい」
「はあ? 危ないだろ?」
「これは領主の命令よ」
「いやいや、領主様を危険な目に合わせたくない。それに、お前はまだ子供だ」
「あー、そういうこと言うのね。いいわ、今回の報酬はなしよ」
「は? 何でだよ!」
「あのねえ、厳密に言うと古代王国時代の物って、その領地の物なのよ。領地は誰の物?」
「りょ、領主様……」
「領主って誰?」
「ふざけんな! 横暴だろ!」
「なに言ってるのよ。こちらは最大限の譲歩をしているのよ? だから買い取るんじゃない。本来は没収しても問題ないのよ? 余程のことがない限り、民衆の楽しみとして目をつぶってあげているの。分かる?」
「う、うう」
ハルシャの迫力は日に日に強くなる。
正論で来られると何も反論できない。
「おい、ロルトレ!」
背後に控える執事のロルトレに目を向けると、笑顔で頷いていた。
言うことを聞けということだ。
「はあ、分かったよ……」
俺は立ち上がり、姿勢を正してから一礼した。
「かしこまりました、ハルシャ様。次回はハルシャ様もお誘い申し上げます」
「うふふ、分かってくれて嬉しいわ」
しかし、俺はもう迷宮探索へ行く気はない。
労力と見合わない。
この場は返事だけしておけばいいだろう。
ハルシャが右手を挙げて、ロルトレに合図を送っていた。
嫌な予感しかしない。
「ロルトレ、書斎に古代地図があったわよね?」
「はい、ハルシャ様。ご用意してございます」
ハルシャの表情が、領主の顔から少女の顔へ変化した。
俺に向かって、無邪気な笑顔を見せている。
「待て待て! 初めからそのつもりだったのかよ!」
「隊長、いいでしょ? 一緒に行ってよ」
「勘弁してくれよ!」
「お願い!」
「嫌だね!」
「命令するわよ?」
「汚ねーぞ! 子供のすることじゃない!」
「領主だもの。当たり前じゃない」
「ぐっ。お、おい、ロルトレ! お前の主をなんとかしろ!」
ロルトレが珍しく柔らかい笑顔を浮かべている。
この時ばかりは、まるで孫を眺める祖父のようだ。
ロルトレは全面的にハルシャの味方だった。
頼ることはできない。
「ねえ、隊長。いつ行く? 明日は?」
「行かねーよ!」
窓から差し込む光が、古金貨を照らしていた。
それはまるで、数千年の眠りから覚めた金貨を祝福するかのように。




